これは、ワイルドタイガーにまつわる都市伝説の報告書である。
証言@
「うーんと。気がついたのはいつだったかなあ。ボクが覚えているのは、最初たしか…そう子供!ボクよりも小さい男の子たちが、遠目からタイガーさんを見てたの!」
証言A
「私もそれ何度か見たわ。だってパートナーのハンサムじゃなくてタイガーの方なのよ。それって、おかしくない?っと思って………べ、別に私がいつもタイガーを見ているってわけじゃないからね!たまたまよ!」
証言B
「あらんっ、そうなの?私が見たとき、タイガーはもう小学生たちに囲まれていたわ。前途有望な男の子たちによ。全く羨ましいわ。これがその名に聞く、光源氏計画ってやつね」
証言C
「光源氏計画…とはハレンチな………拙者が見切れようとタイガーさんの近くで待機したときは、小学生だけではなかったでござる。次第に、女子高生なども混じり始めていましたな」
証言D
「私も見させてもらった。最初は子供中心だったようだが、どんどん上の年代の人間もワイルド君に近づくようになったようだ。どうやら彼には御利益があるそうだよ。素晴らしい、実に素晴らしい!」
証言E
「俺はアイツとプライベートでも飲みに行ったりするんだが、大変だぞ。事件が起きて少しでもヒーローだと明かすと、たちまち老若男女問わず周囲の人間に囲まれて。俺も逃げるのが大変だった」
そして証言者全員が口を揃える
『みんな…ワイルドタイガーの尻を狙っている………』と。
「ということで、証拠はあがっているんです。どういうことですか?おじさん」
バンッと書類束を景気よく机に叩いて置いたバーナビーは、そのまま虎徹に言い寄ってきた。
ここはご存じヒーロー事業部で只今絶賛仕事中…のはずなのだが、取り上げる他ないとバーナビーには思わせる内容だったらしい。
「し、知らねえよ。つか、むしろこっちが聞きたいくらいだ」
なんで自分がこんな目に合わなければいけないのか。虎徹は真剣にそう思うくらい困っていた。そして目の前のバーナビーに対する対処も含めて。
「せめて噂の発端ぐらいは掴んでくださいよ。この馬鹿馬鹿しい噂の当人なんですから」
何度かの皮肉を交えて、バーナビーは虎徹に詰め寄る。いつものスマートさはどこに行ったのか。苛立ちの様子を隠すつもりもないらしい。
「だから…覚えなんてないんだって。えーと、何だっけ?アレ」
なんだか未だにまとまりがつかないので、アレと言葉を濁してしまうのは、意図しない本心なのかもしれない。
「今更とぼけないでください。ネット上に広がる………『ワイルドタイガーの尻に触ると幸せになれる』という噂ですよ!」
口に出すのもちょっと怪訝な様子だったが、それでもバーナビーは虎徹に自覚させるためにはっきりとそれを言い切った。
そう…そうなのだ。誰が言い出したかなんて知らないが、いつのまにかそんな得体の知れない噂がネットに浮上し………虎徹はファン?に取り囲まれるようになってしまった。何も知らなかった最初は、あれ?俺って人気者?と思ったのだ。単にそうではなかったと知ったときの愕然もわかってもらいたい。
それにしても。
「ちょっ、今。そんなのになってんの?俺が最初聞いたときは『ワイルドタイガーに触ると御利益がある』だったんだけど」
元々根も葉もない噂だったが、どうして尾ひれ背びれが付き、本人の知らぬところであらぬ方向へと勝手に変になっていくのか、理解が出来なかった。
「原因がわからないのなら、もう結構です。ともかく周囲に気をつかう…これだけは忘れないでくださいね」
問題ばかり起こす役立たずの烙印を虎徹に押したバーナビーは、そのまま書類を置き去り、ヒーロー事業部から出ていってしまった。
そうして、ぽつんっと一人たたずむ虎徹だったが、この変な噂をどうすればいいか…自分でもわからなかった。
「はあ…」
そして今日も、バーナビーの盛大なため息がロッカールームに響く。
外行き用ではみられない疲労の様子だ。こんな地を虎徹の前で見せるということは、ようやく生意気な後輩が心を開いてくれたのかと思いたいところだが、原因は自分であるのだから望みは多分ない。
