総じてバーナビーにとってバレンタイン前とは忙しいものだ。
バレンタイン企画で一番多く取り上げられるのは恋するうら若き乙女達だろうが、彼女達をターゲットとした商戦が勃発するからだ。不景気だからこそイベントには力を入れられるのが定石。ヒーロー業界でも女性人気No1のバーナビーはその顕著たる対象で、雑誌やテレビの収録は間に合わせるように数ヶ月も先からおこなうこととなった。それなので、いざ実際にバレンタイン当日が近づくと、まだ過ぎていなかったのか?と思うくらいなのだったが…今年は少しその様子が違った。
三ヶ月ほども前から「バレンタイン関係の仕事はタイガーさんと一緒でお願いします」とバーナビーはのたまったのだ。それをロイズさんに告げている横で何気なく聞いていた虎徹は非常に驚いた。すかさず問い詰めると自分達は二人一組のコンビなのだから…と至極最もな返事が返って来たわけで、確かに以前はただの相棒ではあったが最近だと仲良し?単純に仲良しか………?のような関係になったと言えるだろうが。でもなんでバレンタイン関係の仕事限定?と謎に思うばかりだったが、そんなことを考える暇もなく、おかげでつられてこっちも忙しくなってしまった。そうしてようやく週間番組のバレンタイン特集のゲストとしての収録を終え、一息つくことになったのだった。
今になってよくよく考えれば、なぜそんな奇怪な事を言い出したのか、バーナビーのとある行動である程度の予想がついてきた。大方…プライベートでのバレンタイン大切さを優先させる為に、少しでも自分の負担を軽減させようという魂胆なのだろうが。その最もな例がこの前のクリスマスのときで…本当にヤバかった。バーナビーは疲れ果てていた。現に今も仕事の休憩の合間にスマホである。またこのパターンかよと正直思ったが、現在のゲーム業界ではソーシャルゲームのシェアは半端ない…らしいから仕方ない。それになんといってバレンタインなのである。恋愛絡み最大級のイベントということで乙女ゲー業界も気合いの入れようが違い、バーナビーも長丁場でずっとスマホを相手にしていた。
「虎徹さんにお願いがあるんです!」
そうしてバレンタイン前日。ようやく長い仕事が終わって、さあ帰ろうと椅子を立ったところで、虎徹は隣に座っていたハンサムから死にそうな顔でそう言われた。なんだどうした…というかバーナビーがこんな顔をするのは大抵アレ絡みに決まっているだろうから、虎徹に許されたのはただ心の準備をするだけと言っても過言ではない。
「一緒に行ってもらいたい場所があるんです」
虎徹の相槌さえ待たずにバーナビーは言葉を続けた。その顔にいつものニヒルな余裕は見られなかった。
「それって、やっぱり乙女ゲー絡み?」
必死さから覗える意図を汲み取りつつも、冷静になるようにと思いも込めて尋ねる。
「よくわかりましたね。そうなんです…」
少しの驚きを表情に含めながらも、虎徹ならわかってくれることに安堵を得たような顔さえされる。虎徹からすると正直、これに対する付き合いもそれなりに長くなったしわからないほうが逆に無理という感じなのだが、空気読む。
「別に行ってもかまわないけど…いや、俺じゃ場違いなコトが多いと思うんだけど………」
今までも、やれゲームショップやらライブ会場やら乙女ゲーメーカーやらと、色々付き合わされたけど完全に浮いた存在なっていたことが多かった。今回もソレならどうしようかと危惧はある。今まで自分が無縁であった世界に飛び込むということは、何をしていいかわからないからこその戸惑いだ。
「実は…昨日、僕一人で行ってみたんですけど…冷やかしと勘違いされて門前払いされたんです。でも虎徹さんとなら絶対に大丈夫だと思うので、お願いします。今日中に行かないと、バレンタインまでに間に合わないんです!」
深刻な顔をしながらも有無を言わせない勢いを受けて、虎徹はただただ頷くしかなかった。
「………やっぱり俺達、浮いてると思うんだけどな、、、」
大方の予想通り、バーナビーに連れられてやってきたのはオタクと有名な街だった。
降り立った駅からして既にして大量広告が…その………なんと形容詞していいのか説明が足りなくて申し訳ないが、あまり単純に理解しがたいのだから仕方ないというか。有り体に言えば迎えてくれるのはアニメキャラだ。それも駅の床から壁から天井からそれは満載で、さすがアニメショップ達の聖地だ…と虎徹はただただ感心するしか出来なかった。というか電車から降りてからしばらく呆気にとられて動けなかった。
