いらっしゃいませ。本日は当店に、ようこそおいでくださいました。
当店は猫&兎カフェですが、お客様。お間違えありませんよね?
ええ、もろちん。当店に至るまでの通路にたくさんの当店自慢の猫&兎のパネルがありましたから、大丈夫だとは思っていますが、一応のご確認です。改めまして、ご来店ありがとうございます。
申し遅れました。僕は、兎のバーナビーと申します。品種はネザーランド・ドワーフです。以後お見知りおきを。
ではお手数ですが、靴はそちらの棚へお願いします。それと、重ねてそちらのお化粧室でお手の消毒をお願いしております。準備が整いましたら、どうぞ中へ。
お客様は当店を初めてのご利用でしょうか?………あ、二回目でしたか。大変失礼しました。では当店の詳細なシステムのご説明は省かせて頂きます。時間制な事だけはお忘れなきようお願いします。では、メニューからコースをお選びください。………はい。ワンドリンクとデザート付きの120分人気コースですね。かしこまりました。ドリンクの準備が出来ましたら、お声掛けをさせて貰いますので。
それでは、ごゆるりと…別室の猫と兎の部屋へと、どうぞお入り下さい―――
一名様いらっしゃいましたと声をあげて、ようやく受付の役目を終えた僕は、ほっと息をつきました。
僕はこのお店でもまだ新人なので受付も兼ねているのですけど、これからは本業の接待の方なのでつかの間の休憩の時間ですね。
幼いころに両親を亡くした僕は、父親と同じ名前のバーナビーとして、この…猫&兎カフェで働くようになったのは最近の事です。
僕は、他のネザーランド・ドワーフより毛並みと気立てが素晴らしいということで、ペットショップよりこちらへ呼ばれたらしいです。
外の世界なんてよく知りませんが、やってくる人間のお客様を相手する日々だけが続いています。正直、疲れますがこれが僕の仕事なので仕方ありませんね。
それにお客様を見て思ったのですが、人間ってとても疲れている生き物らしいな、と。癒しを求めてやってくる方々ばかりだとはわかっていますけど、それにしてもたくさんのお客様がいらっしゃいます。
僕達も朝から晩までずっと働いているというわけではなく、時間ごとに休憩や昼寝の時間を取って貰っていますけど、僕はまだ新人ですし若いという理由でかなり頑張っているような気がします。
受付は持ち回り制なので、次の担当にバトンタッチをしてようやく接客へ。お客様が飲食したり荷物を置いておく部屋と、兎専用部屋は別のフロアになっています。衛生上の配慮ですね。
僕は兎一匹がようやく通れる広さの通路を通って、兎専用部屋へ向かいました。お客様は兎逃亡防止の重い引き扉からやって来て下さります。
とりあえず専用ケージの中へ入って待機です。
既に他のお客様も中にはいらっしゃって、思い思いの兎と触れ合っています。
いくら触れ合うのがコンセプトとはいえ、あまり無体なことはご遠慮願っています。その一つには抱っこがあります。僕達兎は捕食される動物なので、身体が地面についていないと落ち着かないのです。ただ、お客様の膝の上に乗ったりするのはたまにやります。これもサービスの一つですね。
それと営業時間でも寝ている兎もいます。兎は元々夜行性なので眠くなるのは仕方ないというか、単に仕事熱心ではないだけというのもあります。僕は違いますよ。バリバリ働きます。
あ、さっそく先ほどお通ししたお客様が僕をご指名のようですね。ありがとうございます。やはり先ほどの掴みはバッチリだったのでしょうか。このお客様が常連になればポイントも確実ですね。宜しくお願いしたいです。
意外かもしれませんが、男性の一人客が常連さんになることが多いです。僕にはまだそういったお客様はいらっしゃいませんが、休日にやってきて特定の兎だけを延々と可愛がり続けたがったりします。それはそれで凄いですけど大変そうだなとも思います。僕はご遠慮願いたいな。
あまり動かない他の兎を尻目に僕は、お客様がレンタルした(別料金)おもちゃで精いっぱい遊びます。やる気があればそれなりに素早く動けます。これが兎にしてはかなり物珍しいらしく好評を頂いています。ほら、隣のホーランド・ロップをなでていたお客様も僕に感心なご様子です。どうぞ、どうぞ。有料オプションで気を惹いて下されば、すぐさまそちらへ行きますよ。なるべくポイントの高いのを要望します、と…心の内だけに留めておきますが。
あ、お客様がデジカメを取り出しました。自慢じゃありませんが、乱れた毛並を直して角度も気にしますよ。少し空いた時間も爪と毛並の手入れに余念がありませんが、これで写真写りも完璧です。出来れば、素人写真だけではなく受付で販売しているブロマイドもお買い求めいただければ幸いですと念を込めます。
そんな営業熱心な僕ですけど、なんでそんなに頑張るのかって?もちろんポイントの為です。ポイントが高ければ優遇されて長くココに居る事が出来ます。それを何より僕は望んでいるのです。
だって、このカフェには………僕の大好きな虎徹さんがいるのですから!
