「…もしもし、マーベリックさんですか?バーナビーです。
申し訳ないです。勝手に一人で行動して。………はい。
あの、サマンサおばさんを殺害した、鏑木・T・虎徹ですが………
すみません。衝動的に、殺してしまいました。どうしましょうか?」

そうして電話の数時間後。
アポロンメディアの社長室マーベリックの元に現れたバーナビーは、鏑木・T・虎徹からもぎ取った左腕だけを持って現れた。
「………すみません。迷惑をかけて」
何とか応接のソファに腰掛けたバーナビーはしばらく俯いたまま黙っていたが、ようやく重い口を開いたが、それさえも謝罪の言葉しか繰り返さない。
「いや、君の気持ちはわかるつもりだよ。でも、こちらも状況が掴めなくてね。教えてくれないか?何があったのか」
マーベリックはテーブルを挟んだ対面側に座りながらも、どんな事態でも受け入れる所存を示し、決して上から目線ではなく優しく子どもに語りかけるような口調で話かけた。
サマンサ・テイラーに対する殺人容疑がかかった鏑木・T・虎徹を、ヒーローTV経由でスーパーヒーロー全員が追うという構図になってから、まだ半日と少ししか経過していない。
当然バーナビーもその枠組みの中で動くことをマーベリックは想定していたが、しかし………
事件を知り、激情に塗れたバーナビーはヒーロースーツに身を包む暇さえ惜しみ、鏑木・T・虎徹を探しに飛び出してしまったのだ。
その存在位置を示す、PDAも何もかも置き捨てて。
そうして手をこまねいている最中、マーベリックの携帯電話に入って来たのが、その連絡だったのだ。
通常の逮捕劇ならば、直ぐにヒーローTVを向かわせるという絶好の機会なのだろうが、まさかヒーローが殺人を犯したとなればそうもいかない。
マーベリックは腹心の部下を向かわせて、とりあえずバーナビーをこの場に連れて来るという形になっていた。
「…鏑木・T・虎徹は、ブルックリンブリッジの近くで見つけました。どうやらシュテルンビルトを脱出しようとしていたようですが、検問をしていたので足踏みをしていたみたいです。僕は、奴を捕まえようと襲いかかりました。報道されるように奴もNEXT能力者で、揉み合いになりました。抵抗は激しく…僕も激情に駆られて………その左腕を引き千切って。奴は海に落ちました。そこは海峡によって潮の流れが激しくて、後は…わかりません。恐らく生きてはいないでしょう」
死体を確認出来なかったが、おそらく他は海の藻屑だったと…ぼそぼそとバーナビーは、うつむいたまま状況を語った。
「………わかった。後は私がなんとかしよう。苦労かけたね。大丈夫…これは、君のせいじゃない」
証拠としての左腕をこちらが引き取ると暗に伝えて、マーベリックは労りの言葉をかけた。
最初から最後までどこまでも凄惨な事件だった。
「違うんです。僕は…最初から鏑木・T・虎徹を殺すつもりでした!だから、こんな結果になったんです………」
だからこそヒーローとしての役目を放棄するように、PDAも外してヒーロースーツにも身をまとわず、ただのバーナビーとして復讐の為に向かったのだと、訴える。
「わかっている。わかっているよ………君はジェイクの時の二の舞を踏みたくなかったのだろ?」
「………いくら憎くてもシュテルンビルトに死刑制度はありませんから。NEXTとはいえ、奴にとっては人一人…殺しただけじゃ刑務所に収容されるだけです。もし、また誰かが解放を迫ったら?と思うと、どうしても耐えられなくて………僕は…」
ジェイクは自分の手で殺せなかったからこその、バーナビーが行きついた先がそこだったのかもしれない。
いつものように警察に引き渡して、またジェイクの時みたいなことがおきたら、やりきれなかった。
自分が大切に思っていた過去の人間が次々と消えていく事態に、耐えられない様子を見せた。
「大丈夫。もう、全てが終わった。鏑木・T・虎徹は死んだ。それでいいんだ。それで………私がうまくやって、きちんと死亡扱いにしてあげるから、安心しないさい」
「マーベリックさん…ありがとうございます。あの…鏑木・T・虎徹にも家族はいたんですよね?」
