チャイムが鳴ってからの突然の来訪者は、本当に予想外だった。
「はい、はーい」
こんな夜も遅くに差し掛かった時間帯に何か用があるとしたら宅配便かそこらだろうという検討を付けながら空返事を適当に返し、虎徹は扉を片手で開いた。
しかし、ドアノブを回しながらガチャリッと押し広げた扉の先で待っていたのは、全く見知らぬ少年だったのだ。
「君は、確か…」
よく仕事中に向ける子供相手の口調に瞬時に切り替わった虎徹は、少年の目線に合わせる為に少し屈んで中腰になった。おそらくまだ幼年期を臭わせる黒い髪を持った少年は、顔にそれなりに目立つ白い包帯を巻いていた。そうして思い出すのだ。よくよく見ると全然知らない少年というわけでもなかったということを。ここ最近、チラチラと虎徹の家の周りで見かけていた気がする。ただ、今までそれを意識したことはなく、近所の子供がちょろちょろとうろついているなという程度の認識ではあったが、やはり包帯をしているということで若干目立つ存在ではあった。それでも、だからといって少年がこの場へやってくる理由など思いつくわけがなかったのだが。
「おじさん。ちょっと確認したいことがあるから中に入れてくれる?」
虎徹が疑問に思っていることなどさておき、少年は子供勝りの少し口の悪い様子で唯我独尊に話しかけてきた。一応、断りの言葉を入れるだけでもマシだと思っているのだろうか。
「ええっ!?いや…それはちょっと。ていうか、どうしたの?警察連れて行くよー迷子だって。それともその年で、もう家出少年か何かなの?大体、見知らぬ人の家に押し掛けるなんてダメだろ。俺が悪い人なら、君を誘拐したりするかもしれないんだよ」
突然の少年の言葉に戸惑いながらも、とりあえず上辺の拒否の言葉を虎徹は並びたてた。唐突すぎて、あまり冷静に言葉を返せないのだから、定番な危険性を示唆させておくに留まるのだ。
「おじさんは、そんなことしないよ。だって、ワイルドタイガーなんだし」
バンッ
その言葉を受けた瞬間、虎徹は少年の手を軽く引っ張り室内に寄せ、玄関の扉を閉めた。
いくら夕方をとっくに過ぎたとはいえ、玄関の向こうは外であることに間違いないからこそ、往来で堂々と虎徹の職業を晒していいものではなかった。
おおいっ!今、この子なんて言った?と頭の中にイヤな想像がぐるぐると回る。
「な、何でそれを………」
最早虎徹には隠すなどという大人の落ち着きは存在していなかった。平素ならばもう少しそれなりの対応も出来たかもしれないが、子供相手ということであまりにも不意打ち過ぎたのだ。しらばっくれる余裕もない。
「だって、俺のお父さん。アポロンメディアに勤めてるんだもん」
それがどうしたんだと言わんばかりのあっけらかんとした顔で少年は言ってくる。まだそれが不味い事だとかそんな事はわからないようだった。
「あー、そっか。それがあったか。ああ、驚いた」
社内の人間からの情報か…と判明し、ぽっんと手を叩きながらもほっと虎徹は胸をなでおろした。ワイルドタイガーの正体はごく一部に限られているとはいえ、そこまで隠れているわけではない。若干会社の守秘義務が気になったが、子供相手には仕方ないだろうと思った。身内にはついしゃべりたくなる気持ちはわかるし、虎徹自身も娘以外には伝えているのだから。
「それで、確認したいことって何?」
そうして最大の疑問が解決した後に続いて出てくる質問へと移る。わざわざ虎徹の家に来るまでの用があるのかと、会社関係の人間なら会社で済ませる事だろうと思ったが違うのだろうかという思いがあるのだ。
「ワイルドタイガーがどういう生活をしているのかなって見てみたかったんだ。でも案外普通だな、つまんない」
さり気なく馬鹿にされたような気もするが、子供の本心だ。耐えろ、虎徹と自分に暗示をかけた。
確かに表向きは華やかなヒーローという職業持ちにしては虎徹のマンションは有り触れすぎているのかもしれないが、これがおじさんとしても気に入っているのだと子供に伝えてもまだわからないだろう。加えて金銭的な問題もあるが、それは現実的過ぎて言いたくもない。
