「バニー」
「バニー!」
「バニーちゃん」
「バニーちゃんっ」
「おーい、………バニー?」
さりとて、虎徹はオフィスで横に座っているバーナビーに色々なバリエーションで呼んでみたのだが、完全に無視されていた。
このバーナビーと虎徹はつい先日コンビを組まされたばかりであったが、その性格は全くの正反対。何をやるにも反りが合わないと言っても過言ではないほどだった。それでも虎徹はどうにかして仲良くしようと努力をしていた。上司であるロイズさんに言われたからというわけではないが、いくら性格が合わないからと言って虎徹はそれで人を遠ざけたりするようなタイプではない。どうやらバーナビーはそのタイプのようだが。折角相棒となったのだから、出来たら二人協力してヒーローをやりたい。これが素直な気持ちなのである。しかし簡単に虎徹の気持ちは伝わらないようで、そっけない相手方の対応は続く。
「ねぇ、バニーちゃん!」
だれもいないヒーロー事業部のフロアということを良い事にして、虎徹はいの一番に大きな声を出す。
「………なんですか?」
完全に不機嫌を隠さない声でようやくこちらを向いたバーナビーだったが、手持ちのキータッチは止まらないようで、凛と通る声の後にはカタカタカタとタイプ音が続く。
「ちょっと、バニーに教えてもらいたいコトがあるんだけど…」
対してこちらは反応があったことで下手に出ることとする。虎徹なりに出来うる限り謙遜する様子を示しながら言葉を濁してみたのだが。
「僕は忙しいのですが」
バーナビーはヒーローとして活動し始めたばかりだが余念がないようで、なにやら仕事外に独自のデータベースを作っている。それはチラ見しても虎徹にはわからない物で、別に理解して貰いたいとも思わないだろうが、とりあえず見るからに忙しいオーラを放出した。だが、ここでひるむわけにはいかない。
「いや、昨日の事件の報告書を書いてるんだけどさ。よく覚えてないトコあるから、バニーに付け合せを頼みたいなぁって」
それならこちらもマトモな案件を示すに限る。これなら話すのに違和感ない仕事だろうし、事実虎徹も困っていた。
「まだ書いてなかったんですか…今、何時だと思っているんですか?」
そうして時計を示唆しながらも、あっさりと冷ややかな目が向けられる。今日はヒーローとしての出勤はなかった。だが虎徹もアポロンメディアに引き抜かれたばかりで慣れなく色々やる事も多い。提出期限は、そう…正午だった気がする。今は夕方。はてさて。
「う゜…だから協力して欲しい………いえ、して下さい。バニー様」
切羽詰りながらも、何か困ることがあるととりあえずバニーバニーと名前を呼ぶのだ。
「何度も言っていますけど、その『バニー』って呼び方、やめてくれませんか?」
しかしそれこそ裏目に出たようで先ほどより一段不機嫌な言葉が飛んでくる。それにしてもバニーと呼ぶ理由も説明した筈だったが、バニー様ではなくバーナビー様でなければ通じないのだろうか。案外手厳しいな。
「いや、少しぐらいはいいんじゃん。呼びやすいし」
短く切って早く呼べるという利点。これ以上に素晴らしいという呼び方はないと虎徹は確信していた。だから。
「嫌なんですよ。その呼び方」
対するバーナビーは真っ向否定。拒否だ。拒絶だ。ようやくキーボードから手を離したのだが。
「えっ、バニーって兎嫌いなの?」
そうして珍しいなという様子の新発見を顔に示した。
「そんな事は言ってきませんし、僕が兎を嫌いとか有り得ないです」
虎徹のリアクションに非常に納得いかないようで、バーナビーは胸に手を当て自分の嗜好を表に出した。
「じゃあいいじゃないか。そっか、バニーは兎好きなのか」
噛み締めるように言うと、なぜか勝手に顔がほころぶ。
「…もう、いいです。疲れました。少し休憩に行ってきます………」
諦めも含めてバーナビーは椅子から立ち上がってスタスタとフロアから出て行ってしまった。デビューからここ連日できっと疲れているのだろう。やはりうまくいかない。しかし何が悪いのか虎徹もあまり理解出来ていない構図が目の前にあった。
「あっ、俺もコーヒー貰いに行こうっと」
このときまでは、そう楽天的に考えていた。
「まったく…あのおじさんは何回言っても………」
給湯室と続く廊下への途中、そんな声が聞こえてきて、虎徹ははたりと立ち止まる。正直バーナビーと行き先がほぼ一緒な可能性は考えていたのだが、それにしてもそこが軽く気分転換できる自販機の前だとかではなく、喫煙室なのだから驚いたのだ。そもそもバーナビーはタバコを吸わない。本人の口からはっきり聞いたことはないが、短い付き合いとはいえそんなことをしていれば流石に気が付く。そしてこのヒーロー事業部を含めたフロアでは、世知辛い昨今の為、喫煙者はいないらしい。もちろん虎徹も吸わない。だから来客があった時用という豪華な空間になっていると、最初に施設案内を受けたときに一度だけ見た記憶はある。さすが天下のアポロンメディア様ということで清掃は行き渡り、おそらく多少しかヤニ臭わないだろうが、少なくともバーナビーが居るに相応しいとはさっぱり思えなかった。改めて考えれば、一人になる空間というのは案外少ないからこそのバーナビーのチョイスなのだろう。後はトイレくらいか。いや、そこはバーナビーには似合わない。アイドルはトイレ行かないみたいなものだ。知らん。
