「誕生日おめでとうございます」
今日も別段代わり映えのない在り来りな一日の筈だったが、バーナビーから向けられた一言で、がらりと変わることになった。
それは、淀みなく朝普段通りにヒーロー事業部へと出勤した虎徹へと伝えられたのだが。
「えーと、バニー。確認なんだが、それ俺に対して言ってるんだよな?」
念のために一度きり周囲を見回す虎徹。それなりの広さがあるこのフロアに居るのは二人きりだとわかっていたが、それでも改めての確認をすることになる。そうしてバーナビーに対して言葉を向けた時には、自分の顔に人差し指をありありと示しながらという若干奇妙な光景となっていた。
「ええ、もちろん。それとも聞こえませんでしたか?
誕生日おめでとうございます。虎徹さん」
先ほどより確実にバーナビーは言葉を重ねてきた。若干伏せた睫がいつもより輝いているようにさえ思える。
「いや、俺今日が誕生日じゃねえし」
違う違うと右手を左右に振りながら即座に否定の様子を示す。何を勘違いしたのかさっぱりわからなかったが、それこそが虎徹が一番心に思っていたことだったので、すぱっと口に出るというものだ。同時に、いったいどこで間違ってそんな情報を手に入れたのかと謎がることにもなる。
「そうですか。それは知りませんでした」
しかし、当のバーナビーは虎徹の無碍な切り替えしにも全く気にすることはなく言葉を返してくる。形の良い顎に少し指を当て、それで十分に納得出来たかのような表情をこちらに見せるのだ。ますます謎だ。
「それで、どうして突然そんな事言ったわけ?」
本人は自己完結したようだが、放置された虎徹からすると、バーナビーの突拍子もない行動が不可解に残るのだ。困った。内容がどう考えても自分に関係していることみたいだし、ある程度納得しないとさらりと忘れ去る事も難しいから説明を求める。
「さっき僕言いましたよね。虎徹さんの誕生日を知らないって」
言い回しを変えてのバーナビーの言葉が続く。
「言った…か?」
いや、それとも遠回しに察しろということか。直接言ってくれないとニュアンスではわかりにくいのだが、突然のことに拍子抜け違うことに気が言っていたことには間違いない。
「言いました。それに前にも何度か聞いたことがあります」
昔の記憶を引きずり出させるように、はっきりと主張が出てくる。つまり…だ。どうやらバーナビーは虎徹の誕生日を知りたいらしい。それが一番の様子に見える。
「若い子じゃないんだから、おじさんの誕生日なんて別にいいだろ?」
子供の頃はそりゃあ祝ってもらっていたような気がするが、三十路も越えた今となっては…加齢による体力の衰えの方がうんざりするというのが、確かな虎徹の本音だった。男は女と違って年を重ねた方が良いと言われているが、それでも嬉しい事だとか思うような物ではないのではないかと思っている。
「虎徹さんは僕の誕生日を知っているのに、僕は虎徹さんの誕生日を知らないっておかしくないですか?」
今まではぐらかしてきたことを根に持つように、バーナビーは言葉を畳みかける。流石に少し苛立ちの様子を隠しきれないようだ。この件で引くつもりはないらしい。
「いや…バニーは顔出しヒーローだから誕生日とかプロフィール公開してるけど、俺はそうじゃないし。あまり個人情報が知れ渡るのは…な。それに人に気を使わせるのが嫌なんだよ」
そういえば、出会って比較的直ぐに来たバーナビーの誕生日をヒーローの面々でそれなりに大々的に祝ってあげたことがあった。結局事件に巻き込まれてしまったわけだが、多分そのことを言っているのだろう。しかし虎徹は、人の誕生日を祝ったのだから自分の誕生日も祝うべきだというギブアンドテイク精神の持ち主ではない。あれはやりたくて自分が勝手にやっただけで、見返りなど何も求めていたわけではなかったのだ。
「別に気なんて使いませんよ。
ただ…僕は、虎徹さんが好きなので純粋に祝いたいだけです」
あれ?今、もしかして俺告白された?
