「またな、バニーちゃん」
あれ程凝縮されたコンビとしての終焉は、まるで燃え尽きてしまったかのように意外とあっさりとしたものだった。
虎徹としては若干寂しいような気もしたが、互いにいい年をした男なのだから、これくらいでちょうどいいんだと自分に言い聞かせて、なるべく軽く言うように努めた。
いつか、また二人の道筋が交わる事があるかもしれないという事だけを示唆して、最後に若干無理やり的な握手を交わして、去る。
その場で、バーナビーの返事がなかったことさえ気にせずに。
そうして虎徹がオリエンタルタウンに戻って来て、早いもので数カ月が経過した。
ずっと寂しい思いをさせていた娘や家族との安息の日々は、たえがたいほどかけがえのないもので、今までないがしろにしてしまったからこそ、大切なものだと噛みしめた。
今も懐かしむヒーローズの面々はたまにテレビで見かけて、その活躍を陰ながら応援する日々。以前は自分もあの輪中に加わっていたのがまるで不思議な嘘みたいな画面の先。
それでも、電話や手紙やらでかつての仲間は未だに連絡をくれてありがたい。彼らの仕事柄こちらに来て貰う事は難しい筈だが、それでも都合を合わせて来てくれようと画策もしているらしい。その時が楽しみだ。
そしてバーナビー。元々ヒーローの輪に加わる事は虎徹が引きずり込むという形が多かったが、自分探しの旅に出ると言い残して、それきりとなってしまった。
携帯も身辺整理の為に解約してしまったらしく、見事になしのつぶて。一応適度に季節の折にかつてのマンションへ手紙を送っているが、届いているだろうか。元から最初に出会った時でさえバーナビーは子どもだったわけでもないが、虎徹は色々とお節介を焼いてしまっていたのでその名残。
寂しいとは思うが、本当の意味で生きる目的を探すのなら本人には頑張って欲しいと思っていた。
それは…虎徹の都合のよい想像だった。
シュテルンビルト司法局のヒーロー管理官であるユーリ・ペトロフから電話を貰ったのは、そんな時だった。
驚いた。今まで会社の事を含めてもヒーローとしての厄介な事後処理の書類は全て郵送だったから。
用件はただ一つ。バーナビー・ブルックスJr.に対する件…それしか言われなかったが、虎徹からするとそれだけでも十分すぎる理由だった。
家族にかつての相棒の事だと示せば、二つ返事な勢いで、いってらっしゃいと見送られた。
そうして虎徹は、マーベリック事件解決後、再びシュテルンビルトの地へ降り立った。
久しぶりのジャスティスタワーは何も変わらないように見えた。
うっかり一番に通ったトレーニングルームへの足取りに慣れ過ぎていて、そのまま裏口から入るところだったくらいで、慌てて正面へと回り、こちらも随分と何度か通った司法局へと向かうエレベーターのボタンを押す。一応予め話は通して貰っているが、なぜか昔の顔パスも通ってしまう。ここに来るのは初めてだと思いつつも、メモを見ながらユーリの部屋を三回度程ノックした。
「鏑木・T・虎徹です」
「どうぞ」
ガチャリと扉を開けると、それほど広くない部屋の奥に執務机があり、そこでユーリがパソコンと書類を横に座っていた。
「お久しぶりです、裁判官。その節は、色々とお世話になりました」
帽子を取り、虎徹は改めて挨拶をする。現役時代大変お世話になりまくりで当時から頭が上がらなかった相手だったからこそだ。
「いえ、仕事ですから…気になさらずに。そちらも元気そうで何よりです」
ペンを置き、立ち上がってユーリも声をかけてくる。
「元気だけが取り柄ですので。あの、それでバニーに何かあったとか?」
ついうっかりバーナビーの事を、かつての愛称である方で第三者に向けてまで呼んでしまったが、癖なので仕方ない。ユーリの方もテレビでの虎徹のやりとりを見ていたらしくあまり気にしていないらしくすんなりと話は通ったようだった。
「そうですね。まず、貴方は彼が今どこに居るのか知っていますか?」
いつも冷静だがそれ以上に少し声を落とした様子でユーリは訪ねてくる。
「いえ、何度か連絡を取ろうとしたんですが…」
