バーナビーに対する世間一般の評価は、こうだ。
ハンサムである―――当然だ。あの均衡のとれた顔立ちでハンサムでなかったら、他の誰がハンサムだというのだ。正しくハンサムを具現化したような男と言える。
スタイルがいい―――もちろん顔だけではなく、高身長で無駄すぎない筋肉もついており、ルックスは完璧だ。
オシャレである―――ファッションだけではなくインテリアや小物にもこだわりを持っており、流行を作るサイドの人間と見られている。
クールでスマートだ―――これは本人も自負するキャッチフレーズともなっているからこそ、代名詞ともなりうる。それでいて冷たすぎるというわけではなく、ファンサービスも欠かさない精神も持っている。
ありとあらゆる美辞麗句を並べながらも、結局のところ虎徹が何を言いたいのかといえば。
『バニーを好きにならないほうが無理だろう』
つまりはこう言うことだ。

虎徹とバーナビーの間に与えられた関係は、パートナーでありライバルでもある…という何とも曖昧な間柄だった。それでも二人の間には、既にスーパールーキーとピークをとうに過ぎたベテランという果てしない差がある。
今日も、バーナビーはトレーニングルームで精力的にマシンに打ち込んでいる。虎徹がこの場所にいるように、他のヒーローたちも各々のトレーニングメニューに励んでいる。そういった、とても真面目な空間の筈だったのだが。どうも虎徹は調子が出ない。というかバーナビーとパートナーを組むようになってから、余計に虎徹はヒーローとしてうまくいかなくなってしまった。それは…勝手に原因にしてしまうが、殆どバーナビーのせいだった。だからと言ってそれを本人に言える筈もない。
「はあ…」
自分でもわかるくらいありありと、虎徹は一つ盛大にため息をつく。どうせみんな真面目にトレーニングしているから誰も気にとめないだろう…と思っていたのだが。
「はあ…」
先ほど自分がしたものよりは幾分とマシではあったがそれでも何やら後ろで似たようなため息が聞こえて、虎徹は反射的に後ろを振り返る。
「…ん?どうしたんだ、ブルーローズ」
壁際に肩をつけて、何だか疲れるように身を預けていたのは、ブルーローズだったので思わず声をかける。自分はともかくとしても、まだ10代であるブルーローズのこんな様子は、どちらからというと珍しい。
「タイガーだって、ため息ついていたじゃない…どうせ、全然活躍が出来ていないからでしょうけど」
鋭く痛いところを突かれる。
「ははは、ま…そうだな。で、お前は?そっちは順調な活躍だろ?」
相変わらず若者の憎まれ口を受けたが、実際間違っていないし、そればかり考えていると余計にネガティブになってしまうので、虎徹は無理矢理話題をブルーローズへと変えた。
「そりゃあヒーローとしてはそれなりだけど…私はタイガーと違ってそっち一本に打ち込めるってわけじゃないし、学校生活とか忙しいのよ。で、昨日やっとテストが終わったんだけど…疲れがとれなくて」
何だか若者らしくない発言だったが、無理もない。普通に学生生活を送るだけでもそれなりに時間を取られるのに、ヒーローとしての出撃だけではなく、取材やテレビ収録などブルーローズくらいの人気ヒーローならば、それだけでも過密スケジュールだろう。加えて時間を縫ってバーで歌うとは…若者だからこそ出来る事なのかもしれないが、体力的にも気力的にもいっぱいいっぱいに見える。
「大変だな。学生とヒーローの両立は」
「好きでやっていることだから、もう慣れたわよ。でもテスト期間はさすがに辛い。学校は早く終わるとはいえ、テスト勉強しなくちゃいけないし」
「お前、よく単語帳とか見てるもんな。今回は勉強ヤバかったのか?」
虎徹が学生だったのは随分前で、勉強だなんて久しく乏しい。もはや学生のテスト期間の周期でさえ覚えていないくらいだったので、単純にそう訪ねる。
「別に成績が落ちたとか、そういうわけではないけど。ただ、今回はテスト範囲が広かったからいろんなトコでテキスト開いてたら、なんか…目が疲れたのよ。視力落ちたかも…」
そう言いながら、ブルーローズは少ししょぼしょぼしてしまった目を軽くこする。
「あれ?お前ってコンタクトか何かだっけ?」
「一応裸眼。でも夜は多少見えにくいし、レーシックするほどでもないから、とりあえずメガネでも作ろうかな…って」
相談という事ではないのだろうが、独り言の延長のようにブルーローズは呟く。
「メガネか…なんか、一度メガネ付け始めるとどんどん視力落ちる…とか、付けたり外したりするのは良くないって聞いたことあるけど、大丈夫か?」
一応心配して、聞きかじった知識を披露する。
「タイガーも裸眼でしょ?メガネしてない人からの話だと、信用性ゼロなんだけど」
「うっ…視力がいいのは、良い事だろ?」
鋭く突っ込まれて、苦し紛れに弁解をする。ブルーローズの指摘通り、今まで虎徹が目の悪さに困ったことは一度もない。ただ視力がいいと、老眼になるのが早いらしいが…それは今は思いたくないことだった。
「はいはい。視力だけはいいわよね。それが活躍に結びつけばいいけど…
ま、確かに慣れないとメガネは大変かもしれないけど………そういえば、アンタの相棒は始終メガネだけど、どうなの?」
「え?」
ここにきて突然、虎徹の中だけではあったが目下渦中のバーナビーへと話題が飛んで、身を少し上げた。ちょっと焦ってしまい、そんなに直ぐに考えることなど出来ず、疑問だけでブルーローズへと中途半端に返事をすることとなった。
「だから、バーナビーって何でコンタクトにしないのかなって。メガネって案外不便なトコあるじゃない。何かメリットあるのかな」
そう言いながらブルーローズはそれなりに離れている場所にいるバーナビーの方向をちらりと見ながら、虎徹に向かってそう言った。
「あー、なんか昔はコンタクトも試したらしいけど。長時間付けていると、目が赤くなるから無理って聞いたような………あれ?これって兎目かな?さすが、バニー」
場を盛り立てる為に、虎徹はちょっとおちゃらけた感じでブルーローズの疑問に答えてあげる。
「それ、おもしろくない。大体、そんな風に呼んでるのアンタだけだし」
しかしブルーローズはばっさり切り捨てた。ノリが悪いというか…いや、全くその通りなのかもしれない。今はタイミングが悪かっただけと思いたいが。
「そっか………ま、バニーはメガネが似合っているから、それでいいよな」
オヤジギャグのように捉えられてしまったことで、虎徹はがっくりと肩を下げる。どうも、なかなかうまく若者とは感性がやはり合わないようだ。似合っているから、それでいい。こういう結論で良かったんだろう。きっと。
「でも、少し安心した」
「は?」
ここにきて意外な言葉がブルーローズから飛び出し、虎徹は再び顔を上げる。
「なんか…タイガー。バーナビーと組んでからぎくしゃくしているように見えたから。そんな事まで知ってるなんて、さすがはパートナーなんだなって。案外うまくいっているって感じ?ま、どうせアンタが無理矢理聞いたんでしょうけど」
「ははは…」
ブルーローズの痛烈な言葉に、虎徹はただ笑うだけですべてをごまかした。案外若者は目敏かった。ギスギスした関係が拭えていないことは決して間違いではない。
確かに虎徹はバーナビーがコンタクトをしない理由を聞いた。でもそれは、三年前の話。