つい先ほどまで、虎徹とバーナビーはヒーローとして出勤していた。今日は、留置所を脱走したNEXT犯罪者の確保をする筈だったのだが、結果はさんざんだった。
虎徹とバーナビーはバディなので基本は行動を同じくしなくてはいけない。そんな中で、逃亡した犯罪者は人混みに紛れる為に繁華街へ爆走したのが運の尽きだった。「あっ、ワイルドタイガーだ!」その声が飛び交わなくとも、あっというまにスーツ姿の虎徹は人混みに囲まれて…文字通りファン?達に尻を狙われたのだ。触られて減るものではないとはいえ、いや…やはり何か納得いかないし嫌に決まっている。
なにやらいつの間にか噂に新たなる項目が生まれたらしく、ワイルドタイガーが動いている最中に尻に触ると余計に幸運になれる…らしい。いい迷惑だ。
そんなこんなしているうちに、犯人を見失ってしまうという体たらく。しかもこれが初めてというわけでもなかった。自由に動けないもどかしさ…それでも万が一にも二次災害が起きては困るのだ。虎徹はそんなに慎重な性格ではないので、パートナーであるバーナビーも気をつかわなければいけない。つまり、本日バーナビーがポイント0でいらぬ心労をかけさせているのは全面的に虎徹が悪いということになる。
身も心もなんだか廃れてしまったバーナビーは、シャワーを浴びた後、シャワールームの簡易ベンチに腰掛けてぼうっとしていた。合間に挟まれるのは、ため息である。ますます申し訳ない。
「ごめんな、バニー」
また怒られるかもしれないと思いつつも、ちょっとびくびくしながらバーナビーの隣に腰掛け、虎徹は謝った。これではバーナビーが、あれこれ怒るのも無理はない。いや、今は怒る気力さえ出ていないようだった。
「…別におじさんだけが悪いってわけではありませんけど」
それだけは何とか言ったが、やはり疲労は隠しきれずに言葉は続かない。バーナビーとしても手をこまねいているのだろう。相手はファンなのである。無碍な相手をするわけにもいかない。だが、多少ちやほやされる虎徹はともかくバーナビー自身には何の恩恵もない…この事態は疲れるだけのようだ。虎徹と違ってバーナビーは繊細である。だから自分自身にも虎徹にも厳しく接しているのだろうが…そろそろ限界が来たようだ。
いつのまにかふらふらと揺れていたバーナビーの上半身が、虎徹の方へとスライドして倒れて来た。
「とっ、とっ、と………」
思わずバーナビーの体重が加わったので、こちらの重心が崩れた虎徹は直ぐには対処が出来ず、そのまま自分も一緒に横倒しになった。虎徹の腰の近くにバーナビーの頭があるのは見えた。
「…すみません」
一応その言葉はバーナビーから出たのだが、起きあがる仕草は見られなかった。疲れているのだろう。大の男に体重をかけられ、正直重かったが、相手はあのバーナビーである。虎徹はちょっと体勢を変えて、バーナビーの頭を子供をあやすかのように抱き抱えた。そろそろとバーナビーの手が伸び、虎徹の腰に抱きつかれる。まるでぬいぐるみのような扱いを受けたが、不思議と気持ち悪いとかは思わなかった。
そのままの状態から何十分経った頃だっただろうか。ようやくむくりとバーナビーは顔を上げた。
「どう?少しは気分良くなったか?」
まるで何事もなかったかのように虎徹は尋ねる。こんなおかしい行為。きっとバーナビーは忘れたくなるだろうから茶化すつもりもなかったのだが。
「そう…ですね。少しは………実はここのところ体調もあまり良くなくて…それで今回の事態が起きて、すみません。貴方だけのせいではないのに、八つ当たりをしてしまって」
身をおこしながらも、しんみりと謝ってくる。
「そうだったのか。ま、でもやっぱり今回の事は俺のせいでもあるから、何かあったら遠慮なく言えよ」
「はい…」
何か様子のおかしいバーナビーに、景気よくそんなことを言ってしまったのがすべての間違いだった。
それに気がつくのは、直ぐ翌日―――
「すみません。抱きついてもいいですか?」