話が遅くなりましたが、忘れていたわけではありません。こんなに僕が努力するのも全て虎徹さんの為だと強調したかったからです。
さてお待ちかねの虎徹さんの素晴らしさを語らせて貰っても宜しいでしょうか。もちろんいいですよね?
虎徹さんは、自分を虎だと可愛い勘違いをしている、猫です。未だになぜか本人は納得いっていないようですが、猫です。大切な事なので二度言いました。でも、頑張って「がおー」という口癖をしようとしていて本当に可愛いんですよ!あ、でも僕の虎徹さんですから、好きになったら…殺します
………こほんっ、失礼しました。虎徹さんは、虎猫もとい…日本猫です。なぜかご本人は気にしていらっしゃるようですが、雑種らしいです。こんな血統書付しかいなくてつまらない店で虎徹さんの魅力がわからないなんて………そんなものにぐたぐたとこだわる奴は、夜は安心して寝られると思わないで下さいね
………は、本気としても。虎徹さんはこのお店で一番くらいの古株に当たるのですが、営業猫として他の猫にからかわれても人気がなくてもずっと頑張っています。えらいですよね。虎徹さんを馬鹿にする奴は、みんな死ね
………だんだん取り繕うのも疲れました。もうめんどうくさいから僕たち二人だけの世界がいいな………僕は虎徹さんの容姿も好きですが、何よりその性格が愛らしいのです。誰にでも優しく曲がった事は大嫌いで…虎徹さんのおかげで僕はここで生きていく決心をしたんです。最初、僕はこんな場所に連れてこられて本当に嫌でした。他の兎は仕事なんてしていません。ペットとして飼われていく兎はもっと自由気ままなのに、何で僕は………と落胆していました。そんな中、虎徹さんの頑張る姿はキラキラと輝いて見えました。彼のようになりたい、と思って…リスペクトして僕も頑張るようになりました。おかげさまで、兎部屋ではもうすぐNo1です。ちょろいもんですね。
まだまだ虎徹さんの魅力を語りたいのですけど、あんまり言うとみんなが虎徹さんを好きになりすぎますし、年齢制限がかかりそうなので、このあたりで。
ともかく虎徹さんに恋をしない方がおかしいと思うんです。愛しています!
・
・
・
と、ここまで虎徹さんの愛らしさをお伝えしてきましたが、非常に残念な現実があります。
実は僕………虎徹さんとお話をしたことが一度もないのです。
何だか一気に空気が悪くなったような気がしますが、一方的片思いの何が悪いんですか?
いや、多分…存在の視認くらいはして貰っているとは思いますが、その程度なのかと思うと泣けますね。
それには、僕が兎で虎徹さんが猫という、高すぎるハードルが存在していたのです。
兎部屋と猫部屋………完全に隔離された隣同士の部屋で、互いを行き来出来るのはお客様のみです。
だから僕が虎徹さんを眺めることしか出来ません。この唯一のオアシスである、兎部屋と猫部屋を隔てる擦りガラスが閉じられたら、僕の暴走は間違いないでしょう。ええ、きっと。
ということで、僕は営業をしていない時間はずっと擦りガラスの向こうにいる虎徹さんを眺めることだけを楽しみにして生きています。唯一の希望ですよ。
あ、ほらっ…今日も虎徹さんが元気に一人遊びをしていますよ。ここで…エロいこと考えたのは万年発情期な僕だけでいいです。実際は、窓ガラスの外のカラスとバトるように、爪を立てて威嚇しています。が、僕には肉球を向けて猫パンチしているようにしか見えません。本当に天使ですよね。異論は認めない。実は猫キックの方が威力が高いと知っているのは僕だけでいいです。
そんな虎徹さんが一番元気になるのは餌を食べる時でしょうか。どうやら、猫部屋の新しいお客様がおやつ(もちろん有料)を持って入ってきたようです。めざとい虎徹さんは全力でお客様にかけよりました。それは他の猫も同様で、あっという間に一人のお客様の周囲には10匹以上の猫が取り囲みます。
虎徹さんのアピールは猛攻です。お客様の足元にすり寄ったり、時には華麗にジャンプをしてお客様の肩へと飛び乗って、必死におやつを狙っています。が、なぜか若干やりすぎと思われるらしく思いは悲しく、なかなかおやつにありつけません。そうこうしているうちに、他の猫達によっておやつはあっという間に無くなってしまいました。なんたることですか………
虎徹さんはしょぼんと尻尾を下げて、すごすごと………お客様が出入りする入口の前へと行きました。ここならお客様がおやつを持ってきたら直ぐにアピール出来るという狙いでしょうけど、悲壮感漂う姿にしか見えません。切ない。
なんというか、虎徹さんは世渡り下手なのかもしれませんね。そういった不器用なところも僕はもちろん好きなのですが、この時ばかりは心が痛みます。
それでもいつの間にか気を取り直していて、尻尾が止まると死ぬんですか?と聞きたいほどにゆらゆらと揺れる姿が愛くるしい。虎徹さん!尻尾は上げないで下してください。大切な後ろが丸見えです。いくら去勢していてωはなくなってしまったとはいえ、×を見ると卑猥に誘惑しているようにしか見えなくて僕は…僕は………発情が止まらないんです!
