「は?家がない?」
一年ぶりにかつての相棒であるバーナビーと現場で会いTIGER&BARNABYを再結成した虎徹は、初っ端から二人がぶっ壊した高級車の賠償金を一通り押し付け合った後、トランスポーターへと戻ってきた。
なつかしい。本当に何もかもがなつかしい。こうやってバーナビーと冗談交じりの口喧嘩を出来て、ああ…本当に自分はヒーローとしてここに戻ってきたのだなと虎徹はしみじみと思った。
そんな最中、空白の近況を尋ねるついでに出て来た話題がこれだったのだ。
「元々、賃貸だったので引き払っただけですよ」
何かおかしい事でもあるのかというような不思議そうな顔をしながらも、バーナビーは平然と答えてくる。相変わらずその性格は全く変わっていないようだ。
「あー、確かに。家賃、馬鹿高そうだしな。あそこ…」
何度か虎徹も足を踏み込んだ事のあるバーナビーの部屋を思い出す。無駄に高層。無駄に良い立地。無駄に凝ったインテリア。無駄に広いロビー。あれ…マンションって、現状に戻してから普通返すよな?あの間接照明とかも戻したのか。やっぱり高そうだなと自分だけで納得しながら虎徹は頭を巡らせる。
「別に家賃は気にしていませんが…僕はあまり荷物も持っていませんし、下手に帰る家があると目的にそぐわないと思っただけです」
そんな虎徹の気兼ねなどスルーする言葉をあっさりと当の本人は出してくる。
「えー、つか。今までどこで暮らしてたの?」
何だか相変わらずバーナビーの発想にはついていけないのだが、その単純な疑問だけは口から飛び出す。
「…そうですね。ホテルやコンドミニアムを転々としたりすることが多かったような」
少しだけ口元に手を当てながらも、あまりこだわっていなかったらしく記憶も適当そうに、そう言って来た。
「そりゃまた、無駄に金がかかりそうな………」
そもそも仕事以外でそういった場所に必要以上には宿泊しない虎徹からすると一年間もそんな生活をしていたと考えると、具体的な金額なんて計算したくないくらいだった。ちょっとげっそりしそうだ。
「無駄ではありませんよ。今まで一つの目的の為だけに生きて来たので、色々な事を体験出来て充実していました」
暗すぎる過去を背負い続けていたからこそ今のバーナビーが存在しているとはいえ、それはようやく進み始めたのだなとわかるくらいの声だった。前向きだ。
「そっか。で、どうするんだ。また前のトコに住むのか?」
これからまた二人でヒーローとして活躍するのだから、シュテルンビルトに腰を落ち着けるのだろうと思って虎徹は尋ねる。
「そのつもりだったのですが…前に住んでいたマンションはもう他の方が新しく入られたようで」
ちょっと残念そうにバーナビーは声を出す。そりゃああの素晴らしくお家賃的にも高物件を空きっぱなしにしている方が無理というものだ。バーナビーももしかしたら色々と辛い過去の多いシュテルンビルトには戻ってこないつもりだったのかもしれないから今となっては仕方ないのだが。
「んじゃ、しばらく俺んちに来ないか?ずっとホテル住まいとか疲れるだろ」
とても良い提案をしたと虎徹は思ったからこその発言だった。
「虎徹さんの家に………ですか?」
そんなことを言われるのは予想外だったらしく、きょとんとした目をこちらへと向けてくる。
「俺んトコはバニーのトコと違って余裕で空いてたからな。まだ掃除終わってねえけど」
娘に言われてとぼとぼと田舎な実家から都会へと舞い戻って来たわけだが、直ぐにワイルドタイガーとして出勤ということに相成ってしまったので、荷物の整理もしていない。一年間の空き物件はほこりが積もったままだ。
「………そうですね。一つ条件があります」
少しだけ考え込んだバーナビーはメガネを直して虎徹に迫ってきた。
「えー、何?家賃は折半だよ」
まさかそんな小さい事を気にするタイプではないと思ってはいたが、他に予想もつかないからとりあえずこちら側の条件を提示しておくに留めた。
「違いますよ。一緒に住むとなると家事のことが問題になるわけですが…」
「ああ、バニーちゃん生活能力ないもんね」
ようやくここで提案が合致してぽんっと、虎徹は手を叩いた。さすがバーナビー。先のことを見据えているらしい。確か前のマンションではハウスキーパーを雇っていた筈だが、虎徹としては遠慮したいなと思う言葉だ。
「僕を前の僕と一緒にしないで下さい。暇だったので、コンドミニアムに居た時に一通りの事は出来るようになりましたよ」
何だか勝手に決め付けられた事に不服だったらしく少し強い口調でそう主張してきた。
「えぇ、そうなの?つまんないな…いや、まあ便利になったってことか」
ハンサムの唯一でもない弱点の一つだったのになと思って少し虎徹は残念がる。その世間一般と少し違う無様な反応を見ているのがちょっと面白かった記憶があったから。いや、もしかしたら何もしなくて良かったのが今までのハンサムのステータスの一部だったのかもしれないが。若いうちはそれでもいいかもしれないが、年をとったらそうもいかないから良い勉強になったのだろう。
「それで…一緒に住むなら、料理は僕に任せてもらいたいんです」
「は?料理………?」
バーナビーが真に迫った顔ではっきりと言ったその提案は虎徹の範疇を越えていた。あのバーナビーが料理?以前ならばあまり考えられなかった事で、反応に困る。
「虎徹さんこそ相変わらずチャーハン生活をなさっているんでしょ?僕達はヒーローですよ。スポーツ選手のようにきちんと食事管理をしたいので」