二日連続のヒーローとしての出勤があった。今日は昨日よりはマシとはいえ、当初スーパールーキーと言われたバーナビーの活躍には未だ遠いという状況で。昨日よりは一歩前進かな?と思っていた矢先、ロッカールームでバーナビーから浴びせられた言葉がソレだった。
「えっ?」
言っている意味がわからなく、ただ虎徹は疑問だけを押し返す。
「なぜか昨日それで効果があったようなので、またやれば疲れがとれると思うので」
至極正論を訴えるように、バーナビーは淡々と解説してくれた。
「ん?そーいうもんなのか?まあ、別に減るもんじゃないし、それならいいけど…」
何がなんだかわからなかったが、確実に原因の一端を担っている自覚はあったからこそ、虎徹は了承した。
「では…」
若干バーナビーにも戸惑いがあるのだろう。普段のスマートな様子から逸脱するかのようにぎこちなく、ぎゅっと虎徹の腰を抱いて引き寄せた。なんだかこれだけでもこそばゆく感じてしまうのは、きっと気のせいだと虎徹は棒立ちしているふりをしながらも、心を諌める。それにちょっと胸が苦しいけど、バーナビーは真剣そのものなので茶化さずに我慢した。
時間に換算するとそれは、ものの2、3分程度の出来事だったとは思う。
やがて、虎徹の肩にもたげていたバーナビーの顔が立ち上がり、そっと…身体を離される。
「ありがとうございます」
ずれてしまったメガネを直しながらも、バーナビーは少し安らかな顔を見せてくれる。効果がどれほどあったのかどうかなんて虎徹にはわからないが、それでも悪い方向ばかりではないように見受けられた。
とにかく終わったことを素直に良かったと、なぜか思ってしまった。なにか…これは心臓に悪いから。ほっと息を落とす中で、次に飛び込んで来たのはバーナビーの予想外な言葉。
「あの…出来たら、たまにまた抱きついてもいいですか?」
「え?………えーと」
なぜか盛大に驚いたというわけではなかったが、それでも即答出来るような頼みではないので、虎徹は口ごもる。いや、確かに減るものじゃないと言ったけど…言ったけど…それは、そのときまだ抱きつかれていなかったからこそ、気軽に言えた言葉であって。今は…
虎徹の当惑を静かにバーナビーは待っていた。ああ…だめだ。バーナビーの方を見てしまうと、どうも…無理だ。最初にシャワールームで抱きつかれた時に聞いた、病院だとか絶不調だとか、そういったネガティブで可哀想な兎ちゃん…に見えてくる。こんなハンサムなのに…おかしい。
「………仕方ないな…それでバニーちゃんが元気になるっていうなら」
そうして、また翌日から…虎徹はそれを後悔する。
「ねえ、バニーちゃん。毎日だよね…日課になってるよね」
若干白けた声を出しながら、虎徹は遠まわしに当初の話だった「たまに」という筈だった事態を取り上げてみるが、効果はない。
相変わらず世間様は虎徹の尻を狙っているし、加えてバーナビーは毎日虎徹に抱きつくようになった。数ヶ月前から比べると有り得ないとしか思えないモテっぷりである。これが単純にモテているってわけではないのがミソなのだが。効果があるとは思えないのだが、最近のバーナビーのヒーローとしての活躍は堅調だ。未だ虎徹の尻が狙われていることに変わりはないが、それでも当初よりは対策が出来てきたのだと思っている。だから別にわざわざ毎日抱きつく必要など感じないのだが、相も変わらない。ファンにもバーナビーにも羽交い絞めされ、なんだか虎徹は最近疲れて来た。だからこそ、今こうしてバーナビー相手にも好き勝手させるようになってしまった。なんか…考えるのも面倒くさい。
「なんか違くね?頼られるのはうれしいけどさ」
今も、絶賛抱きつかれ中だ。当初より段々時間も長くなっている気がする。正確な時間など計ったことはないが。そして、腰に手をはわせられるのも次第に慣れた。自分の抱き心地が良い自覚は全くない。
「こうしていると、何だか安らぐんです」
抱きつかれる度に何度も聞いているせいか、バーナビーも同じ言葉を繰り返すばかりだ。最初は本人も若干戸惑った様子を見せて………「驚きましたけどなぜか…どうやらそうみたいです」と曖昧に曖昧を重ねて口ごもったり、悪気を見せていたが、今は完全に図々しい様子だ。
