ジングルベール、ジングルベール、鈴が鳴る♪
「今日は楽しいクリスマスイヴなんだけどな。バニーちゃん…」
毎度おなじみバーナビーの住まいで、合い鍵を使いリビングへ入った虎徹はなるべく明るく努める為にわざと鼻歌交じりで言った。だが、やはりその効果はなく、その場の空気は酷く荒んでいた。折角のクリスマスだというのに、バーナビーは外にも行かない引きこもりで、心配して虎徹は様子を見に来たわけだったが。だいたい予想していたけど、それでもつっこんだ方がいいんだろう。この状況をきっと。
「で、また今日は何してんの?」
てっきりいつも通りの乙女ゲー引きこもりと踏んでやってきたのだったが、でかいビジョンは暗いまま、問題のバーナビーは机の上に向かい集中していた。
「…虎徹さん?………あ…すみません」
顔をあげたバーナビーの目の下には、ハンサムには貴重とも言える、くまがあった。どうやら少なくとも昨日からは寝ていないのだろうなという疲労困憊ぶりだった。
「いや、ま…突然押し掛けたんだし、別にいいけどさ。何、今日も引きこもるの?」
仕事にはプロ意識を持っているバーナビーは、多少寝不足だろうとそれをヒーロー業に影響させるようなことはしないのだが、だからこそその無理が心配で虎徹は様子を見に来たのだ。そして新作乙女ゲー発売の翌日よりお疲れサマーというご様子に、労りの言葉と疑問を投げる。
「はい。すみません…ちょっとクリスマス限定イベントに忙しくて………」
虎徹の方に顔を上げて話しながらも、バーナビーの指先は机に向かって何やら動き続けている。それが、パソコンならお得意のタッチタイピングだろうと別に疑問にも思わないのだが、案の定…予想は裏切られる。
「お前、スマホ持ってたのか?」
いつもの赤いガラケーとは違う最新式スマートフォンに向かうバーナビーを見下ろして、少しの驚きの声を出す。
「ええ。乙女ゲー専用スマホなんで、普段は持ち歩いていないのですが」
そう言いながらも、真剣な表情で連打をしている。バーナビーのしなかやな指が向かうのはどこまでもタッチ画面だ。
「ふーん。つまりそのイベントとやらは今日限定だから、今忙しいってコトか。バニーって、モバイルゲームあんまり好きじゃないってどっかで言ってなかったけ?」
普段からあまりにも溢れんばかりの乙女ゲーに対する愛をバーナビーから聞かされている虎徹だったが、前にその中でも不満点の一つとして耳に挟んだ事があったことを珍しく覚えており、素直な疑問として尋ねた。
「以前はそうだったのですが、最近あまりにもモバイルゲームの乙女ゲーが乱発していて。僕の好きなコンシューマーゲームのモバイル移植とか出ると、やっぱり気になるじゃないですか」
それでもやはりどこか不本意なのだろうか、ため息混じりに説明をしてくれる。乙女ゲーは携帯するものではない、家でやるものだという認識で、持ち運び出来る専用ゲーム機でさえ画面が小さいとグチるバーナビーは、思った通りコンシューマーゲームの方がいいらしい。
「コンシューマーゲームの方は限定イベントとかないの?」
どう考えもそっちの方を優先しそうだが、珍しくゲーム機が出ていないので素直な謎として聞き続ける。
「ありますよ。ただ、コンシューマーゲームにはゲーム内時計が設定されていますので、その時計をイジれば限定イベントは起こせるので既にコンプリート済です。さすがにリアルタイム配信のモバイルゲームでそれは無理なので、今僕はこっちを優先していますけど」
さすが完璧な返事がもたらされる。しかしモバイルゲームの限定感を煽っているのがあざとい。それが商法なのだろうが。
「俺、スマホでゲームとかやったことないけどさ。そういうのって廃人にならないように、たしか制限つけられているんじゃなかった?」
たまにニュースで話題になる悪い事態が頭に浮かび、つぶやくように聞く。
