(きっと僕たちは出会うのが遅すぎたんだ…)
バーナビーが虎徹に告白をして…それでも受け止めて貰えなかった時、もう…そう判断する頭しか存在していなかった。
おじさんという呼び名が示すように、二人が初めて出会った時には…既に虎徹は結婚をし子供を持ち、人生の半分は十分に謳歌しているかのようだった。そんな、信念も進むべき道も違えようとはしない虎徹相手にバーナビーの出来ることは最早少なかった。
だからこそ、最も虎徹の近くに居られる筈のヒーロー業をやめた。
―――再びバーナビーが表舞台に姿を現したとき、それはヒーローとしてではなかった。持ち前の素質とヒーロー時代のコネをフル活用し、鳴り物入りでシュテルンビルト司法局への赴任。元KOFのネームバリューも相まって、その地位も瞬く間に階段を上り詰めるかのように躍り出た。そして。
「ようやく見つけた…」
司法局で公権力を握り、ずっとバーナビーが捜し続けていた物は…シュテルンビルト在住のNEXT能力者のリストを手に入れることだった。そう…所詮一介のヒーローではこれは出来ないことで、どこかで小耳に挟んだ事があったのだ。
世の中には、たった一度限りだが望んだ過去へ行くことの出来るNEXT能力を持った人間がいる…と。
人というのは総じて権力に弱い。ついに見つけたそのNEXT能力者と交渉をして、バーナビーは切望していた過去へと一度きりの旅へと出た。
「ここが、約30年前か…」
そう漠然と認識だけ与えられても、なかなか実感が沸かないので、とりあえず身体を慣れさせるかのように一番にそうバーナビーはつぶやく。
トンッと降り立った念願の地は、シュテルンビルトのほぼ中心部にあるセントラルパークだった。その姿は、今も昔も変わらぬ静かな公園だ。散歩の為か行きかう人々の様子にもこれといった変わりは見られない。ただ服装や髪型などが多少時代を感じるといった程度か。周囲は高い木々に囲まれているが、ふとバーナビーが顔を上げた先に未来ならばある筈のフォートレスタワービルが存在していなかった。竣工までにはそれなりの年数を要した筈のビルなので、それが全くないということは…間違いなく自分は恋願っていた場所に来ることが出来たのだと理解した。
おおよそ30年前と言えば、もちろんバーナビーも生まれてはいないほどの昔で、何もかもが初めて目にするばかりの事の筈で。以前のバーナビーならば、健在な両親に会いに行こうと考えたのかもしれないし、全ての黒幕を知った今ならば…両親を殺害したマーベリックをどうにかしようとしたかもしれない。だが残念ながらこのNEXT能力には時間制限があった。短い時間の中で、バーナビーがやりたいと思ったことはただ一つだった。
そう…それは幼い虎徹に会う事―――
本来ならば30年前の虎徹はまだオリエンタルタウンに住んでいて、子供だからこそ簡単にはシュテルンビルトに足を運んだりはしていなかった。だが、バーナビーは一つだけ明確に幼い虎徹がシュテルンビルトに居る日を知っていた。虎徹が初めてレジェンドと出会った時の銀行強盗事件は、当時の新聞に大々的に載るほど大きな事件だった。母親の付き添いでシュテルンビルトの銀行を訪れる…それを狙ったのだ。
それは…レジェンドよりも、誰よりも先に虎徹に手を差し伸べる為に事―――そこから二人が始まればきっと何かが変わると信じて事―――
「迷子になってしまったんですか?」
広い公園の中で、ベンチに座って一人たたずむ少年である虎徹の姿をようやく見つけ、高鳴る心臓を押さえながらもバーナビーはなるべく優しい声を出すように努め、語りかけた。
「アンタ…誰?」
突然声をかけられ、びくりっと肩を震わせながらも虎徹はこちらを見てくれる。ただ、こちらが初めて見る顔だったことに違いはないからこそ、不信を含んだぶっきらぼうな声を出される。
「僕が悪い人間に見えます?」
少し口元に笑みを作りながらも、わざと悪い方向の言葉を発する。まずは警戒心を解くことが優先だ。
「つーより、無駄にハンサムだな。うちの田舎でアンタ以上の美形は見たことないし」
より迫ったバーナビーの顔を見て、怪しいというよりは容姿の方に着目したらしく、素直な言葉を貰った。良かった…この磨き上げた姿かたちは、少しは有効なようだ。現代の虎徹相手には一ミリも使えないなと思っていた外見が、初めて役に立った気がする。