そう…だって、虎徹はバニーの元カノなのだから。








三年前。虎徹とバーナビーは、いわゆる行きずりの…身体だけの関係として始まった。
その時の虎徹は妻を亡くし娘とも遠く離れヒーローとしての活躍もじりじり右肩下がりという難しい時期だった。正直、今よりも荒んでいたのだろう。時間がすべてを解決してくれるわけではないが、それでもやはり妻を亡くした当初はいろいろと堪えた。だからこそ、まだ今よりは若かったし、セックスという激情に溺れることが出来た。
当時のバーナビーは二十歳こそは越えていたが、普通のアカデミーに通う学生という認識しかなく、まさか同じNEXT能力者だとは思わなかった。結局のところ互いに素性を直隠しにしていたのだ。それは、主に二人が会う目的がセックス中心だったからかもしれない。どこか非現実的な空間に身を任せ、ヒーローである自分とは隔離した甘いだけの世界に浸っていた。
あの時は、そんな日々が続くのだと…そう思っていた。
その頃の虎徹とバーナビーは定期的にメールのやりとりをしていた。それは、単純な恋人同士のように甘いものではなかったのかもしれないが、それでも虎徹にとってはそれが支えだった。互いに暇というわけではないから、メールのやりとりは一日に一度程度。
ある日…バーナビーからの返信がなかった。そして…次の日もなかった。送信をし忘れたのかともう一度送信BOXを確認するがエラーは出ていない。三日後。恐る恐る、何気ないようにもう一度メールを送る。返信なし。返信なし。返信なし……………十日がそのまま過ぎた。
そうして気がつく…もう返信が来ることはないのだと。こうなってしまった理由に、虎徹は思い当たる節はなかった。それでも絶対的に悟ってしまったのだ。
多分―――最初から自分たちの関係は儚いものだったのだと。
緊急連絡時にしか使っていなかったバーナビーのケータイ番号は未だに残っている。繋がるのだろうか。わからないが…そこに連絡出来るほどの勇気が、その時の虎徹にある筈もなかった。
もしかしたらわざと連絡をしないことで…どこかで繋がっていると思いたかったのかもしれない。

