最近、バーナビーが虎徹の言うことを聞かない。
いや…昔からそういう若干唯我独尊気味な性格ではあったが、近頃は色々と打ち解けてコンビとしての仕事の方は絶好調となっていた。
だがしかし、それに反比例するようにある一定のプライベート部分ではさっぱり虎徹の主張が通らなくなった。
平素はいいんだ。あのハンサムが自分を好きだと言ってくれて色々とやっかいをやいてくれたり、気を使ってくれて全く文句はない。むしろ過剰すぎるほどで、年甲斐もなく恥ずかしい。
平たく言えば、まあ…つまりセックスの時がダメだ。ダメダメだ。
もうびっくりするほど、全然虎徹の言葉に耳を貸そうとしなくなった。
バーナビーから頼み込まれて押し倒されて始まり、ほだされた関係とはいえ、最初の頃はセックスもそれなりに優しかったような気がする。
それがここ最近では草食動物ウサギの皮が剥がれたが最後、嫌だ、止めろ、無理だ、とどんなに拒絶の言葉を並び立てようが、それはバーナビーの長い耳の中を左から右へと通り抜けるかのようにスルーされるようになってしまった。
まあ、確かに若干は…強がりでそう言った声を出してしまう自覚が虎徹にないというわけではないが、それでもマジで悲痛に叫んでいるときは聞き入れてもらいたいのだ。
つい癖のように何回も嫌だ嫌だというから効力が薄くなりもう駄目なのかと思ったが、だからと言ってそういった系統の言葉を出さないでいられるほど、虎徹もセックスの時に余裕があるわけではないからわかって欲しい。
と、ここまで切実に思うのは、セックスの後にマトモに動けなくなる事が増えたからであった。
さすがに仕事となれば身体に鞭を打つように動かすことも可能だが、それ以外だと虎徹の気合いも入る筈がない。
結果、気を失ったり寝潰れるのもしばしばで、先ほども嫌なことに目が覚めたのは浴室であった。
けだるさのまま意識が覚醒したのは、バーナビーが嬉しそうにシャワー片手に虎徹の中にある己が放った欲望を、秘部をこじ開けて後処理していたからであった。
確かに後処理してくれるのは有り難いが、そもそも中出しするな!と毎回言っている筈で、もちろん叶わない。もはや叶う筈もない…
そして今日も、そのまま浴室で盛りついたバーナビー相手に一回抜き合い、虎徹の身体はまた疲労に包まれた。
どこまでものろのろとした身体を引きずって、虎徹はバーナビーの部屋のベッドサイドに落ちていた自分の帽子を拾い上げた。しかし、その際に中腰になったので鈍い痛みを伴う。
いつもの倍以上の時間をかけて身支度をすませて、これから二人揃っての出勤である。もはや、一度自分の家に戻っている時間などない。
なんだろう…やっぱりバーナビーが調子のっているようにしか思えない。
ちくしょうっと年下にいいようにされる自分を虎徹は恨んだ。
押し切れられて引きずられる形で始まったのはキッカケで、それでも確かにバーナビーの事は好きだが、限度っつーものがそろそろあるんじゃないかと思い始めてきた。
大体、もう盛りのついた10代とかじゃないんだからゴムくらいはつけろと思った。
確か昨晩は…買い忘れたとか………確認もせずにあっさりと言われた気がする。やっぱり調子にのってるに決まっている!