バーナビーのこの趣味と付き合うようになってからいつかはこういう日がくるんじゃないかと思っていたが、実際にこの駅で降りたのは初めてだった。近年乗り換え経由駅として有名となり通ったことはあったが、その時は他人事のように凄いなと眺める程度で、でも実際に降りるとそのパワーは凄まじい。広告の為に立ち並ぶ二次元の美少女達は正直虎徹にはあまり見分けが付かなかったが、最もそれを趣味と傍目から見てもわかるような男性集団達は目をキラキラさせながら写真撮影や待ち合わせ場所として使っていた。好きな事があるということは幸せなんだろうなという生暖かい気持ちに漏れなくなれる。
遅ればせながらもバーナビーの後をついて行き、虎徹も改札口から出口を後にする。まあそういうとこなんだろうなぁという認識ではあったが想像通りで、駅の外も独特の雰囲気だった。他ではあまり見られないようなと言えば聞こえがいいかもしれないが、大通りにもアニメ絵の看板である。みんな慣れているようでスルーしているのか当たり前すぎる光景なのか。はてさて。
「バニー、俺…普通の格好だけど良かったのか?」
なんか心配になって、今になってそう尋ねてしまう。
確かに、この場所はバーナビーには不釣合いというか…バーナビーの存在自体がリア充にしか見えないから仕方ないというか云々かんぬん。ヒーローとしての正体隠しても、なんというかハンサムオーラがあるから、この場所にはどこまでも馴染まない。そんなバーナビーが虎徹について来て欲しいだなんて、俺そんなにオタクに見えるのか?と思ったが、特別な格好は何もしていない普段着だ。
「別に、いつもの格好で構いませんよ」
平然と言い放つが、そもそも遅くなってしまった仕事帰りにココへと直行したので着替える余裕などなかったのが実際のところだ。
だいたい門前払いされたくなかったら、バーナビーがこの場に馴染む周辺の男性達と同じ格好すればいいんじゃないかとさえ思ってきた。某アニメ主人公らしく、リュックサックにポスターを刺してビームサーベルっていう。前知識なしで乗り込むのがイヤででも、事前に知りえた情報がそんなものくらいだという。結局その独特な世界についていけず何の準備も出来ずに諦めただけだ。だから、歩きながらも話を切り替える。
「そういや、スマホの方はいいのか?」
ようやく落ち着いたようで、最近のバーナビーは歩きながら片手にはスマホでソーシャルゲーム(乙女ゲー)という最悪の状態に至ってはいない。まあ、それ以上に今は大切なことがあるようだからそれどころではないのだろうが。以前のように仕事に支障がある時以外、何が何でもスマホを手放さないという状況からは解放されているようで、それが前の惨事を知っている虎徹には意外に思えたのだ。
「クリスマスの時はまだ要領を得なかっただけでしたので、今回は万全ですよ。半月ぐらいイベントやっています。後半になると飽きたユーザーを取り戻す為に追加でお得なイベントをやったりしますけど、それもさすがに三日前ぐらいまでくらいなので前日である今日ならもう大丈夫です」
正直バーナビーが言っている意味を半分も理解出来なかったが、特にこの場でその手の質問をするのは周りからも浮きそうでただ虎徹は「良かったな」とだけ声を返す結果となる。
「で、どこが目的の店?」
きょろきょろしながら辺りを見渡す。今更ながら、バーナビーが行きたいと切望する場所を虎徹は全く聞いていなかった。あまりの必死さに何を買いたいんだか聞くタイミングを失念していたのだ。
「すみませんが、少し歩きます」
繁華街に近い人ごみの中でもバーナビーの足取りは淀む事はない。だが…ほらほら、早速歩行者天国を歩けば名物のメイドさんの勧誘だ。カモとみなされたわけではないのだろうが、あっと言う間に群がられる。メイドさん達も折角呼ぶならハンサムの方が断然嬉しいのだろう。気持ちはわかるが、バーナビーは完全スルーだ。対応も普段以上に素っ気無い。平素ならともかく、今の乙女ゲーバーナビーに有効なのは渋いおじさんor初老の男性しかない。表面上はにこやかにしながらも、メインストリートを通り過ぎる。ちなみにハンサムパワーに負けて虎徹はメイドさんから声がかからなかった。
よくよく考えれば当たり前なのだが、この街全体が偏った趣味だけなわけではない。集中しているのは駅周辺のごく一部に限られる。そんな中、駅周辺の地帯を通り過ぎてもバーナビーはスタスタと歩き。
「なあ、バニー。なんか…道間違ってない?」