あの場を何とかごまかしてやり過ごしたはずだったが、その次の日から予期せぬバーナビーの怒濤が始まることとなった。
「誕生日おめでとうございます」
「はいはい。違うからね」
まるで挨拶代わりのようなやりとりは、その以来二人が初めて顔を合わせたときの恒例となった。
ここにめでたく、誕生日を教えない虎徹に苛立って毎日おめでとうを言うバニーという構図が出来てしまったのだ。別段というか全く嬉しくないが。
虎徹がお茶を濁しまくり、自主的に言わない結果がこれだ。どうやら対するバーナビーの方は、意地でも嫌でも肯定させる日を待つらしい。確かにこれなら365分の1の確率も日を追うごとに可能性が上がっていくというものだが。もし虎徹がうるう年の2月29日生まれだったらどうするのだろうか。いや、そうだとしても長々と続けそうな勢いだった。それくらいの意気込みはバーナビーから感じ取っていた。
一番奇怪だったのは、バーナビー自身の誕生日にもその言葉が投げかけられたことだろうか。さすがにその日くらいは虎徹も普段のそっけない返事+バーナビーに誕生日おめでとうと言い返してあげたわけだが。傍目から見ればさぞシュールだったに違いないし、本人はそんなに喜んでいなかったような記憶さえある。
二人は仕事上のパートナーとはいえ、オフも常に一緒なわけではない。そんなことなので、二人が顔を合わせない日はバーナビーから電話なりメールなりが虎徹の携帯電話に来るようになった。わざわざご苦労様である。それでも虎徹のすげない返事が変わることはなかった。だって事実、誕生日じゃないし。もう面倒くさいからワイルドタイガーがヒーローデビューした日でも誕生日だと言おうかなと思ったが、それをも見通されそうである。
そんな日々を否定ばかりして繰り返していた、ある日。事態は好転したかのように見えた。
「参った。降参するよ。お前の勝ちだ」
「はい?」
バーナビーの疑問の声は最もこの場にふさわしかっただろう。何しろ虎徹は前触れもなく当然勝ち負けだの言い出したのだから。
折しもここはヒーロー事業部ではない。それどころかトランスポーター内でも互いの自宅でもない。れっきとした公共の場である地下鉄ホームの一角だった。ヒーローTV特番の収録。テレビ局は仕事柄、他の業種よりは昼だの夜だの気にしない結果、時間が押して押して押しまくり、スタジオで収録が終わったのがもうすぐ午前様という時間になってしまったというわけだ。
シュテルンビルトの地下鉄は公共機関の中で唯一24時間運転をしている乗り物だ。保守点検の観点からモノレールのように夜間は止めた方が良いのではないかという意見もあるのだが、長年の習慣から動く公共鉄道が無くなると不便という声があり、今に至る。そんなわけで朝や夕方はラッシュとなるホームもこの時間では、ぽつんぽつんとした人しか見かけない。昔に比べたら大分マシになったが、前は治安が悪いとすこぶる有名だったので、利用する人も大人の男性しか見受けられないほどだ。
そんな中ダッシュも空しく、ついさっき出てしまった地下鉄を乗り過ごしてしまった虎徹とバーナビーは、ホームの端の一番前の待機場所で立ち尽くす事となったのだ。
そうしてぼうっとしていた時に、虎徹が真っ先に投げかけたのが先ほどの言葉だったのだ。状況的にもバーナビーが直ぐに意味を理解できるはずもなかった。
「僕の勝ちって…どういうことですか?」
まるで心当たりがないと言う顔をしてバーナビーは聞き返してくる。
「時計、時計」
そう言って虎徹は単語だけを繰り返したが、わかりにくいだろうから自販機の横にある壁時計を指さした。この場所に自販機があるのは監視の為の売店があるからだが、あまり目立ってはいない。
虎徹の指に導かれるように、バーナビーは自身の携帯電話ではなく壁時計で時間を確認した。
そうしてようやく気がつく―――
「虎徹さん。今日が誕生日…なんですね」
時計はちょうど深夜0時を回っていた。そう…バーナビーがいつも虎徹にお祝いの言葉をかけているから、先に言ったのだとわかったのだろう。
「嘘をつくのは嫌だから…な。それに、まさか本当に毎日祝われるとは思わなかったし」
ふっと、忍耐の日々を思い出すかのように遠い目となった。バーナビーは虎徹の理解できないところのこだわりを持っていることを実感した。
「どうして…そんなに誕生日を祝われたくなかったのか………聞く権利くらい僕にはありますよね」
少しトーンを落とした声がこちらに投げかけられる。
「そう…だな」
確かにバーナビーの言い分もわかったので、虎徹は観念して静かに言葉を続ける。
「ま、なんてことはないさ。今日は俺の誕生日なんだけど、同時に亡くなった妻の命日でもあるんだよ」
それ以上は言葉を続けず、虎徹はホームの向こうをみるように顔を上げた。ここが地下鉄でなかったら、空でも仰いでいたかもしれない。
