「今だ、バーナビー!」
上方から飛び込んでくる虎徹の確かな声は、しっかりとバーナビーへと伝わった。
ジェイクに攻撃をかわされて、若干体勢を崩して伏せた状態になっていたのが幸いしたのだ。
特殊スーツ越しとはいえ、一度上空で衝撃を受けた閃光弾の光はどこまでもあたり一面を輝かすのがわかる。
完全に油断していたジェイクは見上げてその眩きを全ての視界に入れて、立ち眩みを起こした。視野が一瞬だけ吹っ飛ぶ。
今がチャンスだとか、そういった単純なことを考える間もなく虎徹の声に導かれて、バーナビーは文字通り飛んだ。
光の中心でたじろくジェイクの中心部へめがけて、左足を思い切り蹴り上げたのだ。
瞬間。遠くでクリームの悲痛な叫びが聞こえるが、軌道が変わることはない。
加減など微塵もない衝撃で、ジェイクは反動を受けて上天へぶっ飛んだ。
無残に着地した後、何度か倒れ込むように跳ねると、ようやくその身体は、止まった。
「っ…うあああ、、、肋骨…、折れたっ!!!」
瞬間的に悟ったのだろう無様な声をジェイクはあっけなく漏らす。
それを見逃すことが出来るほど、バーナビーは甘くはないし、ジェイクのやってきたことを許せる筈もない。
瞬時に自らもジェイクに近寄って、右手で首だけを持ち上げて締める。
道化師のようなコスチュームだが巨体である身体が、赤子のように首だけで浮き上がる形となる。
「いてえよ…痛てぇ…………助けて!殺さないで!!ヒーローなんだろう。頼むよ……」
もはや恥も外聞も殴り捨て、ただ本能の赴くままジェイクは許しを乞う。
その言葉を脳内で響かせながらも、バーナビーは力を無意識に込めると、さらにその首がしまる感覚が手に伝わった。
許せる筈もなかった。こいつは…こいつは………両親を殺して、そして。
頭の中の血管が全部沸いたよう熱く高揚した。
あともう少しもう少しこの状態を続ければ、より強く圧力かければ、憎い憎すぎる両親の仇を殺す事が出来る。
復讐の為だけに今まで生き続けてきたバーナビーの全てが、この瞬間に凝縮していた。
そう、少し前の自分ならそのことしか考えられない筈だった。
しかし…ふいに絡みつく視線に捕らわれる。
そうなのだ。後ろでパートナーである虎徹が自分を見守ってくれている。
バーナビーは変わった。いや、変わらされたのだ。彼の手によって。
感化されたとかそんな甘ちょろいものじゃなく、今までのバーナビーの世界を覆すほどの衝撃。
両親に匹敵するほどの大切な存在が、今のバーナビーを良しとしないままでも、あくまで見続けるのだ。それは、何よりも崇高な信頼。
無意識に歯を食いしばり、空いた左手は痛いほどに拳を握っていた。
前に進むのも後に進むのも困難を極める中、とどめの一撃が繰り出されることはなかった。
指一本一本の力を順次抜いていくようにすると、どさりっとジェイクは地面へと転がった。
「はあはあはあはあ」
ただ、ジェイクの荒い息遣いだけがしばし辺りに流れる。
ああ…父さん、母さん………これで良いですよね?
