自分探しの旅へ出たと言えば傍目からすると聞こえはいいが、結局のところバーナビーに何か明確な目的があるわけではなかった。
ただ今までと違う生活をしてみれば何かが見つかるのかもしれないと勝手に思っただけで、結局はそれも虚しく、何の成果も得られていないようなそれさえもわからないような曖昧だけが手元に残って。
普通の人からは羨ましがられるのだろうが、バーナビーは何をやってもそれほど苦労することなく何でもこなすことが出来た。だからこそ何をやってもつまらないことという分類に全てが集約されてしまう。最初は目新しくやった何もかもが次第に裏目に出て、飽きが来てしまうのだ。
ヒーローをやっていたのは明確な目的があったのだが、他の事は手段の目的化となる程度。確かに両親の事がなければ他になりたい職業があったのかもしれないが、それ一筋で生きてしまった今となってはやはり何だかんだと行ってもヒーローがしっくり来るような気がする。そうは思っても、天職だと感じるほどに傲慢なわけではないが。
それでもヒーローを自主的に辞めた事にそれほど後悔は感じていないのはなぜだろうか。表面上はウロボロスの一件が一応の形で終息したからという理由付けを前面に押し出したわけだが、一番の理由は……………
誰もいないことをいいことに、一つ大きくため息をつく。
そうしてバーナビーは随分と連絡をとっていなかったのだが、馴染みの携帯電話番号へとコールしたのだった。





「いやあ、バニーが来てくれて助かったよ!」
両手を広げ最大限の歓迎を示してくれたのはわかったが、久しぶりに対面したかつてのパートナーの姿は随分と変わっていた。
たかが半年やそこらでそこまで劇的に変わるものなのかという冗談を真に受けるようなバーナビーではなかったが、さすがにこの状況には若干頭を痛くし、空いた口が塞がらなかった。それが初めてお邪魔した鏑木家であってもだ。
「なにやってるんですか。虎徹さん」
それでもバーナビーは極力いつもの様子を崩すことはしない。元々虎徹はどちらかといえばトラブルに巻き込まれがちでバーナビーもよくとばっちりを受けたり、そもそも虎徹自身がトラブルメーカーとして活躍する事もあったのだから、いちいち驚いてもいられない。それでもしばらくぶりにあってもこの惨事とは、この人はこういう運命の元に生まれた人なのかもしれないと錯覚するくらいだ。
「いや、ま…たまにはあるだろう。こーゆーことも」
そんなことをバーナビーが思っているとは露知らず、いつも通りの悪びれない様子で虎徹はどこまでも楽天的に軽い口笛さえさえずんでいる。本人は絶対に深刻な事態に陥っているとは露とも思っていないのだろう。
「少なくとも僕は体験したことありませんけどね。で、何センチですか?」
「え?」
「だから、今の貴方の身長ですよ」
「ああ…そっちか。9センチ」
そうして鏑木家のダイビングキッチンテーブルの上にちょこんっと座っていたミニマム虎徹は初めて立ち、バーナビーに今の自分の身長を伝えてくれたのだった。元々オーバーリアクションをしがちだったが、こうなってまで動かれると、ちょこまかしているようにしか見えない。
「9センチですか…元の身長の20分の1ですね。で、一体どうしてこんなことに?」
こっちも立ちながら話を進めるほど馬鹿丁寧に聞く気力も薄れたので、バーナビーは勝手にキッチンテーブルの椅子を引いて座った。それでも目線がミニマム虎徹とちょうどいいということにはならないので見下す形となるのだが。唯一の幸いが、元々声が大きい人だから、このサイズになっても言葉が聞き取りにくいというわけではないということぐらいか。
「それがな。出かける前に楓にタオルを渡す時、たまたま手に触れたんだよ。そしたらなぜかこうなっちまってな。どうやら楓は、昨日駅前の旅館に泊まっている客とぶつかったみたいなんだ。だから多分そいつのNEXT能力なんじゃないかなあって」
相変わらずの身振り手振りも加えて虎徹の説明が入る。
「なるほど…事情はわかりました。それで、その肝心の娘さんはどちらに?」
「それがさ。俺に気がつかないで、出かけちまったんだ。だから、お袋が迎えに行った。お袋にはさっき会わなかった?」
「ああ…だからですか」
ようやくバーナビーも自分の置かれた状況を理解し、合致する。
そもそもバーナビーはきちんと虎徹に数日前から連絡をし、鏑木家を訪れると電話していたのだ。そうして約束した時間にきっかり訪れたのだが、インターフォンを鳴らし、慌てた様子で出てきたのが虎徹の母である安寿で、たまに話には聞いていたが会うのは初めてだったので、手土産片手にきちんと挨拶をしようとしたところ…「バーナビーさん。ちょっと、虎徹をお願いしますね!」という言葉をかけられると、そのまま安寿はパタパタと外へ出かけてしまったのだ。そうして残されたバーナビーは仕方なく鏑木家へ入り、この状態の虎徹を発見したというわけだ。
「それでは、娘さんが帰って来るのを待つしかないですね。何か…不便はありませんか?」
「まあ…ハンドレットパワー使えるから今のところ特には。とりあえず腹へったから、その菓子折りちょーだい」
目ざとく市内某所の有名洋菓子店の紙袋を虎徹は指差した。
「………今の虎徹さんが食べるには大きすぎると思いますが」
若干苦笑しながらも、バーナビーは紙袋からカイザーシュマーレンを取りだした。ああ…懐かしい。昔はいつもこういうやりとりをしていたのだと、懐かしむように。