顔をあげて、一つの疑問をバーナビーは投げかける。
「そんなことを君が心配する必要はない。全部、私に任せなさい」
マーベリックはバーナビーに近寄って両肩を強く持った。
全てマーベリックの言うことを聞いていれば大丈夫なんだと、強く伝心するように。
そうして、バーナビーはようやく安心した顔を見せた。



瞬く間に流れたのは、殺人者 鏑木・T・虎徹 死亡のニュース−−−
その葬儀は、隠れるように近親者のみの密葬だった。
DNA鑑定が済んでも、証拠品として扱われたその左腕が家族のもとに戻ることはなかった。



事件以後、バーナビーは引っ越した。
前の高層マンションを引き払ったわけではなかったが、仕事が忙しい時の仮宿として残しておくだけとした。
新しい住まいは、閑静な住宅街。元富豪が済んでいたという一軒家を買い取った。
中古住宅というにはおこがましいほどの広さをリフォームして、普段の忙しさから逃れるように、ゆったりと暮らしていた。
朝、目覚めて軽く身支度をすませると、朝食をとるより早く向かう先がある。
その場所は、前の富豪が安全マニアか何かで作らせた簡単なシェルターにもなっている地下室だ。
認証コードとカードキーという二重構造の先に広がる空間は、意外にも薄暗い印象とは離れるような照明構造となっているのは、バーナビーの趣味だ。
原色のコンクリート造りの階段を降りると、金庫室を臭わせるような分厚い扉が待ち構える。それをも越えて辿りつく先があった。
元々それほど広い空間ではないが、いくつか区切られたエリアのワンフロアに入る。
そこは光の届かない地下であるということ以外は、簡素な寝室という矛盾がなにもないシンプルなデザインの外国家具配置で、たった一つの白いベッドに横たわっていた男が、微かに動く様子がバーナビーの目に飛び込んできた。
「………虎徹さん!ようやく、起きてくれたんですね!」
とても素晴らしい物を発見したかのように飛び上がって喜びを示して、バーナビーはすかさずベッドサイドに駆け寄る。
今までだって散々見てきたというのに、改めてその顔を覗き込むように近づける。
「…バ、……バニー?」
声帯を動かすことも考えることさえも曖昧な様子ではあったが、確かに虎徹の瞳は開きそのバーナビーへと視線を動かしていた。
「はい。あ、無理に動かない方がいいです。ずっと眠っていたんですから、筋力も落ちていると思いますし」
どこか居心地の悪さを味わっているかのような虎徹は、うだる身体を何とか起こそうとしたので、バーナビーも手伝うように背中を軽く支えて上げた。
若干辛そうではあったが、とりあえずベッドに張り付けという無残な状況からだけ脱出して、上半身だけ起き上る形となった。
それでも、少し深く腰掛けて背もたれと枕に自分の体重をかけていなければ、まだおぼつかない様子だ。
「ここは?」
視界を変化させるために少し首を左右に振ってみるが、それでもこの場所は初めて来たとしか思えないほど知らない空間だった。
「僕の家です。引っ越したので、まだ馴染みがないかもしれませんけど」
まだどうもいぶかしむ様子があったので、バーナビーは柔らかくかいつまんで答える。
「そっか……………お前は、俺の事………覚えているんだな?」
半信半疑を確定されるかのように、虎徹は伺うよう改めて尋ねてきた。
ロイズさんを始めとして会社の人間だけではなく、今までライバルとして共に戦って来たヒーロー達からも存在の視認を拒否され、逃亡者としてどこまでも追われてしまったのだ。
まるで世界が自分を裏切ったかのように、誰も自分を知らない世の中をただ逃げ隠れて走るだけ―――
だからこそ、ブルックリンブリッジでバーナビーと対峙した時、虎徹は運命を感じたのかもしれない。
恩人であるサマンサを殺した憎き相手として復讐の焔を瞳に宿したバーナビーは、執拗に容赦なく虎徹に襲いかかって来て………後は深い水底に沈んだことしか、あまり覚えてはいないようだった。
だからこそ、もう一人ではなく今普通にバーナビーとの会話が叶っていることに、虎徹は疑問の言葉を出すことになるのだ。