「ありがとうございます」
「てか、何で敬語なわけ?俺、年上だろうが知らない人間に敬語使わないよ」
話の本題はズレていくのは虎徹だからか、それともまだ子供だからか…わからなかったが、虎徹の感心は口調の方へと移った。
「昔から両親にこう話すようにと言われているので、ちょっと他の言葉遣いは無理なんですよ」
たとえ虎徹が子供であろうが、虎徹であることに何の違いもないのだから、普段と違う年相応に対する口調をするのはバーナビーには無理だった。虎徹がどんな姿でも一つの敬意を払う相手に違いはないから。
「ふーん。で、俺に何の用?」
簡単な会話を交わして少しは用心する心も揺らいだのか、虎徹はさっきよりは気さくに話しかけてきた。
「そうですね。迷子かどうか、ちょっと気になって」
本当はそれ以上に色々と理由があったが、まさか未来から貴方に会いに来ましたと告げるわけにもいかないから、少し軽い口調にしてぼやかす。
「警察官には見えないけど?」
虎徹は一度しっかりとこちらを見やったが、どうみてもただの私服にしか見えないバーナビーの服装に若干怪訝そうな顔を示しながら尋ねてくる。
「一応、裁判官みたいな仕事はしていますよ」
別に職業に関係なく虎徹に声をかけていただろうが、利用できるものがあるなら利用するだけだ。不審者という気持ちを少しでも拭う為に、バーナビーは顔写真付の身分証明をポケットから出し提示した。これは未来の証明書だが、それがわかるほどの情報は書かれていない。
虎徹は、じっとその証明書を見た後、こちらの顔と見比べてしばらく沈黙をし。
「わかった。迷子だよ、認める」
ふぅ…と息を付き、観念した声を出す。ようやく少し子供らしい表情を見せてくれたような気さえする。
「それで、親御さんは今どちらに?」
答えがわかっていても、一応周囲を見渡す仕草を一つ入れながら、尋ねる。相変わらず行きかう人はいるが、広大な公園からするとぽつらぽつらだ。
「わかんないから今迷子なんだよ。なんせ大通りは、この人ごみだろ?いつの間にかはぐれちまってよ」
途方もない様子を示しながら、虎徹は簡単に現状を説明してくれる。公園内はそれほど人通りが激しいわけではないが、横の通りへと足を運べば往来が賑わっていると言っても過言ではない。オフィス街と商業地区でごったがえしている中、都会に慣れない虎徹では迷子になるのも無理はないのだろう。
「なるほど」
とにかく今は一人きりということだ。それだけが確定的にわかればいい。
「言っとくけど、別に親探しを手伝ってくれなくていいからな」
別にふてくされている様子でもなく、ひどく素っ気なく言われた。
「どうしてですか?」
これはバーナビーとしても少し意外な反応だったので、瞬時に聞き返す。それでも問い詰めるようになってしまうのがいつもだったから、関係を崩さないように声に含みを持たせた。
「…俺、ちょっと悩みがあってさ。その気晴らしに母親がここまで連れてきてくれたんだけど、その悩みが厄介だから…一人で解決したいんだ」
一つの芯の通った声を出しながらも、虎徹ははっきりと言い切った。
「出来れば、僕にその悩みを教えてくれませんか?」
虎徹の言葉を受けて、ドクンッとバーナビー心臓が高鳴ったような感覚にさえ陥った。それを微塵も表には出さない顔をして、何気ないように語りかける。もしかしたら迷子になってしまったのも、偶然…ではなかったのかもしれない。色々と考え事をしていたからはぐれてしまったのだろうとバーナビーは思い始めたが、それより期待してしまうのだ。だってその時の未来をバーナビーは知っているから。
「イヤだよ。家族以外には拒否されてばっかりだし、これ以上…嫌な気持ちにはなりたくないんだ。アンタも役人だからって無理に迷子を助ける理由なんてないだろ?」
どうやら機嫌を損なってしまったようで、ふてくされた感じで拒絶の言葉を告げられる。
「でも…」
このまま立ち去るわけもいかないので、バーナビーも続く言葉を出す。虎徹は座ったベンチ相手に、一人でも十分楽しいと示すかのように、地面には付かない高さでブラブラと足を揺らした。それが本当は寂しいとしかバーナビーには見えなかったが、それをわざわざ言っては余計に機嫌を損ねるだろうから、ぐっと押しとどまるのだ。
