祝賀会を開こう!と、その場にいる誰かが言った時、待ってましたという雰囲気になったことに間違いはなかった。
その声が飛び交ったのは、平素ヒーロー達が待機も兼ねているトレーニングルームだった。
シュテルンビルトを襲ったあのウロボロス一味を、ヒーロー達は協力し合い何とか払いのけることに成功した。
今までは一応ライバル同士ということで、企業間を越えてプライベートの付き合いをすることは、ほんの一部の面々だけではあった。
世間的に見れば慣れ合うのはそんなに良く思われないのだが、この時ばかりはそういったことを払拭するかのように皆の心は一丸となっていた。
「おっ、それいいな」
いつも通りの明るい調子で一番に声をあげるのは、ムードメーカーでもある虎徹だ。
ノリよく颯爽と手を上げて、同時に周囲に賛同の言葉を投げかける。
「まあ、たまにはいいんじゃない?今日は暇だし」
普段はクールな女王様を演じているカリーナも、こういった時は女子高生よろしくきちんと参加の手をあげる。
完全に素直にというわけではなく、一つ置いてから言うのは、性格だ。
「うん。僕も、行く行くー」
続いて、最年少のホァンが片手をぴっと上げて主張する。
未成年だとか年齢的理由で省かれたり、途中で帰らされたりしたら、悲しすぎるから激しく存在をアピールだ。
「そうだな。皆で集まることは、とても素晴らしいことだ。皆、参加するよな?」
相変わらず他人より抑揚をつけてキースが喜ぶ声が飛ぶ。
こういう場合、やはりKOHが自然と話の中心になるものだ。
それはヒーローというだけではなく、キース本来が持つ好青年という気質が一番に際立つ瞬間でもある。
「もちろんでござる」
ぎゅっと両手を握る仕草をし、いつもは自己主張をあまりしないイワンも、皆のムードに流されていつもより張り切った形で参加の意を示す。
「で、お店どうする?結構、老若男女色々なメンバーになるけど」
ぐるりと皆を見回して、ネイサンが問いかける。
確かに総勢8名ともなると、好みも色々だろうし、未成年組の関係もあるし、何よりある程度の場所的広さも必要になる。
まあ、口には出さないが一番のネックは、ハンサムことバーナビーの存在であろう。
一応バーナビー以外の面々は世間に顔だししていないし、正体がバレるのは色々と企業との契約的に問題もある。
虎徹などはバーナビーと一緒に居る時は、アイマスクをつけることが多いようだが、反対にバーナビーにアイマスクというのも、多分無理だろう。
その程度で、あの自然に目立つ男の存在を隠すのは無理だ。
「あー店なら俺のスポンサーのトコはどうだ?これくらいの人数なら丁度良い個室もあるし」
控えめながらも手を挙げたアントニオが提案する。
若干、優雅な祝賀会というカテゴリーではないかもしれないが、それは結構普段のスポンサーとの接待とかパーティーとかでありがちだし、だったら逆にみんなでワイワイ騒ぐ方が楽しいんじゃないかと思ったのだ。
「いーねー肉!肉!」
わあいとここでホァンがもうひと騒ぎの声を出す。子供は基本肉が好きな存在だ。
「ちょっと太るかもしれないけど、たまに焼肉食べると美味しいわよね」
至って普通の女子高生的発言をするのはカリーナだ。
成人組には適度にお酒も入るし、変な居酒屋なんかよりは全然こちらを考慮した場所だと思った。
「ジャパニーズ焼肉はうまいでござるよ」
ここで日本通のイワンも、言葉を続ける。何度か行ったことがあるらしい。
「それじゃあ、今回はロックバイソン君のお店にしようではないか。………ん?ワイルド君…どうしたんだね?」
みんなが了承したところでと確認しようとするキースは、一人反応の薄い虎徹を見つけて、声をかける。
というか、あまりに突然過ぎたのだ。
最初、祝賀会を開こうというノリになった時、普通について来たように思えたのに、一体いつからこうなったのだろうと、キースは首をかしげるくらいだ。
「あ、いや…」
