ジェイクに負けるかもしれないという認識はあった。
しかし、いや、そうだからこそ立ち向かわなければいけない現状もあった。
倒すというより、もはや殺そうとバーナビーは思っていたのは、生かしておくには危険すぎる存在だから。
自分の両親を殺したのがジェイクかどうかなのは未だわからないが、それだけではない。
ジェイクは…バーナビーの無二の相手を殺そうとしたのだから。
その怒りの矛先が冷静な判断を失ってしまった結果となったとしても。



「なんだーお前も弱っちーなぁ〜」
相変わらず、へらへらと道化師のような笑いを見せて、ジェイクはバーナビーを見降ろした。
圧勝というより、一方的すぎた。
スカイハイ、ロックバイソン、ワイルドタイガーに続き、バーナビーは同じ末路へ落ちた。
依然として尚、ジェイクのNEXT能力を詳しく掴めたわけではなく、これでは後に残るヒーローたちへの導さえない。
ただこの身へと受けたことで、殺傷能力の高さは嫌でも思い知る結果となった。
もはや5分間のハンドレッドパワーは終わりを告げている。
一矢さえ報いることは出来ず、何よりも自分の無力を呪った。
他のヒーローたちより誰よりも負けてはいけないバーナビーが無残にも土の味を舐めることになる。
そうして市民の希望も、同時に打ち砕かれたのだった。
無残も吹っ飛ばされた衝撃で、バーナビーのスーツのマスクが破壊され露出した。
「ん?あーそういえば、お前は正体隠したりしてねぇんだったな。馬鹿じゃね?今までは勝ち続けて来て、周りからキャーキャー言われて喜んでたんだろうがさ。スカした顔しやがって」
そう言い、ジェイクはバーナビーのマスクをはぎ取って転がすと、わざと能力を使わずに拳で殴って見せた。
どすの利いた音が鳴る。
「…ぐっ……」
直接的な痛みにバーナビーか軽くうめいた。
左頬への暑いほどの衝撃が、頬骨にまで響き、内出血をもたらす。
「ぎゃはははは…綺麗な顔が台無しだなぁ。おい」
低俗な笑いをジェイクは再び出したが、バーナビーはそんなことはどうでも良かった。
顔程度に執着するだなんて、まだ内臓をやられるほうが問題だからマシだと思ったのだ。
「何だ。何か文句あんのか?負け犬のくせにっ」
そうやってわざとまた何度か無表情を気取った顔を殴りつけた。
端正と言われた顔に、次々と武骨な傷がついていく。
「あーつまんねぇなあ。おいっ、クリーム!」
飽きたらしいジェイクは、最後に一度バーナビーを思い切り蹴飛ばしてから、実況中継しているクリームを読んだ。
「何ですか?ジェイク様」
会場の巨大モニターが一瞬にして切り替わり、ウロボロスTVというテロップの後に、一員であるクリームが映し出される。
「もう半分以上のヒーローをぶっ倒した。クソシュテルンビルトの半分もぶっ潰すぞ」
「わかりました。では、どの地区のパワードスーツに命令をかけますか?」
待っていましたとばかりに、クリームが準備を始める。
昨日ジェイクが宣言していたとおりのことだ。
万が一にもジェイクが負けるだなんて思っていないから、これは当然の成り行きだった。
「そうだなーダーツはもうやっちまったしなぁ〜どこがいっかなーと。そだ!確かレジェンドのクソ野郎の銅像かなんかをわざわざ作ったらしいな。どこだったけ」
うーんと頭をひねりながら、ジェイクは記憶をたどる。
アッバス刑務所を出てから15年ぶりに外の世界に出て得た情報は膨大すぎた。
思考を巡らせている最中に、ふと、瓦礫の上に転がるバーナビーを見ると、今までの無表情が一変して驚愕の瞳となっていた。
