「っ、、、!」
モロに額に加わった衝撃は油断していたせいか半端ではなく、しばらくは痛みで声も出せなかったが、ようやくバーナビーは声を発する。

「まだ、痛い?」
あの衝撃が、あまり人体から発せられるような簡単な音ではなかったので、結構心配して虎徹は尋ねてきたようだ。もしかしたら虎徹が声をかけなければ、あのような惨事にはならなかったのかもしれないと思っているのだろうか。いや、でも土足を注意しないわけには…とちょっと悩む様子を見せる。
本当ならバーナビーもこの場でうずくまりたくもあったが、泥だらけというわけではないが土足で立ち入った気まずさが念頭に残っていたらしく、ふらふらとしながらも何とか玄関先まで戻ることができた。一段降りると、ずっとりと腰を下ろして患部に手を当てながら頭を下げる。功を奏したのは虎猫の方で、バーナビーが撃沈している横をすり抜けて、わけもわからずではあったが、しばらくバーナビーを見上げた後、とりあえずいつも遊んでいる庭先に帰って行った。今頃、一人遊び中だろう。
「ちょっと見して」
直ぐに返事は出来なかったようで、虎徹はバーナビーの前に立ち、そう言った。こういう時にだけは便利な身長差だ。大きい鏡などあれば自分で確認も出来るだろうが、あいにく安寿は謝り倒した後に救急箱を探しに家の奥へとかけって行ってしまったし、そういったものを直ぐに取り出せる状況ではない。
当のバーナビーは重くなった頭を上げるのも少し辛いのが事実。
「額が少し赤くなってるけど、擦り傷や切り傷にはなっていないみたいだな」
正直、ぶつかった部分だけ綺麗に赤くなっているので変な形だったのだが。そっと、張り付いていた短く切ってある前髪をどけようと、ふわりと金糸に触れてくる。途端、ぴくんっと少しバーナビーが揺れた。
「悪い…痛かったか?」
患部には極力触れないようにした筈だったが、不味かっただろうかと虎徹は尋ねる。
「…いえ。虎徹さんに治療して貰えるなんて、僕は幸せ者だなって」
痛いはずなのに嬉しそうな顔をするバーナビーと、虎徹はぱちりと目線がぶつかった。その距離のあまり近さに驚いたのは虎徹の方だった。いや、自分から覗き込むように接近したとはいえ、こう視線が交差する位置までとは思っていなかったようだ。
「お待たせしました。薬をもって来ました!」
ぱたぱたと慌ててやってきた安寿の言葉をきっかけとして、虎徹は素早くなるべく自然にバーナビーの側を離れた。

