第一章 ストーカー宣言



「なんだ。次の仕事は、殺しじゃないのか…」

 少し自分でも拍子抜けするような声を出して、思わずバーナビーはそう呟いてしまった。そんなにゆったりできるのは、ここが自らの住まうマンションだからだ。バーナビーは犯罪組織ウロボロスに所属している。組織の最高幹部マーベリックの養い子として、物心ついたときからこの世界で生きていた。ウロボロスは、ほとんどがNEXT能力者で構成されている組織なので、各々の得意分野としている仕事が宛がわれる事が多い。それゆえ自然にバーナビーの元にやってくる仕事は、極秘殺人などがもっぱらだ。組織に属しているのに鳴物入りで、しかも子供のころから概ね一人で仕事をしているせいで、滅多に集団での仕事が回ってこないというのも原因なのかもれしないが。
 そんな裏社会に属しているせいで、ウロボロスの中では案外ネットは信用されていない。もろもろ手軽すぎからこそ盲点が多いからだ。だから、必要最低限の連絡だけは暗号化された専用のサイトで表示されるが、詳細な内容は末端工作員が直接自宅のポストに投下してくる。そうして、ポストに投げ込まれた分厚い封筒の中身を確認して、バーナビーは予想を覆されたことに軽く落胆を覚えたのだ。

 今回の仕事内容は『ワイルドタイガーこと鏑木・T・虎徹のプライベートをストーキングすること』だった。
 ワイルドタイガーとは、Top MaG所属のロートルヒーローだ。その特殊能力はハンドレッドパワー。資料には虎徹の個人情報が簡素に羅列してあったが、ヒーローという職業以外は特出して目立つものではなかった。バーナビーは内容をさっと暗記すると、そのままシュレッダーにかける。紙屑さえも、あとでまとめて燃やして炭にする予定だが、今はそのままに留めた。
 虎徹の生活は一言で済ますと実に単純であった。基本は、自宅と会社の往復のみで、たまの休日も自室でのんびりしていることが多く、外出も多くは日常品の買い出しに終わる。唯一の趣味と思しきものは、まれに夜などに行きつけのバーに飲みに行くくらいだろうか。一回り年下のバーナビーからみれば、それは典型的なおじさんの行動だ。もちろんヒーローとしての出勤は多々あるのだが、今回与えられたバーナビーの仕事内容は虎徹個人の方なので範囲からは外れる。ワイルドタイガーとしての動向は、かなりの部分がHERO TVで補えるからという解釈で良いのだろうか。詳しくはわからないが。
 ともかくこの人は一体何が楽しくて生きているのかと、趣味は仕事としか思えないほどで。あっという間に、バーナビーが虎徹の素行調査を初めてから三日目の夕方が訪れてしまった。

 今日はヒーローとしての出動要請もなく、虎徹はのんびりと会社を定時に上がったようだった。ヒーロー事業部のフロアを出てそのまま近くのエレベーターで最下層まで降りると、社員用裏口から外へ出る。そこから、バーナビーの本格的な尾行が始まる。これはまだ、ストーカーとしては準備段階である。一応、依頼主からの細かい要望内容はあるのだが、相手の事をよく知りもしないのにいきなりストーカーしろという方が無理だからこその様子見なのだ。どうやら今日の虎徹は、夕飯の買い出し等せずにそのまま直帰するようだ。慣れた足取りでいつもと同じルートで歩いて行き、最寄りのモノレール駅へと乗車。ゴールドステージから一気にブロンズステージまで下って、自宅アパート近くの駅で下車をした。虎徹の住まうアパート周辺は同じく住宅街で、ちょうど帰宅ラッシュの時間ともなればそれなりの人通りとはなる。駅からはそれなりに距離があるので、虎徹はスタスタと歩いての帰路だ。その足取りに淀みはなく、数十分も進めば目的のアパート前だ。今日も別段変わったことはなかった。
 ここ何日かの素行調査で虎徹の生活パターンも掴めてきた頃だし、そろそろ本格的に次の段階に行こうかと視野を広げようと思っていたところだった。
 ふと、バーナビーの意識が虎徹から一瞬離れた時だった。アパートの玄関へと脈絡なく向かっていた筈の虎徹の姿が、バーナビーの視界から忽然と消えてしまったのだ。