ムカッとしたので、虎徹はベッドサイドに備え付けられている一番上の引き出しを無造作に引いた。その仕草が、やや乱暴だったので立て付けが悪いわけでもないのに、ガコンッと音が鳴る。
普段なら、ここにいつも入っている筈だ。
勢いのせいで、ローションが横倒しになって転がっているのが見えたが、確かにゴムの箱はない。
何だかバーナビーの言うとおりだったのが余計に癪に障って、続いて二つ目…三つ目の引き出しを開いた。
「ん?」
一番下の引き出しを開いた時だった。
何ともちょうどよい大きさの紙袋を見つけた。
「何だよ…やっぱりあるんじゃないか」
確定を示すために、虎徹は既に封が解かれている袋の中を開いて、つまみ出すようにそれ取り出した。
そして…その物体の正体を確認した後、ピシリッと固まった。
最初は、なんか少し大きいし細長いなあ。もしかしてゴムじゃなくて体温計とか?と淡い気持ちさえ浮かべていたのだが、予想はまるで違う方向へと落下していた。
ふるえる手で持ち上げて、改めてその名前を確認するが、何度見てもその物体が変わる事はない。
確かにそこには…『妊娠検査薬』と書かれていた。
最悪である。本当に最悪である。自分が………
どこまでも鬱な気分を引きずったまま、虎徹は何とかその日の仕事は終えた。
今日はヒーローとしての現場出勤がなくて良かったことだけが唯一の幸いだ。
こんな荒んだ気持ちではマトモに身体は動かないし、何より市民を守るヒーローとしてふさわしくないとわかっている。
案外自分を嫌な性格だったんだなと自覚したのは、あの妊娠検査薬を発見した後、出かけるというバーナビーに声をかけられて、慌てて隠して持ち出してしまったのだ。
結果、自宅のベッドでうだっている虎徹の目の前にピンクのパッケージのソレはある。
正直あまり眺めたいものではないので、ベッドの隅っこに投げてあるが、だからこそ余計に存在を感じて気が滅入る。
もう、ベッドの上でぐるぐるしていても、考えることは…バーナビーが妊娠検査薬を持っていた。ただ、その一点のみであった。
もちろん今日一日バーナビーはいつも通りに隣で涼しい顔をして仕事をしていたが、虎徹がそのことを追及することは出来なかった。
一応色々と可能性は考えた。例えば、買うのゴムと間違えた?とか………一応ドラッグストアだと売り場隣同士とかだし。
でもちょっとかなり無理あるよな…思春期のガキならまだ知らず、あのバーナビーが間違えるか?
そもそも…顔バレしているんだから、人目のつく店とかでは絶対買ってないだろう。絶対通販組に違いない。
しかもよくよく見ると、この妊娠検査薬………ニ回用だし。確実に。
「はあ………」
一人きりの自室だからこそ、わざと自分でも自覚するように虎徹は深いため息をつく。
詰まるところ単純に考えると、どんな道を辿ったとしても行き着くのは、バーナビーが浮気しているという結論しか手元には存在していないのだ。
まあ、自分達は男同士だし…浮気っていう表現も何だかなとは思うが、一応付き合っているというカテゴリー内に入っているのだと虎徹はずっと思ってきたからこその感傷だ。
そもそも常識的に考えて、あのスーパー文句なしのハンサムが、卑屈抜きにしたとしても自分みたいなうだつが上がらないおじさんと付き合っているっていう方がおかしいことに間違いはないだろう。
だから、普通に釣り合う美人な女性とセックスして…子供が出来るかどうか確認するバーナビーという構図がかなりマトモに思えたし、頭の中にも思い浮かべやすい。
自分だって子供がいるくせに、何を卑屈になっているのだというのだろうか。―――卑怯だと思った。
将来有望すぎる若者を奪う権利は自分には存在していないと…ただ、それだけを思って虎徹は枕に顔を埋めた。
「………何、ため息ついているんですか?」
突然下方から投げかけられた声を耳にして、虎徹はがばりっと飛び起きた。
「バ、……バニー?………何でいるの………」
ロフトの上から下を眺めると、すんなりと階段を上って来ようとするバーナビーと見事に目が鉢合う。タイミングが悪すぎる!
「何度か玄関のチャイムを鳴らしましたが、反応がなかったので」
「…そうか。悪い。ちょっと考え事していて、気がつかなかった」
そう言われてみれば、どこか自分の意識の遠い場所で、そんな音が鳴っていたような気もする。とても反応出来る状態ではなかったため、無視するような形になってしまったようだが。
合い鍵はお互いに渡し合いしているので、無断でこの場にいても普段なら別に構わないのだが、ちょっと今の気分でそれは無理だった。
「そちらに行ってもいいですか?こんな体勢で話をするのも、どうかと思いますし」
そう言うバーナビーは、確かにここへ至るロフトへ向かう階段に中途半端に足をかけた状態だ。
「いや…ちょっと待て………」
確実にその拒否の言葉は伝えたが聞き入れられず、バーナビーはずんずんと上ってきた。
