バーナビー・ブルックスJr.は世界が自分中心に回っていると信じている。
それは幼少時代に両親を殺されて辛い過去を背負ってしまったことによるリバウンドで、おのずとそうなってしまったのだ。
事実、両親を殺した犯人探し以外は、大した努力もせずにある程度は成績過多に出来た。勉強も運動もお手のもの。ついでに類い稀なるNEXT能力もあれば文句なしだろう。加えて生来から持ち得ているスマートな顔立ちに長身と、容姿的にも相当恵まれていた。そう…ハンサムとして恵まれすぎていたのだ。
そうして迎えた24歳の冬。バーナビーは文字通りの恋をした。お相手は仕事上のパートナーである鏑木・T・虎徹、37歳、男。
恋に燃える若者を止める者など、馬に蹴られて死んでしまえ。ということで、早速バーナビーは虎徹に告白をした。シンプルイズベストだと思う。
「どうやら僕はおじさんの事が好きなようです。付き合って下さい」
と。
しかし、それを伝えた本人である虎徹は見事にそのままの状態で、固まった。
ちなみにもちろんシチュエーションも抜群である用意を成した。ゴールドステージの一等地にあるポートレスタワーの最上階レストランを貸し切りという雰囲気は努めたのだ。これで告白しない方がおかしいというぐらいだ。定番は成功するから定番なのである。店員だけはなぜかおかしな目をこちらに向けていたが、もはやバーナビーは虎徹以外アウトオブ眼中なのだから、そんなことをわざわざ気にするわけがない。
そんなわけだから、美味しい食事の談笑後という絶好のタイミングを見計らって確実に伝えたその言葉に、なぜ虎徹が固まるのか最強スタンスのバーナビーには理解が出来なかった。もちろん肯定の言葉があうんの呼吸のように出てくると思ったのに、違うのだろうか。
それでもここで直ぐに口を挟むのもムードに欠けると、それくらいはわかるのでしばらく押し黙っていた。とはいえ強烈な視線を送り続けるのはやめず、じっと虎徹の返答を待ったのだ。
「あ、えーと。ごめんな…実は俺、バニーちゃんの嫌いなトコがあって………そこがどうしても苦手なんだ。だから、ごめん」
汗をだらだらとかきながらバーナビーの視線から外すように、虎徹は言った。言ってしまったのだ。その様子は懐に入りすぎてしまったことを後悔さえしているようで。
「は?僕を嫌いとか納得いきません。当然好きなんだと思っていました」
虎徹に拒絶されて、バーナビーの世界はまるで酔ってしまったかのようにぐるぐると回っていた。だからこそ信じられなくて、反射的に心を吐露することになったのだ。
「いや、バニーちゃんは悪くないんだよ。これは俺の問題で………」
曖昧に虎徹が言い訳をしているのが見えるが、その程度でもはやバーナビーが冷静になれるはずもなかった。
さっと椅子から立ち上がったバーナビーは、右手を伸ばしてテーブルを挟んで向こう側へと座っていた虎徹の胸倉を掴んだ。シャツが伸びるだとかそんなことも気にするわけもなく、そのまま虎徹を引き寄せて薄い唇へ強引な口づけを一つ。
それは殆ど触れたか触れないか程度の軽いものだったが。
「ぎゃああああ!!!!!」
瞳を開いたまま目が点になったと思った虎徹が、突然この場には不釣り合いな程に絶叫した。
さすがのバーナビーも驚いて伸ばしていた右手をとっさに引き戻すと、糸が切れた人形のように虎徹は椅子に舞い戻ったのだが、そのままがくんっと体勢を崩してテーブルに倒れこんでしまった。またもや大きな音が鳴る。
そのまま虎徹が意識を失くして気絶したのだと気が付いたのは、騒ぎにかけつけた店員たちで、慌ただしく救急車を呼んでいる。
バーナビーは呆然と立っているだけで、この状況を理解する事が全く出来なかった。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





ぽっかりと抜けてしまったという自覚を感じるほど、虎徹の意識が戻って来るのには時間がかかった。
白く眩しい世界は何度か体験していて、現実世界は眩しすぎるのでうっすらと次第に目を開けるとここがどこかの病院の一室であるという天井を確認出来た。
なんだかまだ頭がぼんやりしている。えーと、何だっけ。一体なんでここにいるんだっけ…とようやく活発に動き始めた頭を虎徹は巡らす。
ああ、そうだ。高そうなレストランで食事をしていて…バーナビーだ。そうだ。色々と申し訳ない事をしてしまった。