一つ祈りを天に捧げた後
「一生かけて罪を償え」
あらゆる衝動を抑えつけて、喉の奥からバーナビーは言葉を絞り出し、ジェイクを見下ろした。
これで、全てが終わった………
テレビ越しからも聞こえるような市民の歓声が次の瞬間に巻き起こり、街全体がまるで震えているようだった。
安心した表情を見せた虎徹も、いつものように冗談交じりに近寄って来る。
その話で閃光弾の仕組みとジェイクの本当の能力を知って、半分呆気にとられる。
まさかここまで考えていただなんて…エレベーターに爆弾を仕掛けられた時もそうだったが、この人は頭で考えているのか身体が勝手に動くのか良く分からない時があった。
「にしても、超聴覚ってなんですか。筋肉の音を聞く?もう少し真実味のあること言って下さいよ。僕が貴方の言うこと信じなかったら、どうするつもりだったんですか?」
感謝しつつも、つい嬉しさにいつもの皮肉交じりの声を出してしまう。
少し前まで喧嘩別れしていたようなもので、半信半疑だった部分もなかったわけではないが、最後は信じる行動を取った。
正直、自分でも頭で考えて行動していたような記憶がなかった。
「そりゃないだろ」
「え?」
バーナビーの心配を余所に、虎徹はあっさりと否定の言葉を出すので呆気にとられる。
何を根拠に、この人はそんなことを言っているのだろうかと、わからない。
ジェイクのように心を読めるってわけでもないくせに、自分の何を知っているのだろうか。
何も知らないくせに…バーナビーが虎徹にどんな感情を抱いているのかも。
ぐっと押し詰まった感情を堪えつつも、ただ驚いただけのようなふりをする。
根拠のない自信でも、いいかと思っていた。しかし…
「だって、俺は…お前が俺を信じてくれるって信じてたからな」
眩しいほどの金の目を見せて虎徹は、にっと笑いながらもぐっと右手の指を立てる。
…完全に完敗だった。何だか、色んな意味で泣きそうになる。
あんなに酷いことを言った自分を、この人はまだ見捨てていなかった。いや、見捨てる気など毛頭ないのだろう。
今はただ、どっと迫りくる感情を押し殺すことで精いっぱいだった。
ああ…やっぱり、好きだった。どうしようもなく、愛してる。一緒に側にいたいのだ。
………この人のことを堪らなく…欲しかった。
絡みつく視線が交差をする。
こんなに空抜けた空間なのに、まるで世界に二人きりになってしまったかのような錯覚に、心地よく捕えられたが、それは長くは続かなかった。
妨害するように飛び込んでくるのは、ヘリの轟音。
「ジェイク様を渡しなさい」
間近に近寄って来るのは、ヘリを運転しつつも身を乗り出して強調するクリームだった。
突然の意識の移り変わりに、バーナビーは素早く対処することが出来なかった。
自然に音の大きい方へと視線が映り、緊迫した筋肉へと戻るように全身が集中する。
まさしく、一瞬のふいをつかれたと言っても過言ではない。
「良くやった。クリーム!」
次に響くのはジェイクの狂喜の声と、パチンッという能力発動音。
瞬時に視覚の切り替わりを願ったが、それは所詮後の祭り。
「うぁっ!」
その声を聞き間違えるはずもない。
バーナビーが振り向き、気がついた時には、隣にいた筈の虎徹がいなかった。
いや、連れ浚われたのだ。ジェイクの能力によって…
バリア能力の応用。薄く長く伸ばしたバリアをひっかけて、使用者であるジェイクのところまでずるずると引きずられる虎徹の姿が見える。
まったく油断していた。虎徹は、今ヒーロースーツを来ていない。
あの怪我の状況では、ハンドレットパワーも満足に使えないだろう。
いくらジェイクの肋骨が折れ再起不能に近いとはいえ、苦痛を無理やり抑えて何とか立っている程度の虎徹と状況は良い勝負で、うかつに手出しは出来ない。
「ぐっ…バニー!俺のことは気にするな」
「そんなこと…」
出来るはずかなかった。
溢れるばかりの想いを汲み取っている中で、今バーナビーが最も優先すべき存在は虎徹以外に有り得なかったのだから。
「そうだ。こいつには無理なんだよ」
いつの間にか立ち上がり、優位を見せたジェイクが気味悪く笑う。
肋骨が折れたというのも奇弁のように思えるほど、簡単に。
「お前らの言うとおり、俺は心の声が聞こえる。だから、絶対にそこの復讐野郎は、お前を犠牲には出来ない」
バーナビーを指さしてジェイクは虎徹に明確な言葉を落とした。
全てが終わったと思っていた中で、バーナビーの感情は酷く不安定で漏えいされ続けていたのだ。
「何を言って………」
全部聞こえているなら、市民が他のヒーローたちによって解放されていることも何もかもわかっているだろうと虎徹は思っていた。
未だ劣性である筈のジェイクの、絶対の自信を言葉からも態度からも感じとったが、自分に人質としてのそれほど価値を感じられない中、判断に苦しんだ。
「おおい。気がついてないのか?あの復讐野郎はな。てめーの事が好きで好きで堪らないんだってさ」
ぎゃははっと低俗な笑いを示しながら、俺にはあんまり理解出来ないがなとかぶりをふりつつも、最も隠してきたバーナビーの感情をあっさりと、ばらしてしまった。
驚きに目を見開いた虎徹がこちらを見る。それは、拒否?