「なっ…いない?」
 思わず自分の口の中だけでもその言葉をつぶやいてしまうくらい驚いた。目を離したのはほんのわずかで、そんなに長い時間ではなかった。それなのに、その姿が全くないのだ。もしかして、既にアパートに入ってしまったのかとも思ったが、一応治安の問題で玄関の鍵は二重ロックだったはずで、そんなに簡単に中に入れる仕様ではない。
一体どこに…と目をこするように、バーナビーは周囲を見回そうとした。
「よっ、俺に用があるのかな?」
 知らぬ間に背後とも違うバーナビーの後方の死角から、もたらされた声があった。瞬間、バーナビーは振り向きざま反射的に右足を思い切り蹴りあげて、その男へと食らわせたつもりだった。が、しかし。
「おっと………痛っ、これは痺れるなあ」
 やはり…バーナビーに声をかけてきた男は、ストーカーのターゲットである虎徹だった。
 その身を少しだけよじって避けたらしく、虎徹は自らの左腕で完全にバーナビーの右足をガードした。そのまま右足を掴み、こちらの動きを静止させようとした。だが、変えず虎徹の意のままになるバーナビーではなかった。腰を支点に自らの身体を宙に浮かせて、残った左足を使い今度は虎徹の反対方向へと蹴りを入れたのだ。次の攻撃はガード仕切れないと判断した虎徹は、掴んでいたバーナビーの右足を瞬時に離すと、上半身をねじり仰向けとなって左足の蹴りを避けきった。
 その瞬間、宙から落下することとなったバーナビーだったが、不安定なバランスのまま右手で受け身を取って、反動を使って軽くその場で跳び跳ね、半分屈んだ状態で立ち上がった。
形勢が極めて不利というわけではなかったが、ここで当初の目的とは甚だしく逸脱している状況に立たされていることを理解する。バーナビーはやむを得ないが緊急回避として、ここに来てハンドレッドパワーを発動させた。NEXT能力特有の青白い光に身体が包まれると、右足を踏み込み跳躍して離脱しようとしたのだが。
「ん? 同じ能力者か…ふむふむ。でも、ちょっと待った方がいいかもよ」
 いつのまにか虎徹もNEXT能力を発動していて、背を向けたバーナビーの後手を瞬時に掴んでいた。虎徹の能力は自分と全く同じだと知っているので、この状態では均衡から逃れるのは難しいとバーナビーは判断する。それでもこのまま単純に開き直るのはバーナビーの矜持が許さないので、虎徹に掴まれた右手首を内側から思い切り外側へとくるりとねじった。よくある護身術の応用で、これなら対等以下の力の加えでも掴み続けているのは難しい。
「うおっ、痛って。手加減してくれよ…新人ストーカーさん」
 虎徹のその発言はバーナビーからすると盲点の一言に尽きた。ここまではっきりとあっさり自分の正体を見破られていることを知って、ようやくバーナビーは虎徹に向き直り口を開く。
「貴方…僕がつけ回している事、知っていたんですか?」
 まだ発動時間は殆ど同じとは言え、能力は残っているし警戒は解かないままでも、バーナビーはいぶかしむ質問の声を虎徹へ投げつけた。自分がストーカーというかまだ尾行の段階だが、とにかくつきまとっていることに変わりはなく、それが虎徹に知れていたとは思っていなかったからこその不信感だ。このままでは、仕事自体に支障が出ると判断したからの問いかけだった。
「うん、知ってるよ。えーと、四日前だったけな。ランチを食べに行った店でベーグル専門店が最初だったような。あれ、違った?」
 少し頭をぐるぐるさせながらだったが、虎徹の言った事は正解だった。ほとんど最初に尾行を始めた時から気づかれていたなんて、あまりの失態にバーナビーは頭が痛くなった。
「どうして、わかったんですか」
 こんなことをわざわざターゲットに聞くこと事態おかしいとはわかっていたが、それでもあっけらかんとした虎徹の様子には違和感を覚えるばかりで、いつのまにかそんな素朴な声がバーナビーの口から出ていた。
「えーだって、顔もスタイルもハンサムすぎるじゃん。印象に残りやすんだよ。二度目は偶然でも三度目は必然だから。一応、ハンサムの自覚あるんだろ? 必要以上に目立っちゃダメだろ」
 しかもわざわざ指し示めされながら、駄目だしされた。バーナビーとしては、尾行をする際に必要以上に顔や姿を虎徹に見せた覚えはなかった。それなのに…
「な、何なんですか…貴方は………」
 ここまで言われると、もはや絶句するしかなかった。自分のこのハンサムを、今までバーナビーは便利な道具の一部くらいにしか思っていなかったのだ、それが災いするだなんて。