虎徹といったら…後ずさりするしかなくて、ベッドの端にまるで追いつめられてしまったかのような位置配置となってしまう。
普段なら虎徹が困った様子を見せればきちんと一声くらいかけてくれるが、こういう強引な時は絶対セックス絡みな時ばかりで、それがわかって余計に嫌だった。
「今日、ずっと僕のこと避けていましたよね。仕事が終わった後もさっさと帰ってしまうし…どうしてですか?」
迫り来るバーナビー相手に、結局は問いつめられる形となってしまう。
「そ、それはだな…」
バーナビーの言うとおり、ぎすぎすした雰囲気を勝手に一人で放っていたのは虎徹だった。
納得いかない気持ちもわかるが、だからといって、この場で簡単にその理由を言えるほどまだ決意は固まっておらず、虎徹は口ごもる。
「何か、隠していませんか?」
ずいっと、よりバーナビーの顔が容赦なく問い詰めるように近づいてくる。
どうしよう。どうしよう…と考えまくって虎徹がせっぱ詰まった瞬間だった。
ふと、この場でバーナビーの視線が自分ではなく、やや横に逸れている事に気がついた。
「これは…」
いぶかしむようにバーナビーが見つけて拾い上げた物。それこそ、正しくあの妊娠検査薬だった。
しまった…まさかこの場にバーナビーがやってくるなんて想定外で、虎徹は隠す余裕さえ存在していなかったのだ。
不味い!不味すぎる…勝手にバーナビーの部屋から隠し持ち出した事がバレる。
こんな嫌な性格をしている自分を彼は、失望するだろうか。軽蔑するだろうか。嫌いになってしまうだろうか。
虎徹は何も言えずに、泣きそうな顔をしながら頭の中でぐるぐるとするしかなかった。
しかし、次に発したバーナビーの言葉は虎徹の予想を良い意味でも悪い意味でも裏切った。
「ついにとうとう…この日を待ってました。さあ、病院に行きましょう!」
そのまま虎徹を姫抱っこしようと勢いづきながら、バーナビーは思い切り叫んだ。
一気に迫りくる様子が、より一層怖くなる。
「…へ?……つか、放せよ。病院って何だよ!」
バーナビーの反応の正体など掴めず、伸ばされた手を払いのけるように虎徹はジタバタと暴れた。
事情は掴めなくとも、これがマトモなことではないということは、一目瞭然だったからこその抵抗だ。
「だって、これ虎徹さんのでしょ?」
反対に謎がるようにバーナビーは首を傾げて、問題の妊娠検査薬を示した。
「いや、俺のじゃねえよ」
本当に何を言っているのだというのだろうか。
まさかバーナビーは、虎徹が浮気しているとでも言いたいのだろうか。それこそ最大限に心外だ。
「え?」
「これはお前のだよ!お前の部屋にあったのを持ってきたんだよ!」
もう何だか訳が分からないが、虎徹は開き直って持ち出したことを認めた。
何だかはっきりと言わないと事態が収拾つかなくなるような気がしたのだ。
「あ、そうですか。それでも構いませんが…で、結果はどうでした?」
そこまで言われて…ぞくりと背筋が震えた虎徹は、バーナビーを思い切り突き飛ばした。
不意打ちのように使った両の手とはいえ、さすがにバーナビーがロフトから落ちるようなわけではなく、単に虎徹がこの場で出来うる限り後ろへ下がっただけのような形となる。
「………あのさ、バニーちゃん。もしかして何だけど…コレ、俺に使うために買った?」
聞くのが嫌で嫌で仕方なかったけど、かみ合っていない会話を何とか成立させるために、仕方なく虎徹は尋ねる。結果を聞く前から最悪だ。
「ええ。いつか虎徹さんが、妊娠するかもしれないと思って調べてみたかったんです」
そうして何でもないように、とても明るい声でバーナビーは声を出して答えやがった。
アウト!はい、アウト!!
虎徹は、ずっとバーナビーは理系でマトモだと思っていたが、どうやら常々中出しするのも変な願掛けをしていたらしい。
セックス中にそういう事を声に出さなかっただけマシかもしれないが、こんな形でパートナーの変な性癖を知ってしまった事も事実で………
「よし、わかった。病院に行こう!」
「虎徹さん!!」
「お前を精神科に連れてく。あと、一発殴らせろ!」
自分の言うことを聞いてくれないのだから、もう…バーナビーの言うことなんて聞いてやるもんか。
返事も待たずに瞬く間に虎徹の右ストレートが、色めき立っていたバーナビーのわき腹に決まった。青痣ですませてやったのだから、ありがたいと思え。
顔殴ったら、周囲に名誉の負傷とか言われそうで…見えない部分を殴らないといけないのが悲しかった。
と、思ったら次の日はグラビア撮影だったけどな!
後日、何も知らないロイズさんに二人揃って呼び出された。
用件はバーナビーがドラッグストアでの買い物風景をパパラッチされたとの事。
この野郎…最悪なことに、その時に妊娠検査薬しか買わなかったらしい。
虎徹君からも気をつけるように言っておいて…と促すロイズさんの言葉などの一連は、とても羞恥プレイにしか思えなかった。
ぷるぷると震えながら、虎徹は隣の相棒の足を思い切り踏みつけたが、バーナビーの顔は幸せそうなままだった。