もう…何もかもが駄目だった。ジェイクを許すことを出来る筈もなかった。
能力はもう切れているが、そんなことも忘れてバーナビーはジェイクに向かって飛び跳ねた。
その感情のあまりの早さに、能力を使ってもジェイクは初めて間に合わなかったのだ。
「駄目だ!バニー!!!」
割り入るのは、虎徹の痛烈な叫びだったが、バーナビーの耳にはマトモに入らなかった。
さきほどは一度下した左の拳を固く握りしめ、寸分の狂いもなくジェイク目掛けて叩きこんだ。つもりだった………
スーツ越しにも伝わる薄い脇腹の肉質部と、その先のあるあばら骨の感触。
元からあった深い傷をも超越して、深く…深くめり込み…、次には地面に叩きつけられる。
声もなく、うめきもせずに、ただ倒れ込んだのは…
「…おじさん?」
まるで子供に戻ったかのような問いかけをバーナビーはした。
あのジェイクを、虎徹は自らの身をていして庇い、バーナビーの全力の拳をその身に受けたのだ。
庇ったのはジェイクの為ではなく、バーナビーを復讐鬼にしない為で。
「……………ご、めんな。………バーナビー…………」
激痛を耐えながらも、なんとか最期に笑いかけて、虎徹はそのままがくりっと息を引き取る。
「……は、はっ…は……ははははは…」
バーナビーは最愛の人を見降ろして、笑う。それしか出来ない。
何だ…何だ………これは。一体、何が目の前に怒っているのか、バーナビーには信じられるはずもなかった。
そんなんじゃ、何に謝罪しているのか全然わからないじゃないか。
バーナビーの感情に何だか、この結末か、全て…何もかも。
やっと本名を呼んでもらって、全てを認めて貰ったというのに、こっちはまだ呼びたかったその名前を呼んでもいないのに。
ああ………謝るくらいなら、貴方が僕を殺してくれればよかったのに、最期まで本当に酷い人だ。
恋で人が殺せるなんて、うわ言だと思っていた―――――



神様という存在は、ただ…人々を救って下さるだけの存在ではない。
シュテルンビルトに安息の日々は訪れない。
だからこそ、選ばれしスーパーヒーロー達がいる。
「お願いします!まだ夫が取り残されている筈なんです!!!」
狂気に泣き叫ぶ女性の声に、願った返事を返せる人間はこの場には、いなかった。
未曾有の大規模ビル火災が起きた。
まるで火に油を注いだかのような勢いは、周辺地域を封鎖しての必死の消火活動となる。
強大なビルには消化設備が無数に設置されているのだが、それが全て叶うほど万全ではなかった。
人力尽くせる消火活動は、地上からはしご車が届く数十階までが限界だ。
近くに他のビルがあるならば、そこから水を発射することもできるが、現在ビルの最上階へかかるのは消化用ヘリのバケツ程度で、勢いは増すばかりだった。
駆けつけたスーパーヒーロー達は、高齢者や乳幼児を先に逃げまどう人々の先導を中心に、救助を進める。
一陣の歓声と共にかけつけたスカイハイは、ブルーローズを片手で抱いて飛ぶ。
しかしあまりにも火の勢いが強すぎて、得意のフリージング・リキッド・ガンから氷を発っしても限界があった。
何より崩れる建物の中では、要救援護者を見つけるのは困難を極めるだろう。
この勢いでは、いつ何が起きるのか全く想定すら出来ないほど。
全ての避難は辛うじて終了したが、それはあくまでも自力で動ける人のみだ。
もう、これ以上の人間を救助することは出来ないと覚悟した瞬間、印象的な白と蛍光グリーン色を示すヒーローがさっそうと飛び出した。
「ワイルドタイガーだ!」
民衆のうち誰が叫んだのかはわからなかったが、皆が口々にそう思った。
煙に包まれたままのビルに、止める消防員を払いのけて入って行ったのは、ワイルドタイガーだったのだ。
その足取りにゆがみはなかった。
颯爽と入口から侵入を果たすと、遠隔からメカニックである斎藤さんがビルの詳細な地図を画面に送って来る。
それに従って、非常階段へと進んだワイルドタイガーは数十階を一気に駆け上って行く。