しかもなんか意外とマトモな理由を提示されたので余計にNOとは言えなかったし、特にNOという必要性も感じなかった。
だって、実家に居た時は黙っていても母親が料理を作ってくれて…シュテルンビルト戻ってきた虎徹が今日までに作った料理と名のつくものはチャーハンだけであったのだから。
どちらかというと不摂生に該当する虎徹は、バーナビーの提案を汲み取り、料理は全面的に担当してもらうことにして、あとの家事はそれなりに二人で分担することになり、その共同生活は始まった。
しばらく…という当初の話だったのだが、特にバーナビーも他の物件を探そうとしなかったのは、多分共同生活という未知なものを体験したかったのかな…と思っていた。いやあいいことだ。若者は何事もチャレンジするものだと虎徹は思う。
自らが申し出するくらいだからこそさすがにバーナビーの料理は上手くなっていた。最初はギャップを感じていたがよくよく聞いてみると実は、ヒーローを辞めてからかなり料理の勉強をしたらしく調理師どころか管理栄養士の資格。はてまたワインと野菜ソムリエなど、料理に関連する資格を粗方取ったらしい。いつのまにか資格ゲッターになっているぞ。この短期間に他の事もやっていたというのに、それほどの資格を得るなど…さすがバーナビー。要領も大変よろしいようで。というか、完璧主義者何だか凝り性なんだかわからないが。
しかしおかげさまで、今までヒーローやっていたときの自分でも駄目だなとわかっていた食生活が一気に好転した。
もう若くないんだからチャーハンばっかりとか、やめてください。というバーナビーの言葉どおり、めんどうくさいときはジャンクフードばっかりだった虎徹の食事が突然彩り始めたのだ。
やると言ったからにはバーナビーはやる男らしく、朝・昼・晩とヒーローとしての出動で妨げにならない限り、食事を作り続けた。朝は軽食。昼は弁当。夜は本格的に一手間かけて。
ちょうど二部リーグというそれほど忙しくはない職場だったのも好転したのかもしれない。取材や収録など、虎徹からするとまるでどこぞのアイドルのような仕事も前ほどの量ではなくなった。
食事のバランスが崩れるからと偏食になりがちなロケ弁や差し入れも失礼にならない程度に断り、どうやらバーナビーは完璧にカロリー計算しているらしい。やっぱり理系っぽいと思っていた。ちなみに元から少ないが間食も決められているし、飲み物もある程度用意されている。
バーナビーは元からの気質なのか妙に研究熱心で、食事のメニューの方もかなりバリエーションに富んでいた。虎徹がオリエンタルタウンの出身なので、時たま可能な限りで多国籍メニューも食卓に並ぶ。結構、頻繁に食べたいメニューを聞かれるし、要望すればそれなりに夕食には登場してくれる。といえども、マヨネーズ単体を希望すると非常に不振そうな顔をされたが。
やさしいバーナビー。そりゃあ虎徹だってたまには自分の好きな物を好きなだけ食べたいなと思わなかった事もないわけではなかったが。たまに無性に油ギッシュで、無駄に高カロリーで、合成着色料まみれの、あの味達が懐かしくなったりもする。
しかし、バーナビーが一生懸命にやっていることだし出来る限りで協力したいと思った。食事制限されるのはちょっと過度かなとも思ったけども、虎徹は元々食に対して深いこだわりがある方でもなく、社員食堂とかでもカロリー表示などは見たことがないので、管理される方が楽だなと。それでいいと思っていた………
だから。
「点滴で老廃物を除去しましょう」
そうバーナビーに持ちかけられた時、それも食事管理の一環なんだなと思って、何の疑問も持たずに軽くOKとだけ言った。そうして何度かの病院通いはしたが、至って普通だった。虎徹も怪我が絶えなかったので病院の点滴にはお世話になる機会が多く、ただ自主的にというのは初めてなだけだ。
おかげさまで虎徹の体調はすこぶるよかった。
そして。
「バニーちゃん。最近、フルーツ多いね」
丁寧に皮が剥かれたオレンジを片手に虎徹は素朴な疑問を口にした。
元々女子ではないのでメニューのバリエーションにデザート的な物は少ないのだが、それでも最近の朝昼晩必ず何かしらのフルーツが添えてあるので目についたのだ。
昨日はリンゴ。一昨日はアメリカンチェリー。その前はキウイフルーツ。と、こんな感じだ。
元からフルーツだけではなく野菜中心の料理が多かったが、それは…ああ、そういえば今まで野菜とかきちんと摂取していなかったのだなと思い知っただけだから気にしてはいなかったのだが。
「フルーツはお嫌いですか?」
「いや、好きだよ。特にバナナが好きだから、次はバナナがいいな」
バーナビーの何気ないような問いかけに、さりげなくリクエストを交えて虎徹は自らの疑惑を払拭した。
「バナナなら買ってありますよ。そうですね。では早速食後のパンケーキでも作りましょうか」
「よろしくー」
明るい声で虎徹は頼んだ。ああ楽しみだ、バナナが添えられたパンケーキ。甘すぎずちょうどよい味わい。
男二人でおかしいかもしれないが、二つ皿が並んだら少し可愛らしいかもしれない。
そんな楽しい想像をしながら、虎徹は残りのオレンジに手をかけた。
あれ?何だろう…この違和感は。おかしいな。この記憶は………
どうして、どうして、どうして………
食卓にはバーナビーの食事がないのだろうか?