いつの間にか、どことなく明らかに薄暗い通りに入って行った。時刻はもうすぐ深夜0時という状態で、駅前の華やかな電飾から遠ざかれば自然と節電でもしているのかという場所に入るのは仕方ないとはいえ、明らかに街の風景は先ほどと様変わりしていた。一言で表すと寂しい区域というところだろうか。
「いえ、こっちで間違っていませんよ」
これでも一応虎徹を案内するスピードで歩いているらしいバーナビーは、すんなり答える。
「へぇーこんな方にまでアニメグッツのお店とかあるのかー」
完全にそうは見えないただの裏通りで、人通りも少ないというか、居ないが。オタク心はそこまで浸透しているのかと、虎徹はただただ感心の声を漏らすばかりだ。だがしかし。
「はい?………アニメグッツ?…虎徹さん…一体何を言っているんですか?」
もたらされたバーナビーの反応は予想外で、途端に早足が立ち止まることとなる。
「え?」
次に疑問の声を出すことになったのは虎徹の方だった。なぜ不思議がられるのか理解出来ない。
「僕、そんなこと言いましたっけ?」
少し考えている様子を示したが、それでも虎徹の言うことの理解には及んでいないらしいバーナビーは、あごの下に軽く指を当てて逆に質問してくる。
「いや、言ってないけどさ。さっきから歩いてると、もうそれしか目に入らなかったからそこ行くと思うじゃん。違うの?」
「違いますけど」
即答だった。それがバーナビーの頭にはそんなことは微塵もなかった事を示す証拠みたいなものだった。そうして今更の勘違いを理解する。
「え…ああいう店に用があるんじゃないのか?もしかして乙女ゲー売ってないの?」
思わず遠く離れた煌びやかなアニメ商品を扱う店舗達を指差す。と行っても、随分と歩いたのであくまで方面的な方向だけだが。
「多少…は売ってますよ。家庭用ゲームと違ってあまり市場に出回らないパソコンゲームは確かに。でも基本的に、この街は男性向けなので、乙女ゲームを探すなら僕なら違う街に行きますね」
この街は認めているけどあくまでもベクトルが違うのだという主張が、誰もいない通りで静かに響く。
「そ、そういうものなの?」
「そうです。それに僕が店内で歩くと、まるでモーゼのように狭い店内で男性達が避けるから居心地悪いですし。滅多な事では立ち寄らなくなりました」
そのパッと見リア充に近寄りたくない嫌煙する気持ちはなんとなく虎徹にもわかったが、ちょっとその光景を見てみたいような複雑な気持ちに陥った。だが、今の問題はそれではない。
「んじゃ、どこ行くんだよ」
勝手に自分ひとりが不条理に陥ったというのをやっかむように、虎徹は半分不信感を積もらせながらも聞くことになる。
「だから、この街にしかないものですよ。今は大体ネット通販で買えますけど………、あ…そこの店です」
タイミングよく歩き出した先でバーナビーはその店を示した。
そうだ…最近すっかり忘れてた。昔はこっちが表の顔だったんだけけどなと虎徹はようやくここが、かつて世界有数の電気街だった事を思い出した。
夜、物凄く夜に明るいネオンから離れた、少し薄暗い電灯が照らす中、シャッター通りにも近い店閉まる一角に、バーナビーが指し示した店がぽつんと開いていた。傍目から見ても分かるのは、そこが何かの電子機器のジャンク品等を取り扱っている店だということだ。明らかに一般向けの量販店が通常取り扱わないようなモノが少し離れた場所から見ても天井からぶら下がったり、大ぶりのボックスに乱雑に詰まっているのが見える。
わー確かにここはバーナビーには不釣合いだわという深い納得をする。そもそも昨日バーナビーはここに来たと言っていたが、傍目から見れば冷やかし目的の観光客に見えても仕方ない。どう見ても玄人向けの店だ。
入り口には店員と思われる、いかつい男性が陳列を直していた。それを横目に通るようにバーナビーは虎徹を先頭にさせて、店内へと入っていく。なぜか虎徹も一瞬ギロっと見られたが、軽く会釈をすれば…ふんっと鼻を慣らされはしつつも入店を許可されたようだ。この時点でバーナビーは連れという扱いなのだろう。しかしあの客対応は近年のお客様は神様です的な商売魂とかけ離れていて、逆に凄いと思うくらいだった。
「よしっ…入ってしまえばこっちのものです」
バーナビーは本気で嬉しそうに感情を抑えきれない様子だが、つまみ出されないように空気を読んでなんとかつぶやくに留めている。虎徹の見た目が世間一般で言うおじさんであったことが見事に功を奏したのだろう。そしてごちゃごちゃした店内に戸惑う虎徹を差し置いて、さっさと店の奥へ奥へと進んで行った。狭い店内相手に背の高い二人には、天井からぶらさがっている陳列物にも頭をぶつけそうだから避けて通る。狭いが、時間帯が遅いせいか人がそんなにいるわけではない。というかほぼいない。そんな中、バーナビーは中腰になりながらも、乱雑な扱いとなっているボックスの中を文字通り漁っていた。