しばらくすると、友達の家へ遊びに行っていたらしい楓と迎えに行った安寿が一緒に戻ってきた。父親である虎徹を元に戻すために大慌てで帰ってきて貰った筈なのだが、かねてより憧れていた生バーナビーの登場の方に感激をし、なかなか虎徹へ意識が向かなかったのを本人は悲しんでいた。そもそもバーナビーが来ることを娘に言い忘れていて、友達の家に遊びに行かせていたことに楓はお冠だったらしいが。
さて、ようやく楓に虎徹を元に戻して貰おうとなった次第だったが、これが一番の残念なことに………楓があまりに感動してバーナビーと盛大に握手してしまったせいで、能力がハンドレットパワーに切り替わってしまったのだ。当然のことながら、制御以前の問題に今の楓に虎徹をミニマム状態から戻す方法はない。NEXT能力というものは便利そうに見えても万能ではないと言うことを、身を持って体験させて貰った。
残された選択肢は二つとなった。原因となったNEXT能力者に解除してもらうか、再び楓が能力をコピーして貰うかだ。どちらにせよ、元凶のNEXT能力者を探しに出かけなければいけない。
「バーナビーさんは、お父さんをみていて下さい。危なっかしいから」
そんな父親の威厳が薄いことを示す言葉を出したのは、もちろん娘である楓で、結局のところ人相に覚えがある楓と、付き添いの安寿が再び探しに行くことになってしまった。話し合いは、つかの間である。
「おっ、気をつけてなー」
悠々自適にバーナビーの肩に乗っかり、虎徹は二人を見送る言葉と、景気良く手を振っているのも見えた。相変わらず、のん気という印象しか受けない。自身の身体に起こったことだというのに、自分ではどうしようもないと思うとこうなのだが、元々の虎徹の気質だかはわからないが。そんな親子のやりとりを生で見たバーナビーは、率直な感想が出た。
「仲、いいですね」
「んーまあ、前よりはな。一緒に居てやれるし。でも思春期だからなあ。やっぱり難しいわ」
少しだけ困った顔をしながらもそれでも満足そうに虎徹は声を出した。その悩みでさえ嬉しいことのように。当然だ。ずっと離れて暮らしていて正体も隠していて、これで不満を持たない親子関係という方がおかしい。
さすが虎徹の母親である安寿も、言いがたい包容欲を持って、虎徹にいろいろとあくせく気にかけており、自然すぎる三世代が表れている。
「良かったじゃないですか」
ありと…あらゆる意味を込めて、バーナビーはそう口に出した。同時に漏れるのは複雑さを含んだ感嘆のため息。
「ああ」
虎徹は、はにかんだ。バーナビーの肩の上にいるからこそ、とても近い筈なのに…どこかで、それを素直に受け止められなかった。だから、その場の雰囲気に耐えきれず転換する言葉を即座に口に出す。
「………どうします?娘さんが帰ってくるまで外を散歩でもしますか?」
見送りをした玄関で真正面だけを向いて、バーナビーは訪ねた。
「あー、外か。そういや、出てないな。うーん、それよりさっき二人が帰ってきたから食べ損ねたから、そっちが先かな」
小腹が空いたらしい虎徹は、食欲を優先したらしい。
要望通り、バーナビーは虎徹を肩に乗せたままキッチンへと向かった。