「ビンゴ!街の中心のジャスティスタワーだな。ちょうどヒーローを牛耳っている司法局もあるみたいだし、チキンみてぇに逃げる姿を見させてもらおうか」
とても良い思いつきだと満足して、クリームに命令をかけた。
「わかりました。直ぐに命令させますわ。でもジェイク様ったら、いきなり中心から破壊するなんて…もしかしたら街全体が沈んでしまうかもしれませんよ」
「そりゃ、奴らの運が悪いだけだな。ははははは…」
嬉しそうに心配するクリームにジェイクは笑って答えてやる。
準備の為に、一旦クリームの映像がぶつりっと途絶えた。
「待て!」
ボロボロの身体を引きずりながらも、ここでバーナビーは膝をついて這い上がろうとする姿を見せた。
「ん?なんだぁーまだお前動けたのか」
案外しぶといなぁと変な意味で感心の色をジェイクは見せる。
「…直ぐに命令を取りやめさせろ。ジャスティスタワーには、あの人が!」
よりにもよってまさかの最悪の結果にバーナビーは矜持さえも投げ打って叫んだ。
「はぁ?やめるわけねーだろっ 大体俺を豚箱に放り込んだレジェンドを称えるなんて、いい度胸なんだよ。それとも何かぁ?ああ、他のヒーロー達もあそこで待機してんだっけ?まあ、安心しろよ。そう簡単には支柱破壊してもぶっ壊れないだろうから、俺とタイマンやる前にヒーロー達の逃げる時間くらいあるだろうよ。ただ、お前の心配している奴はどうかは知らんけどな」
わざと含みを持たせてジェイクは、ほくそ笑んだ。
「貴様ー!」
バーナビーが痛烈に叫ぶより早かったか、この耳にも大きな轟音が鳴り響く。
悪意を持った自然的に、会場に取り付けられた巨大モニターには、ハワードスーツが支柱を破壊する姿が中継されている。
容赦ない銃音に混じり、付近の狂気をあげて逃げ惑う人たちの姿も映し出され、もはや阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
新名所のジャスティスタワーは街のほぼ中心部にあり、塔自体が支柱の役目も担っている。
その基盤を破壊されたとしたら、そう時間が掛からずに崩されるであろう。
順次周囲の支柱もドミノ倒しのように破壊していくとはいえ、塔の中に居る人間は全滅だ。
ブルーローズ、ドラゴンキッド、ファイヤーエンブレムたちが市民を先導するが様子も見えるが、この事態では焼け石に水を注ぐ程度のことしか出来ていなかった。
それに何よりもバーナビーが心配をする人間の姿は一度たりとも見えはしなかった。
昨晩の重傷により意識不明の重体で未だにジャスティスタワー内の病院のICUにいる筈の、虎徹の姿が………
もはや、ジャスティスタワーは崩壊寸前なのは、間違いない。
その様子を視界に捉えた時、バーナビーの体内で何かが弾けた。
周囲の空気がしびれるように、足元の瓦礫が粉々に砕けた。
いつのまにか確実に立ちあがったバーナビーは、NEXT特有の青白い蛍光を全身にまとっていたのだ。
「あぁ?てめーの能力は一時間立たないと再度使えないんじゃなかったのか?ま、別に。また能力使ったとしても俺はかまわねーけど。けど、どーすんだ?その能力も俺にはきかないってさっき思い知っただろ」
全てを悟ったように、バーナビーが一歩前に踏み出して来た。
多少の驚きはあったものの、未だこちらの優勢には何の変化もないのでジェイクは余裕をかます。
「わかっている。だから、もう………お前も…何もかもどうでもいい」
ぽつりとジェイクへ視線をも向けないで、そのまま能力を使い、バーナビーは会場から飛び去った。
さすがに茫然と一人残されたジェイクは、わざと後を追わなかった。