最初はきちんと疑問に思って問いかけたはずだ。「一緒に食べないのか、バニー?」と。
でも、「作っている最中に、つまみ食いしてしまったので」とか「先に食器の洗い物をしますね」とかごまかされて、それが終わっても虎徹の食べている姿をうれしそうに眺めているだけだった。
儀礼的に食べるバーナビーの食事もほんの少しだった気がする。
しなやかについていたバーナビーの筋肉が最低限の肉だけをつけているだけに留まっていて。
「お待たせしました。虎徹さん、とりあえず一枚目をお持ちしましたよ」
良い香りを運ぶトレイ片手にバーナビーがにこやかにやってくる。
「………バニー。どうしてお前は、食事をしないんだ?」
目の前にパンケーキの皿が置かれた瞬間、虎徹は積年の重みを持つ疑問を口にする。
「それは…最高の食事をする為に飢えたいからですよ。下剤も栄養剤も案外慣れるのは簡単です。虎徹さんにはオススメしませんけど………だって、貴方は…僕が……」
案外あっさりと答えてくれたバーナビーの言葉を全て聞き終わる前に、虎徹の意識はうつらうつらと消えかけていた。
今日もとても楽しくバーナビーは料理を作る。
今晩は念願叶ったステーキだ。最後は果物を漬け込んで蒸して、ハーブと花を食べさせて。
ここでようやく虎徹はベッドの上で目を覚ました。ここは確かに自分のベッドなのに、なにかがおかしい。シーツから下の自分の身体が動かない。唯一動かした視線を横に向けると、ロフトを登ってくるバーナビーがいる。
湯気を立てて見えるのはステーキだ。副菜も彩りよろしく並べられている。ああ、今日の晩ご飯らしい。バーナビーのメニューに肉がでてくることはそれほど多くはないから、珍しいなと。
いつのまにか持ち込まれた白い簡易テーブルの上に、バーナビーは皿とナイフとフォークを丁寧に置いた。
「いただきます」
両手を合わせてバーナビーは食事の挨拶をする。この習慣は虎徹がやっていたもので、バーナビーも習ってやるようになったのだ。
優雅な手つきで、バーナビーがナイフでステーキを切り分けているのが見える。そうしてまだ赤身が見える部分を肉汁と共に口に運んで食べた。
「美味しいです。とても………虎徹さんも食べてみますか?」
はい、とか…うん、とかそういう答えも出来ずに、バーナビーはフォークに刺さったステーキの欠片を虎徹の口元に持ってくる。だから、虎徹も食べる。
あ、そういえば…ようやく二人一緒の食事が叶ったんだな。
「どうですか?人間って雑食ですから美味しくないって聞きますけど、そんなことはないですよね?だって、僕が頑張って美味しい虎徹さんになあれって料理したんですから。内側からも外側からも柔らかく僕好みに仕立てられて良かったです」
何か…バーナビーが言っていたが、なんだかよくわからない。とにかく眠いんだ。
「これは太股ですけど、同じ部位でも骨の筋の方はもっと美味しいかもしれませんね。どこが一番おいしいかなあ。なんだか僕は食が細くなってしまったようですけど、余すことなく食べきってあげますからね」
まるで好意的解釈のように伝えてくるバーナビーの声。
虎徹の意識はいつまで持つだろうか、もはやわかるわけもなかった。
貴方の存在が口の中から消えるのが嫌なんです―――
これだけが………ただ繰り返し繰り返し聞こえていた。