「違う…これも………くそっ…なんで………ないじゃないか………」
そしてバーナビーが切磋琢磨して選別しているモノを見て、虎徹は目を丸くするのだ。
「もしかして携帯電話を探してんの?」
そう…その手に持っていたのは紛うこと無き携帯電話。それもガラケー。バーナビーのように他人と差をつけるためにあえてオシャレで持っているガラケーではなく、単純に古い昔の機種たちがそのボックスには無数に詰まっていたのだ。
「そうです」
探すのに忙しいバーナビーは、明確にそれだけ答えると次のボックスを手繰り寄せて、また探している。
「また何でガラケー?バニーだってガラケー持ってるじゃん」
でもその光景が不思議すぎて、虎徹は邪魔にならない程度に疑問の声を出す。
確かに最近ガラケーなんて売ってないから…というか古い機種なんて正規店でも修理対象外なくらいらしいし、バーナビーがここに来た理由はわかったが、それが乙女ゲームにはまるで結びつかなかった。
「そうですけど、僕のガラケーには対応してなかったんですよ。携帯ゲームアプリが」
なんだか少し懐かしい用語が飛びでて、虎徹は少し思い出す。
携帯ゲームアプリ…今主流のスマホアプリの前に流行った玩具媒体だ。無料なモノもあるが主なシステムは月額料金を払いアプリをダウンロードして遊ぶ。なるほど…これの乙女ゲームも確かにありそうだ。
「でも、バニーのガラケーってそんなに古かったっけ?」
素直な疑問の言葉が、自然に飛び出る。
「最新機種ですよ。でも僕のやりたい携帯ゲームアプリは最新機種では対応してないんです。かなり前の機種に限定で配信していて…」
「なにそれ…もしかして古いゲームなの?」
そもそも今更携帯ゲームに主軸を置いているなんて珍しいように思えた。まあ一度作ったコンテンツで月額料金が取れるならば、適当に管理しながら放置というのも想像出来るが、それより改めてバーナビーが昔の乙女ゲーを網羅しようとしているのが珍しく感じたのだ。
「乙女ゲー業界の中ではそれなりに歴史ある方です。なんといっても続編のペースが速く、ゲーム内に収録されているスチルも多いと有名で。コミライズもキャラごとにやってくれて、最後誰とくっつくのかと心配がいらない。だから僕は評価してたんです。それが売り……だったのに」
ここで無念そうに一度バーナビーは声を詰まらせる。
「たった二作目…たった二作目で唯一のおじさんキャラがリストラされました」
「え…そんなことってあるのか?」
冷静になるためにわざと淡々と言い放つバーナビーの内容は確かに衝撃的なものだった。リストラ…それは虎徹自身にも降りかかったことがある事態である。乙女ゲーでリストラというのは攻略キャラではなくなったということだろうが、確かにそれは悲しい事態だ。我が身のことのように虎徹も同調するが、おじさんキャラを愛するバーナビーにとってそれは相当なダメージだっただろう。
「昔は…そういうことも頻繁にあったんですよ。最近はキャラクター全員チェンジが多くなったんですけどね。ともかく僕は悲しみに暮れて…その続編をプレイする気がなくなったんです。だって、残ったのはただのイケメンキャラとショタキャラのみという不条理!この悲しみを味合わない為に以後そのシリーズはやらないことにしていました」
そうは言いながらもバーナビーは虎徹に背を向けたままずっとボックスを探っている。ぶつぶつと…なにやらまたつぶやくのは不満があるようで。
「ですが………この前出たそのシリーズの新作で衝撃の事実が、あったんです」
「なに…そのおじさんキャラが戻って来たの?」
それが、バーナビーが最も切望する事態だろうと思って声を出したが。
「いいえ…残念な事に、なんと攻略キャラが今までの半数以下になりました」
「大量リストラかよ…新作なのに。でもそれって珍しいな。普通シリーズが長引くほど新キャラ投入して攻略キャラがどんどん増えるんじゃなかったのか?」
既存のキャラクターの人気を引っ張りながらも、マンネリ防止の為新キャラ登場は定石だった。というかそうバーナビーは言っていた筈だ。だからいつも期待の新作乙女ゲーが発表される度に新キャラの年齢(最重要)にヤキモキしている。