そんなこんなで、結局少年の自由を許すことになってしまい、室内をうろついていることとなる。それでも一応興味深そうに少年は、キッチンやら浴室やらクローゼットやらを開いてみたりと好き勝手室内を眺めているのだ。期待して貰っても別に大したものはないのだが、見られて困るようなものもないし、とりあえず好きにさせる事にした。
虎徹は自身のコーヒーを作りながらも大枠はソファで少年の動向を眺めていると、それなりに高さのあるロフトをビクビクとしながら一歩一歩慎重に降りてきた様子が最後。ようやく一通り室内を見回って、満足したようだった。
「飲む?」
虎徹はコーヒーだが、砂糖多めのホットミルクのカップをテーブルの上に置くと、少年は頷いてちょこんっとソファに座った。一応ぬるめにしたのだが、まだ熱かったらしくカップを両手に少しふーふーと息を吹きかけながらも飲んでいる。
「そういえば、君って…いくつ?」
間を持たせるために、虎徹は無難に年齢を尋ねてみた。
「もうすぐ7歳だけど」
年齢を聞かれることはよくあるようで即答してくれる。
「そっか、7歳か。それにしては大きいな。将来が楽しみだな」
ここで娘が小さい頃を思い出しながらも、虎徹は少し笑みをこぼす。男の子だとやはり大きい印象になるのだろうか。子供の成長とはおもしろいものだ。
「うん。背は順調に伸びてるから、お父さんも喜んでくれてる」
返事と共に笑顔を見せてくれるが、顔に巻かれた白い包帯越しにすべての表情は掴み取りにくい印象だ。
「その包帯はどうしたの?もしかして怪我しているのか?」
「ううん。ちょっと前に手術したんだ。でも別に痛くはないよ。一応まだ外に行くときは巻いていた方がいいってだけだし」
包帯に関しては別に何とも思っていないらしく、すらすらと答えてくれた。まだ子供だから顔に包帯を巻いても抵抗はないらしい。とにかく問題があるようではなくて良かったと、虎徹は安心する。
そうして訪れたのはしばしの沈黙だったが、その視線はどうも痛かった。まるで虎徹のことを目が惹くかのようにじいっと観察しているのだ。
「………君って、ワイルドタイガーのファンなの?」
こんな子供にまで好かれている自覚はあまりないのだが、幻滅しているのではないだろうかと心配しながらも尋ねる。
対して少年は、ぶんぶんと激しく左右に首を振った。包帯が取れそうだ。
「違う。お父さんが、ファンなんだ」
「君のお父さんが?」
それなら年代的にもギリギリって感じか。この子の父親なら虎徹より結構年下だろうと思うのだが。しかし、父親って…虎徹のマンションまで知っているのだから人事部の誰かかと思ったが、そこまで子供に聞いてもわからないだろうから口を紡ぐ。
「だから、何でお父さんがワイルドタイガーが好きなのかな…って。でもわかんなかった」
しょんぼりとしょげながらも少年は言葉を続けた。いや、落ち込まれても困る。まあとりあえずこの子の行動の裏付けはわかった。父親が好きなワイルドタイガーのプライベートを垣間見たかったということか。ふむふむ。しかしその収穫がなくがっくりしているようだが。というか、まだこんな幼い子にワイルドタイガーの魅力を語るというのも難しい。強くてカッコいいぞという対象がまだ具体的ではないような。結局は言葉を選ぶこととなる。
「そうだなあ。君がもう少し大きくなれば、わかるようになると思うよ」
ぽんっと頭に少し手を乗せて、わしゃわしゃと少年の黒髪を撫でなから伝えた。
「大きくなれば…わかるんだ?うん。じゃあ頑張って俺、大きくなるよ!」
嬉しそうに顔を上げて少年は主張する。少しだけでも悩みが薄らいだようにも見えた。
「そう。大きくなるには、よく寝てよく食べてよく運動する事が大切だからな。さあ。もう、暗いから帰りなさい。家はどこなんだ?」
時計を見ると、ふつうの子供ならばとっくに寝ている時間だった。早く家に帰さないと…という気持ちで虎徹の方が焦る。
「俺の家は、もっと上の方だよ」
上?と短絡的に言われたが、当然虎徹にはわかるわけもない。だからといって具体的にと言っても、住所を覚えられるくらいの年齢ではないし、迷子札も見つからないから仕方ない。
「えーと。ブロンズステージより上ってこと?」
試しに楽天的に、上を指しながらも簡単に聞いてみる。
「うん。俺はゴールドステージに住んでて、ここにはモノレールで来たんだ」