「あーそう。俺は汗ばむからシャワー浴びたいんだけど」
ようやくしゃべったと思っても、明確に虎徹に対して返事をしてくれるわけではなかったので、こちらもやる気のない声が出てしまう。だがこちらも慣れたもので、いつの間にかぽんぽんっとあやしてしまう。
「大丈夫ですよ。おじさん、意外と加齢臭もしないですし」
一言余計な…なんだか誉めているのか貶されているのかよくわからない返答が返ってくる。抱きついていても全然素直ではないところが、やはり可愛くはない。ただの人恋しいお年頃が今頃ということだろうか、わからない虚無だけだ。
「俺に抱きつくより、酸素カプセルの方が効率いいじゃないか?」
微動だにしないバーナビーに半分呆れながらも、提案を一つ加える。
「斎藤さんには悪いですけど、記憶操作の件が絡んでいる可能性もあるので、今は無理です。こっちの方がいい…」
顔をうずめながらもバーナビーはより抱きつく。
ま、一応無理もないか。子供の頃に両親殺されているんだし…と同情を含めてあげて、虎徹は己を納得させようとしたのだが。なんだかチャージか充電をしているようだ。自分自身が何かをバーナビーに吸い取られてる気も若干し、どーんとこいという意気込みは少し無理だった。
それに、いつもは双方立ったままで抱きつかれるのだが、今日はオフィスの事務机に半分乗っかった状態から抱きつかれたので、普段より少しバーナビーの目線が低い。同時に、そのやわらかい髪の頭も虎徹の胸元にあるわけだが。
金の視界を眺めていると、ふわっふわしたバーナビーの毛先が、身動きして首に触れて、何となくくすぐったい。子供のように顔をうずめられて、なんだか微笑ましいなあ〜と感じていた。
また、もぞもぞとぐりぐりとバーナビーは頭を動かす。やがて、虎徹の腰を掴んでいたバーナビーの手がせり上がる。少し体温の低いバーナビーの右手が、虎徹の頬を軽く触った。そのままこちらの頭の位置を固定させるかのように掴まれて、そしてバーナビーの整った顔がこちらに上がってくる。自らの指先が誘ったかのように、そのまま虎徹の頬へと唇を這わせた。
あまりに自然な流れで、そのことに虎徹は直ぐには気がつかなかった。
「おおおおいっ!今の何??何、一体…何したの?」
NEXT能力以外のありとあらゆる力を使ってバーナビーをひっぺがえした虎徹は、先ほどバーナビーの唇が触れた頬を片手で押さえながら、あわてふためいた。いや…全然全く一ミリも理解したくないが、これは世間一般的に言うとアレじゃないか?という認識しかない。
「何って、キスですけど?」
突然剥がされたバニーは、若干不機嫌そうに淡々と言葉を返してくる。
「何で?何で俺にする必要あるの!」
「子供の頃、両親はよくしてくれたので」
相変わらずバーナビーの返事をする口調は変わらなかった。
え、何?ここにきて文化とか習慣の違い程度の認識って扱いなの?やっぱりわかんないよ。いや…違うだろう。大体バーナビーは今は大の大人だし、そもそも虎徹は別に家族ってわけでもないし。
だが、しかし… 虎徹は何よりも『家族』に弱かった。そうだ。きっとバーナビーは家族愛に餓えているんだ…そう思うと、それ以上強くは言えなかった。
でも可哀想だし…とかなんとか言っている間に、抱きつく行為にキスも軽々しく加わった。
虎徹が覚えている限りのレパートリーは、頬・口元・額・首元・手・閉じた目の上などなど。これが毎日なのである。もう…慣れるしかない。
正直今の虎徹にとってバーナビーの行為など些細な部類に入るのが、自分の尻の方が大切だったからだ。
『ワイルドタイガーの尻に触ると幸せになれる』こんな事態を放っておくわけがない人間がいた。そう…視聴率の鬼、HERO TVのアニエスである。虎徹に無断で勝手に特集組まれるわ、付随して他のメディアも煽るわ、しまいにはゴシップ紙にまで付きまとわれるわと、散々な目に合った。おもしろ半分なのだろうか。いや、アニエスはマジだ。視聴率の為なら、ワイルドタイガーを捧げるのも厭わない様子。こんな事が世間を騒がすなんて案外シュテルンビルトは平和なのだろうか。単にネタがないだけなのだろうか。加熱するばかりのメディアを他人事のように思いつつも、ともかく早く騒ぎが収まって欲しいと思うばかりだった。