それは、三年前の…たった三ヶ月の出来事。それでも確かに好きだった。





互いにヒーローとして、最悪の再会をした時。

バーナビーは虎徹に向かって「はじめまして」とだけ言って一瞥した。
ただそれだけだった。たった一言であの三ヶ月の全てを…二人の過去はなかったことにされたのだ。それは明らかな拒絶。
まさか、今更わからないというわけではないのだろう。仕方ない…か。こればっかりは。きっとあれはバーナビーの中では過去の過ちという扱いなのだろう。だからこそ、これは双方が黙っていればすむことだ。
そして、今でも虎徹がバーナビーを好きでなれば昔のコトと割り切れるのだが。約三年ぶりに再会して、そんな簡単に心を決められるほど虎徹は潔い男ではなかった。
自分が好きな男が、「おじさん」と呼んでくれる…認識してくれる……まだそれだけでも。いいんだ…それだけで十分だろ。贅沢を言うな。と虎徹は自分自身に言い聞かせる。
もう二度と出会うこともないのかもしれないという最悪の状況を知っているからこそ、前よりは何よりもマシなのだ。
でも、だからこそ…この気持ちを伝えることはない。というか無理だ。
だけど、想うだけなら自由だ。口に出さなければいい…そう思って、仕事という名目を出して虎徹はバーナビーの隣に居続けた。