少し冷やして軟膏でも塗っておいた方がいいだろうという結論に達したので、バーナビーは安寿に洗面所へと案内された。欧米の薬に比べて日本の薬は効きが悪いと言われているのである程度の常備薬は持ってきたが、大したことはないみたいで安心する。最悪酷くなったら病院に行けばいい。そのための国民健康保険だ。直接患部に軟膏を塗るなら本人に任せるべきと判断されたので、しばらく一人にしてくれる。手早く薬を塗って洗面所に出ると、安寿は待っていてくれたようだ。
「では、簡単に家の中を紹介しますね」
バーナビーが痛がる素振りを見せないので一先ずは安心して、安寿はそう言ってくれる。
そうして廊下を歩きながらざっくばらんに、部屋の説明が開始された。玄関から一番近い向かって左側は、安寿の部屋。その奥に洗面所と浴室で、洗面所と繋がっている先には浴室があるようだ。続いてトイレでは簡単にウォシュレットの説明だったが、これはあまり欧米では馴染みがないだろうから、使わなくても結構ですよと付け加えられた。ぐるりと回って縁側へ回ると、床の間と居間がふすまで区切られており、障子を隔ててとても日当たりのよさそうな空間だ。居間の隣は台所で、こちらも日本独自の趣を持った室内装飾の設計となっている。再び廊下へと戻って、家の一番奥の部屋へと案内された。
「こちらです」
通された部屋は、日本式で言うと六畳一間の畳部屋と言ったところだろうか。窓は一つだが、室内には木製のクローゼットとタンスとテーブルとテレビくらいしか置かれていないので、そんなに狭くは感じない。砂壁…というのは、現在の日本家屋でも珍しい部類に入るのはないだろうか。
「すみません…普段は物置にしていたので、少し換気がまだしきっていないのですが。あ、布団はこちらにあります。下の収納に普段は使わない物を閉まっておいて下さい」
押入れを開いて安寿は解説する。上には天袋もあるのだが、彼女の身長的に台座がないと簡単には開けないので、指し示すだけにとどめる。畳の上に寝るという習慣はないだろうから最初は少し大変かもしれないが、分厚いマットレスも用意したので申し訳ないがそれで我慢してもらうこととなると付け加えられた。
「ありがとうございます」
想像以上の日本の和室に少し感動しながらバーナビーは答えた。布団の敷き方…とか、正直まだまだ未知な部分もあるが、うまくやっていけそうだと感じた。
「それと、こちら。良かったら使って下さい」
「はい。何ですか?」
ちょっとタイミングを見失って渡すのが遅れてしまったが、バーナビーは安寿に土産を手渡した。
気にいるかどうかはわからないが、あまり負担に思われない程度で、一応日本でも有名な米国関連の物にした。
「こちらこそ、わざわざ気を使って頂いて、恐れ入ります」
大変恐縮そうに安寿は答えた。日本人の美徳として貰ったものを直ぐに開けることはしないようだが、やはり嬉しそうな表情をされた。
「こんな素晴らしいものまで頂いた後に、とても言いにくいのですが…」
「何かあるんですか?」
これが日本式、お茶を濁すという表現か。とても口ごもった安寿を謎に思い、バーナビーは言葉を発する。
「えーと、後で虎徹から説明させますね。すみません…」
ちょっと逃げるように言い捨てた安寿は、廊下へ戻って行ってしまった。
何だと言うのだろうか。少なくとも自分、そして虎徹に関係あることらしいが、ぱっとは思いつかない。
とりあえず荷物の整理でもしようかと、バーナビーはスーツケースに手をかけた。男一人だからそれほど多いわけでもないが、それなりの大きさはある。
案の定、しばらくすると廊下から、足音が響く。足音の軽さからして虎徹だろう。鏑木家の父親は早くに他界していると聞いているし、虎徹の兄である村正はたまたま今日友人宅へ泊まりにいっているらしい。一旦、廊下の途中でそれも止まった。障子を開く音と共に、虎徹も部屋入ったらしい。隣だ。室内でも少し騒ぎ立てて、ばたばたしている。未だにバーナビーの記憶の中の虎徹は大人であったが、やはり今は年相応の子供らしい様子も見せるらしい。
しかし、結構騒がしい…何かがおかしいことに、ようやくバーナビーは気がついた。いくら虎徹の声が多少元気すぎて大きかったと仮定しても、バーナビーの元へ良く響きすぎるのだ。近頃世間で問い沙汰されている、壁の薄い集合マンションとはまた違う違和感。
まさかと、思った。振り向いた。
「よっ、バニー」
バンッ!と勢いよく、ふすまが全開に開いた。開いてしまったのだ。興味津津、豪快に開いた先にあったのは一つの部屋だった。そこに虎徹が居る…
「俺、隣部屋だから。ヨロシクな。ま、隣っていっても、ふすまで区切ってあるだけなんだけど」
ああ…これが、安寿が口ごもった理由かと、バーナビーは理解した。
欄間・天然杉大黒柱素晴らしいとバーナビーは、直ぐにはふすまの向こうまで気にはならなかったのだが、さすが元祖日本式家屋。この部屋は元々十二畳の和室で、隔たりとしてふすまがあるだけだと、ようやく気がついたのだった。日本人の家は狭いと聞いていたとはいえ、わかりにくい相部屋だと理解した。これは…さすがに聞かされていなかった事態だ。
「…もしかして、ふすまって鍵かからないんですか?」
バーナビーの中では、ふすまは日本式の扉という認識であったが、このあまりのお手軽感に疑惑を持ち思わず尋ねる。節目に、鍵らしきものが見かけられない。
「何…バニー、嫌なの?」
その虎徹の口ぶりからして、もちろん鍵などかかる筈はないらしい。それどころか、望んだ部屋配置のようだ。
「嫌とかそうではなくて。わかっていますか?虎徹さん。僕たち、前世では恋人同士だった事を」
まるで意識していない虎徹へ再認識させるように、明確な言葉を出す。開いていたスーツケースをパタンッと閉じ、ゆっくりと立ち上がる。
「えっ、何?……って、あ!」
そのまま、少しだけふすまを開けていた虎徹を引っ張って、バーナビー側の胸へと飛び込ませる。
そして―――幼いその顔を抱えて、互いの唇を合わせる。
あまい…本当に久しぶりなキスだ。

「ばばばば、バニー!!!」
さすがにこれは想定していなかったらしく、小さい顔を真っ赤にして虎徹は叫ぶ。
「前世だけじゃない…今の僕も好きになって………そして、貴方のこれからの未来も…僕に下さい」
一番近い場所で、バーナビーはにっこりと微笑んでこれからの二人の関係を示唆させる。
その為に、日本に来たのだから。
今も、過去も、未来も…二人が恋人同士になる為の、宣言だった。






END











恋 人 は 小 学 一 年 生
next