虎徹としては嫌がおうにも一緒にいなくてはならない仕事上のパートナーだし仲良くやろうと思って色々と頑張っただけだったのだが、どうも勘違いをさせてしまったらしい。
でもいきなりぶっ倒れてしまったことだけは、原因が原因なので仕方ないと思うが。
「目が覚めましたか?」
そんなことをぐるぐると考えている最中、通る声が虎徹の耳へと飛び込んできた。
「えっ、バニー!?」
枕に深く身を預けていたので体勢的によくわからなかったのだが、虎徹は慌ててベッドから飛び起きることとなった。反動をつけて身を上げると、やや離れたところで簡易パイプ椅子に座ったバーナビーがこちらを見ていた。どうやら隣について見守っていてくれたようだ。
「まさか…気絶するとは思わなくて、すみませんでした」
そうして軽く頭を下げて釈明してくる。ま、そりゃそうだろう。虎徹がうら若い乙女とかだったらキスをされて倒れるという可能性的には有り得ることかもしれないが、こちらは既に齢おっさんで子持ちなのだから、アクシデント程度にすませるのが普通だろう。
「いや、俺も言っていなかったからさ。仕方ないと言うか…」
あくまでも虎徹も口ごもるのだ。言いにくい内容なのだから致し方ない。
「先生に倒れた理由を聞かれたのですが、ちょっと説明しにくくて………今は過労という扱いになっています。ただ…赤い斑点が出ているようですね。アレルギーか何かを持っているんですか?」
そう言いながら、ちらりと虎徹の胸元を見てきた。確かにバーナビーの言うとおり、薄らと赤いじんましんのようなものが散らばっているのが自分自身でもわかる。
「アレルギーというか、ちょっと変な体質があってな」
あまりに変わっているからあまり他人に話した事がなかったのだが、しぶしぶと言った様子を見せて虎徹は、ぽつりぽつりと話す。それでもまだ積極的な声は出せない。
「それが僕に関係あると?」
やっぱり原因は自分だったのかと納得した顔をしながらもバーナビーは聞いてくる。
「うん。そうなんだ…」
なんだかやはりバーナビーの押しは強いので、身体を少し引きながらも虎徹は肯定した。
「僕の何がいけないんですか?虎徹さんに害を及ぼすなら改善しますから、教えて下さい」
よりベッドサイドに迫って来ながらもバーナビーは主張してくる。その…やはり虎徹を好きになったというのは本当なのだろうか。本当らしい。自分を好きになって貰うべく、改善しようとしている。ああ…ますます申し訳ない。どうしようか。でも、この状態でもう後に引きさがることは難しかった。だからこそ引きさがって貰う為に虎徹は意を決して真実を告げる事にした。
「バニー。実は俺………ハンサム恐怖症なんだ」
冗談にしか聞こえないようなその単語を、なるべく真剣に聞こえるように虎徹は伝えた。
「………何ですか…それ」
今まで聞いた事がない文字列にバーナビーは耳を疑ったようで、きょとんとしながらも聞きなおしてくる。確かにそんなことを言われても困るのはわかる。これは病気というか精神的なもので、虎徹としても扱いに困っているのだから。
「だから、ハンサムと顔を合わせたりしゃべったりするのはそれほどでもないんだけど、触れたりするのは完全に駄目なのよ俺」
特にバーナビーはストライクすぎるというか、ハンサムすぎる。なるべく視界に入れたくないと思う部分もあるが、バーナビー相手には今まで色々と頑張ってきた。頑張って来たのだ…今全部バレたけど。ハンサムを全人類が好きだと思うな。つまり、虎徹は綺麗なお兄さんが嫌いだった。
「何で…そんな体質に?」
単純な疑問としてバーナビーは絶句しながらもこの質問が生まれたようで、いつもよりスローなテンポで追及の声となる。
「いやわかんない。先天性だし。なんか…ハンサム相手だとこの世のものとは思えなくて拒否反応出るみたいで。あ、ちなみに男限定ね」
匂い立つ美女に触れ合う機会など滅多にないが、それでも何度か機会があってそれでは普通に大丈夫だった。虎徹としては亡くなった奥さんも美人さんだと思っているのでそれだけは確実だ。だが、男はなぜか駄目だった。同姓として、ヒーローなんてやっていると何だかんだと握手をしたりする機会があったのだが、その度に拒否反応が出てしまう。
「よくそんな体質で今まで隠し通せましたね…」
何だか少し呆れているような顔まで見せて来た。これは同情とも違う何とも不思議な様子だ。
「そうなんだよ。つーか、最近のヒーローってハンサム多くね?全体的に」