「自分で触って幸せになれるんだったら、金運でも上がって欲しいな」
まるで独り言のようなセリフだったが、それは叶わず、隣にはバーナビーがいる。正確に表現すると横にいるわけではなく、もちろん抱きつかれているのだが、このパターン飽きそう。
今日は休日の筈だったのだが、もうなんか日課らしいから、バーナビーはあっさり虎徹の家に押し掛けて来た。いつものことなので、好きにさせている。
やがてようやく少し満足したらしくバーナビーが離れたので、虎徹はきちんとソファに座り直し、テレビのリモコンをオンにした。コメディ番組が流れてくるので、ぼうっとしながら眺めたかったのだが。はてさて。
「バニー?なーに、やってんの?」
いつの間にか、ソファに対して平行にされたと思いきや、虎徹の足はバーナビーに掴まれていた。
「あまり僕の家だと靴を脱がないので、なかなか興味深くて」
実家の習慣で比較的直ぐ靴を脱いでしまう虎徹に倣って、バーナビーも素足だった。しかし、別にこの家にスリッパなどという気が利いたものがあるわけではないが。あまり足下に注目することなんて女子ではないのだから無いが、何が面白いのかさっぱりわからない。
だがバーナビーは、虎徹の足をマジマジと観察するように眺めている。
「それ、面白いか?」
「面白いですよ。あ、ほくろあるんですね」
何やら自分との違いを確認したいらしく、ついでにバーナビーは虎徹と自分の足と重ねて見はじめた。それほど広くないソファの上で大人二人のこの行動は変としかいえなかった。
「いや、ま。足にほくろがあるのは珍しいかもしれないけど…そうじゃなくて、何でわざわざ俺なわけ?抱きつくなら、でっかいぬいぐるみでもよくね?」
バーナビーが顔出しヒーローで他人に抱きつくには色々と障害があるのはわかったが、何も自分じゃなくてもいいじゃないかとは、常々思っていた。
「僕は…おじさんの身体が好きですから………」
「は?………どこが?」
今、この目の前のハンサムが、人の足を掴みながらもとんでもない発言をかましたように聞こえて、聞き返すような声が出た。
なんだろう…好きって、いや…それよりも身体が好きって何だ。具体的だが、そこは常識的ではない…そう思うことは間違ってないよな?
「おじさんの身体ならどこでも好きですけど、強いて一番とすると…腰から尻にかけての曲線美ですかね」
「いやっ、そんなこと聞いてないし。つか、バニーも十分にスタイルいいと思うけど」
それを聞きたかったわけでは全然ないのだが、バーナビーは冷静に解説してくれる。
しかし、そういわれると今までのバーナビーの奇矯が思い浮かばれる。手を絡めたり、ふとももをなぞられたり…と、なんかそんなことばかりだったような。それが、全て先ほどの言葉に集約されているのだと思うと、謎は解けるが…嬉しいはずもない。
「自分で自分を好きとかナルシストじゃないですか」
バーナビーは論点が違いすぎるとでも言いたいかのように、あっさりと虎徹の言葉に否定をかけた。
「だからって、俺に…とか。セクハラ反対っ」
まだ何か実感が湧かないというか、あまり深くわかりたくないという気持ちもあって、軽い調子で主張を混ぜる。職場での先輩はこちらの方だが、後輩からの嫌がらせに良い言葉が浮かばなかったのだ。
「だって、減るもんじゃないって最初に言ったのは貴方ですよ」
「いやいやいや…そんな邪まな理由だと思わなかったんだよ。だから、もう抱きつくの禁止」
なんだかさっぱり認める気を感じないバーナビー相手に、はっきりと言ってやった。
「そんな…横暴だ」
バーナビーの勝手な叫びとともに、持っていた足に込められる力が増やされる。
「おい…足はあんまり………」
そう制止しようとしたが時は既に遅かった。
「っつ、いたたたたたた……………足、、…吊ったっ、」
慌てて声を出して訴えるが、それで痛みが直るわけでもなく、むしろ何か叫んでいて気でも紛らわさないと足の痛みの全てが集中するようだった。