こういう時にこそ一番騒がしい筈の虎徹だったが、なぜかとても口が重そうに見えたし、実際意味のない言葉を呟いて押し黙り、顔も下を向けてしまった。
「ん?味の保証はするぞ。虎徹とは、前に一緒に行った店舗だしな」
何やら少し勘違いをしながら親友でもあるアントニオは言葉をかける。
良く飲みに行く二人だったが、その中にアントニオのスポンサーをしているお店も高確率で入って来てきたから、確かに何度か足も運んでいた。
それは、スポンサーだからという贔屓目だけではないことは、誰もが知っている。確かな味と品質。
「ああ、そうだったよな…」
それでも虎徹の言葉はなぜかどこまでも歯切れが悪く、鈍かった。
まるでそんなことなど上の空のように、ぼうっとアントニオの方を見ていない。
「―――すみません」
少し微妙な空気が流れる中、突然虎徹の前にバーナビーが割り入った。
「この人、実は今日は僕と食事の約束をしているんです」
そうしてにっこりといつもの笑みを浮かべながら、その言葉を皆がわかるように明確に伝えた。
「あらん。そうなの?なら、早く言えばいいのに」
軽く驚きという表情を見せて、ネイソンが声を飛ばす。
もし隣に虎徹がいたのなら、もうっと水臭いわねーとどつくくらい明るい。
それにしても、ウロボロス戦の後お馬鹿コンビと表現をしたのは確かに自分であったが、基本今までのこの二人の中はそれほど友好でなかった印象だ。
性格が正反対に近いのだから、仕方ないと言えばそれまでの事だが。
これを機会に仲良くなったのなら大変喜ばしいことだけれども、同じ会社ということで昼食を一緒ではなく夕食を約束というのは、なかなかの驚きな進歩だ。
「え…あ………」
「そうですよね、おじさん。忘れちゃったんですか?」
何か戸惑う虎徹の表情を無理やり押し込めて、バーナビーは肯定を促させる言葉を出した。
わざと顔を近づけて、首をかしげる仕草をする。
「………あ、…ああ」
そうして虎徹は、自らも肯定の言葉を口にしたが、半信半疑な表情はそのままだ。
「なーに、タイガー。もう物忘れする年齢になっちゃったの?」
「そう言うな…俺も虎徹と殆ど同い年なんだぞ」
「僕は若いよーぴちぴちだよ」
「いや、ぴちぴちとか………あまりそういった言葉は使わない方が…」
「皆若くて素晴らしい。そして素晴らしい!」
「あらんっ。私は、年齢はヒミツ☆だけど、美貌は誰にも負けていないつもりよ」
適度に笑いが混じりながらも冗談は応酬され、再び場が談笑に戻る。
今の論点はネイサンの肌年齢らしく、とくに女性陣は興味津津で聞き入っている。
バーナビーも適当に話を合わせつつも、ムードが保たれたのを確認してから、黙っている虎徹のTシャツを引っ張って動きを促した。
「…あ、おい。バニー…」
未だ混乱を続ける虎徹には、直接言葉を告げない。
「そういうことで、僕たちお先に失礼しますね」
何気なくを装って素早くそういい終えると、あっさりと二人はトレーニングルームを後にした。
バーナビーは虎徹の意思などお構いなしに、ずんずんとシャワー付のロッカールームへ戻ろうと、廊下を進む。
「バニー、放せよ」
さすがに半分でも引っ張られ続けるのは身動きがうまく取れなくて困る。
誰も居ない廊下を三分の一ほど進まれたところで、虎徹は明確な制止の言葉を出した。
瞬間。ぱっと、バーナビーの手から離されたので少しよろけてしまったが、向き直る。
「あのさ。俺達…食事の約束なんてしてたっけ?」
出来る限り明るい表情を努めて、虎徹は疑問を投げた。
カリーナが言っていたように物忘れならば、また他の問題で色々あるのだが、自分の中ではとてもそう思えなかったのだ。
大体、虎徹はバーナビーと一緒に夕食を取った記憶は一度たりともなかった。
コンビとなった最初の頃、若者と親交を深めようと何度か誘ったことはあったが、結果は見事に拒否orなしのつぶて。
一度、半分仕事を理由に子守りとホァンと共に、バーナビーの家に押し掛けたことはあるが、あれは完全に例外にあたるだろう。大体二人きりとかではなかったし。
