a.txt ※ 申し訳ありませんが、このサンプルは冒頭からではなく途中からとなっています。
『人の心の声を読み取る』という設定的に会話文が若干独特な形態となりますので、
苦手と思う方もいらっしゃると思います。以下のサンプルを見てご判断ください。







 これは全部夢で、寝ればすべてが解決するんじゃないか? 明日になればどうにかなるかもしれないという、淡い期待はもちろん裏切られる。頭を覆う、もやはどこまでも突っかかったままだ。
「毎日、仕事が眠すぎる…
(早朝だから、赤信号無視出来るぐらいのメリットしかねぇ)」
 遅い新聞配達のバイク音と、配達員の心の声によって、虎徹は今の時間を知る。朝だ。きちんと閉める余裕もなかった為、カーテンから容赦なくまぶしい光が到来する。正直、半分寝られたような、やっぱりダメなような、わからない。人は完全に寝ていなくても、横になり目をつぶれば寝ているときの半分は疲労回復できると聞いたことがある。しかし、身体の疲労はそれほどではないが、あまりにも心を酷使して、それが回復できたとはあまり思えなかった。
「今日は、穏やかな天気だ。
(こうやって身体を動かして、自由に散歩が出来るのは、あと何回だろうか)」
 虎徹の能力は相変わらずで、次には外をのんびりと散歩していると思われる老人の独り言と心の声が聞こえてきた。これから出勤する人々が通りを歩けば、虎徹の心はより浸食されるだろう。ずっとかけっぱなしだった音楽も、あまりにうるさいと近所迷惑だ。苦情を言いに来た人の心の声など、本心は怖いものでしかないからこそ余計に。仕方なくオーディオの電源を切る。これからどうしようかと頭を再び抱えたところで、それほど多くない人々の心の声から、聞き馴染んだ声が虎徹の元に到来した。
「(昨日の虎徹さん…様子がおかしかったけど、大丈夫だろうか)」
 まさかバニー? 思わず口の中だけで虎徹はその愛称を呼ぶ。これはバーナビーの直接的な声ではなく、心の声だ。
「(部屋を訪ねてみようか…いや、でも虎徹さんは疲れて寝ているんだ。迷惑じゃないか?)」
 そんな自問自答を、何度か繰り返している様子が心の声を通じて続く。それも声の大きさで遠ざかったり近づいたりしているのがわかった。虎徹は無駄に音を立てないよう、そろりとベッドから降り、玄関に備え付けられた小窓から外を観察する。やはり居た。それでもバーナビーは、こちらの玄関をノックしようとはせず、ためらっている様子だけをありありと見せていた。
「(やっぱり、帰ろう)」
 その決心の声を聞き、虎徹は酷く動揺する。頭が勝手にぐるぐると酔い、まるで世界が回っているようになって、足元が突然不安定になるような感覚、そして胸元からの強烈な吐き気。バーナビーが離れていくことがこんなにも嫌だなんて。昨日は来ないようにと、釘を刺すかのように言ったのに虫が良すぎるとわかっていても、期待をしていたのだ。こんな早朝にわざわざ来てくれたのは、昨日の自分の態度が挙動不審だったからだ。優しく…自分を好きだといってくれるバーナビーを、これ以上偽るのか? たとえどんな理由があったとしても、そんな事が出来るはずもなかった。
「バニー!」
 気がつくと玄関を開けて、その名を呼んでいた。サンダルもはかず、裸足のままで駆け出してバーナビーを追いかける。
「………虎徹さん?