「最初は………どうしても思い出せなかったんです。頭の…心の…どこかに貴方の存在が引っかかっていたのに」
あの時の自分を責めるように、バーナビーは後悔の思念と声を吐く。
それは…悔やんでも悔やみきれない過去だったと虎徹に示した。
「それでもお前は思いだしてくれたんだ。俺は嬉しいよ。でも…どうしてこんなことになっちまったんだろうな」
自虐を含めるように呟いて、虎徹の顔色は暗く沈んだ。
ある日、いきなり、何もかもが突然すぎたのだ。
何でこんな事態が自分の身に降り注いで来たのか、まるでわからなかったからこそ、どこまでも戸惑う。
「実は………」
一番重々しい言葉で、バーナビーは虎徹に全ての真相を話した。
自分の両親を殺したのはマーベリックだった事。マーベリックはNEXTで記憶を改ざんする能力を持っていて、自分のを含めて皆の記憶を改ざんしてしまった事。そしてサマンサおばさんに何らかの危害を加えて、虎徹を殺人犯に仕立て上げた事。今、虎徹は亡くなったことになってしまい、自分が秘密裏に虎徹を匿っている事。
それらの詳細を包み隠さずに全て話した。
虎徹は驚愕の表情をこちらに向けていたが、やがて内容を噛みしめて、ゆっくりと唇を開く。
「そういうことか…くそっ。俺は死んだことになっているんだよな。ということは、楓や母ちゃんも…生きている事は知らないのか?」
一通り理解の筋が通った後、虎徹は悪態の言葉をついた。胸糞悪かったらしい。
それでも思い浮かんだのは一番大切な家族の顔で、相当心配と迷惑をかけてしまったことを悔やみながらの言葉のようだった。
「はい。虎徹さんが目を覚ますかどうかも、まだ確定的ではなかったので…伝えていません。電話かけてみますか?」
そう言いバーナビーはポケットから携帯電話を取り出し、虎徹の目の前に差し出した。
「ああ、悪いな」
淀みなくそれを受け取った虎徹は、暗記するほど何度も繰り返しかけていた娘の携帯番号をプッシュした。
コールボタンを押すと、呼び出し音が遠くで鳴っている。
「………はい。誰ですか?」
受話器越しだが確かにそれは、望んだ愛娘から放たれた肉声だった。
幾分かいぶかしんでいるように思えるのは、この携帯が知らない番号だか非通知設定だか…だろうか。
「楓!パパだよ」
世間的に亡くなったと言われた父親が生きていたのだ、とても驚くだろうと思いながらも、虎徹は言葉を発する。
焦る気持ちを抑えつつも、しっかりとそれを伝えた。
父親が犯罪者扱いされて、辛くなかったか?苦しくなかったか?寂しくなかったか?…とてもたくさん聞きたいことはいっぱいあって、仕方ない中での唯一の言葉で、娘の慌てた様子を思い浮かべた。
「は?貴方、誰ですか一体?」
返って来た言葉は明らかな拒絶の声で、まるで不審者に遭遇したかのような怪しむ音量だった。
「だから、楓のパパだって。鏑木・虎徹。生きてたんだよ!」
驚いたのと久しぶりすぎたのでよくわからなかったのかな?と思い、改めて虎徹は訴えかける。
「はあ?ふざけないで下さい。私のパパは、ママと一緒に病気で6年前に亡くなったんです。生きている筈がありません。大体何で私の携帯番号知っているのか知りませんけど、二度とかけてこないで下さい!」
ブツンッ
耳の奥にどこまでも残るような残酷な言葉を落とし、盛大な音を立てて通話は切れた。
後に残る物は何もない沈黙だけで、同時に虎徹の精神をどこまでも落下させた。
何が起こったのか、わかるはずもなかったし、わかりたくもなかった。
「………大丈夫ですか?」
あまりに音量が大きかったせいか、全ての通話はバーナビーにも筒抜けだったらしく、労りの言葉をかけられる。
「………バニーちゃん………何か、娘が…俺の事………知らない…って………言われて」
もはや虎徹には、ぶつ切りのようにしか言葉が出せなかった。
世界中で一番愛している娘から存在全てを否定されて、マトモに虎徹の人格が成り立つわけもない。
「ええ、そうですね。知らない筈です。貴方の密葬が行われた時、わざわざマーベリックさんに記憶改ざんをしてもらうように、僕が仕向けましたから」
「え?」
今、バーナビーはなんと言った?