「確かに無料で出来る範囲はかなり限定されていますね」
あっさりと認めたバーナビーだったが、それは他人事だというような顔をみせた。
「………バニー。お前、課金しまくっているのか?」
妙に嫌な空気が辺り一帯に流れたので、虎徹は問いただすように聞くこととなる。まあ最初から予想すべきだった事態かもしれないが、ここは本人の口から言わせて認識する方がダメージは少ないだろうから。
「当然しているに決まってるじゃないですか。僕には自由になる時間が少ないので、時間をお金で買っているだけです。何か問題でも?」
悪びれなくスマートなお答え。それでも若干いぶかしんでいる虎徹への逆質問。完璧だった。その間にも、バーナビーはピアノを弾くような優雅さでスマートフォンをタップしている。だがしかし、しているのは乙女ゲーであることに違いはない。
「いいえ、ありません」
思わずバーナビーにつられて、虎徹も久しぶりに丁寧語なんて使った気がする。
「…そういうことで、せっかく来て貰ったんですけど、手を放せなくて………すみません」
見ればわかるが、今のバーナビーは猛烈に忙しかった。乙女ゲーに対する使命感危機感が最優先。このクリスマスイヴに、もし犯罪が発生しヒーローとして出勤要請が出たら乙女ゲーとの愛の時間を邪魔した犯罪者をどんな目に合わせるかわからない。それくらいの勢いだった。ちょっと怖い。もちろん虎徹も相棒として、そんな最悪な事態だけは回避したかった。当然、無為な呼び出しがないのが一番だが、そんな抑止力は虎徹にはなかったから。
「役に立つかは微妙だけど、出来る範囲で俺も何か手伝おうか?」
だから、自然にそんな言葉が口から出たのだ。
「本当ですか!?」
ばっと飛び上がるように顔を上げたバーナビーの目に、ようやく本来の輝きが少し戻った気がする。
「ああ。スマホの乙女ゲーならそんなに難しくなさそうだし、俺にも出来るかな…って」
見るにバーナビーは、ただ連打しているだけに留まっているから、それほど頭を使っているようには思えなかった。少しぐらいなら自分が代わりにも出来そうに見えるのだ。だから、その間くらいは少し寝てもらい、いざという時の出動に備えて欲しかった。
「とても助かります!ありがとうございます!」
感激の声と共にバーナビーはここにきて初めてスマートフォンから手を離し、虎徹の両手を胸の上まで持ち上げてしっかりと握ってきた。
突然の事に虎徹も成すが成されるままだったが、指と指の間を絡められと深くぎゅっと掴まれた。しばらくはそのままだったが、やがてこちらの指の感触を一本一本楽しんでいるかのような仕草。長くたおやかなバーナビーの指が、幾重にも絡まるように虎徹の指と覆いかさぶるのだ。二人の重なる手の平が汗ばむくらい温かくなって。
「あ、あのさ。バニー、その…きちんとやるから………手離してくれない?」
気がつけば指だけではなく、バーナビーは熱心にこちらの指をねっとり見ているような、そんな有り得ないこそばゆい感覚さえ受けて、身を引く言葉を投げる。
「そう…ですね。虎徹さんも普段はスマホですし、乙女ゲー初心者とはいえ指の運動はこのくらいで大丈夫でしょう」
「は?」
一人納得したかのようにバーナビーは虎徹の指を大きく開くと、むぎゅむぎゅと不自然な角度へと導いていく。なにこれストレッチ?というか準備運動だったのか。
?マークのままの虎徹から手を離したバーナビーは、その場から立ち上がり収納棚の引き出しから何かを掴んで、また机にやってきた。
「では、虎徹さんにはこの二台をお願いします」
とびきりのハンサムスマイルを伴いながらバーナビーが示唆するものは、ちゃちゃっと設定した二台のスマートフォンだった。
「え、え?………えぇ!二台かよ!」
道理で利き手の右だけじゃなくて左も観察していたわけだ。つまり両指を酷使しろと、指死んじゃう前に確認だったのか、アレは。