スカイハイはヒーロー時でも素顔でもさわやかな好青年である事は間違いなし。折紙サイクロンは素顔になると卑屈な性格にはなるがそれでも顔自体は一番整いまくっている。ロックバイソンはいかにもガチムチな男前であるし。この話にファイヤーエンブレムを加えると怒られるかもしれないが、彼女も相当なスタイルの持ち主だ。
なんかそう改めて考えると、ハンサムじゃないとヒーローになれない法則でもあるのだろうかと思ってくる。そうすると自分はその基準を満たしている自身が全くないのだが、贅沢な悩みなのだろうか。
そのハンサム集団に新入りが加わったのがハンサムの代名詞であるバーナビーで、これこそ文句なしのイケメンだった。ヒーローがハンサムすぎて怖いホント。常々過度なフレンドシップは無理だと感じていた。
「なんかそれ…僕達の存在否定していませんか?」
「いや、だから俺だけの問題だからさ。気にしないで。とにかく触れてこなければ大体は平気だから」
しかしこれでバーナビーには言ったのだから他の面々にも告げた方がいいかな…と虎徹は思い始めて来た。スカイハイは天然で触れて来るし、折紙サイクロンはジャパニーズ関係で感情が高ぶると触れて来るし、ロックバイソンは付き合いが長いから普通に触れて来るし、ファイヤーエンブレムは以下略である。危険が多すぎる。
今までは屈強な精神で絶えて来て、いやさすがにこの前のバーナビーのキスは半分死んだが、あれに近いことはないとは思いたいが、それでも絶対と言う事はないのだから。もはや一人にバレたから何だか馬鹿馬鹿しい気質すぎて今まで言えなかった事も、言ってしまえとか思って来た。
「わかりました」
短く切った言葉でバーナビーは了承を伝えて来てくれる。
おお、これで話はまとまるか。良かった。バーナビーもなぜかこんなおじさんを好きになるなんて恐ろしいことを諦めてくれて…と虎徹がほっと胸を撫で下ろしたときだった。

ガシャンッ!
病室というこの場に、一番不釣り合いな耳をつく音が響く。
「な!何やっちゃってるの!?」
原因の主はバーナビーだったが、あわあわとしたのは虎徹の方だった。なぜだか本当にわからないが、突然バーナビーが側面にあった窓ガラスを殴ったのだった。
ハンドレッドパワーを使ってはいないとはいえ、日ごろからトレーニングしているバーナビーがそれを割るのは容易な事で、パリンッとかガチャンッとか嫌な音を立てて窓ガラスは無残に打ち砕けた。だがもちろん殴った右手には鮮血が混じることになる。
慌てて虎徹はナースコールを使おうとした。まさか患者が原因でもないのに、このボタンを押す日がこようとは思わなかったが。どうしちゃったんだ、このハンサムは!
「…どうやら虎徹さんは僕の顔が気に入らないようなので、傷でもつけようかと。貴方にそれで認めて貰えるなら安いものですし」
そう言いながら、バーナビーはグーの手を開いて室内に落ちた適度な大きさをしたガラス片を拾い上げる。虎徹のためならここで顔に傷をつけても構わないとは…なんというヤンデレだ。ヤンバニって怖い。
「ちょ!ストップ!!駄目でしょ、バニーちゃんの顔は商売道具でもあるんだから、絶対駄目!それに顔程度に傷があっても、流血してると余計にイケメンだから無理だから!」
文脈がおかしいとはわかっていたが、それほど混乱していたのだから仕方なく、とにかく精いっぱいの主張を虎徹は繰り返した。
KOH…キング・オブ・ハンサムは顔もお仕事。いくらバーナビーの造形が整い過ぎているとはいえ、生半可なことでそれが崩れるわけもない。ハンサムは生まれながらにハンサムで、ハンサムだ。顔だけではない。服装だって、ハンサムは何を着ても何をしていても格好いいから無理なのだ。存在の否定をしているわけではないが、美的感覚の違いから起こるだけだ。だから現実問題、その程度で解決するものではないのだ。
「そうですか。無理ですか………じゃあ、僕と一緒に暮らしましょう。そうすればいつかは耐性がつきます!」
勝手にそういう判断をして、バーナビーは虎徹へと右手を差し出してきた。
「ええ!?」
なぜ…そこまで突飛な発想になってしまうのかはわからないが、なんだかあまりに強烈な事を言われて、何だか本当に効果があるようにさえ思ってしまうほどだった。
この手を取らなかったら、自分はどうなってしまうのだろうか。おじさんはバニーちゃんのこと苦手っていっているのに、さっぱり認めてくれないようだ。



ああ…ハンサムは性格も怖いことを虎徹は思い知ったのだった。
相棒がハンサムすぎて生きるのが辛いです。











ハ ン サ ム は 刺 激 物