憎きウロボロスを撃退し、二人の中は確かに以前よりぎくしゃくしなくなったとはいえ、プライベートなやりとりが叶ったことはなかった筈だった。
別に虎徹とて、バーナビーと食事をすることが嫌というわけではないが、話自体が何かおかしいと感じたのだった。
「約束ですか。じゃあ、今します。これでいいですよね?」
少しだけ考える姿を見せたバーナビーだったが、あっさりと機転をきかせたような、言葉を出す。
「お、おい…」
どうやら、なんかそれ違うだろうという様子を見せた虎徹のことなど、気にしていないようだ。若者は強い。
「今夜、8時に貴方の家に迎えに行きますので、準備しておいて下さい」
それはもう決まりごとのように、バーナビーは伝えてくるので、今更YESもNOも聞くつもりはないらしい。
どうやら、本当に二人で食事に行くことになりそうだ。
観念して虎徹は、わかった…と本当の意味での了承を示した。

「バニーちゃん。俺、普段着なんだけど」
いつもの赤いマツダのスポーツカーをアパートに乗りつけられたのまでは別に気にしなかった。
夜なのにサングラスをしているのは有名人の自覚ということで、実際そうだし、周囲にばれるようなこともなかった。
取材で衣装さんから渡されるような幾分か目立つ白地スーツなのも、私服あんまり見たことないし似合ってるから、別段気にしなかった。
ただし、さすがに車がブロンズステージを軽々と越えてシルバー…そしてゴールドステージの高級オフィスビルの地下駐車場に入って行った時、虎徹はそう確実に告げた。
虎徹の中では外で食べに行こうというという感覚は、もっと…もっともっと庶民的だと思っていたのだが、バーナビーはあっさりそれを覆すつもりらしい。
確かに準備をしておくようにと言われたがそんなことを深く考えるほど虎徹は思慮深い方ではないので、適当に身支度をすませた。だから紛れもない普段着。
「別に構いませんよ。僕しか見ないんですから」
そんな意味不明なことと思ったが、若干嫌々ながらバーナビーの後ろをくっついて行って、その理由がわかった。
まるで未知の世界だが、どうやらVIP専用のエレベーターというものが存在していたらしい。
こんな場所から既に天井には無駄に眩しいシャンデリアとか、こちらが意味不明だ。
豪華なエレベーターでも、一気に数十階も上がるとさすがに少し気持ち悪い。
窓の外の素晴らしい夜景をもスルーする形になったが、エレベーターは最上階にあるレストランの専用口についた。
「いらっしゃいませ。バーナビー・ブルックスJr.様ですね。お待ちしておりました」
ここにきてやっと建物内で人間と出会った。
レストランの案内人と思しききちっとした初老の男性が、出迎えてくれる。
バーナビー相手に動揺しないのも、虎徹の普段着を全く気にしていないのも、さすがとしか言えない。
多分絶対ここはある程度の正装をしていないと入れなさそうなのに、隣に居るバーナビーの有名人パワーが怖い。
たとえバーナビーがジーンズはいてやってきたとしても、すんなり入れそうだと思うくらいに。
通された部屋は完全に個室だったが、ざっくり周囲を見渡すことのできるフロアぐらいの広さはあったし、横の窓も上から下まであり、一面と表現した方が正しいかもしれない。
さすが夜景は綺麗であると、感嘆のため息。
バーナビーの部屋も相当眺めがいいとは思うが、こちらはなにしろ商売用ということで磨きがかかっている。
角度的には半分以上が海と言ったところだろうが、その黄金比も計算しているのだろう。
もう夜も随分とさしかかっているので、いくつかの船の光と眩すぎる星空に目を惹かれる。
「何、飲みます?このワインとかお薦めですけど」
虎徹の戸惑いなど気にも留めず、バーナビーはワインリストをこちらに示す。
「いや、ワインはいい。お前、運転して帰るつもりなんだろ?酒飲めないじゃん。こんな場所でノンアルコールっつーのもどうかと思うし。ペリエ辺りを頼むわ」
「………そうですか。では、僕も同じものを」