「っ!大丈夫ですか?…………あまりむやみに動くのは…」
「無理無理無理」
痛いモンは痛いから素直にバーナビーの言うことを聞けるわけがなかった。反射的にぐっと拳を握り締めると、とりあえず目の前のソファを殴る。衝撃で足の事を忘れることは不可能でも、作為的な痛みより人為的な痛みの方がまだマシだからだ。
「足を伸ばして下さい。そして、足の指を身体の方に曲げれば治りますから」
虎徹とは逆に冷静となったバーナビーは、的確に指示を出してくる。
「いや…それ、なんか前にどこかで聞いたことあるけど、痛そう…」
もちろん虎徹に余裕などあるわけがなく、吊って痛い足の指になぜわざわざ触れなくてはいけないのかと、思うのはそんなことだ。
「つべこべ言わずに、やらないと…いつまで経っても治りませんよ」
「だって、なんか怖いんだって」
「じゃあ、僕がやりますから…少しじっとしていてください」
そこまで言われたので仕方なく妥協するように、ソファを殴るのはやめた。普段なら、一人きりだったら陸揚げされた魚のように、びったんばったん転げ周り治るのを待っているのだが。それでも話す相手がいるだけでも今回はマシな方で、バーナビーの言うとおり仰向けの体勢を守り、ソファにねっころがる。吊った足は若干浮いてるけど。
まるで注射を嫌う子供のようにそのバーナビーの処置を見ているのも少し怖かったので、目を背ける。そっとバーナビーが自分の足に触れてくるが、案外痛いとかそういうのはなかった。そして、ぐっと徐々に力が加えられ、虎徹の足が曲げられる…
「どう…ですか?」
「あれ………ホントだ…痛くない」
恐る恐る目を開けて、先ほどまで吊っていた足を見る。見た目は先ほどと何も変わらない様子なのは当たり前だが、痛みという観点からすると歴然としていた。あれほど痛かった足は、すっかり元の健常な様子を示していた。
「マジかよ。すっげーなっ」
思わず膝を折り曲げて吊っていた足を摩り、実感を味わう。
「治ったばかりですから、あまり調子にのると、再発しますよ」
横から飛んでくるのはご丁寧なバーナビーの忠告。
「あっ、そうだな。しかし…こんな簡単な方法で治るなんて、今度からこれに悩まされなくて済むと思うと………なんか人生が輝いて見える」
多少大げさな自負はあったが、それでも意気揚々と虎徹は自分の目が輝いている自覚さえあった。
「すみませんでした…僕のせいですよね。全部…」
ようやく事態が落ち着いたところで、さすがに直接的な原因となってしまったことは明白で、バーナビーは素直に謝ってくる。
「あーまー、気にすんな。俺、足が吊りやすい体質なだけだから。しかし…ここ最近は収まっていたと思ったんだけどな」
だからこそ、このすばらしい解決方法に感動したわけだったが。しかし…何度吊っても慣れないのは仕方ない。痛みには普通の人より強い方だと思うが、これは慣れるのが難しいようだ。
「やはり…僕が原因ですね………」
そこまで虎徹の声を聞いて、余計にバーナビーは声の調子を落とした。
「いや、別にバニーに抱き疲れているのは全然関係ないと思うけど?つか、足が吊る原因って一般的に疲労とかじゃなかったけ?」
さっきのことはともかくとしても、何もそこまでバーナビーが気落ちする理由はないだろうと思った。最近の疲労の原因は確実に別にあるから。
「そうではなくて、疲労って…あの噂のせいでしょ?」
「おそらくは」
あまりストレスとかを感じる性格ではなかったが、それでもここ最近の虎徹に対する着目のされ方が本意ではない方向であることに違いはなかった。同時にバーナビーも疲れを感じて、まあそれでこちらに抱きつくという負のスパイラルに陥っていたようだが、虎徹自身が潤う方法など見出してはいなかったから。
「僕も…気になっていたので、色々詳しく原因を調べたんですよ。それで…確信しました。おそらく、あの噂の原因は僕のせいです」
「えっ?」
予想外のバーナビーの言葉に、虎徹は思わず身を乗り出した。