煙でどこまでも視界は悪かったが、立ち止まろうともしなかった。
退路を確保しつつ、進行を邪魔する崩れた瓦礫の骨組みを崩壊させない程度に、壊して行く。
能力は5分間。しかも、帰る時間も考慮しなければいけなかったが、そんな時間を気にしている余裕もなかった。
「………げほっ…だ、、、…誰………か………」
目的の階に辿り着き、聴覚を極限にまで際立たせると、男のしゃがれた声が聞こえた。
伏せながらも足元に気をつけながら慎重に探るように進むと、廊下で倒れた天井の下から、それは聞こえた。
男性の位置を確認しつつも、負担がかからないように、元は天井だった瓦礫をどかした。
「ぅぁ…うっ………」
男性は自分が今どんな状況だかもわからないらしい。
廊下にへばりつく状況になっていたおかげで吸っていた煙が少なかったのが唯一の幸いだが、肺はどこまでも苦しい状況であるし、何より上に覆いかぶさった瓦礫の衝撃で、右足を骨折しているようだ。
極度の緊張により痛覚より恐怖の方が先行し、もだえる。
既に能力の実行が叶う5分間は既に過ぎ去っており、今はヒーロースーツの性能とワイルドタイガー自身の力に全てがかかっていた。
怪我をしている部分をかばうように男性を持ち上げたワイルドタイガーは、振動を与えないように極力気を付けながらも、素早く元来た道を戻った。

わあああああああああ
湧き上がる歓声が一面に鳴り響く。
未だ火事は止まらぬままであったが、この状況での救出劇は正しく奇跡であった。
「ありがとうございます!ありがとうございます!!」
救出した男性の妻と思しき女性は、救急隊に運ばれる男性に近寄りつつも、ワイルドタイガーに感謝の言葉を発し続けた。
一度だけ了承に頭を軽く下げたワイルドタイガーは、他のヒーロー達と同様にまだ完全には離れ切っていない他の市民の先導へと行ってしまった。
その姿を見ていた、警備員の一人がぽつりとつぶやく。
「俺…あんまりヒーローとか興味なかったから知らなかったんだけど、ワイルドタイガーってあんな感じだったけ?なんか変わったような」
現在は緊急を要していない仕事中とはいえ自分の記憶違いに頭を悩ませ、ぐるりと考え込む。
「変わるのも仕方ないだろ。コンビ組んでた相手が、あんなことになっちゃったんじゃあ」
記憶の代わりに、隣にいた同僚が独り言にこたえてくれる声が飛ぶ。
「コンビ?あ、そういえば、あのバーナビーのパートナーだったんだっけ。ああ、そうか………そうか…」
そうして、そこまで納得すると言葉を濁す。
その言葉を聞いていられる範囲にいた全員が、悟ったのだ。

バーナビー・ブルックスJr.………それは、シュテルンビルトを自らの命を持って救った英雄の名前だった。



完璧ではなかったかもしれないが、出来うる限りの救護活動が終わり、ヒーローは各所属企業へと戻る。
とりあえず消火が為されたのだから、これからは警察の仕事となるだろう。
ワイルドタイガーもアポロンメディア社のメカニックスタッフによる確認を受けた後、今は…ただ一人きりとなってしまったロッカールームへ行くのだ。
取りつけた装備は一端外してもらい、アンダースーツ一つで、ロッカーにかけよる。
これから私服に着替えようとしていた時だった。
「お疲れ」
そう簡単に当事者以外が入ってこられる空間ではないのだが、唯一の例外もいる。
「…マーべリックさん。………お久しぶりです」
雇用主でもあり社長でもあるマーべリックが声をかけるために、ここにやってきたのだ。
いつも忙しいイメージがあるし実際それは事実でもあるから、こういう場所で会うのは初めてかもしれない。
「どうかね?調子は」
そう言いながら、マーべリックは頭のてっぺんからつま先までぐるりとこちらの様子を眺めた。
ふむっと顎に手を当てて、しばし観察の仕草を見せる。
「…おかげさまで」
別に異常はないと、簡単に言葉を返しながらも、軽く頭が下がる。