そんな場所でバーナビーは、どうやら愚痴を言っているようだ。もちろん虎徹のだが。愚痴を言うための空間で独り言はどんどん大きくなる。
「事あるごとにバニーって、………まさか…いや、あの鈍いおじさんに限って気が付いているなんてわけはないだろうけど、一応は注意をしないと」
ぶつくさ独り言を溜め込むとネガティブになるぞ…と聞き耳を立てながら虎徹は人生の先輩としての持論が浮かぶ。何かいいたいことがあるならはっきり自分の目の前に言うのがバーナビーの為。そう思い、虎徹は意気揚々と喫煙室の扉を開いた。
ガチャリ
「バニー?」
一番に飛び込んできたのは、わずかに残るタバコの臭いだったがやはり使う人も少ないのかやはり残り香程度。そして中に居るはずのバーナビーの姿は虎徹の視界には入らなかった。換気扇が回りまくる密閉空間の為、それほど広いわけではない禁煙室。それなのに長身でスタイリッシュを売りとするバーナビーがいないのだ。どうして。
だが、次に目に飛び込んできたのは、窓際の机にちょこんと乗っかっている黄色い毛玉だった。いや、虎徹の視力はバーナビーほどに悪いわけではない。存在しないと仮定しなければ確かに居た。金の兎が。
「バニー?」
さきほどは空間へと投げていた言葉が、今度は明確な意思を持って金の兎へと向けられた。
「よくわかりましたね…おじさん」
若干緊張したような悟ったような声がどこからかやってきて、虎徹の耳を通過した。もちろん相棒のバーナビーの声だとはわかっているけれども、その発生源が合致するわけなかった。
「今までうまく隠れていたと思っていたのに、僕もまだまだでしたね」
「えっ、えっ、えっ…?」
声は聞こえる。だから虎徹は周囲をキョロキョロするしかない。まるでアンドロイドのように首をがくがくと左右に振っても状況は何も変わりはしなくとも。
「仕方ありませんが、観念しますよ。まさかこんなに早く正体を見破られるなんて、驚きましたけど」
そこまで言い切られて、ばふんっと辺りが一瞬白くなった。予想したくともしたくなかった現実が目の前に訪れ、先ほどいた金の兎の場所へいつもと変わらぬ不遜な姿のバーナビーが現れたのだった。
「えーと。えーと。えーと。バニー、どこにいたの?」
こういうとき、虎徹は人を指で指すのが大得意になってしまう筈だが、その指先も震える。
「今更何を言っているんですか?もうお分かりでしょう。さっきからずっと僕はココにいましたし、貴方も僕をバニーと呼んでいたじゃないですか」
「いや、だから…それは………てか、何言っちゃってんの?もしかして新手のNEXTとか?」
そもそもバニーと呼んでいたのに特に他意があるわけがない。困ったときのバニー。それ以上の意味はない筈だった、後にも先にも。
「違います。貴方達の言葉で言うと、僕は宇宙人という存在になります。バニーパパとバニーママの間に生まれたバニーン星の王子です」
真顔で言われた。目の前でイケメンが電波を真顔で言っている。
「バニーちゃん。いくらハンサムだからって、言って大丈夫なラインとアウトなラインがあるって知らないかな?」
バーナビーから冗談を面と食らったのは初めてすぎて、とりあえずフォローの言葉を出すぐらいしか出来ない状況に陥った。
「別に今は信じて貰えなくても結構です。これから嫌というぐらいに理解してもらえるでしょうから」
そう言いながらバーナビーは、虎徹にじりよる。だから虎徹は後ずさる………
「ちょっ、仮に…仮にだが。お前が本当に宇宙人だとして、目的は何だ?まさか俺の命じゃないんだろ」
静止するように声を上げつつも、この行動の説明を求める。
「僕達は種の保存から移住出来る星を探してここまで来ました。だからこそ正体を知られてはいけなかったのですが、貴方にバレてしまいました。僕は任務を果たせなかった。でも手ぶらで帰るわけにも行きません」
一瞬だったが、バーナビーの眼鏡越しの瞳が不穏に光った。
「べ、別に俺は誰にも言うつもりもないし。そもそも俺が誰言いふらしたって誰も信じないって」
両手を開きながらぶんぶんとしながらも、悲しくも自分のそれほどの価値はないことを必死にリアクションする。
「そういう問題じゃありません。この状況を僕の矜持が許さないのですから…」
がしっ、と痛いほど強く左腕を掴まれた。兎相手にまるで捕食されたかのようなというか、確実に被検体確保という状況だ。もう逃がす気はないらしい。
「安心して下さい。貴方が僕と結婚すれば、この星は見逃されます。世界を救うのがヒーローなんでしょ?」
不測の笑みを浮かべながら、虎徹はバーナビーに繋がれながらふわりと宙を舞う感覚に陥った。
眩しすぎる光の中、次に見る物はきっと…この相棒の顔なのだろうなと諦め半分虎徹は思うのだった。
さあ、ここから恋を始めよう−−−