メディアで散々特集が組まされたが『ワイルドタイガーの尻に触ると幸せになれる』というあの奇妙な原因究明は不明のままというのが定説になっていた。発祥はネット上でいつの間にか…らしいが、そんなあやふやな情報で終わりとなっていたから。まさかバーナビーが関与していたとは思わなかった。だって、そのせいでバーナビーにもとばっちりが来ていた事に間違いはなかったのだから。
「おじさんは気がついていなかったと思うのですが…その、ヒーロースーツのとき…何度か……僕が貴方に触れていたようなんです」
若干歯切りが悪いようながらも、バーナビーは説明を始める。
「は?それだけ………つか、パートナーなんだから、それって普通じゃね?」
確かに他のヒーローはバディ制ではないから、若干目新しいのかもしれないが。むしろ虎徹の方が、スキンシップと称して嫌がるバーナビーと肩を組んだり、まあ色々していたような気がする。
「それが、僕が活躍し始めた時…ちょうどおじさんも活躍し始めましたし………それがネット上でそれが歪曲されたらしく」
先をあまり言いたくないのか、バーナビーの言葉がここでいったん止まった。時間が出来たからこそ、虎徹にも考えを組み立てる時間が出来たわけで。
「つまり何だ…ハンサムでヒーローとしても活躍していてお金もってそうで………とか全ての要素持ったバニーが俺に触る=ご利益がある………が、いつの間にかあんな噂になったって事か???」
変な方程式を頭に浮かべながらも、自分なりの道筋を虎徹は口にした。みんな、都合の良いように解釈しすぎだとは未だに思うが。
「そのようです。市民の心理からして…直接僕に触るよりは、おじさんの方が触りやすかったのでしょうけど。それに、僕が貴方にセクハラ紛いをしていたのは事実ですから」
親しみやすさという観点から解説してくれるが、あまり嬉しくない結果が今なのだと、ご丁寧にバーナビーは付け加えてくれた。
「それが完全に目撃されてるんじゃねーか!やっぱりやめろよ…」
妙な形ではあったが、ようやく掴んだ原因がこんな結果で、頭が痛い。気が付かない自分が悪いという発想は特に持ち得ていない。
「だから…噂が経ってから触るの止めてたんですよ。そしたら今度は僕が…おじさん不足になって………調子が悪くなってストレス感じていたんですけど、今となっては結果オーライですね」
確かに最近のバーナビーと言えば、とても元気になってヒーローとしても絶好調となったようだったが。そりゃ…スーツ越しよりはこうやって直接抱きつく方がいいのかもしれないけど、けど…虎徹にとっては何もよくない。
「いつから俺は、お前の体調を管理するバロメーターになったんだよ!」
盛大に叫んで、再び抱きつこうとするバーナビーをどつく。
どうやら虎徹は厄介な相手に好かれてしまったようだ。身体を介して…だが。
人の噂も七十五日というが、それより随分と早く…あの噂はどこかへと消えてしまった。人間というものは熱しやすく冷めやすく飽きやすい者で、次の話題が出ればあっという間に消える芸人のように、忘れられてしまった。噂が本当か嘘かなんて本当はどうでも良かったんだろう。ただ騒ぎたいだけだったんじゃないかとさえ思ってしまう。
むしろ当人である虎徹の方が一番呆気にとられるくらいだったが、また普通にヒーローとして活躍すればいいとそう思っていた。ある一点を除いては―――
噂が立つ前と後での決定的な違い。それが、バーナビーだった。
「いい加減、外では離れろよ…」
「仕事中は触るの禁止…を守っているんですから、これくらいいいじゃないですか」
なんとか言いくるめて、バーナビーがヒーロースーツでの虎徹への密かに触れ合うのをやめてくれた。だからこそ、風化も早かったのか…それは今となってはわからない。
ただ…
「ワイルドタイガーの尻に触ると幸せになれるって、あながち間違っていないですね。僕は今、確かに幸せですから」
虎徹を抱きしめて、腰を掴んでいたバーナビーの手が尻へと落ちてくる…
今となっては、バーナビー限定となったこの事態を、ワイルドタイガーにまつわる都市伝説の報告書と〆る。
記録者 バーナビー・ブルックスJr.