そんなふうに虎徹さんを凝視している中でした。
ガコンッと音が鳴って、引き扉が開いた音が響きます。どうやら、猫部屋と兎部屋を隔てる扉からさきほどのお客様が行き来しようとしたらしいです。ああ、また営業に戻らないと…と、虎徹さんを眺められないことを若干悲しみながら、僕はケージから出ました。
ガコンッ ガコンッ ガコンッ
嫌に耳障りな音が何度も僕の耳へと入って来ました。
何事かと音の方へ顔を上げると、どうやら猫部屋と兎部屋を隔てる扉の立て付けが鈍くなったらしく、正常に閉まらなくなってしまったようです。お客様は突然の事に驚き、どうしようかと立ちつくしています。
な、なんたるチャンスでしょうか!僕と虎徹さんを隔てる憎き扉が、今全開になっているのです。僕は迷う筈もありませんでした。
慌てているお客様の足元をすり抜けて、夢中で蹴りだすとダッシュで猫部屋へと侵入しました。身繕いで整えた毛並みが乱れてもなりふり構ってはいられません。
初めてです。本当に初めてです。いつも見ているだけの空間に入る事が出来たのです。すーはーと、虎徹さんと同じ酸素を吸えるだなんて素晴らしい。猫臭いことも忘れそうです。
僕は他の猫なんかガン無視して、虎徹さんだけを必死に探しました。
うっ、眩しすぎる…
ようやく見つけた虎徹さんは………なんでこんな最高に可愛い瞬間に僕は立ち会ってしまったんだろう…神様ありがとう!と叫びたいくらい、いじらしく毛布にくるまってごろごろ旋回していました。
「こ、虎徹さん!」
僕は勇気を振り絞って、その念願の名前を呼びました。兎はしゃべれないんじゃないのかって?そんなの愛の力でカバーできると信じていました。
「ん?何だ…お前、新入りのバニーちゃんじゃんっ」
うずめていた毛布から顔を上げると、虎徹さんは通る素敵な声を僕に投げかけてくれました。僕の事を知っていた…僕に話しかけてくれた…僕を見てくれた…それだけでも………あ、ヤバい…興奮しすぎて鼻血出しそう。4本足でも倒れそうだ、頑張れバーナビー…と心の中だけで自分を奮い立たせました。
「虎徹さん!僕と付き合……………」
僕の一世一代の言葉は完全には言い切ることが出来ませんでした。
突然虎徹さんの周囲に現れたのは、6匹の猫達で。
「やあ、君は迷子の兎君かね。どうかしたのかな?」
最初に、さわやかなアメリカンショートヘアのキースが気さくに話しかけて来ました。
「俺の親友に何か用があるなら、一度話しを通してくれないか?」
続いて、体積の大きいサイベリアンのアントニオが深々と声を通します。
「あ、僕が今一緒に遊ぼうと思っていたんだ。君は後でね?」
まだ身体は小さいシャムのホァンが無邪気で元気な声を飛ばしてます。
「僕も…遊びたい………」
ちゃっかり虎徹さんの影に隠れながらも、マンチカンのイワンは立派に主張して来ます。
「わ、私も………仕方ないから遊んであげてもいいわよ…」
そうして、しなやかなロシアンブルーのカリーナが視線を外しながらも訴えます。
「あらんっ、むしろ私はハンサムな貴方と遊びたいわ」
極めつけはセクシーなアビシニアンであるネイサンが身体をくねくねとさせながら、僕に近寄って来て虎徹さんとの間を遮ります。
な、何だろう…この包囲網構図は、、、この虎徹さんに近づけない絶対領域は完全に見える固いガードとして守られています。
まさか…今まで猫たちの間で虎徹さんに対する不可侵条約があったとでも言うのでしょうか。一部の猫は天然そうでしたが、そうとしか思えません。この6匹が虎徹さんを固く守っていたんですね。
そんな中でも当の虎徹さんは全くそんな声は聞いてないようで、何も気が付かずに大きな口で可愛い欠伸をしていました………正直、眠そうです。
「………僕はくじけませんよ。絶対にリベンジします!」
今回は圧力と圧迫に動じてしまいましたが、宣言して同時に固く心に誓って、僕は次の機会を伺うことにしました。
捨て台詞を吐いた自覚はありますが、決してあきらめないと内示に提示しました。
『いつか、必ず!虎徹さんとセックスすることが僕のドリームです!!』