そして次に、バーナビーの姿を捉えたのは、崩れ落ちるジャスティスタワーを遠隔操作で写しだすカメラの向こう側だった。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「おはようございます、おじさん」

最愛の人がいない未来に用はない。過去に居続ける男が、ただ一人ここに居た。
そうやってバーナビーが口にするのは何度目となるであろうか。
同時に、生きているという幻を隣に置いているのかもしれないと、思い悩んだ回数でもある。
何度繰り返しても変わらないのは虎徹だけで、バーナビーの時間だけが着実に進行していった。
それが終わる最後の日となる筈だった。
僕が助けたい人はただ一人だったから。
あの日。ジャスティスタワーが崩壊した時、バーナビーは迷わず虎徹のいるICUに向かった。
横たわる虎徹に静かに近寄り、触れるだけの軽い口付けをしてから、慈しむようにその身体に手をかけて救いだした。
眼下で死への恐怖に悶え苦しむ他の一般市民全てを見殺しにして。
もはや、バーナビーにとって虎徹の存在は何者よりも優先されるべき人物となっていた。
最初は凄く嫌なパートナーだと思っていた。
しかし、自分の立場的にも、オブラートで包んだような遠まわしな表現をされることが多かったが、虎徹だけはいつも違った。
良く言えばはっきりと、悪く言えば毒々しいような言葉をいつもくれた。
最初は反発して、むかついて、最悪だったけど、全て自分を思っていたからこそ、色々と言ってくれたのだ。
だからこそ、彼を助けたい。
もう、両親の仇を討つことは出来ない。それならせめて自分の中の一番大切なものを守る。身体が勝手に何よりも優先したのだ。
逃げたヒーローは絶対に許されない。
そうしてバーナビーは、ジェイクだけではなく市民をも敵に回した。それで良かった。
生まれ育ったシュテルンビルトは、もはや安息の地とはかけ離れていた。
全てを捨てて向かった先は、虎徹の故郷である日本。
自分の持っている資金とコネを全て使い果たして、虎徹は程なくして随一の医療設備が整っている日本の病院へ秘密裏に搬送された。
それに伴いバーナビー自身も同じく日本へ渡る。
ジェイクの巻き起こした一連の騒動は、シュテルンビルトの悲劇と呼ばれたが、もはやバーナビーはそんなこと気にもとめなかった。



カツンッ
無機質な白い空間に自分の足音がこれほどよく聞こえたことはないと、医師は思った。
白い光が照らされる手術台に横たわる要人である患者のパーソナルデータは何もない。
30代半ばと思しき男という、外見から判断できる要因しかないのだ。
無骨な医師が所属するこの病院の表向きは、日本の大学付属属病院である。
理事長と院長から直接この手術を頼まれたときに身の毛もよだつ思いだったが、まさか断るわけにもいかない。
極秘裏に設置された集中治療室にいる患者の存在を知らなかったわけではないが、自分としては彼はただの植物人間だと思っていたくらいだった。
数多くの計器と配線に囲まれた彼は、不定期な機械音と共にそこに居るだけのそのまま生をかろうじてつなげられているだけだったから、まさか手術の文字が飛び出すなんて思ってはいなかったので、一瞬自分の十八番を恨んだ。
大体、もうこの年齢になれば若いころ持っていた情熱なんてない。
脳外科医の権威と言われれば確かに自分のことを指すのだろうが、そんなものはここで捨て去りたかった。
手術の依頼主も一度顔を見たことがある。
サングラスをしていたが、それでも隠しきれないほどまだ若い男である。
背中に銃を突き付けられながら手術をするわけでもないのに、かつてないほどのプレッシャーを背中に感じた。
怖いのだ。何度対面しても底冷えするが、断わりの言葉さえ言いだせない。
確実に生存が望めるまでとの制約の中でと始まったので、そこからまず普通の手術とは違う。
そう…生きているのに変わりはない。
「後は、お任せします」
空気も凍り付きそうな空間で、依頼主の若い男は少し疲れた様子を見せ、僅かにずれたサングラスをなおしてそう言った。

それは長時間にも及びなんとか成功に到ったが、依頼主がずっと手術室の廊下で待っていたとなると、冷や汗が出るのは仕方なかった。
「…大変、お待たせしました。手術は無事に成功しました。もうじき麻酔が切れて、意識を取り戻すでしょう。」
そう言った医師がとても恐縮したのは、手術室の外で待ちかねていたのがやはり彼だからであった。
まだ若い面影も残るような年下相手だろうが、低姿勢となるしかない。
生涯これほど緊迫したことはなかったが、やっと肩の荷が下りた。
今夜飲む酒はきっと不味い。