最後の方の音は小さくなるくらい、肩を落として虎徹は事実を告げる。別に責められているとかそういうわけでもなかったが、自分の不甲斐無さだけは痛感している。
「犯罪者につけ狙われる事の多い引退後のヒーローの動向は、仮初めですが私が所在を把握するようにしているのです。貴方は、オリエンタルタウンから殆ど出なかったようですが…」
「そう…だったんですか。じゃあ、バニーも?」
そこまで司法局がしてくれているとは虎徹も知らなかった。確かに下手な警察官や裁判官よりヒーローは目立つ分、怨恨を買う機会が多いのかもしれない。それでもヒーローは基本としてNEXT能力者だから一般人よりは犯罪者を相手にしても強いのかもしれないが、能力が1分しか持たない虎徹は不利に近い。
バーナビーには能力の減退がないとしても、顔出しヒーローだったからこそ、余計に人目をひきやすい。何か事件に巻き込まれたのだろうかと、虎徹の表情は曇る。
「いえ。彼は今、公的には行方不明のような形になっています。届けを出すような身内がいないのであやふやとなっていますが」
軽く頭を横に振って、ユーリは書類を読み上げるかのように言った。
「行方不明…ですか?」
知らぬ間に、まさかそこまでの事態に陥っていたとは思わず、虎徹は目を見開いた。
「あくまで公的には…です。私も最近やっと彼の居場所を掴みました」
「バニーは今、どこに?」
そこまでユーリに言い切られて、一度は動揺した虎徹の心臓が、ほっと息をついた。それでも未だ動悸は激しいので、続きを求める。
「ここにいます。このジャスティスタワーに………」
少し頷くようにこの場を指し示し、深く重い言葉を込めてユーリは慎重に声を出した。
「えっ、じゃあ直ぐに会えるんですか?」
ユーリの言葉に引っかかる部分は多大にあったが、それでも真っ直な意見を虎徹は出した。単純な驚きと期待を含めて。
「それが難しいので、貴方を呼び立てたんですよ。このジャスティスタワーの上層部が、亡くなったアルバート・マーベリック氏によって一部私物化されていたのは知っていますね?」
「はい…研究所のようなものや監禁部屋があったと娘や他のヒーローからも聞いています」
虎徹自身もワイルドタイガーを語るH01というアンドロイドと対峙したりした事を思い出す。ジャスティスタワーは広大で、全て公的機関が入っているわけでもないらしく、立ち入ったことのない階は多かった。だからこそ、上層部にあんな場所があったなんて気が付かなかったのだ。
「このジャスティスタワーは今こそ、こうやって通常通りのように見えますが。マーベリック氏が秘密裏に暗躍していたあの部分に直接かかわっていたのは研究者ロトワング氏だけだったらしく、まだ未知のエリアがいくつか存在しているのです」
そのマーベリックもロトワングも何も語ることなく死してしまった。力づくで壊すにも階層が上すぎて重機の制限もあり物理的行動は不可能に近く、今となっては直接中へ入る鍵もパスワードもないと思っていた。
「もしかして、その中にバニーが?」
そこまでお膳立てされてようやくその悪い予感に行き着く。
「はい。監視カメラの映像が捉えていました。どうやってパスワードを知りえたのかは知りませんが、マーベリック氏は彼の後見人でした。もしかしたら何かの機会で知って、中に入ったのかと。外部から何度か中へ呼びかけはしたのですが、反応がない………それで貴方に来て貰ったのです」
ユーリとしては中で何が起きているのかは想像さえ出来ない。だが、何かが起きているからこそ、バーナビーは戻って来ないのだろうし、こちらの問いかけにも答えてくれないのだろうと確信したようだ。
彼の暗い過去を全て網羅しているというわけではないが、もはやバーナビーの信用に値する最後の人間は虎徹しかいないと示した。手がかりが他にはないのだから。
「…わかりました。俺もバニーが心配なので、やってみます」
「ありがとうございます」
そこには、ようやく少し温和な表情を見せたユーリがいた。
案内されたのは業務用エレベーターで、主に貨物の運搬がメインとなっているらしく、小さなコンテナくらいは入れるくらいの大きさだった。