随分と遠い場所を示されて、虎徹は困った顔をした。さすがアポロンメディアに勤めている父親というだけあって、当初考えた近所の子ではなかったようだ。
「夜のモノレールは危険だから、おうちの人に迎えに来て貰うことは出来ないかな?」
モノレールも地下鉄も24時間動いてはいるのだが、夜に移動するのは大人でそれも人種も限られてくる。昔よりは治安がマシになったとはいえ、まだまだ子供一人を送るほどにはほど遠い状況だったからこそ、提案をする。
「一応、お父さんに電話しようとは思ったんだけど、携帯電話を忘れてきて…番号がわかんないんだ」
ここで少年は悲しそうに顔を下に向けた。ああ、だから色々と不安でもあったのか。生まれながらにして携帯電話に頼っていては、親の番号どころか自分の番号も覚えていないだろう。ともかく夜もふける。そこまで遅い時間というわけではないが、もしかしたら警察沙汰になっていては…と困った。
「わかった。おじさんが送って行くから。道案内してくれよ」
車のキーケースを片手に取り出しながら見せると、少年はようやくぱあっと明るい子供らしい笑みを見せた。
とりあえず少年が覚えている自分の家の近くでわかる目立つ建物は最寄り駅だったので、ゴールドステージの一等地に鎮座するその駅へと向かった。モノレールならば直通があるのでブロンズステージからでも一気に登れるのだが、車だと幹線道路の関係でぐるりと回って行くことになる。
それなりに距離もあるので、車の中では少年と他愛のない話が続く。どうやらこの子の家にはワイルドタイガーのグッツがたくさんあるらしい。なんだかそういうのを聞くと少し照れくさかった。そうしてワイルドタイガーである虎徹が家に行くことも嬉しがり、父親が喜んでくれるかなあと期待しているようだ。多分それは、多少なりとも怒られてしまうと思うのだから、それだけはしないようにと伝えなければ。自分も子育てをした経験からわかるが、本当に悪い子供など存在をしていないというのだけは確実に思っているから。
最寄りの駅からのナビが始まる。制限速度を守るくらいのゆっくりとした走行で、少年に家までの道案内をさせるのだ。見知った道だから少年の言葉にも余裕が見えてきて安心した。どうやら無事に送り届けられそうだ。
「あ、そこのマンションが俺の住んでるトコだよ」
少年が一際大きく声を張り上げて小さな指で示したから、虎徹も運転片手で見上げる。
「えっ?」
そこに若干の見覚えがあって虎徹は一人でに疑問の声を出したが、焦る少年に促されてとりあえず路肩に車を止めた。
それから先の少年の行動は、本当に慣れた様子だった。マンションの広い玄関ロビーからエレベーターの位置も流れるように進んでいるので、虎徹は後をついていくだけとなって、そうして目的の部屋につくとポケットから取り出したカードキーで扉を開く。
「ただいまー」
バタバタとかけりながら大きな声を出して少年は中へ入っていくが、虎徹は玄関から動けなかった。
「今までどこに行って………」
なにやら扉の向こう側から少年と誰か大人がしゃべっている声が聞こえてくる。何度か言葉のやりとりをした後で、またバタバタと遠くの方へ駆ける子供の足音が聞こえたなと思った後に、スッと目の前のスライド式の扉が横へ開く。
そうして、その先から出てきた男と、はたりと目が合った。
「………バニー。どうしてココにいるの?」
もう意味がわからくて、思わず虎徹はそう聞いてしまった。
「は?ここは僕の住まいなんですからいるのは当たり前じゃないですか。虎徹さんこそ…突然どうしたんですか?」
どうやらバーナビーも事情を把握しきれていないらしく、不思議がりながら逆に質問してくる。
「いや、俺は………俺んちに押し掛けてきた子供を家まで送ってやっただけの筈なんだけど、何でバニーんち?」
仕方ないのでありのままを伝えながら、指でハテナマークを描くくらいだった。
「………そういうことですか。ようやくわかりましたよ」
そこまで言われて虎徹の言葉ですべてを悟ったようで、少しため息をつきながらもバーナビーは声を出す。
「いや、一人で納得しないで。俺には全然わかんないから、説明してよ。ってか、なに?親戚の子でも預かってるの?」