手術の終わった虎徹は、長い間居続けた集中治療室をようやく抜け、特別室へと部屋を移動された。
予断が出来ないほどの容態からは解放されたからの行先だった。
バーナビーは、一人病室へと入り、そっとベッドに横たわる虎徹へ近づく。
そして対面した彼は、無機質な白い部屋の集中治療室のベッドの上に横たわっていたのだ。
そして久しぶりに血が通った右手を取り上げて両手で握りしめて、その生を実感する。
これを肉眼で再び目にすることをどれだけ望んだかわからない。
長かった。
でも、彼が今ここにいるのだから、そんな時間はどこかに行ってしまうような気さえした。
「早く…早く、起きて下さい」
自虐するようにバーナビーは何度もその言葉を繰り返す。
夢から現実へとなるように切なく願うのだ。
また昔のように自分を呼んで欲しい。
「ん…」
呼応するかのように僅かにぴくりと動く虎徹の瞼と眉間をひそめる姿が懐かしい。
わずかにシーツの中の身体が震えて、そのまま髪も揺らす。

目覚める―――
久しぶりに見た瞳の色は、色あせた絵や写真とは違う綺麗な榛色だった。
ああ…

「………おじさん?」
ベッドに沈んだままの虎徹にバーナビーはそっと話しかけた。
それに反応して、虎徹は焦点の定まっていない瞳をバーナビーの方に向けた。

ただ、それきりだった。
それ以外、何もしない。いや、出来なかったのだ。
未知の世界に飛び込んだ子供のように、虎徹の顔には不安の色が浮かんだ。
しゃべることも満足に動くことも出来ない。
彼には生きることしかできないのだった。
「僕のことがわからないのですか?」
長き歳月を経れば、バーナビーの容姿が多少変わりゆくのは当然であった。
以前より年齢にふさわしい風格を持つようになっていた。
しかし、バーナビーの根本は何一つ変わらない。
それを突然だからと言ってわからない虎徹ではなかろう。
考えられる要因としたら、一つ。
「何もわからないのですね………」
寂しい目の色を見せて、バーナビーは呟いた。
虎徹は既に、その呼びかけに反応できるような状態ではなかった。
バーナビーのことだけではない。
全てがわからないのだと無理を悟った。
それで終わりだった。

コン コン コン
「どうぞ」
「失礼します」
第一執刀医かつ主治医となった医師は、この部屋の扉を叩くという行為でさえ、酷くためらった。
しかし、ぼやぼやしているわけにはいかず、ようやく重い腰を上げる。
患者の意識が目覚めたとすれば、もう容体は想像できる範囲であろう。
室内から入室を促される声が直ぐに聞こえたので、一瞬だけほっとした。
目覚める瞬間といえば普通、医師の立会の元なのだが、それを暗に拒否されたのだから、しばらく入室は困難と思っていた部分もあったからだ。
「…遅くなりましたが、患者の脳波の検査結果が出ました。恐らく極度の記憶障害を起こしていると思われます。」
冷静に言いながら医師は、最悪の結果だと内心でつぶやいた。
これから詳しく検査してみなければ確証はないが、それでも大体の見当はつく。
眠り続けていた人間の命を助けることは出来たが、以前に脳はとっくに壊れていたのだった。
患者の記憶障害は第一級。
蓄積した記憶は彼方へと消えさり、生まれたばかりの赤ん坊になり下がってしまったのだった。
「わかりました。しばらく二人きりにして下さい」
眼鏡の向こうに見せる表情は明るくはないが、全てをわかっていたかのようにバーナビーはそう口にする。
その低い言葉を受けて、うやうやしく医師はその場を去った。
退室することを幸せと思うくらい、部屋には寒々しい雰囲気しか流れていなかったから。

バーナビーは何もわからない虎徹の両手を取る。
そして声の調子だけは明るく見せかけて、本当はどこまでも暗い言葉を伝える。

「僕の名前はバーナビー・ブルックスJr.です。バニーって呼んで下さいね。まずは、それから覚えて下さい…」

生きていさえすればいい。
記憶がなくとも、彼は彼なのだから…











逃 げ た ヒ ー ロ ー へ の 代 償