「ええ…既存システムを変えてシナリオ容量が膨大になったのに発売機種がPSP…この恐ろしい事態がいつかは起こると思っていました。完全な容量不足です…初代はPCだったのに。ライトな乙女ゲー市場が携帯ゲーム機に移動してしまった為、PC版も出なくて………」
「ふーん。今の乙女ゲー業界の主流は携帯ゲーム機なのか」
持ち運びできる彼氏ってやつ?でも外でわざわざ乙女ゲーをしていたらそれはそれで勇気があるとしか思えないが。
「元々乙女ゲープレイヤーは普段そんなにゲームをする層ではありませんから、今のメジャーはやはりPSPですね。それにPS2で今時新作発売するのなんて乙女ゲーぐらいですよ。それくらいハードが迷走しているんです。PS3は移植ぐらいしかしてくれないし。正直…辛いです。もうPS4が発売?そんなもの聞きたくもない………」
バーナビーの家に積み重なるゲーム機の山々がそれを物語るかのように、今度はハードにいちゃもんをつけ始めた。
「で、なんでその乙女ゲーの携帯ゲームアプリやる為に、頑張っちゃってるの?」
どうやらバーナビーは色々と今の乙女ゲー業界に不満らしいが、それでも少し前に流行ったリバイバルに走るようなタイプには思えないので、単純に突っ込む。
「実は、今度の新作からキャラデザが変わったんです。そしたら路線も少し変更して、イケメンキャラだけではなくまた渋いおじさんで僕好みのキャラが出てきました。もちろん買いました。それだけを唯一の幸いとしてやったら素晴らしかったんです!」
ここでようやく少し心が復活したかのように、力説が始まる。好きな物を語ると輝かしい瞳となるんだなということを、目の前で物語ってくれる典型例だ。
「そ、そうなのか。良かったね…」
虎徹が少し遠い目をしながら答えているところに、タイミングよく。
「ありました!これ、これです!」
勢い余ったかのようにバーナビーは、一つのガラケーを高々と持ち上げた。その手に携えられたのは、二つ折りのずんぐりむっくりとしたボディ。角が丸みを帯びている旧式は、好んで選んだのかどうかはわからないが、やや淡いピンク色をした。懐かしいと言っても過言でないほど、よくある昔使っていた携帯電話だった。初期の携帯電話はショルダーバックに入れるくらいの大きさだったことをバーナビーは知らないだろうが、このガラケーならばギリギリバーナビーでも扱ったことがあるだろうなという年式にも思えた。早速バーナビーは電池パックの裏で機種を確認して、確信している。
「それ本当に使えるのか?」
半信半疑を隠しもせずに虎徹は疑惑の声をだした。何といっても、陳列が適当にしか思えず本当に商品か?という扱いに見える代物だったから。
「店頭で無料充電サービスしているはずですから、動作確認してもらいます。えーと充電器は…このメーカーならこっちのコードで大丈夫な筈です」
そう言いつつも、今度はその携帯が対応しているこのメーカーのバッテリーコードを探し始めた。
店頭で有る程度充電して貰ってから、ハブを試しに開いて動作確認。問題なしということで、無事にお買い上げとなった。パチパチパチ。そのバーナビーの表情はにこやかだった。
帰宅へ着く為に店の外へ出て駅の方向へと足並みが進むかと思いきや、待ちきれないという様子で店から少し離れた場所に立ち止まったバーナビーは予め準備してあったと思われる携帯メーカー専用のSIMカードをいそいそと差し込んでいた。これで携帯電話は本来趣旨とされる電話機能やインターネット機能を使えることとなる。
「繋がる…繋がりますよ、虎徹さん!これで携帯サイトアプリも限定配信の小説も漫画も…明日のバレンタイン限定漫画も見れます!素晴らしいです!!本当にありがとうございました」
取り扱い説明書などあるわけがないが基本操作に問題はないようで、とりあえず不具合などはないことに、バーナビーは感動している。
「いや、俺ほぼ何もやってないけどさ。ま、良かったな」
必要だったのは当初予定したオタク的な虎徹ではなく、ただのおじさんだったわけだが、バーナビーが嬉しそうだから…ま、いっかと感じられる。
感極まったバーナビーはそのまま立ち止まり、必死に限定配信の小説も漫画などを読んでいた。それを傍目から見るのは微笑ましかったが…が、悪いが虎徹は段々と眠くなってきた。そもそもバーナビーの趣味は否定しないが、虎徹自身が乙女ゲーにそこまで興味があるというわけではなくどちらかといえば薄いのだ。確かにバーナビーの熱意は毎回すごいと思う。熱く語られて同調することは可能だが、それにも限界があるのも事実で、つまりぶっちゃけ放置されるとやる事ないから困る。この疎外感が、乙女ゲーまっしぐらバニーと付き合っていると定期的にやってくるのでいい加減慣れようとは思うのだが、なかなか難しい。