虎徹は教わった階へと続くボタンを押す。最上階にも近い場所は、女神像の胸元に繋がっていて窓の外を見ると高度もかなりのようだったから、あまり下は見ない。多分本来ならば女神像のメンテナンス程度に使っている筈なのだが、虎徹を迎えたのは打ち付けの殺風景なフロアだった。
その廊下の奥の部屋の扉を開けて、無言で入るのは誰もいないとわかっているからこそ。見た感じはそれなりの広さの簡素な椅子とテーブルの置いてある休憩室だったが、対面にあった大ぶりのテレビを横へと退けると隠し通路が存在しているという違和感。これもユーリがジャスティスタワーの設計図と改修業者を突き止めて得た情報だ。
中へ入り進むと、虎徹が中腰になる程度の高さの通路がいくばかか続く。そして行き止まりには重厚な扉。ご丁寧に内部への連絡用マイクが付いている。設計図と照らし合わせると、この先にまだ解明されていないフロアが随分とあるようで。虎徹はマイクのボタンを押して、意を決した。
「バニー!そこに居るんだろ?」
こちらも狭い通路で自分の声がビリビリと空気を伝うくらい響いた。しかし反応はなかった。それくらいでへこたれる虎徹ではない。
「そこで何してんだよ?とりあえず出て来い!」
・
「俺以外にもお前を待っている人間はたくさんいるんだぞ!」
・
「何が不満なんだ?言ってくれなきゃわかんねーよ!」
・
「立て籠りとか、ガキじゃねえんだから。そのうち衰弱死するぞ!」
・
・
・
固すぎる扉は能力を使って叩いても殴ってもびくともせずに音が屈託して響くだけ。綺麗な説得なんて出来るわけもなく、虎徹はありったけの言葉に思いを乗せて、ただ叫び続けた。
「………なぁ、バニー…バニーちゃん。バーナビー………俺はお前に会いたいと思って、来たんだぜ」
虎徹は、いつのまにかずるずると扉の前に座り込んでいた。
バーナビーのことを忘れていたわけではなかった。忙しいのだろうと思っていた。自分の事で精いっぱいで棚に上げて…大丈夫だと、平気だと勝手に決め付けていたのだ。
だから、今出来る事を精一杯やりたくて、でも昔みたいに一緒に居たからこその確固たる自信もなくて、虎徹はただその名前を繰り返した。
「………貴方って人は…どうして」
「バニー!無事なんだな?」
聞きなれた声がようやく伝わり、虎徹は肩を震わせて立ち上がった。未だにその扉は開かないが、確かに音響の向こうからくぐもった声が落ちてきた。
「あまり無事ではないですね。貴方は早く帰った方がいい。娘さんやご家族が心配しますよ。僕は…また一度でも貴方の声が聞けただけで満足しましたから」
全てを悟ったかのように、虎徹の一番大切な他の存在を強調してバーナビーは見放すように拒絶を示した。
「嫌だ。帰らない!ここを開けろ。俺はお前の姿を見て事情を全部理解するまで、居座るからな!叫び続けるからな!!」
バーナビーからこちらが見えているのだかわからなかったが、虎徹は本気を見せる為にどっしりとその場であぐらを掻いた。
「甘いですね…一度でもこの扉を開いたら、もう二度と戻れないかもしれませんよ。それでもですか?」
足元がぐらつくくらいの揺さぶりをバーナビーはかけてくる。これが最終通告だと言わんばかりに。
「それでもいい!このまま、お前一人をこんな場所に置き去りにして帰って、知らないふりをして生きる人生の方がまっぴらごめんだ!そんな後悔を背負うくらいなら、真実を知って後悔する方がまだマシだ!」
ヒーローをやっているせいで犠牲にしてきた家族がいた。そんなことはわかっている。それでもそれさえ覆すほどの凌駕。一度知ってしまった事を見過ごすことなんて出来なかった。それが虎徹の正義感だったから。
そして…とうとうその扉が開かれるように、ロックの外れる電子音が虎徹の耳に響いた。
最後に選んだのはこちらだとわからせるかのように、虎徹は扉を押した。
―――暗くだだっ広い空間だった。今までが狭すぎる通路にいたからこその落差かとも思ったが、そういうレベルではなかった。一番に目につくのは天井の高さ。それなのにただ高いだけで何かがあるというわけでもないシュミレーションルームを広くしただけのような場所だった。
「こんな事実を背負い込むのは僕だけでいいと思ったのに…貴方は良い意味でも悪い意味でも期待を裏切りますよね」