「安心して下さい。僕も先ほどまで休憩していたので一台しかやっていませんでしたが、虎徹さんが来て気合いも入りました。本来の姿に戻りますから」
そうして瞬く間に、ずらっと三台が新しく登場した。そうしてバーナビーの目の前には、四台が並ぶ。机の上へセットしたホームポディションがなると左右の親指と小指を使い、慣れた手つきでもうやり始めた。無駄な器用さである。傍から見ればシュールな光景だったが、本人がそんなことを気にするわけもない。
「これ、いつ休憩すんの?」
こんな変な腱鞘炎になるのはイヤだなと思いつつも、もう後戻りは出来ない。少なくとも指の安全を得る為に質問することしか許されていないかのようだった。
「読み込みに多少のタイムフラグロスがありますので、その間に指を休めて下さい。回復アイテムは既に最大まで購入してありますから体力が無くなったら、そのまま回復すれば大丈夫です。気を付けて貰いたいのは、イベントで渡すのは成功確率の低い無料のプレゼントではなく、一番高価な有料プレゼントでお願いしたいということです。後はひたすら連打するだけです。簡単でしょ?」
必要最低限の説明だったが、バーナビーは明確に捲し上げた。
「そ、そうだな………えーと、これってクレカ決済なんだよな…バニーの口座をいじっているみたいでちょっとイヤだなーって思ったりして、はは…」
もう…正直、どこからつっこんでいいかわからかったが、今は善良な心を押し出す気力しかもう虎徹にはなかった。
「お構いなく。乙女ゲー専用口座から落ちているので、虎徹さんが決済して使わなくても、どうせ他の乙女ゲーで使う資金ですから」
「………そっか。わかった、頑張るよ…」
さらりと言われて、もうこれ以上バーナビーに話しかけても無駄と悟った虎徹はようやくマトモにスマートフォンに向き直った。どうやら二台とも同じゲームというわけではなさそうだ。明らかにジャンルが違う。片やSF、片やファンタジーという対照的。乙女ゲーと名の付くものならとりあえずやってみるというバーナビーの精神が現れていると言っても過言ではないから、このチョイスなのだろう。おそらくバーナビーがやっている四台も違うゲームだと思われる。
そういえばモバイルゲームは初期投資が少ないから乱発できる…とバーナビーがつぶやいていたのを聞いたことがある。しかしバーナビーが好きなのは乙女ゲーの中でもマイナーな、初老の老人やおじさまである。よくこんなにあったなと、普段少なくて嘆いていたのに意外だ。もちろん今虎徹が必死に課金プレゼントを貢いでいるのも、礼儀正しい初老紳士とダンディズムなちょいワル親父である。いつものことだが、相変わらず偏った趣味だと深々思う。モバイルゲームは敷居が低いせいか子供がやっているというイメージだったのが、よく彼らを攻略出来るなと感心した。ニッチ層の開拓にも程があるような。なぜだろう…
あまり深く考えも仕方ない。とにかく無心で、やりたかったのだが…やはり内容も気になるもので………クリスマスイベントといえば恋人同士の甘い行事だと思っていたのだが、モバイル乙女ゲーは一味違った。正直、端から見るとストーカーイベントにしか見えないのだ。とにかくプレゼント攻撃がしつこい。また来てくれんだね…ありがとう………と相手は随分と優しいが。たぶんヒロインは小娘設定なのに、プレゼントと言う名の金をいびっているようにさえ見、、、いや、夢は壊してはいけない。とにかくストーカーにキレないおじさまは偉大だ。虎徹はそう認識することとした。
いつしか会話もパターン化し、その台詞も耳にタコが出来るほど聞き飽きたが、結局虎徹は、水分補給とトイレに行く時間以外はずっと画面をタッチし続けた。
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「時間です。お疲れさまでした、虎徹さん」