「ほっといてくれっ」
そうぶっきらぼうに言った後に、軽く右手を伸ばしたバーナビーの手を除けるように振り払った。それは感覚的には些細な様子だったが、パシリッ!と予想外に大きな音を立てられた。子供の力とは思えない作用で、弾かれる。
「っ!…」
若干油断していたバーナビーの右手が、時間を置いてじんじんと痺れていくのがわかる。攻撃した側となってしまった虎徹を気遣ってあまりまじまじと見はしないが、おそらく少し赤くなっているに違いない。
「あ、…まただ………また、俺は………」
虎徹自身は軽く振り払ったつもりだったのだろう。しかし本人の意思は無視され、虎徹は周囲には青白い閃光を伴っている。おそらく目覚めたてで制御しきれていないNEXT能力がふとしたキッカケで勝手に発動してしまったのだろう。負い目を感じた虎徹は、うつむいて自分自身を傷つけそうなくらい、バーナビーを払った左手をぐっと握っている。
「大丈夫ですか?」
顔を上げさせるように地面に片膝を付き、虎徹に覗き込むように近寄る。
「何、人の心配してんだよ…自分の心配しろよ」
声の調子は強くとも次第に小さくなって、後悔にさいなわれるかのように、虎徹は軽く目を上げてこちらを見ながら、逆に怒ってくる。
「僕は平気ですよ。だって、僕もNEXT能力者ですから…」
ここで能力を示すように、バーナビーも全身に青白い光を示し、ハンドレッドパワーを使って虎徹の左手を握っていた手を少し強く外す。
「アンタもなのか?」
ようやく面々と顔を上げてくれた虎徹は、不安と一陣の期待を含んだ様子で目を見開き、尋ねてくる。
「ええ…ハンドレッドパワーっていうんです。5分限りの能力ですけど」
「お、俺も一緒の能力だ!まだ制御出来ないから時間はバラバラだけどな」
彷彿したかのように、ぱぁっと瞳を明るく輝かせた虎徹には、こちらへの仲間意識が瞬時に芽生えたようだった。
おそらくこれ以上に虎徹と同じ能力で良かったと思うことはないだろう。どうして数多あるNEXTの力の中で、この能力が与えられたのか?マーベリックに利用されて尚、あり続けた理由は…きっとこの瞬間の為だと思うくらいだった。
「最初は制御出来なくて辛いかもしれませんが、貴方は一人じゃない。僕がいるんです…それを忘れないで」
勝手に未来をも含んだ言葉を出したが、それに嘘偽りがあるわけではない。ただここに来た目的とその本心をバーナビーは吐露した。
「そう…だよな。俺一人が辛いわけじゃないし、それに制御出来るようになれば…悪いことばかりじゃないよなっ」
少しの救いを見つけたような前途が明るいようなそんな気持ちを見せた虎徹は、ようやく前を見た気さえする。
「そうですよ。さあ、立ち上がってください」
促すようにバーナビーも同時に立ち上がり、虎徹をベンチから降ろす。
「なんだ?警察に連れて行ってくれるのか?」
迷子を見つけた時の一番の連れ先を虎徹も理解しているらしく、素直にバーナビーの言葉に従った。
「いえ…そうしたいのも山々なのですが…そろそろ時間なので」
本当はもっと幼い虎徹と触れ合いたかったが、それは多くは叶わぬことで、告げられたタイムリミットをバーナビーは理解をしている。
「時間…?」
こてりと首をかしげながら不思議そうな顔をしている。公園内の時計はここから見えないことも謎がる要因の一つだったのだろう。
「こちらの話です―――ちょっとお聞きしたいんですけど、貴方のお母さんはどこかに行くと言っていませんでしたか?」
かなりわざとらしくなってしまっただ、が時間がないのだから仕方ない。バーナビーは虎徹を導く為の言葉を出す。
「ああ。でも、どこか覚えてなくて…確か………どっかの銀行だと思うんだけど、…えーとシュテルンビルト…おう…銀行?うーん…」
子どもらしく悩む姿を見せながらも、記憶をたどっているようだった。
「…もしかしてシュテルンビルト中央銀行じゃないですか?ここから直ぐ近くにありますし」
予想していたことだったが平然とした答えを口にする。
「そ、それだ!」
ようやく合致したかのように、虎徹はぽんっと手を叩いて当てはまりに喜んでいた。バーナビーの真意など気が付く余裕もないのは仕方ない。