「うーん。忠告だけで済ませようと思ったんだけど、困ったな」
 少し体勢を崩した虎徹は、自分の頭を掻くようなしぐさを見せる。
「それ、どういう意味です?」
「とりあえず聞いておくけど、しばらく俺のストーカー続けるつもりなんだよね?」
 虎徹はバーナビーの質問に直接的には答えなかった。ただ、簡単に探りを入れるように言葉を選んできたのだ。
「当然です」
 それだけは確定的に断言出来るので、バーナビーは強く声を出す。
 ストーカー業務をするに当たって、出来たら正体はバレない方がいいこともあるが、元々ウロボロスに所属するバーナビーは闇の世界の人間だ。名前も住まいも時には存在そのもの自体だってすげ替えることが出来るから、この程度が知れても問題はない。だったら、正体がバレているからこそのプレッシャーを与えるストーカーとなれば良いだけなのだから、まだ準備段階でやめるという選択肢など存在していなかった。
「んじゃ。まずは、よろしくだな。新人ストーカーさん」
 ここにきて虎徹は軽く手を差し出す動作さえしてきて、イラついたバーナビーはその手をぱしりっと払いのけた。
「貴方…さっきから、僕の事を新人新人…って連呼しないでもらえます?」
 さすがに小馬鹿にされているとしか思えない虎徹の口振りに、バーナビーは釘を指す。虎徹がストーカーのターゲットでなかったら、多分それなりの事をこの場でしていただろうから。
「えーだって事実、新人だろ? ま、相手が俺じゃなかったら気がつかなかっただろうけど、次からは気をつけなよ」
 ぶーぶーと半分文句を言いながらも、まるで新人教育をするかのように、慈愛に満ちた目を見せて虎徹は伝えて来る。
「さっき貴方…僕がハンサムだから駄目だって言いましたよね?」
 自分自身でも多少目立つ自覚はあったが、基本尾行の時は普通の格好をしている。今も寒色系の地味な服だ。
「うん。ていうか、向いてないんじゃない? ストーカーなんて。気配を消すのはうまいけど、お育ちが良すぎるよ。歩き方とかさ、ブロンズには合ってないし。それでいて足跡も消せるし、違和感バリバリ。俺が指南してあげようか?」
 その虎徹の口ぶりは、まだまだストーカーとしては甘いなと、高々に言わんばかりの口調だった。ストーカーのイロハをなぜこの人から学ばなければいけないんだと、常識的に考えもおかしい。
「結構です。そんなことより質問に答えて下さい。どうしてそんなにストーカーに慣れているんですか?」
 いい加減我慢にも限界が来て、バーナビーは荒んだ気持ちと返答を全面に押し出しながら、なんとか押し殺した声を出した。
「あ、そっか。まだ言ってなかったっけ………えーと、じゃあまず確認かな」
 ぶつくさと何やら独り言をつぶやきながらも、虎徹は軽くバーナビーに近づいてきた。今度は何をするのかと思ったら、壁を背面にしたバーナビーにゆっくりと近寄ってきて…そのまま押しかかる。それは身体を潰すほどというわけではなかったが、それなりに圧迫を感じるほどで。
「何ですか…一体」
 ここまで一度たりとも虎徹がバーナビーの理解できる行動をしたことはなかったが、それにしても唖然としすぎて逆に反応して動くのが馬鹿馬鹿しいくらいだった。ただ、虎徹の意図を掴まないと話が進まないので呆れ顔で疑問の声を出すに留める。
「よし、押し倒しても反応なし。ということは、タイプBだな」
 思わずのしかかった体勢のまま、バーナビーの胸元で声を出し、虎徹は親指を立ててグッとポーズをしたのが間近で見えた。
「何勝手に判定してるんです?」
 確認が済むと虎徹は自然に起きあがって、また元の位置へと戻った。仕方なく不機嫌なままバーナビーも起き上がり、態勢を直す。
「ストーカーの種類を確認しただけだよ。Bだから、ビジネスタイプって事」
 それは当然の如く、バーナビーのことを指し示しているのだろう。だからBとか言ったのかとはわかったが、相変わらず脈を得ていないような気がする。
「もしかして、他にも何かあるんですか?」
 虎徹の口振りから読み取るに、そうとしか考えられなくて追求の言葉を出す。
「うん、あるよ。えーと、タイプFはファンね。あと、タイプMはマネーとか、タイプSはスポンサーとか。最近はこのあたりぐらいかなあ」
 頭をぐるりと巡らせながらも、虎徹は指折りで説明してくれた。
「ちなみに今俺には、色々織り交ぜて四人のストーカーがついているから。出来ればみんなで仲良くストーカーしてね」
 そうして、とびきり明るい声で虎徹は己の状況を示唆してきた。












はじめましてのストーカー サンプル