「まあ…君があんな提案をしてくるなんて驚いたが、何とかうまくやっているようで、良かったよ」
突然ではあったが、この場に二人以外の誰もいないからこそ、その重い言葉をマーべリックは落とす。
それは、こういう機会がなければ、なかなか出来ない話題だった。
「本当は、バーナビー・ブルックスJr.がいた方が良かったですよね。わかってます」
かぶりを見せた後、少し視線を落として言う。
どこまでも自分の利己的な意志を押しとおした結果が、ここに落ちているのだから。
「………両親の仇を討った後の君の生きる価値が……それしかないというのなら、仕方ないだろう。私は、君がヒーローとして活躍してわが社の宣伝塔となってくれれば、それで構わないよ」
そう言って、マーべリックは目の前に立つ鏑木・T・虎徹の姿をした男に向かう。
黒味がかかった榛色の髪と深い輝きを持つ金の目、少し低くてどこまでも通る声も何もかもが、鏑木虎徹であるはずなのに、受ける印象は全く持って違うのは………
「我が侭言ってすみません」
その仕草には、ようやく本来の姿であるバーナビー・ブルックスJr.が垣間見えた―――
幼かった4歳までは、両親から名前を与えられた子供としての存在として生きた。
両親の復讐をするまでは、バーナビー・ブルックスの息子として生きた。
そしてこれ以降は、亡くなってしまった鏑木・T・虎徹として生きるのだ。
第三番目の役割を演じ続ける。それは死ぬまで。
死した虎徹のその身体から、少し堅い髪を丸ごと剃り、あの鋭くて綺麗な輝きを見せた眼球を抉りだし、柔らかい両耳を剥ぎとり、なめらかな皮膚を薄く引き千切り、恋い焦がれた声帯をも摘出した。
腕や足も出来うる限り?いで取り外して、全て動かせるように。
ここまでの普通に問題なく活動出来、能力も衰えなかったのは、やはり相性が良かったからかもしれないが、その段階に至るまでは随分と月日を必要とした。
それでも、外見上に与える【鏑木・T・虎徹】という存在を、今のバーナビーは完全にその身に宿した。
そういえば…この身体になって視力が良くなったなと思う。
遠い昔。両親の復讐をするために、NEXT能力を必要としたバーナビーは、研究機関で人為的に能力を植え込んで貰ったのだ。
いくつかの選択肢の中で、ハンドレットパワーを選んだのは、それは当時のトップヒーローであったワイルドタイガーが持っていた能力だからだった。
副作用で近視になってしまったが、それさえも懐かしい。
本当に少しずつだ。
まだ、上辺だけしか変わっていない。
完璧なのは顔のパーツぐらいで、それでもバーナビーからすればまだ骨格の削り取りがうまくいっていないような気がする。
表皮の次は筋肉…そして骨………残りの内臓や血管系はこれからゆっくり入れ替えて行く。意外と時間がかかるものだ。
出来たら、記憶を司る脳以外は全部成り替わりたいと思っているのに。
それさえも、あと数年…数十年と立てば、もしかしたら取り換えることが出来るかもしれないと思うと、嬉しい。
バーナビーは自分の左脇腹を無意識にさする。
最初に移し替えた、虎徹の決定的死因となった傷のくぼみ痕をなぞり感じる事が出来る。
中にあった、いくつかのあばら骨は十にも砕かれ、結腸も鈍く押しつぶされて千切れる寸前だった。
それをやったのはバーナビーで、きっと今度はその身に宿すこととなるだろう。
そう…結局、虎徹の身体だけしか手に入らないけど。

ビービービー
ふいに、ワイルドタイガーが装着している右腕のサインが蛍光色に光り、コールが鳴り響く。
これは救援要請だ。先ほども向かっていたが、こうやって立て続けて出撃することも、稀にある。
ヒーローに完全な安静など、ないのだ。
「行って来ます」
そう短く言って、バーナビー・ブルックスJr.は再びワイルドタイガーの仮面をかぶった。

それは、きっと彼も、無理を押してもどこまでも行くだろうから。










自 分 の 葬 式 に 参 列 す る 男