「シュテルンビルト中央銀行は、あそこの信号をまっすぐ歩いた先の右手にあります。大きい建物ですし看板も掲げてありますから、直ぐにわかると思いますよ」
わかりやすい目印を指で刺しながら、丁寧に説明する。有名すぎる銀行なので、もし迷ったとしても近くの人に尋ねれば、きっと二つ返事で案内してくれるだろうと思う。
「そんな近くだったのか!違うトコばっか探してた…」
「この辺りはオフィス街ですからね。迷うのも仕方ないと思いますよ」
子どもにとってはビルは全部同じビルに見えてしまうだろう。前にそんな質問を虎徹にした事を思い出す。
「サンキュー。それじゃあ、俺行くわ。母ちゃんにこれ以上怒られないようにしないと」
目的地が定まった虎徹は、バーナビーが示した先の向こうを見ながら感謝の言葉を出す。
「はい。気をつけて…下さいね」
バーナビーは単純に虎徹を見送るというよりは、これからの事を思った声を出した。
「…そだ。名前…!」
そのまま先へ進んでしまうかと思いきや、突然何かを思い出したかのように、虎徹は一際大きな声を出してきた。
「はい?」
「俺の名前は、虎徹。鏑木・T・虎徹な。アンタ、確かバーナビー……って言うんだったな。こっちの人の名前は言いにくいな…」
すこやかに自分の名前を名乗ってくれた。そうして次には、最初にバーナビーは身分証明で明かしたのを覚えていてくれたらしく、ちょっと記憶をたどりながらも棒読みで名前を読んでくれる。
「僕のことは、バニーって呼んでくださって構いませんよ」
しかしバーナビーはその本名を直ぐさま肯定はせずに、思わずこっちの愛称を口に出した。長ったらしい自分の名前を覚えてもらうなら、こっちの方がいいと思ったのだ。それに何よりこの愛称は…虎徹が最初にくれたものだから。
「バニー?…へぇ、バニーちゃんか。かわいい名前だな。
それじゃ、バニー!色々とありがとうっ、またどこかで会おうな」
どこか子どもでも偉そうに見えるくらいの屈託のない明るい様子をいの一番に見せて、虎徹は宣言した。
次に会うときは、互いにヒーローだろう。そう…それ以外はない。まだこちらのバーナビーは生まれもしていないにのだから。
これで終わって戻って…何か変わるか?いや、この過去が変わったとしても、記憶として覚えているかどうかも微妙な程度で。この虎徹は、想像以上に素直な少年だった。今戻り虎徹に当時の事を覚えているか話しかけても、きっと………ああ…そんなこともあったけな?と言うだけだろう。思い出の一つして残っているかの曖昧。結局今後の彼を変えるのは、これからのレジェンドとの邂逅で、バーナビーに対してはそれでしかない。所詮その程度の存在なのだ。戻っても何も手元に残らないのだ。こんな淡い思い出を、バーナビーだけが持ち続ける。あくまでもこれは夢物語だったと示すかのように。
酷い…と思った。こんなにも自分は虎徹の事を愛しているのに、拒絶された。それは、これからも。何も残さないで、去るのがたまらなく嫌だった。その思いは、まだ穢れを知らない…純真無垢な虎徹へと向かって。
「じゃあなっ!」
声は幼くとも、いつもの軽快な様子と調子を見せる虎徹を彷彿させる。これから会うであろう…虎徹がバーナビーの脳裏を横切った。
いなくなってしまう…また、自分の目の前から………そう思った瞬間、身体が勝手に動くかのように、足が動く―――
次の瞬間には、思い切り足が踏み切れられ、幼少の虎徹相手に蹴りが向かっていた。
虎徹のハンドレッドパワーは直ぐに切れてしまったようだったのは、不安定なのだろう。対してバーナビーのハンドレッドパワーは未だ発動中だ。だから、ハンドレッドパワーを使った蹴りは鋭いナイフのように成り得た。バーナビーのブーツの先が虎徹の柔らかい左頬の横を通過する。その衝撃で軽く飛ばされたかのように倒れる虎徹は、何が起きたかはわからない表情をし、鮮血と痛みを伴う左頬を呆然抑えながらも目を丸くしている。結果的に、バーナビーの蹴りは虎徹にかすっただけといっても過言ではなかった。だが、切れ味は半端ではなく、鋭利な刃物で切り裂かれたかのように鮮血が頬から顎を伝い首へと流れる。痛みわからないような顔をした虎徹は、しりもちを付き、こちらを言葉を失ったかのように見ている。わけがわからないだろう…全てが。