最初にこのマンションに来たときもそうだったが、誰かの依頼で子供を預かるというパターンが一番先の頭に来た。あのときは虎徹が適任ということで選ばれたわけだったが。
「違いますよ。あの子は、僕の息子ですから」
しかしバーナビーのさらりとした返しは、まさしく疑惑だった。
「ええっ!バニーって、あんなに大きな隠し子いたのかよ!!」
心底驚いて虎徹はその場で仰け反った。少し後ろの扉に頭をぶつけるが、痛みを感じないくらいとりあえず頭の処理が先立った。おいおい…いったい何歳の時の子だ?と計算したくなってしまう。
「違いますよ。勝手に話を飛躍させないで下さい。あの子は養子ですよ。養子」
最後を強調するように連呼してくる。
「そっか、養子か。良かった………って、養子!?ちょっと、バニー。俺、何も聞いていないんだけど!」
再び驚くのも仕方ないことだ。虎徹の住まうオリエンタルタウンではあまり聞かないのだが、シュテルンビルトでは養子自体が珍しいと言うことでは全くない。だがしかしそれは子供がいない夫婦だとか、有名人が慈善の一環として子供がいてもほかにも引き取るとかそういうパターンが主だった。それが結婚もしていないバーナビーが養子を取るなんて考えもしなかったのだ。これは、黙っているのも野暮じゃないかと思うわけだ。
「別に隠していたわけではありませんけど、特に聞かれなかったので。落ち着いたら伝えようとは思っていましたよ?それに、あの子と僕が一緒に生活し始めてからまだ二ヶ月しか経っていませんし」
二ヶ月前…そういえば、元から時間にキッチリしているバーナビーがよりヒーローとしての仕事以外の残業をしなくなった時期だと思い当たる。道理で早く帰るわけだ。それでもまだ時間が足りなくて色々と模索しているのかもしれないが。
「ああ、だから…あの子もなにも知らなかったわけね。お前がヒーローだっていうことも知らないの?」
少年は自分の父親をアポロンメディアの社員だと言っていた。ワイルドタイガーのバディのバーナビーだと知っているのなら、そうだと言うだろうと思ったからの声だ。
「知りませんね。まだあまりテレビを見ても理解が追いついていないようですし」
そればっかりは仕方ないだろう。ヒーローを意識し出す年齢層というものがある。あまりの子供過ぎてヒーローTVを見てもわからないだろうし、現実世界よりアニメの方が親しみやすいのだろう。
「で。どんな心境の変化で養子とったの?」
ここで正直な気持ちを聞いてみた。養子を取ることはもちろん良いことだとは思うけど、実の子でさえ虎徹のように手を焼いている部分があるというのに、良くも悪くも他人の子を未婚でというのは大変だという印象だからだ。別に珍しい事ではないが、虎徹から見ると子どもが子どもを育てるというか親の目だった。
「僕も幼いころに両親を亡くしたので、一時期お世話になっていた孤児院があるのですが、ヒーローになって恩返しで何度か訪れていたら、あの子に会ったんですよ。貰い手が見つからないと聞いたので手続きを取って、僕が引き取ることになりました」
簡素ではあったがバーナビーは説明をしてくれる。
「そっか。良かったな」
その深い理由を知って、それ以上は多く語らず、ただ虎徹は納得の言葉を出した。
「折角ですから虎徹さんに色々と聞きたいこともありますので、時間があるならあがって下さい」
玄関先での立ち話になってしまったことを気兼ねするような口振りで、バーナビーはリビングへ繋がる扉を開ける。
「おっ、子育ての先輩としてなら頼って貰って大丈夫だぞ」
頼られて悪い気はしないからこそ、とんっと胸を叩いて虎徹は誇示をする。娘を直接育てていた時期は短かったが、それでも未婚のバーナビーよりは断然自信があるからこそだ。
「いえ。子育てではなくて…今勉強をさせているので、それを手伝って欲しいんですけど」
「は?勉強??」
もう勉強させているのか。さすがバーナビーの子供だ。やることなすこと早いなと思いながらも、虎徹は部屋を案内するバーナビーに続いた。
バーナビーの住まいに足を踏み入れるのは初めてではなかったが、入ったことがあるのはリビングとキッチンとトイレとそんなもので奥の寝室などのプライベートルームは扉さえ開けたこともなかった。そうして、いくつかの区切られたフロアの先に、その扉はあった。
「この中にいます」