そう二人が話していると、絶妙のタイミングで飲み物の注文をとりにこられた。
眺められていると言うわけではない筈なのだが、さすがプロである。
しばらくすると、二つのペリエがテーブルに運ばれてきた。
カチンッ
しっかりとした二つのグラスが良い響きを出す。
「乾杯っていうわけじゃないけど、丁度喉かわいていたし。これがいいかもな」
何口か喉へと入れる虎徹とは対照的に、バーナビーは一口飲んだだけでグラスを下ろした。
「ところでバニーちゃん。メニューは?まだ何も頼んでないんだけど」
普通の店と違ってメニューが常備置いてあるというわけではないくらいはわかっているが、最初のワインリスト以外にはテーブルの上には小さな白い薔薇が飾られているくらいで、肝心の料理はどうするんだと尋ねる。
つまり全く来慣れていないから、仕組みがよくわからないのだ。
「料理は、もう頼んでありますよ」
「えっ…?」
小さく動揺した虎徹のわずかな声と揺らめいた瞳をバーナビーは決して見逃さなかった。
「おじさん、特に好き嫌いとかなかった筈ですよね?」
「あ、ああ…まあ」
ふっとバーナビーから視線を外したのは無意識だったのかはわからない。
ただ、虎徹は少し前のトレーニングルームで、みんなと食事に行くのを渋った…それと全く同じような普段とは違う仕草を見せた。
「安心して下さい。堅苦しいコース料理にはしませんでしたから」
そのバーナビーの言葉通り、珍しい形としてオードブルは立て続けに出てきた。
フランスの地方風サラダであるニソワーズと、赤ワインソース仕立ての卵ココットの二皿だ。
前菜にふさわしい小皿というよりはそこそこボリュームもあり味付けもしっかりしていて、腹持ちも悪くなかった。
さらりと食べ終わると、次にはセサミパンとオニオングラタンスープが運ばれてくる。
パンはおかわり自由と言う言葉も付け加えられていたが、スープ単体でもかなりボリューミーであり具沢山だ。
これでパンの追加を頼むとしたら、この先が苦しくなるに違いない。
虎徹からするとあまり食べ慣れていない部類にはいる、いわゆるフランス料理というものなのだろうが、比較的内容もわかりやすい食事が続いしそこまで特別な素材が使われたりしておらず味も馴染み易かったので、なんとか気を使わなくてもいいかなと思ってきた。
そろそろまたいつも通りに戻れるかな…と思っていた矢先だった。
「お待たせしました。メイン料理の牛ランプ肉ステーキ胡椒風味でございます」
淀みなく、それは出てきた。
大きな白い皿の中心部に圧倒的存在感を示すのは、円形をした重厚なステーキただ一つだけ。
ほどよい焼き色はミディアムレアで、シェフ特製ビネガー入りソースがまんべんなくかかっている。
まだ暖かさをしめすように仄かな湯気さえ立っているように見えた。
ナイフとフォークを持つのはバーナビーの手で、どこまでも優雅に肉を均等に切り分ける。
肉汁が適度に染み出し、彩は赤を更に加える。
付け合わせは別皿に盛られたじゃがいものポムフリッツなので、一緒に食べると言うことを最初はしない。
バーナビーは、左端の切り分けた肉をフォークでゆるやかに刺すと、周囲のソースを適度に絡め取ってから、口の中に運んだ。噛み締める。
「………ぐっ……」
一連のバーナビーの食事風景に視線を外すことさえできなかった虎徹だったが次の瞬間には、発作的に口元と胃を押さえた。
そして先ほどの凝視とは真逆に、ぎゅっと目をつぶり身体を縮め込ませた。
かしゃんっと虎徹が持っていたフォークが音を立てながら絨毯の上に転がり落ちる。
口元を押さえた右手はそのままに、かたかたと細かく肩が震えている様子が自分でもわかるほどだ。
「おじさん。大丈夫ですか?」
直ぐにバーナビーもフォークとナイフを置いて、身を乗り出してきた。
「………あ、だい…じょうぶだ」
心配をかけまいと、気丈に絞り出した声でさえ小刻みに震えている。
望んでいない眩暈が勝手に到来して、脳内を好き勝手にぐるぐる巡る。