「虎徹さん。動作確認したいので、メールを送ってもいいですか?」
ようやくご満悦で限定を読み終えたバーナビーが、次を提案してくる。こうやって役割を与えられる方がまだマシだ。
「ああ、構わないけど」
知らないアドレスから届くのだろうからの予めの言葉なのだろう。すかさず虎徹も自分の携帯電話を取り出して待つ。
「受信したらこちらに返信もして貰えますか?こっちの受信状況も確認したいので」
まあ恐らくバーナビーはこのガラケーを乙女ゲーム専用ケータイにするのだろうけども、それでも不良は嫌だろうという気持ちは理解できる。
「わかった」
近くにいるのにメールをし合うなんて若干こそばゆいが、不備があったらいけないので単純にバーナビーからのメールを待つ。さすが普段からガラケーを使っているだけあって、メーカーが違えども説明書などなくともさくさくメールを作成できるらしい。しばらくすると虎徹の携帯電話の電飾が光り伝わる振動。知らない英数字の羅列したメールアドレスからの受信だ。内容も至ってシンプルで。
『0時を過ぎてしまいましたね。今日は何の日だかわかりますか?』
他愛のないメール内容だと思っていたところの突然の質問内容に、虎徹は面を食らい思わず少し前に立っているバーナビーの顔を見る。なんでわざわざメールで…というのが正直な感想だったが、返信をするようにと言われていたのだから口で言うのではなく、虎徹もメールを作成することとなる。
『バレンタインだろ』
まだバーナビーの意図が汲めなかったが、わかりきった答えを返す。そして虎徹はポケットに携帯をしまおうとしたのだが、またメール。さすが普段からガラケー使い。ボタンを押すのも早い早い。
『バレンタインといえば、チョコレートをプレゼントですよね』
直接言えばいいのに…と思っていたが、そこまで言われてようやく虎徹の頭が動いた。乙女ゲー方向に。頭の中に走る電撃。
そうだ…失念してた。いや、完全に忘れていたわけがない。散々バーナビーが横で乙女ゲーをしているから目にしていた筈だ。バレンタインにチョコレート…これが常識なのは現代社会ではない。バレンタインだからと言ってわざわざやることはあるが、そこまでチョコレートチョコレートとうるさいのは乙女ゲームの世界が一番だ。だからここのところの忙しさにかまけて、用意をするだなんて思いつきもしなかったのだ。だがそういう対象なのは…乙女ゲーまっしぐらなバーナビーに通用するわけがない。だから…正直に言わないと。
「すまない…俺、なにも用意してないんだけど」
まどろっこしくメールになんて頼れなかった。虎徹は両の手を合わせて謝る仕草を入れた。
バーナビーにとってバレンタインはチョコレートが常識なのを理解していなかったのだ。そもそも乙女ゲームの中では、恋愛のイベントとして不動の存在としてある。クリスマス・誕生日・バレンタインは恋人達の三大イベント。しかし、虎徹は仕事の忙しさにかまけてそんなことを考える頭の余裕はなかったから、今は謝るしかない。
だが、バーナビーがもたらした言葉はあまりにも意外で。
「それを聞いて安心しました。では、僕の家に行きましょう」
ご機嫌な様子でそう言ったのだった。
バーナビーの家にあるシステムキッチンはピカピカである。
普段あまり料理をしないらしいのと、ハウスキーパーが定期的に入っているので綺麗すぎるとも言える。そのキッチンに虎徹は何度も立ったことがある。主にチャーハンを作るためにだが。そこに今、虎徹とバーナビーは二人ともエプロンを着て立っていた。
「さあ、バレンタインチョコレートを作りましょう」
至極当然の如くバーナビーはそう言ったのだ。
「え、何で?」
あれよあれよとかつての電気街から帰宅した虎徹は促されてキッチンに立ったわけだが、まだあまり事態の把握が済んでいない。
「色々考えたんですけど、やはりバレンタインチョコレートは手作りだと思うんです。常識的に、これしかありませんよ。でも…虎徹さんが僕に手作りチョコレートをくれる可能性は少ないと思ったので、だったら二人で作ればいいという結論になりました」
とても明快に素晴らしい考えを言ってくれる。チョコレートが手作りでなければいけない理由だなんて乙女ゲームの中にしか存在していないと思うのだが、言っていることはまあ理解できる範囲だった。しかしこれで色々とあった今までの謎行動もようやく理解できたのである。全てお膳立てをして仕組まれていたようなものだ。でも。