「虎徹さん。危ないですから、降りませんか?」
他人様のキッチンでは勝手がわからないので、ナイフや食器の位置を虎徹に訪ねながら準備をしていたのだが、やはりちょこまかとキッチン内を動くので肩に乗ったままの虎徹に忠告を促した。
「ヘーキヘーキ。だって降りたら、つまんないじゃん」
身体が小さいと出来る行動は限られる。そんな中で、長身であるバーナビーの肩の上ならば、色々と見通しが良いらしく、虎徹は普段見慣れた物に予想外の発見をすることを楽しんでいるかのようにさえ見えた。全く…お得意のハンドレッドパワーを過信しなければいいのだが。
仕方なく虎徹が乗る左肩だけをなるべく揺らさないようにしながら、バーナビーはカイザーシュマーレンを切り分けるために包丁を入れた。
カイザーシュマーレンはキャラメルをかけたパンケーキである。そこに、ナッツ、サクランボ、スモモ、リンゴ、レーズンなどを練り混み焼き上げ、仕上げにアップルソースやプラムソースをかけて頂く。
やはり温かい方がいいということで、今食べる分だけをバーナビーはレンジで一度温め直した。
生憎というか当然虎徹用のミニマム皿など鏑木家に備え付けられているわけもなく、仕方なく御神酒用の白い小皿への配膳だ。9センチほどだから丁度今の虎徹が寝っころがるのと同じ大きさである。
元々砕かれているパンケーキ、そしてナッツやドライフルーツを取り分けて盛りつけるが、各々指の先程度になってしまうので難しい。
「終わりましたよ。どうぞ」
「おっ、ありがとな」
バーナビーが声をかけてキッチンテーブルに座ると、虎徹はするすると肩から腕へと降りて、自身もテーブルの皿へと向かう。近づくと、顔面いっぱいの山にも見えるようなパンケーキである。
つまようじを適度な長さに折り、フォーク代わりにするようにと渡すと、虎徹はそのパンケーキの山へと向かい、攻略にかかった。パンケーキは少しつつけば砕けるが、レーズンなどのドライフルーツはある程度バーナビーが細かく切ったとはいえそれでもまだ虎徹には大きいようで、つまようじに刺したままで頬張る形となる。
「このサイズだと、メシもでかくていいな。何気にこういうの夢だったんだよ」
口の周りにリンゴジャムをくっつけながら虎徹は感激の声を出した。さながらお菓子の家か何かにでも見えるのだろうか。
「それは…良かったですね」
パンケーキに夢中な虎徹を眺めながら、ハーナビーは紙ナプキンを小さく手でちぎって、虎徹の頬を拭ってあげた。サイズ的に綺麗に食べにくいのだろうというのはわかるが、子供のようにはしゃがれるとは思っていなかった。
「おーサンキュー。そういえば、もう一個夢があったんだ。俺、一度猫の背に乗りたかったんだよな」
いくばくかの時間、夢中で食べ続けていたのだが、そろそろお腹が満たされてきたのか少し手を止めて、虎徹はバーナビーとの話を優先させる。
「猫…ですか?」
「うん。子供の頃、猫飼ってたんだけどさ。その頃は、まあ俺の身体も小さかったわけよ。それで背に何度か乗ろうとしたんだけど………ま、さすがにそこまで体重軽いわけじゃないから無理だったんだけど」
「そう…ですね」
「今だと、二件向こうの家が猫飼ってるんだよな。野良猫ってわけじゃないんだけど、たまにうちの庭先にも来るし、今あいつの背に乗れないかなあ」
「そう…ですね」
「母ちゃんや楓はたまに餌やってるらしいんだ。あ、そういえばこの前、楓が餌あげた次の日。玄関先にねずみの死骸があってな。これが猫の恩返しか…と思ってさ」
「そう…ですね」
「ま、それでも申し訳ないから…後で俺がねずみの死骸は埋めたんだけどさ。その気持ちは嬉しいよな」
「そう…ですね」