それは現実世界にも及んでいるようで、目の前のバーナビーでさえ霞んでしまう。
「………お客様。ご気分が悪いのでは?」
様子をみていたらしい給仕を担当している男性が、落ちたフォークの替えを持ちつつ声をかけてきた。
しかし虎徹にはもうそれに返事をする余裕がない。
「すみません。一旦、料理を片づけて貰えますか?この人は、僕が見ますので」
有無を言わさないバーナビーの音質に少し戸惑いを感じた給仕だったが、かしこまりましたと儀礼的な言葉を出すと、要望通りテーブルの料理を綺麗に片づけた。
少しだけ汚れたテーブルクロスも新しいのが敷かれる。
「………すまない」
まだ若干息苦しかったが、バーナビーが差し出したペリエを飲んで虎徹は少し落ち着きを戻した。
それでも、椅子の背もたれに盛大に身を預けている格好だ。
「僕はかまいませんが…今日みんなと一緒にいた時から様子がおかしかったのも、そのせいですか?」
「……………」
バーナビーの質問に虎徹は一度口を閉ざした。
沈黙は何よりも肯定であるということを示していたわけではなかったが、直ぐには答えられなかったのだ。
「………肉が…駄目なんだ」
「どうして?」
重々しい中でも、ぽつりと呟かれた虎徹の言葉に、続けて疑問を投げる。
「俺がもう10年以上ヒーローやっているのは知ってるよな。その間、何百何千と市民の救助をしたし犯罪者たちを捕まえてきた。そう、俺は皆を救っているつもりだったんだ………でも」
ここで言いにくそうに虎徹はわざと言葉を区切った。後の言葉がなかなか続かない。
「ウロボロスの件ですか?」
「っ………そうだ。ジェイク・マルチネス。あいつがとんでもない犯罪者であることは、わかってる。わかってるんだ。それでも…」
また虎徹の言葉は止まる。今度は自分自身に怒りをぶつけるように、強く拳を握りしめた。
「あれは、事故でした。別に貴方のせいじゃない」
バーナビーもあのジェイクの最期の姿を思い出し、不慮なことだったと明確に言う。
「それでも、あいつの最期の瞬間に繋がっていたのは俺だったんだ。あの時、あの場所で、ああしていなかったら奴は死ななかった!」
逃亡しようとするジェイクを捕まえるために、ワイヤーを発射して引っかけたのは紛れもなく虎徹だった。
そして間一髪のところであったが、ジェイクの攻撃を避け…そしてそれは…………
ヘリは脆くも落下する場所をまるで狙っていたかのように、ジェイクの真上に落ちた。
そうしてジェイク・マルチネスは死んだ。
特殊ワイヤーの切れるぶつりっとした独特の感触が未だに虎徹の左腕に残っている。命の糸が潰えたのだ。
そうして残されたのは無残な肉の塊となった死体だけ。
今までここまでの人間の死に遭遇したことはなかった。
妻が亡くなったのも病気で…自分の手が他人を殺す運命に導いてしまうなんて、思ってもいなかったのだ。覚悟が足りなかった。
それは虎徹が今まで持っていた信念をあっさりと砕き、そうしてふとしたキッカケでフラッシュバックするようになっていた。
その顕著たる例が、この現象だ。
「ごめんな、バニー。折角、お前が怒りに任せて手にかけなかった相手だったていうのに。俺が………」
もうジェイクに罪を償わせることは一生出来ない。
死したからと言ってバーナビーが両親の仇を取ったとは、これでは言えないのかもしれない。
「僕は別に貴方を恨んだりしていませんよ。ですが………」
「ですが?」
ここで反対にバーナビーの方が言葉を切った。
先ほどの虎徹みたいに何か言いにくそうな表情をしている。
「僕が貴方を今日食事に誘ったのは、仕事の話をしたかったからなんです」
「仕事?なんでわざわざここで」
突然話が切り替わり、それが思わぬビジネストークになって虎徹も驚きを隠せない。
「会社では話せる内容ではないと思いましたから」
「それは、俺にも関係あるってことだよな」
「ええ…司法局から連絡が入りました。ジェイクの死体を回収したのですが、ヘリからの引火により状態が悪いので最後に対面していた僕たちにも本人確認をして欲しいそうです」