悪魔がささやくようにバーナビーから放たれた言葉を、虎徹は直ぐに理解することは出来なかった。
「マーベリックさんは爪が甘いんですよ。まだ虎徹さんを知っている人はたくさんいた。だからわざわざ密葬に来るような親近者には、少なくても忘れてもらわないと。後は…まあ殺人者のことを覚えていても、わざわざベラベラしゃべるような人間はいないでしょう?」
まるで筋の通った理論を組み立てるかのように、バーナビーは説明をする。
その内容がどれだけ辛烈であるかわかっていても、わざと。
「………俺には、お前が何を言っているのか全くわからない………
大体マーベリック社長は、お前の両親の仇なんだよな。何で、お前はそんな普通に利用してるんだ…」
虎徹の知っているバーナビーは復讐に燃える男の筈で、だからこそジェイク戦での激闘を忘れることはないだろう。
両親を殺されただけではなく自身の記憶を改ざんし操り人形のようにしたマーベリックに対する態度が、あまりにも想像を逸していた。
「もう僕は過去にこだわるのはやめたんですよ。だから未来だけを見ることにしました。貴方と共に」
そうして極め付けのように、バーナビーは過去にこだわることなんて馬鹿馬鹿しいという態度を見せた。
なめらかに差し出された右手があったが、それは何も虎徹の心を揺さぶらなかったようだ。
「………バニー。お前は俺の味方なんだよな?」
「ええ、もちろん。だから、虎徹さんの味方は僕一人だけで十分なんですよ。他は、もういらないじゃないですか。だって、貴方の事を思い出しもしない人ですよ?必要なんですか、そんな人達は…」
「お前は!いつから…思い出していたんだ?俺の事!?」
もはや疑う余地しかないバーナビー相手に、虎徹は声を張り上げた。
「ブルックリンブリッジで、虎徹さんの姿を発見した瞬間から…ですかね」
「じゃあ、全部わかってて…俺と戦って」
ぐるりと思いだすかのような仕草をしつつも、それを的確に応えるバーナビーを見て、あの演技を思い出して、虎徹は嘆く。
虎徹だけではない。マーベリックも、他のヒーローも、市民も、全てを欺いてきたとでもいうのか?
「はい。もうその時にはこのシナリオが出来あがっていました。おかげでずっと外してほしいと思っていた指輪も…もう出来ませんしね?」
今や空虚となった虎徹の左腕は、もうそこにはなかった。
本当に虎徹を擁護するならば、たとえ千切れたとしても直ぐなら元に戻すことが可能だったが、それでもあえてバーナビーはそれを選ばなかった。どこまでも失い続けることを選んだのだ。
背筋が凍りつくほどの狂気に、もはや虎徹は言葉を発する事さえ出来ずに、ただバーナビーを睨みつける。

「これで、世界中で虎徹さんを知っているのは僕一人だけ……あ、違いました。マーベリックさんもまだ残ってましたね。もう、あの人もいらないですから、片づけないと………」
虎徹を知っているのは自分だけという状況をつくりあげながらも、用済みどころか邪魔にさえなる存在をぽんっと思いだして、バーナビーはどこまでも薄く笑うのだ。



二人だけの箱庭に、永遠と虎徹だけを閉じ込めて―――











僕 の 好 き な 人 を 知 っ て い る 人 は 誰 も い な い