「二人で作って二人で食べる…か」
独り言のようにつぶやくと、何だか笑えるけど。まあ…これもいいかと思ってしまうのだ。それは相手がバーナビーだからに他ならない。だから。
「よし、作るなら気合いれてやるぞ!」
「はいっ」
息の合ったコンビとして二人の掛け声は決まった。それは、仕事以外でも案外息の合うパートナーになれることを示唆しているようだった。
と、ここまでならば…とても良い話に聞こえるのだが。
「はっ………ちょっと待って下さい!」
材料は用意したというバーナビーの言葉を受けて早速冷蔵庫に手をかけた虎徹に、痛烈な静止の声が飛んだ。
「へ?」
「れ…冷蔵庫は、開けないで下さい。僕がやりますから」
一通り叫んだ後に虎徹の手を冷蔵庫の扉から離させると、材料が通るギリギリの大きさ程度に扉を開けた。なんだなんだ…明らかにおかしいぞ。怪しまないほうがおかしく見えるこの事態。バーナビーは明らかにこちらに冷蔵庫の中を見られないようにそっと材料取り出していた。
出てきた材料は至って普通と言うか、虎徹から見れば高級スーパーなどで売っていそうな上等品だ。湯せんの為のチョコレートとかナッツとか…高そうなだけで不思議なものでは全くない。ただただバーナビーの挙動だけがどこまでも不信だったのだ。
今まで冷蔵庫を虎徹が開けたことないというなら話はまだわかるが、今まで何度もチャーハンを作っていたからして別段変わったことではなかったはずだ。時には家主の許可を得ずに勝手に食材を突っ込んでいたことさえある。普段の冷蔵庫の印象としては、あまり食材が入っていないけれど同じ独身男性の虎徹の家よりよっぽど大きな冷蔵庫。それだ。一体…虎徹に見られて何が不味いのか謎がっていたところに一つの音が響く。
備え付けられたインターフォンの音だ。だが家主であるバーナビーは冷蔵庫の前に陣取りこちらを警戒してインターフォンに出ようとしないので、仕方なく虎徹が出ることとなる。
「お世話様になります!宅配便です。荷物が届いていますので、受け取りのサインをお願いします!」
インターフォンの音声がONになると有名な宅配業者の名を告げられて、定番のお決まり文句が流れてくる。いつもの一連の対応だ。
「あー、俺が受け取って来るよ」
未だ冷蔵庫の前から動かないバーナビーを尻目に、一人虎徹は玄関へと向かうこととなる。バーナビーは怪しいが宅配業者を放置しておくわけにはいかないから。
扉を開けると想像通り、明るい様子で業者のお兄さんが待っていた。
「生ものですので冷蔵便扱いの品です。早めに冷蔵庫にお願いします!」
注意事項を元気はつらつと告げて品物を渡すと、宅配業者は帽子を脱いで軽く会釈をし、エントランスから去って行った。
渡されたのは、衝撃を和らげる発泡スチロールで告げられた箱だった。片手で持つには不安定な大きさなので軽く両手で抱えることとなる。なんだろう…これはと思ったが、その送り主の名前を見てある程度納得する。キッチンに戻り、本当に受け取り主へと手渡そうとするが相変わらずバーナビーは冷蔵庫近くに仁王立ちしていた。
「バニー、スポンサーさんから届け物だぞ。生ものだってさ」
「スポンサーさん…から?なんでしょうか………」
どうやらバーナビーにも心当たりがなかったようで、ようやくこちらにやってきて不思議がる様子を見せた。送り主はバーナビーのスポンサーでもある玩具メーカーだった。普通宅配便となれば品名が書いてあるものだが、本来あるべき欄には何も記載がなかった。ただ生ものを示す青いシールが貼られているだけ。
「えっ、なになに…バニーってスポンサーからよく貰い物とかするの?いーなー羨ましい」
虎徹だって自分が出演したCMのサンプルを貰ったりくらいはするが、こうやってわざわざ宅配で物が送られてくるだなんて今までなかったことだったから単純に羨望のまなざしとなる。
「いえ、こんなことは初めてです。というか僕の住所とか知らないと思うんですけど、何かな」
とにかく中身を確認しないと冷蔵庫にもしまえないということでがさごそと包みを開けた。そうして黄緑色の箱が中から出てきた時点で、バーナビーは「あ!」と声を漏らした。
「なんだこれ…どっかで見たこと有る、、、」
バーナビー宛の荷物だというのにつぶやくのは虎徹の方が先だった。中から出てきたのは、ケーキだった。しかもおそらくバレンタインケーキという奴だろう。
「…忘れてしまったんですか?ワイルドタイガーのバレンタインケーキですよ」