カツンッと床へと響く音を立たせて、バーナビーがこちらにやってくる。薄暗い空間でまるで一人スポットライトが当たっているかのようだった。その顔には不安が残っている。見た目的にバーナビーは怪我をしているとかではないことだけは幸いだが、やはり様子がおかしいのはわかる。
「バニー!どうしてこんなところに居続けるんだ?さあ、帰るぞ」
両手を伸ばして広げる仕草をして、虎徹は全身で訴えた。
「まだ…駄目です。言ったでしょう?僕の今までの人生はマーベリックさんに好き勝手されていたって。だからそれを取り戻す為にここに居なくてはいけない…」
「それはわかってる。でも、だからって何故ここなんだ?ここには一体何があるんだ?」
虎徹には残留を示すバーナビーの意図がまだわからなかった。
「ここは………そうですね。見て貰った方が早いかもしれません」
珍しく少し眉間にしわを寄せた後、バーナビーは入口付近の壁に設置されたパネルに近寄った。いくつかの操作を加えると、何か…壁の向こうで大掛かりに仕掛けが動いている機械仕立ての仰々しい音が響いた。そして、円形に囲まれた壁の一つがスライドして開く。
一つずつをじっくりと見ている余裕なんてなかった。続いて、次のスライド。次のスライド………と順次どんどんと開いていく。合計22の扉が開ききった。
「こ、これは………まさか、みんなバニーなのか?」
立て掛けられたカプセル式の空間に横たわるのは、全てバーナビーの形をしたアンドロイドだった。簡素な白い手術着に身を包み、まるで眠っているように横たわっている光景は、異様としか表現できなかった。
「ええ。右から順に、4歳の僕から始まり5歳…6歳………一番左のは25歳の僕ですね。試作型のアンドロイドですが、識別番号で言うと全てH00で、ベースとなっている年齢が枝番になっています」
見慣れた様子でバーナビーは淡々と説明してくれるが、だからと言って到底直ぐには理解できる内容ではなかった。
「なんで…こんな………これも、マーベリックが作ったのか?」
整然と立ち並ぶ22体のバーナビーを見て、嫌悪感から胃から吐き気が込み上げてきて仕方なかった。
マーベリックは自らに記憶操作を施し、何も言わずにルナティックが殺してしまった。しかしまさかここまでの事を成し得ていたとは、想像を絶していた。
「ええ。僕もここに来て初めて知った事なのですが、マーベリックさんの能力も僕達の能力みたいに制限があって…同一人物には一年に一度しか記憶操作出来ないらしく、そこまでの僕の記憶を全てアンドロイドにバックアップ取ってあったみたいです。何か…記憶操作に不都合が生じた時に使うようだったみたいですが」
それは適わなかったからこそ、今ここにバーナビーの形をしたアンドロイドが全ているのだろう。
「動くのか?」
おそるおそる虎徹は尋ねる。アンドロイドというとワイルドタイガーを模写した機械を思い出したからだ。
「ええ、ですが安心して下さい。戦闘型ではありませんから。
彼らはただ…僕が無理やり忘れさせられたトラウマの結晶です。彼らを全て受け入れなければ、本当の僕は取り戻せない。そう思っています」
「だから、ここに居続けるのか………」
納得はしたが、暗い理由すぎて虎徹は言葉を押しとどめた。忘れてしまっていた記憶の集合体を目の前にバーナビーにはあまりに重すぎる。
「虎徹さんは僕を助けてくれますよね?今まで一人でずっと辛かったんです」
「っ………」
迫られて、声を引きつり一瞬虎徹は身を引いた。足が勝手にだ。しかし。
これは…バーナビーを直ぐに気にかけてやらなかった虎徹の罰だと思った。最初は、相棒を救えなくて…それでヒーローだと言えるのか?だからこそ受け止めなければいけないという葛藤の元。でも今は…見捨てることは出来ないと言う…同情とも違う芽生えた心に支配される。
「………わかった」
いつしか、頭で考えるより先に言葉が出ていた。これを考えて考えて出す結論では今のバーナビーには遅いのだと思ったのだ。
「ありがとうございます。さあ、行きましょう」
手を取って引かれて、バーナビーと共に一番右のカプセルへと近づく。