(あれ、どうして?)」
 振り返ったバーナビーは、心底驚いた様子を見せる。当然だろう。本人としてはこっそりと来たつもりだったのだから。
「…話があるんだ。来てくれないか?」
 ここでバーナビーに断られるとは思っていなかったが、これから先の不安もあり、懇願するように震える声が出た。虎徹は、この能力に関する全てをバーナビーに吐露するつもりだった。そう…自分だけがバーナビーの心の声を聞いているのは卑怯だと思ったから。本当は一番に知られたくないことではあったが、それでもその気持ちが上回った。負い目に苛まれるまま、これからバーナビーを避け続けるのは辛すぎる。そっちの方が、心が痛すぎるから。こんな事を他の誰かに簡単に言えるわけもないし、気持ちがられるに決まっていると思っている。心の声が聞こえるからこそ、他人はみんな怖い…でも、だったら一番に言うのはバーナビーがいい。
「すみません。ちょっと様子をみるだけで、無理に押し掛けるつもりはなかったのですが。
(もしかして、寝ているのを起こしてしまったんだろうか。気をつけたつもりだったんだけどな)」
 申し訳なさそうに、バーナビーは断りの言葉を入れてくる。
「いや、いいんだ。入ってくれ」
 立ち話で出来るような内容でもなかったので、なんとか表情を取り繕いながら、虎徹はバーナビーを家の中へと導いた。

「お邪魔します。
(虎徹さんの家に入るのは初めてだな)」
 扉をくぐるときには軽く会釈しながら、バーナビーは足を踏み入れ、少し部屋内を見ている。
「片づいてなくて悪いけど、そのへんに座ってくれるか?」
 もちろんこれは突発的な出来事で、バーナビーを迎える準備などしていなかったから罰が悪かったが、とりあえずソファを示して着席を促す。本来ならコーヒーの一つでも出すのだが、そんな余裕はなく、虎徹もバーナビーが座ったテーブルの相向かいへと座り、向き直る。
「バニー、昨日はすまなかった」
 何から言うか悩んだが、まずは無碍に昨晩断ったことを謝ることから始めた。そして、これから話すことに対しても含めてだ。
「いえ、誰でも調子が悪い時はありますから。でもまだ少し具合が悪そうに見えますけど…昨晩はよく眠れませんでしたか?
(入院していたときの方が元気に見えたのに、虎徹さん。どうしたんだろう)」
 そうして、またこちらに心配そうな顔を見せてくれ、心の声も見事に連動している。
「そのことなんだが…実は昨日、厄介な事が起こって…な」
 ようやく話を切り出すが、慎重に慎重に…と虎徹は頭の中でひたすら繰り返した。信じてくれないとは思っていないが、事があまりにも困惑する事態すぎて、虎徹もすんなり説明できる自信がないのだ。
「昨日は、ここで休んでいたんじゃなかったんですか?
(厄介な事? なんだろう)」
「いや、さんざん忠告してもらったのに勝手して悪かったんだが、ちょっと斎藤さんのトコに顔を出してな」
 いぶかしむ様子を示したバーナビー相手に素直に謝る。暇だった…は、今更言い訳にならないだろう。
「それで何かの事件に巻き込まれたんですか?
(斎藤さん? 僕は昨日会ってないな)」
 思わぬ人物の名前に驚いているような仕草を加えつつ、再びこちらに尋ねてくる。
「いや、斎藤さんは全く悪くないし、事件が起こったわけじゃない。ただ…」
「ただ?
(こんなに歯切れの悪い虎徹さんは初めてだ)」
 戸惑うこちらを決して急かしはせずに、バーナビーは虎徹のその言葉をゆっくりと繰り返す。
「ちょっと斎藤さんの実験に付き合って、久しぶりにハンドレッドパワーを使ったんだ。そしたら…違う能力も同時に発動した。おそらく…俺は二つ目の能力が宿ったんだと思う」
 今までの行動を鑑みて一番に思うキッカケを口にする。二つ目の能力…と告げたところで、バーナビーは驚いたようにこちらを見据えた。
「虎徹さんに能力が二つ…ですか?