正直うつろになっていて時計の針を見る余裕などなかったが、バーナビーにそう言われ、表示されているディスプレイの時間を見ると、確かにクリスマスイヴが終わっていた。
「っあー、やっとか」
危惧していたヒーローとしての呼び出しも無かったことが一番安心した。手癖がついてしまい、バーナビーに手渡す最後の瞬間まで虎徹は連打をしていた気がする。
「おかげさまで二台とも、ランキング一位ですよ。目当ての報酬カードもコンプリート出来ました」
手早く成績を確認すると納得の顔を向けられ、思わず虎徹からも安心の笑みがこぼれる。
「すげーな。慣れない俺がやっても一位とか取れるのか」
目指すからには一位なのかもしれないが、あまり普段虎徹には縁がない数字なので、ちょっと清々しくも感じた。
「そうですよね。僕も正直ちょっと簡単すぎるな…と思います。でもモバイルゲームって、なぜか僕の好みなピンポイントのカードばかりどんどん報酬になるんですよ。普段、マイナーなので日の光を浴びるのが少し眩しく感じます」
謎がりながらも複雑な気持ちを隠さず話してくる。
確かにそんなニッチ需要あるとは失礼ながらも思えない。ランキング上位を狙えるのは、おじさまキャラを好きな同士が少ないからだろうが。そんな少ないユーザーの為に運営側がわざわざ動く理由………しばし虎徹は顎に手を添え考え、そして思い当たる。
「確かモバイルゲームって殆ど無料ユーザー…だったよな?」
「そう、らしいですね。なぜ無料で我慢できるのか僕には理解できませんが」
そうだ。バーナビーは数少ない課金ユーザーなのだ。しかもつぎ込む額は湯水の程…もしかして、元々マイナーな乙女ゲーの中ではほとんどバニーがカモられているではないか?金払いの良いユーザーの為に臨機応変に運営側が動くのは当然の事で、、、
しかし、それをバーナビーに伝えたら、今後余計に心配だからやめておこうと思った。そうだ…モバイル乙女ゲー業界がバーナビーに掌握されてしまうのは困る。これ以上、おじさまイベントが増え続けまた同じような事態に陥るのは勘弁して貰いたかったのだ。だからそっと胸の内にしまう事にした。
そんな乙女ゲーの妙な余韻に浸っている最中、突然虎徹の携帯電話が鳴った。
「あれ、娘からだ」
いつもは家電にくらいしか連絡がないというのに、今日はわざわざ携帯電話の方まで来るとは珍しいと思いつつも、虎徹は嬉々としながら通話ボタンを押した。
「楓v パパだよ。どうしたのかな?」
ついつい愛娘相手には頬も緩みがちとなってしまう。信愛を向けたぞっこんの声を向ける。
「お父さん、クリスマスプレゼントありがとう」
もたらされた言葉は、想像以上の効果だった。こんな夜中にわざわざ感謝の言葉をくれたのである。そうだった。もうさすがにサンタさんは信じていないと告げられちょっぴりさびしい気持ちになっていたが、今年は考えに考えて父親としてクリスマスプレゼントを選んだのだ。このイヴの夜、母親である安寿が楓の枕元にそれを置いた。そして直ぐにお礼が貰えたのだ。これ以上の幸せはないというくらい、虎徹は喜んだ。
だがしかし、次の楓の言葉でその夢心地の方向性はとん挫する。
「それで…ずっとバニーさんの携帯が繋がらないんだけど、何か知らない?」
用件は至ってシンプル。あくまで虎徹相手ではないという示唆の言葉が投げられる。えーと、もしかしてメインはバーナビーなのだろうか。オマケ扱いを受けたかのような気持ちの中、何とか声を絞り出す。
「そ…そうだな。俺、今バニーの家にいるから、隣にいるけど」
バーナビーも虎徹も、さっきまでスマートフォンをいじり続けていたから、携帯電話は蚊帳の外だった。渋いおじさま方の多数のボイスが鳴り響く空間で、多少電話が鳴っていても気が付くのは不可能だったから。