淀みなくバービーが開いたその部屋には驚くべきものたちがあった。
それほど広い空間ではないが、それでも目に付くのは一面のワイルドタイガーグッツで、ポスターやフィギュアはもちろんの事。雑貨や生活用品やおもちゃなど、本人である虎徹でさえ知らない物で埋め尽くされた部屋だった。
「な、………なに、ここ」
扉を開けたまま呆然と虎徹は立ち尽くす。
「何って…子供部屋ですけど」
そう示唆する部屋の中央には、バーナビーが養子に取ったという子供が座っていて、熱心にテレビ画面を見ていた。そのテレビに映されているのも昔のワイルドタイガーのVTRで…
「勉強は進んでいますか?」
立っているのさえやっとな虎徹の目の前で、何気ないようにバーナビーは少年に話しかけている。
「ここまで出来たよ」
少年は満面の笑みでノートに書かれたドリルのようなものを両手に持ち、バーナビーに示して見せた。
「全部出来たら答え合わせをしてあげますね。ああ、そうだ。帰宅したのですから、包帯は取ってかまいませんよ」
「うん」
そうやってバーナビーに促されて、少年は盛大に頷きながらも、慣れた手つきでゆっくりと包帯を取っていった。するすると落ちていく白い包帯が解かれて床へと落ちていく。最後に閉じていた瞳を開いて………その姿はどこまでもあどけなく無邪気で。
信じられない顔を持っていたのだ。
「そういえば、まだ名前を名乗ってなかったようですね。ほらっ、折角家まで送ってくれたのですから、しっかり自己紹介を」
トンッと少年の肩を押してバーナビーは促し、虎徹の方へと手のひらを向けている。トコトコと虎徹の目の前に進んできた少年は、この境遇に何の疑問も持たず言った。
「俺の名前は、鏑木・T・虎徹。さっきは送ってきてくれてありがとう」
そうして、虎徹の幼年時代と全く同じ顔を持った少年が挨拶をしてくれたのだ。
「っ………バニー!これは、どういうことだ!!」
突然叫んだ虎徹の言葉に、同じ名前を持った少年は驚いて、ビクリッと肩を縮め込んだ。
よどみなく近寄ってきたバーナビーは震える少年の両肩に手を乗せてささやく。
「ちょっと大人の話があるから、先に寝室へ行っていて下さい」
状況がわからない少年はとりあえずバーナビーの言葉だけを信じ、何度か首を上下にすると、小走りで子供部屋を後にした。パタンッと扉が閉まる音だけが後ろで聞こえる。
「あまり大きな声を出さないで下さい。これでも最近ようやく僕にべったりになってくれたんですよ?」
「あの子の…あの顔は何だ!」
虎徹の言葉に直接は答えないバーナビー相手に再び最大の怒りを示す。やはり見間違えるはずもないのだ。遠い昔の鏡の向こうとしては覚えていなくても残った写真が、子供時代の虎徹と瓜二つだと。
「そんなに怒ってくれるなんて…整形を頑張ったかいがありました。どうです?虎徹さんに似ているでしょう。まだ顔だけですからお披露目を渋っていたのですが、これから声も…何もかも。成長したらきっと僕好みの、最高の虎徹さんになってくれると思うんです」
くすくすと笑いながらバーナビーは喜びを示している。
「何で、そんなひどい事を…」
枯れそうな声を絞り出しながらも、ただ虎徹は疑問を口にするしかない。
「だって、僕が虎徹さんに初めて出会ったとき、貴方はすでに結婚していたから。僕は、一番になれないなんて我慢できないんです。でも…これなら、僕を一番大好きな虎徹さんに会えるじゃないですか。虎徹さんは、いつか結局は家族の元に行くでしょう?だから僕も本当の家族にしただけです」
ぽっかりと空いてしまったような胸を示し、バーナビーは寂しさを埋める為の行動だと白状した。
「やめろ!」
今からでも遅くないと思った。すべて元通りに出来なら、あの子の人生を狂わせることはこれ以上ないと思いたくて。
でも、そんな虎徹の声はバーナビーには届かず。会話はちぐはぐで、もはや正当に絡むことはなかった。
「そうですね…それなら虎徹さんが僕と結婚してくれるなら考えますよ。ちょうどいいじゃないですか、二人の子供みたいで」
そうして目の前に差し伸べたバーナビーの悪魔の手を虎徹は…取るのだろうか?
もう、バーナビーとしては、そんなことはどうでも良かった。
すでに理想の虎徹は、自分の手の中にいるのだから―――