「………ちょっと…ねぇ、聞いてるの?タイガーさん!」
突然身体を揺さぶられて、はっと虎徹は意識を戻す。慌てて右腕を見ると、いつの間にかドラゴンキッドが横にいて、自分の右腕を掴んでいた。
それどころではない。自分…というか、前にいたブルーローズを中心に他のヒーローたちも全員集合という構図になっていた。
どうやら過去に囚われ、勝手に一人で軽くトリップしてしまったようだ。
そうだ…あれから、ブルーローズを心配して虎徹だけではなく他のヒーローたちもいたわりの声をかけに来て集まったのだ。虎徹は適当に頷く機械となって端に居ることとなったが、それでも目の前ではヒーローたちの話が進んでいた。あれ…なんだっけ?ブルーローズには申し訳ないが、真面目に聞いていなかったのは確かで、話の筋が見えない。
「ああ…悪い悪い」
とりあえず暗いばかりの過去から現実に戻してくれたドラゴンキッドに礼を内心で言いつつ、言葉を返す。
「もう決まっちゃったよ。タイガーさんは買い出し担当ね」
いつもながらあどけない明るい声を出しながら、ドラゴンキッドは説明をする。
「ん?買い出し???」
ますます話の筋が見えなくなり、虎徹は?マークばかりを量産した。
「たまにはみんなでバーベキューパーティーでもしようって話ですよ」
こそりと折紙サイクロンが隣に来て、教えてくれた。多分、虎徹があまり話を聞いていないとわかったのだろう。
「え…あ、ああ。いいんじゃね」
ここでようやく目の前で繰り広げられていた話が合致する。ヒーローはライバル同士でもあるが、災害救助などでは互いの力を連携させてのプレーということも多くある。これが無駄に親好ということにはならないだろう。
「私たちは定期的に女子会してるけど、全員っていうのは久しぶりね」
楽しみだとファイヤーエンブレムが言葉を続ける。少なくともバーナビーが加入してからは初めてだ。
「で、何で俺が買い出し?」
確かに話を全く聞いていなかったので意義を唱えるつもりはなかったが、それは単純な疑問としての問いかけだ。
「この人数だと随分買い込まないといけないからね。しかも男性ばかりだろ?どこで買うのか適切か…皆で考えていたのだが」
ここでスカイハイが説明に乗じてくれる。男性…という選択肢に彼の中だとファイヤーエンブレムは入っているのだろうかと天然だからこそ、少しそっちが気になった。
「虎徹。お前確か…あそこの会員制大型スーパーマーケットのカード持ってただろ?だから、お前が買い出し係って事だ」
最後に馴染みのロックバイソンの台詞が決定打だ。
「あー。確かに持ってる。期限も切れてないと…思う」
ロックバイソンが言う会員制大型スーパーマーケットとは、その名の通り会員カードを持っていないと入れない場所だった。独自のプライベートブランドを中心に取りそろえているが、一言で表すとまるで倉庫のような広さに食料品は元より、家電にタイヤに医薬品まで…と、ここに売っていない物はないんじゃないかと思うほど巨大なスーパーだ。唯一のネックはバラ売りをしないことで、ありとあらゆる物が業務用かと思う大きさで売られている。品質も良いのだが但し、完全会員制(年払い)。
何しろ巨大店舗な為、郊外型。最近ブロンズステージに過去最大級の規模が建設されて話題となり、虎徹も野次馬がてらカードを作り、一度だけ行った。その話をロックバイソンに話の種として語ったことがあるから、覚えていたのだろう。
「ちょっと、大丈夫?カード無くしてないでしょうね?」
曖昧な虎徹の言葉にブルーローズが、疑惑の声を上げる。いくら準備を進めても食材一式がなければ話にならないからだろう。
「ヘーキヘーキ。カードケースのどっかに入ってる…多分」
「じゃあ、これをヨロシクねー」
そう言いながら、ドラゴンキッドは何やらそれなりの大きさのメモをこちらに渡すので、虎徹は反射的に受け取る。
「なんだこりゃ…」
何やらたくさん書き込みされているので、一つ一つ目を通す。
「とりあえず暫定的に買い物リストです。他にも必要な物があったら、その場で判断して買ってきて下さい」
丁寧に説明してくれるのは折紙サイクロンだったが、紙自体は非常にごっちゃごっちゃしていた。筆跡から見て、色々な人間があれこれと欲しいものを付け加えていて、しかも色ペンが各自違ったからこそ余計にそれが顕著に見えた。メモの最後の方は書ききれないらしく、文字が小さくなったりしている。これ…いらない物も絶対あると思うんだが。その時は、売ってなかったでごまかそうと思った。
「買うもの、やたら多くね?これ、俺一人じゃ無理だろ…」
そもそも、あそこのスーパーで買うとなると一つ一つがやたらでかい。移動自体は車で済ませるとはいえ、カート自体も成人男性が押すのも重いくらいだ。
「それなら大丈夫。バーナビー君も買い出し係だから」
自信満々に宣言するのはスカイハイだったが…
「えっ?」
ここで初めて皆の様子を眺めていたバーナビーがしゃべった。いや、正確に言うとしゃべったわけではなく、どう見ても驚いている。どうやらバーナビーにとっても、自分が買い出し係に任命されるとは初耳だったらしい。
「二人はバディだからね。当然だろ?さて、バイソン君がバーベキューセットを持っているそうだから、我々残りの男性陣はそちらの準備をしよう。女性陣は料理の準備を頼む」
圧迫感があるわけでもないのに、有無を言わさないスカイハイの言葉は凄かった。まさに天然の成せる技だろう。
「………わかりました」
こんな決定事項を前に、今更バーナビーが輪を乱すわけがなかった。きちんと空気を読んで納得の言葉を出す。それでも随分時間がかかったように見えたけど。
こうして…ちゃっかり女子組に入ったファイヤーエンブレム含む女性陣はレシピを考え、折紙ロックハイは設営を担当。そして残された問題多しの虎徹とバーナビーは、買い出しに向かうこととなった。



(バニーと二人でどこかに出かけるのは久しぶりだな…)
ぽつりと自虐的にそう苦笑しながらも虎徹は心の中だけ呟く。これは独り言。
そもそも付き合っていた頃はセックスに乗じることが多く、マトモにデートをした記憶がない。今となってはあれで本当に付き合っていたのかわからないくらいだった。











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