「そうなの?良かった、ちょっと変わってくれない?クリスマスプレゼントのお礼言うから」
「ちょっ…パパのクリスマスプレゼント。そんなに気に入らなかったのか?」
やはり繋ぎ役扱い。確かに楓には、入手困難な新作乙女ゲーをプレゼントしたのだったが、喜びの度合いが違うような気がする。
「だって、どうせバニーさんにアドバイス貰ったんでしょ」
「そ、うだけどさ」
そっけない娘の態度は期待はずれだ。がっくし。うなだれながらもバーナビーに携帯電話を手渡すこととなる。
「バニー。娘がお礼を言いたいってさ」
「あ、すみません。そういえば僕の携帯、サイレント設定でした」
虎徹から携帯電話を受けとったバーナビーはそのまま流れるように通話が始まる。それはとてもにぎやかで楽しそうな………また乙女ゲー話が二人の間に花開いているらしい。いいな…でもあのはしゃぎようを見れば、プレゼントは喜んでくれたみたいだし。いいのかと少しさびしくなりながらも、虎徹は思った。自分が選んだプレゼントはいつも失敗してしまうから、きっとこれで良かったんだ。そう…気持ちを納得させるのが一番いいのかもしれないと優柔不断な気持ちを思った。
「虎徹さん、携帯ありがとうございました」
さすがに夜中なのであまり長話には至らなかったらしい。数分もすると二人の会話も終わり、折り目正しくバーナビーが携帯電話を返してくれる。
「おうっ。こっちこそ、一緒に選んでくれてありがとな。娘も大喜びみたいじゃないか」
ここでバーナビーに嫉妬しても元から土壌が違うのだから仕方ない。割り切った声で、まずは感謝を伝える。
「僕はいくつかタイトル候補をあげただけですから、最終的に選んだのは虎徹さんですよ。あれは一番クリスマスらしい乙女ゲーでしたから、それを伝えて起きました。娘さんも今日はもう遅いから寝てしまうようですが、また明日家に電話するそうです」
「そ、そっか」
ちょっと蚊帳の外にされた感があったが、バーナビーはきちんとフォローをしてくれていて、その言葉はじーんと胸に響いた。
「それと…良かったら、これ受け取って貰えませんか?」
感傷に浸る中、バーナビーが虎徹の目の前に差し出したのは、赤と緑色の丁寧な包み紙が印象的な細長い四角い箱だった。
「え?」
「僕からのクリスマスプレゼントです」
驚いてそのまま棒立ちしていたのに、手を取られて…両手に乗せられる。
「ちょ………聞いてない。大体…俺は何も用意してないし」
慌てた。これが二人初めてのクリスマスというわけでもなく、そんなやりとりしていなかったし、何よりバーナビーは乙女ゲーに忙しいから、まさかこんなサプライズを用意しているとは思わなかった。だから、必要以上に焦ってしまうのだ。
「大丈夫です。プレゼント交換だと思って貰えれば」
そんなに気にしないで欲しいとでも言いたげな顔を向けられる。虎徹からのプレゼントを期待していたのか、それはわからないけど。
「だから、プレゼントないんだって」
交換…と言われる方が、もっと虎徹を混乱させる。いや、別に後で買って渡すのなら、それはお返しだし、バーナビーの欲しい物なんてまるで思いつかない。虎徹が買えるようなものは何でも余裕でバーナビーも手に入るだろう。何を渡すべきが考えたくても、まだ頭もそんなに正常に動いてくれなかった。
「いえ、もう僕は貰いましたよ。虎徹さんから…とびっきりのクリスマスプレゼントを」
「へ?俺、何か渡したか?」
ここで再び頭を巡らせるが…さっぱりと思いつかない。そもそも今日は完全手ぶらでやってきたのだ。クリスマスなのだから、ケーキとかチキンとか持ってくるべきだったかもしれないが、様子を見に来る程度の気持ちだったので、それさえもなかった。
「ええ。僕に、虎徹さんのクリスマスイヴという貴重な時間を下さってありがとうございました。一緒にいられてとても楽しかったです」