「………そう、だったんですか。だから素直に自分の誕生日を祝えなかったんですね…」
バーナビーは、ようやく全てが合致したかのように声を出した。
「まあ、うちの習慣だと葬式と結婚式がかぶったら、葬式を優先しろって言われてるし。そうなると…周囲も誕生日よりは命日だよなってコト。さすがに月命日とかは実家の母親に任せてるけどな」
だからこそ虎徹は妻の命日は聞かれたら言うが、自分の誕生日のことは一切口に出さなくなった。誕生日より大切な事があるから、それで塗りつぶされたのだ。だからと言って、とりわけそれが嫌だとか思ったわけではない。ただ、やはり心のどこか穏やかになれない気持ちはあったのかもしれない。
「僕のやっていたことは、お節介だったんですね」
そうしてバーナビーは自分の行動の否を全面に押し出した。繰り返しの、おめでとう…を何度言ったか、聞いたか、もう覚えてはいない。
「最初はちょっとな。でも良く考えたら、誕生日祝われたの何年かぶりなんだよ。だから素直に嬉しかったよ、バニーの言葉は」
虎徹は顔を上げてはっきりと言った。今更もう誕生日なんて祝うことはないだろう。ずっと頭の片隅でそう思っていたのに、それを壊してくれたのがバーナビーだったことが驚いて、同時に胸に染みたのだ。
「でも…僕はやっぱり貴方には勝てませんでした」
「は?」
そこまで言ってやったのに、なぜかバーナビーの顔色は暗く、勝手な言葉を呟いてきた。
「初めから知ってたんですよ。虎徹さんの誕生日も、命日も………それでも僕は、虎徹さんの口から直接言って貰うのを待っていた…」
越えてはいけない一線のように勝手な線引きをしてのバーナビーの声が、ホームに響く。
「いや。だから今日が誕生日だって、言ったじゃないか」
バーナビーの強い想いがわかったからこそ、普段は口にしないことを虎徹は出したのだ。それで良かったのだと思っていたのに。
「でも…僕はまだ今日の虎徹さんの誕生日を祝っていない。先に貴方が言ってしまったから、だから」
確かに深夜0時を回った瞬間に白状をし、話を始めたのは虎徹からだった。だが、それは普段のバーナビーの行動から読みとった物で完敗したことを示したかっただけだ。むしろ開口一番に言ってやろうという意気込みの現れくらいで、なぜ今そんなことが焦点になるのか理解が出来なかった。
「そんなこと…今言えばいいだろ?」
そうだ。いつものように、今まで繰り返し続けてきた言葉を発せばいい。反復され続けたバーナビーの祝いの台詞は誕生日ではなかった過去の日々では、スルーしていたが、本当に今日は誕生日なのだ。信じていないなら運転免許証でも何でも見たければ見ればいい。そうしてバーナビーがずっと願っていたことは叶う。それで十分だと虎徹は思っていた。
「虎徹さんの誕生日を祝っても、それで終わりじゃないですか。何も変わらない… 今までは祝い続けてきたことでた辛うじて保ってきた、僕の貴方を好きだという気持ちもこれで終わりにしろってことですよね?折角、虎徹さんが僕に心を打ち明けてくれた記念日になったのに、結局は誕生日も命日も全部有る日になってしまった!」
全てのタイムリミットが来てしまったことをバーナビーは告げ、根本的解決にならないこと示す。
「違う!そこまでは言ってない。確かに悪かったとは思うけど、それは…これから………」
バーナビーの言うことを冗談だと思ったわけではなかった。それでもずるずると今日という日まで引き延ばしてしまったことは確かだった。そうして正面きってはバーナビーに向き直らなかったのだ。
言葉を続ける中だったが、バーナビーは気にせずこちらに近づき、虎徹の身体を抱きしめてくる。こんな状態で、虎徹はそれを振り払うことが出来るわけもなかった。ただ、バーナビーの腕の中で身動きせず立ち尽くすだけだ。
「虎徹さん………誕生日は選べませんけど、命日は選べるんですよ」
次の瞬間、虎徹の耳の近い位置にぽつりと届くのはバーナビーの感情のこもっていない声。
そうしてコマ送りのように自分の身体へ起こる事態が、まるで他人事のように動いていくのが見える。
【視覚】一瞬にして視界を覆う青白い光は、バーナビーのNEXT能力で。
【聴覚】うるさいほどに耳に響くのは、ホームのスピーカーからアナウンスで。
【嗅覚】地下鉄がホーム内へ進入してくる独特の臭いが、鼻腔へ掠めて。
【触覚】線路のある真後ろへと落下するのは、虎徹の身体とそれを抱きしめたバーナビーの二人で。
【味覚】わからない衝撃で、自分の物かバーナビーの物かわからない鉄の味が紛れて。
抱きしめ圧死されるのが先か、地下鉄に引かれ飛ばされたのが先か………そんなことは、もう…どうでも良かった。
これで、これが二人の記念日になったのだから―――