中に居たのは瞳を伏せたままの幼いバーナビー。最初の頃だからこそ随分と脆いようで。
バーナビーがカプセルの横のボタンをいくつか操作すると、まるで棺のようだったそれが開かれる−−−目覚める。
途端。まるで虎徹自身が別空間へと舞い降りたかのように周囲の風景が切り替わる。
4歳のバーナビーは
目の前で両親を殺された事よるトラウマにより眠れない子どもで、悪夢に怯えている。たまに虚ろに眠れたとしても、直ぐに飛び起きて睡眠自体を拒絶している。
5歳のバーナビーは
制御しきれないNEXT能力の暴走に喘いでいる。2歳の時に発動した能力だったが、ストッパー役となっていた両親が居ない事で抑えることが出来ず身も心もずたぼろに。
6歳のバーナビーは
孤児院でのいじめにあう。NEXT専用の孤児院でなかったことが幸いして異端の烙印を押されてしまう。一度ついた痣の上に重ねていくつもの痣が浮き上がる暴力。
7歳のバーナビーは
NEXT能力が安定期に入った為、マーベリックの実験道具になる。全て忘却させる前提だからこそ子どもには耐えがたい酷い仕打ちの数々が繰り返される。
8歳のバーナビーは
両親が亡くなった五年祭で墓の前で一人立つ。あれだけ両親を慕っていた親類縁故はもちろんのこと友人たちも誰もおらず、ただ一人で生きる事を実感させられる。
9歳のバーナビーは
学校のいじめが酷く、ついには同級生相手にNEXT能力を使ってしまい、怪我をさせてしまう。今まで隠してきたことが全て露見し、重ねてきた友人関係も崩落の一途へと落ちる。
10歳のバーナビーは
暇さえあれば両親を殺した犯人の刺青の聞きこみをするために街に立つが、その成果はもちろんなし。自分が子どもであることの無力を呪うしかない日々がただ続く。
11歳のバーナビーは
両親を殺した犯人の刺青情報を手に入れる為に、自分の見目のよさを使って少年趣味の男へと接触を心見て裏の世界を知るが、この世界からすればまだほんの子どもである事をいいようにされる。
12歳のバーナビーは
自立を望み、マーベリックの支配下から飛び出して全てを捨ててウロボロスの情報を探す旅に出る。しかしシュテルンビルトを出ようとする前に、黒い男たちに連れ戻される。
13歳のバーナビーは
精神からくる過換気症候群で入院する。原因はわかっていても、どうしようも出来ないことで、ただ息が出来ないまま苦しむだけの生き地獄を味わう。
14歳のバーナビーは
ワイルドタイガーという同じ能力を持ったヒーローのデビューを知る。たとえ数々の能力があっても、両親を…そして自分を助けてくれなかったヒーローという存在に反目を感じる。
15歳のバーナビーは
唯一の手がかりとしての刺青をしていたJ・G・ベンジャミンの存在を知るが、彼とは犯罪者として面会することが出来ない。最後の綱として駆け込んだ裁判所でも何も有益な証言を得られない。
16歳のバーナビーは
刑務所に収容されていたJ・G・ベンジャミンの死を知る。結局は何も出来ないまま、また振り出しに戻ってしまったことを痛感する。ウロボロスに関する他の手がかりは潰えた。
17歳のバーナビーは
将来の為、優等生を演じるために本当の自分を出さなくなる。腹の内は見せることなく、ただ他人が都合の良いように動いてくれる最善の方法に立てる立場を網羅し始める。
18歳のバーナビーは
弱みになると判断した友人やと恋人関係を切り捨て始めた。一人でも十分に生きていけることを知ったからこそ、決して特定の関係になる人間を作らないように努めた。
19歳のバーナビーは
数々の苦労も報われないことで自暴自棄になり、風呂場で手首を切って自殺を図る。突発的衝動行為だったため成功はせず、ただ精神科医による薬に頼る日々が始まる。
20歳のバーナビーは
成人を迎える。周囲には称える人間はたくさんいたが、誰の言葉も一つも心に響くことはなく、たった一人。どんどんと亡くなった両親の年齢に近づくのに何も果たせていない事を実感する。
21歳のバーナビーは
かつての記憶を取り戻そうと非合法の薬に手を出したが、足を突っ込みすぎて裏社会の人間に殺されかけて舞い戻り、手元の成果は結局何も掴めなかっただけ。