微笑みながらもとても満足した嬉しそうな顔を向けながら、自信に満ちた声が伝わる。
「それかよ………でも、俺たち。互いに乙女ゲーしててあまり会話してなかったけど…それでいいのか?」
あまりに盲点すぎて、拍子抜けしたかのように湧き出る疑問を口にする。
「そうですけど…少なくても沈黙していても一緒にいる事が僕には楽しかったですから」
とてもストレートな感情だった。まさかこんな事を言われると思わなかったけど、悪い気がするわけもない。
「そうだな。俺も、まあさすがに連打は疲れたけど、嫌ではなかったような気がする………」
ちょっと照れて言葉を濁してしまう。しばらく虎徹も真正面が向けなかったのだが、ふと顔を上げるとバーナビーとチラッと視線が合う。そして、また沈黙。互いに考えていることなんてきっとわからなくても、きっとこの空間が悪いわけがなくて。いや、バーナビーは良くても虎徹にはちょっとまだ居心地が慣れなくて。
「そ、そだ!折角貰ったんだから、プレゼント空けてもいいか?」
ちょっと耐えきれなくなり、わざと少し大きな声で尋ねる。
「ええ、どうぞ。きっと虎徹さんも気に入ると思います」
にこにこしながら、バーナビーが一番期待しているかのように促される。
いつもはそんな丁寧に開けないが、本人目の前だしなるべくがさごそと乱雑な音を立てないように包装紙を開ける。正直、中身の予想なんてまったくつかない。バーナビーが喜んでいるのだから、それでいいと思った。だが。
「………なに?これ…」
ソレが何だか、一目見て虎徹はわかった。だが、頭でわかったからと言って直ぐに理解しろというのは無理な代物だった。そうして、薄いプラスチックケースのパッケージを手にする。この感触…いつもバーナビーがプレイしてるブラウザゲームだった。つまり。
「レジェンドの乙女ゲーです」
虎徹の当惑にバーナビーは気が付いているのかいないのか。ともかく予想外すぎるプレゼントには違いない。
「こんなの…あったのか?」
少なくともレジェンドフリークの虎徹だったが、この存在はまるで知らない。というか、レジェンドが活躍していたその昔、まだ乙女ゲーというジャンルは確立していなかった筈なんだが。
「いえ、なかったので非公式に僕が作りました」
なんだが…とても恐ろしい事をきっぱり告げられた気がする。確かに凝っている。パッケージを見るだけでも、その本気は感じ取れた。だが、どうしよう。若干、反応に困る。嬉しいような…悲しいような………えーと。でも、バーナビーは虎徹に好かれと思って作ったのだ。忙しい最中にわざわざ。てか、こんなに作っているから余計に忙しかったのか。
だから…これはレジェンドのクイズゲームあたりだと思えばいい…そういうことにした。きっと乙女ゲー初心者の虎徹用にカスタマイズされていると信じたい。
「あ、ありがとな。わーい、嬉しいな。すぐにやりたいくらいだ」
変な汗をかいていないかどうか心配だったが、実際は棒読みのお礼の言葉。これが精いっぱいだった。
「その言葉を待っていました。直ぐに準備に取りかかりますね」
どうやら虎徹は非常に前向きだと思われたらしい。………こうなると、虎徹の喜びが上辺だけのものだとは一ミリも思われる筈もない。普段は観察力鋭いバーナビーも、乙女ゲーというアイテムを通すと、どうしてこうなってしまうのだろうか。いつもの事だが。
スマホクリスマスイベントで互いに疲労困憊している筈なのだが、てきぱきとパソコンの用意をし始めたバーナビーに本当に嫌だと言えない虎徹もその場にはいるのだが、それに本人が気が付くのも、もう少し後の事―――
そして、虎徹がレジェンドの乙女ゲーをしている最中、バーナビーはずっと虎徹が選ぶ選択肢をもう一台のパソコンにメモっていたが、それが何だかわかるはずもなかった。
まさか…今後、バーナビーが虎徹を確実に落とす為の傾向と対策を練っているとは、知る由もない。