「………って、バニー。どうしたんだ?さっきから、俺ばっかりしゃべってるけど」
さすがに同じ言葉を連呼するだけのバーナビーに不信を覚え、虎徹は心配そうにこちらの顔をのぞき上げてくる。もしかして自分の話がつまらなかったのだろうかと、気兼ねしているらしい。
「そう…ですね。……………僕もしゃべった方がいいですか。だったら、虎徹さん。何で僕が突然貴方を訪ねたと思います?」
両腕を組みテーブルに肘を付いて、虎徹を見下ろしながらバーナビーは言葉を落とした。最初虎徹の家にお邪魔したいと電話をした時、二つ返事で了承された事を示唆しているのだ。
「いや、それは良くわからないけどさ。別に理由なんていらないだろ?いつでも来たい時に来ればいい。俺はここにいるんだから」
投げかけられた…虎徹からするとバーナビーの真意の掴めない質問だったが、いつもどおり率直に答えた。遠慮はするなという事だったが、バーナビーにはまるで違う意味に捉えられた。
「そう…ですね。なら今、虎徹さんは幸せですか?」
またも同じ頷きを入れながら、安には答えず…ただ聞いた。
「そりゃ、もちろん」
一陣の否定も存在するはずがないと示すかのような笑顔と共に、虎徹は自身が満足する答えを淀みなく答えてくれた。
それで、終わりだった。すっと、これ以上冷めきらないと思っていた気持ちが、より冷たくバーナビーの心をついた。おそらく虎徹はそう答えるだろう…とわかっていたが、それでもどこかで否定して貰いたかったのかもしれない。
「おーい、どうしたバニー?つか、折角なんだからお前も食べろよ」
バーナビーの曇った視界を晴らすかのようにメガネの先でぶんぶんと手を振っていた虎徹だったが、効果がないとわかると次の行動へとかかる。バーナビーが自分用にと取り分けてあった別の皿をずるずると引きずったのだ。かなり重かったが、それはなぜか暗いパートナーの為に精一杯にと。ようやくバーナビーの手前まで皿を持って来たのだが、最後の最後でバランスを崩して転んでしまった。
「わりっ、汚しちまった」
虎徹のこけた先は、皿の端にあったパンケーキの上だったので、そのまま盛大に倒れることとなる。見事にキャラメルソースの中へと尻餅だ。
その様子を見て、バーナビーは無言でフォークを手に持ち、虎徹に近づける。
「おっ、ありがとな」
キャラメルソースでベタベタとなってしまった身体から助けてくれるのだと思い、虎徹は感謝の言葉を出しながら、そのフォークの上に乗っかった。それを確認すると、バーナビーがフォークをゆっくりと持ち上げ、自身の鼻先まで持ってくる。
「…虎徹さん、甘い香りがしますね」
少し離れていても一度虎徹に染み着いたキャラメルソースは強力なようだ。
「正直、俺自身もちょっと甘すぎて、むせそうだ」
不安定なフォークの上に立っているとバランスが悪いので、あぐらをかいて座った虎徹は現状を説明してくれる。困ったなと、それでも一応髪についたソースの状態を確認している。
「………さっきの質問に答えますね。虎徹さんが幸せだと、僕は幸せじゃないんです。だって虎徹さんは僕がいなくても問題ないみたいですけど、僕はやっぱり虎徹さんがいないとダメ………みたいですから。だから…」
それだけ押しつけるようにバーナビーは言い切ると、虎徹の返事など待つはずもなかった。
だって、虎徹がバーナビーの望む答えなど発するなどとは、とても思えなかったから。
ただ。
虎徹の乗ったフォークをバーナビーは口元に運んで。
ぱくんっ
mogmogmogmog………

あーあ、たべてしまった。これで、すべてがおしまいになったのだから。








ガラッと玄関が開く音と、バタバタとした子供特有の駆け足がけたたましく廊下へと響く。
「ただいまー あっ、バーナビーさん。ご迷惑をおかけしました。無事に、能力コピーさせてもらいましたので、もう大丈夫です。あれ…お父さんは?」

さて、何と答えようか。

口元についた流血をぬぐいながらも、バーナビーは軽く首を傾げて思案したのだった。











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