22歳のバーナビーは
通わされていたヒーローアカデミーを主席で卒業する。この時、少しは使えるNEXT能力者がいるかと思ったが期待外れで、やはり自分一人でウロボロスを探さなくてはいけないと感じる。
23歳のバーナビーは
念願のヒーローデビューを果たすが、望んだわけでもないのにコンビを組まされてやる気を無くす。しかもコンビ相手が無駄にお節介で自分とはタイプも違って、面倒臭すぎて嫌になる。
24歳のバーナビーは
ついにウロボロスと対峙する。通称ジェイク事件が勃発。両親を殺した筈のジェイク死亡という形で終わった。ジェイクは両親の事を覚えておらず、胸の中のわだかまりは一生ぬぐえない事を知る。
25歳のバーナビーは
KOHとして活躍することで忘れようとしていたが、自分の信じていた記憶がどんどんと変化してくことに気が付いてしまう。両親を殺した犯人がわからなくなり錯乱する。
それはまるで、バーナビーの記憶の中を歩いているようだった。
4歳から始まり、一つの記憶を第三者視点ではあったが虎徹は直接体感しているかのような錯覚に陥られた。次は5歳。次は6歳………きっかりと場面は切り替わって、バーナビーがマーベリックに記憶操作をされる直接の要因となったと思われる出来事が起きていく。ヒーローとしてデビューをしてからのバーナビーは虎徹も知ってはいたが、それでもすべては知り得ていない辛い過去をまた目のあたりにするのだ。
「………お疲れ様でした。大丈夫ですか?」
隣に居た筈のバーナビーも少し疲弊の表情を見せながらも、虎徹に声をかける。
「…バニー………お前も、これを見ていたのか?」
「ええ。ちょっと回数的には何度見たのかはとっくに忘れてしまったんですけども、そうですよ」
少し目を伏せながらも、こんな膨大な作業をいつまでも繰り返していたと、バーナビーは答える。
なんということだ。虎徹はまだこれでもマシな方なのだろうが、バーナビーはこれを全て実際にしているのに、無理やり忘れさせられたのだからダメージが大きすぎる。全てが忘れ去られていた記憶で、これらの出来事を隠ぺいし、満面な世界だけに光を当ててきたと思い込まされてきたのだ。
「もしかして虎徹さん、これで終わりだと思ってます?」
「え?」
バーナビーの問いかけは正に虎徹にとって盲点だった。次々と開いたカプセルは総勢22体。その辛くも苦しい体験をようやく全て網羅したと思っていたのだ。これ以上、何があるというのだ…
「駄目ですよ。26歳の僕のトラウマにも付き合って貰わないと…まだ壊れないでくださいね?」
そう言いながら、バーナビーは虎徹に近づいて行った。
もはや眩暈が止まないほどの数々のバーナビーの記憶をなぞった虎徹は、指先を動かすのさえつらい状況で、全く動けない。
「僕の寂しい心を満たして下さい。貴方のその身体で………」
バーナビーは、ゆっくりと虎徹の右手を取り上げると、指先から丹念に一本ずつ順次なぞっていく。アンドロイドではない唯一の生身の、辛く悲しい気持ちを伝えるように、共に体験してなだめて。
「やめっ…」
もはや、拒絶の瞳と言葉を投げる事しか出来なくなった虎徹の唯一の抵抗はもぎ取られる。
「大丈夫です。たった1時間の出来事です。さっき貴方が体験したのも一人につき全てきっちり1時間の設定でしたし、僕もそれに加わるだけです。平等でしょ?みんな、虎徹さんを求めているんです。僕を含めて23時間。残りの1時間は虎徹さんを一人にして差し上げますよ。これで24時間ですね、毎日」
ああ…取り入れられてしまったのだと虎徹は悟ったが、もはやバーナビーに押しつぶされて、声を出すことさえ叶わない。
繰り返し見せつけられるこのローテーションを固く遵守する事を誓うように、23番目と24番目の棺のような空間が新たに開く。
「早くしましょう。次の、4歳の僕が待っていますから―――」
しきりに時間を気にするように、終わらないタイムリミットをバーナビーは告げた。
ぽうっと浮かび上がるように4歳のあどけないバーナビーが愛らしく幼い手を伸ばして。
"また、はじめからくりかえそうよ…"と言っているようにさえ、虎徹には思えた。