虎徹の瞳がどこまでも揺らいで見せる。
「ウロボロス相手なので念には念をという意味でしょうが、別に二人で行く必要もないでしょう。………僕一人で行きます」
人間でない肉でさえ戸惑う虎徹を行かせるつもりはないと、暗にバーナビーは言葉の裏を示してそれを伝えた。
「……っ…駄目だ!俺も行く!」
周囲に誰も居ないから良かったものの、少し響くくらいの音質で虎徹は叫び軽く立ちあがった。
バンッと叩いたテーブルの薔薇が入った水が少しこぼれるが、虎徹の視界には入らなかった。
「しかし…」
「俺たち二人に来た要請だろ?行くさ………ただ」
不安と暗闇を顔にも心にも一杯に秘めて虎徹は行くことを決心した。
ほんの少し足りない勇気があったから、また口ごもったが、バーナビーは辛抱強く次の言葉を待った。
「ただ、ずっと一緒に居てくれるよな?バーナビー」
バーナビーの機嫌を伺うように、虎徹は心細い気持を前面に押し出して、尋ねた。
怖かったのだ。人間の死なんかに慣れる筈もなく、それがパートナーの因縁の相手ならば尚更。
「大丈夫です。僕が、一緒にいますよ。虎徹さん」
安心させるように気丈を振舞いつつも、バーナビーはしっかりと言葉を伝えた。

その後に見せた、嬉しそうにありがとなと少し照れる虎徹の表情は滅多に見せないものだった。



ちょっと情けない姿を見せてしまったし、気をとりなおしてくると席を立った虎徹は、トイレに向かったようで、給仕の男性に案内を頼みながらフロアの向こう側へと行ってしまった。
バーナビーはその後ろ姿が消えるまで確認を終えてから、そっと横を向くと、窓ガラスに自分の顔が写っているのがわかった。
それは…どこまでも深い笑みをしていた。
「不味いな…戻って来るまでに顔が戻ればいいけど」
何もかも思い通りに行ったことの嬉しさが、顔に出てしまって困る。
こんな表情と真実を虎徹が知ったら、なんというだろうか。
知りたいけど、教えたくはない。ちょっと自分はわがままだなと思った。
もちろん…もちろん………バーナビーは虎徹が肉を食べられなくなったことを知っていた。
あれだけハンバーガーやらを食べていたのに、急に止まったのだから、注意深く観察していればわかるものだ。
そしてその理由も。
あの時、ジェイクがクリームに助けを求めて走った。
左わき腹を抑えながら必死に走る虎徹より自分がジェイク確保に向かった方が得策なのは当然だったが、わざとバーナビーはしなかったのだ。
本当はジェイクの生死などどうでもよかったが、奴の首を絞めた時に虎徹が悲しそうな顔をしたから、やめただけだ。
そうして事態は思い通りに進み虎徹の苦労虚しく、ジェイクは黒ずんだ肉の塊と化した。
うまい仕組みに、もはや人間とさえ思えないほどバラバラに。
ジェイクの攻撃やヘリが虎徹に当たったりしそうだったらバーナビーはその身を呈してでも守っただろうが、そんなことをジェイク相手にしてやる筋合いは毛頭もない。
むしろ当然の結果だろう。奴は自分の両親を殺したかもしれない相手なのだから。
そうしておもちゃのようにヘリはジェイクの真上から落下した。
茫然と見下ろしていた虎徹と目が合った時は、内心笑っているのがバレるかと思ったが、切り替えが素早く出来て良かった。日頃のたまものだ。
そうして非常に有効なトラウマを虎徹に植え付けることに、この誘導尋問も兼ねて成功したのだ。
ああ…これで虎徹はジェイクを殺してしまったことを一生後悔し償い続けるだろう。
そして、同時に一番関連深いバーナビーの存在も脳内に刻み込んでくれる。
これ以上喜ばしいことはなかった。

明日、司法局管轄の病院で行われるジェイクの本人確認も追い打ちをかけるように楽しくなりそうだと…
バーナビーは虎徹が戻って来る前に、もう一度だけ声をだしてほくそ笑んだのだった。










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