ようやく何かバーナビーも思い出したようで指摘されて虎徹も閃いた。そうだ凄い見覚えのあるケーキではないか。
ワイルドタイガーのバレンタインケーキと始めて聞いた時は、誰得企画だよ!と最初は思ったが、それは来月のホワイトデー企画であるバーナビーのホワイトデーケーキのオマケで作られたという何とも悲しいお膳立て商品だったのだ。つまりコレはヒーローもののキャラ食だ。それならバーナビーのスポンサーである玩具メーカーから送られてくるのも納得である。
「えっ、でも何でこれがバニーに送られて来るんだ?普通、俺じゃね?」
そうだ。あくまでバーナビーは来月なのだ。それに知らないが多分虎徹にこのケーキは届いていないだろう。別に要望もしてないし勝手に送られてきても驚いて困る。
「えーと、、、」
目が確実に泳いでいる。何か事情があるようだ。それも若干やましい系の。
「バニー。正直に言いなさい。今なら怒らないから」
しばらくの沈黙が二人の間に流れる。だが、しばらくすると一つため息をついてバーナビーも観念したようで。
「………別に悪いことなんてしていませんよ。バレンタイン関係の仕事は虎徹さんと一緒にって僕が要望したので、作られたのがこのケーキです。だからこれは仕事ではなく、僕が個人的に頼んだだけです」
そうだ…若干忘れていたが、このバーナビーは乙女ゲー攻略キャラに重ねておじさんである虎徹の事を好きだった。好きな人物モチーフのバレンタインケーキを手に入れようとするコレクション精神は当たり前だったのだ。だが、その方法は若干どころか私的乱用にも聞こえた。
「もしかしてスポンサーさんに圧力か!圧力かけたのか?」
「ぼ…僕はあくまでお願いしただけで………それにこれは愛の一つですから!」
あくまでバーナビーは都合の良い言い訳をしている。しかし、バーナビーのわがままのおかげで虎徹は若干乗り気のしないバレンタインケーキのプロデュースをしなくてはいけなかったのだ。これを結構この年でやるは正直恥ずかしかったのに。バーナビーとコンビを組んでから若干ヒーローっぽくない仕事が増えまくって、ここにきて一気に今までの鬱憤が吐き出された。
「何でもかんでも愛で済ませられると思うなよ。それに若干、このケーキの存在忘れていたんだろ」
そうなのだ。いくらピンとこないスポンサー名からの宅配物とはいえ、最初は謎がっていたのを虎徹は忘れていない。
「忘れてなんていませんでした!ただちょっとケーキの数が多いので把握しきれなかっただけで…」
「数が多い?」
聞き捨てならない言葉を耳にして疑惑の声を上げる。しまった…と自分の失言をバーナビーも理解した。
「ふーん。まーいいけどなぁ」
虎徹はここで一つの作戦に出ることとした。納得したかのように興味は終わったかのように軽い言葉を出したのだ。バーナビーは、まな板の横に届いたケーキの前にいるから今なら間に合う。そう判断をして…
「隙ありっ!」
すかさず横へ移動し、冷蔵庫前まで手を伸ばすとその扉を開けた。ほっとしていたバーナビーは驚愕の瞳を虎徹に向けた。だが、それ以上に虎徹はたじろいだ。冷蔵庫の中は予想以上だった。
「な、何だこれ………どこで売ってんの?一体………」
元からほとんど食料の入っていない冷蔵庫の今は、カラフルなデコレーションケーキで占められていた。青や赤など通常では有り得ない色をした人型をかたどったキャラケーキが幾多も中に入っていたのだ。それも、どっかで見たことあるような乙女ゲーキャラたちのばかりで…唖然とした。
百歩譲って乙女ゲー攻略キャラクターのキャラケーキに有る程度の需要があることは認めてもいいが、バーナビーのチョイスは全て高年齢の男性である。なぜこんな市販されているとは思えない代物が大量にあるのか…と頭をかかえたくなる。
「えーと、こっちのケーキはメーカーが作ったのではなくて、有名なキャラケーキ店に頼んだ3Dデコケーキで…」
有り難いことに横からバーナビーが解説してくれるが、あまりにも呆気に取られる。この情熱自体はすごすぎて…。だが若干、虎徹に嫌がられるだろうなという最低限の認識ぐらいはあったらしくあまり熱はこもっていない。淡々とした解説になっている。
「あの…別に僕。浮気とかしていませんよ!ほらっ、こっちには虎徹さんをかたどったケーキもありますし。食べますか?」
恐る恐るといった様子で、でもなるべく明るく努めて中のケーキを示して提案してくる。
「食えるかよ!自分の顔なんて…」
やっぱり一筋縄ではいかない相棒の趣味に、今日もまた虎徹は振り回されるのであった。