「また、お会いしましょう。虎徹さん…」
にっこりと笑いながらも確実にそう告げて…その言葉を皮切りに、バーナビーの姿は霧に包まれたかのようにその場から消え去った。
ああ…見事に子どもの虎徹さんにトラウマを植えつけることに成功した。これなら心だけではなくはっきりとした形で現代に戻った僕にも見えるものだから。これだけは…一生僕のものだから。心が手に入らないのならば、せめてトラウマだけでも…いいでしょ?虎徹さん。
◇ ◇ ◇
淀みなく再び現代へと舞い戻ったバーナビーは、余韻の浸りもせずに、足早に虎徹の姿を探していた。
今は特にヒーローを要するような事件は起っていないため、スケジュールどおりならばこの司法局の入っているジャスティスタワーのトレーニングセンターにいるはずだ。直行ルートのエレベーターに乗り込み急ぎ足で進む。一旦とどまるのもわずらわしいほどの自動認識の扉が開き、中に入ると特に変わりない様子がそこにはあった。いつもどおり、ヒーロー達勢ぞろいし各個のメニュートレーニングに汗を流している。入り口から、トレーニングフロアは一望出来る。バーナビーはようやくきちんと立ち止まり、目的である虎徹の姿を探すが、見当たらない。どこだ…
「あれ…バーナビーさん?」
「何、そんなところで突っ立てるの?」
「珍しいな、お前がここに来るだなんて」
「あっ、昨日の事件で賠償金絡みあったかしら」
「久しぶりー元気してたか?」
馴染みのかつての同僚でもありライバルでもあるヒーロー仲間が次々とトレーニングの手を止め、こちらへ来て声をかけてくれる。それはありがたい…が、今バーナビーに必要なのはその言葉ではなかった。
「…虎徹さんは、どこですか?」
一通り皆の声を受けた後、直接的には返答せずにバーナビーはばっさり本題を切り出す。その間も目だけは、ずっと虎徹を探し追い続ける。
「コテツ………?」
バーナビーの来訪を歓喜していたヒーロー一同が一瞬できょとんと頭を巡らせた様子を示す。名前としての単語と認識出来ていないような呼ばれ方をしたまま、止まられる。
「虎徹さんですよ。ワイルドタイガーの!」
ちょっと苛立ちの様子を見せてバーナビーは半分叫ぶように、訴える。早く…早く………と気持ちばかりが焦るのだ。
「あの…バーナビーさん。すみません………」
不穏な空気の中、付き合いの長いヒーローの一人が恐る恐るこちらへ話しかけてくる。そして…
「ワイルドタイガーって、一体誰ですか?」
確定的な言葉を落とした。
その言葉に理解が…直ぐに……出来るはずもない。しかし、その場にいる皆が同じ顔をし、同意を示しているのだ。まるで、知らないことを示すように。なにか…バーナビーの胸の中のものがぽっかりと抜け落ちた。
頭はついていかないが、それでも身体だけは急いて。バーナビーは無言でその場を立ち去る。戸惑う後ろがいくらうるさくとも、もうバーナビーの耳に入るはずもなかった。
そうしてそのまま足が勝手に動いて、バーナビーは司法局の資料室へと向かう。何度も確認の為にした動作をバーナビー自身が流れる機械になってしまったかのようにパソコンのデーターベースを開き、昔の新聞を探す。日付は、バーナビーが過去へと向かった日のシュテルンビルトだ。過去がほんの少し変わった日に、起こった事件を調べる。
―――あった。銀行強盗だ。やっぱり…あの後、本当の虎徹は事件に巻き込まれてレジェンドと出会い、ヒーローになる事を決心したはずだ。耳にたこが出来るほど本人から聞いた話がそこに書かれているはずだった。が。悲惨な一文がトップに躍り出る。
『凶悪な銀行強盗!人質の少年を殺害!!』
とても痛ましい事件として紹介されていた。
そう…ワイルドタイガーは現れない。いない。どこにも… その歯車を壊してしまったのはバーナビーで。大好きなレジェンドの前で虎徹は殺されたのだった。死んだ…死んでしまったのは、虎徹は。
バーナビーは虎徹に、トラウマ以上の物を植えつけた事を知った。
もう…この世界に鏑木・T・虎徹は存在しない。
あのワイルドタイガーは、自分の思い出の中だけの虎徹に成り下がった事を知り、バーナビーはその場でただ笑った。
そして…いつまでも自分だけが虎徹の事を知っている優越に浸り続けたのだった………