(全く気がつかなかった)」
 別に虎徹の外見がなにかしら変わったというわけではなかったが、一通りこちらの姿をもう一度確認されたような気がした。
「ああ。念のために聞くが、バニーにはそういうこと起こってないよな?」
 ここに来て思いついたのは、バーナビーに対する心配だった。バーナビーは虎徹よりずいぶん早く退院し、既にヒーローとして復帰、活躍しているからNEXT能力も何度も発動している。変わった様子は見られなかったし、隠しているようにも思えなかったが、自分の不安を解消するための確認だった。
「いえ、僕はこれといって何も変わりないです。二つ目の能力…と言うと、それはあのジェイクのようにって事ですか?
(ウロボロス…)」
 確かに現状、NEXT能力を二つ持った者だなんてジェイクしか知られていない。ここでバーナビーの両親を殺害した組織の名前が入り混じる。憎しみの声を含めて、少し思い出しているようだ。やはりこの話題はダメだろうか…それでも意を決して、先に進む。
「ああ、恐らく。まだ体感し始めたばかりで原因もわからないし、これが限定的なのか永続的なのかもわからない。でも確かに、あるんだ」
 虎徹は、ぐっと両の拳を握り、その実感を示す。
「それで二つ目の能力って何ですか?
(あまり変わった様子は見えないけど、なんだろう)」
 ついに確信だ。バーナビーもこちらが言いにくいのだろうとわかっているようでぼやかしていたが、いよいよ促す言葉が出る。
「………俺の二つ目の力は…『人の心の声を読み取る』能力だ」
 若干目を伏せながらも虎徹は何とか言い切った。途端に、しんとする空間で、バーナビーの頭は動いていないように真っ白だ。そう…瞬間的にはあの心の声は聞こえてこない。
「…それは………ジェイクと同じ能力の?
(まさか、虎徹さんが?)」
「ああ、おそらく同じ能力だと思う。あいつの能力が俺にうつった…そう考えるのが現状では一番自然だと思う」
 未だ虎徹も混乱していたが、自分なりの考えを口にする。
「(じゃあ、僕が今考えていることも虎徹さんに伝わる…ということか)」
「…そうだ。聞こえてる…お前の心の声が」
 一瞬戸惑ったが、間髪入れずに虎徹が言葉を出すと、目の前で、はっと驚く表情を見せるバーナビーが息をのんでいる。まさか返事をされるとは思っていなかったのだろう。
「本当に…聞こえるんですね。
(これは冗談ではなさそうだ)」
 それは、反応しにくい感心をしながらも、慎重に言葉を選んで納得の為の言葉を出しているようにも思えた。
「冗談なら良かったんだけどな。悪い…制御が出来ないんだ。発動しっぱなしで………」
 いくら他人の心が読めたって、的確に処置できなければただの厄介な道具でしかない。軽く泣き笑いながらも、虎徹は自らの辛く苦しい状況を吐露する。本当はこんな情けない様子をバーナビーには見せたくはなかったが、かなり限界に来ていて。
「ジェイクと全く同じ能力だとしたら、それなりの距離でも心の声が拾えた筈。そんな状態で…一晩中………どうして、昨日僕が電話をしたときに相談してくれなかったんですか!
(この状態の虎徹さんを責めるなんて本当はするべきじゃない。でも…)」
 次に飛び交うのは、静かな怒りを含めたバーナビーの声で、困惑の心も入り混じる。
「言えるわけないじゃないか! 自分の気持ちは自分だけのものだろ? いくら好きでも、それを他人に知られるだなんて………本当は…俺だって、バニーの心だけは読みたくなかったんだ」
 半分うなだれながらも、虎徹も自らの心を示す。自分の方はバーナビーの心を勝手に読んでしまうからこそ、言葉で全てを伝えるように。
「でも貴方はこうして僕に話してくれた。それは僕が貴方を信じたかったからでしょう?
(もし虎徹さんが話してくれなかったら、どうなっていたんだろう)」
 不安の心の声も入り交じりながら、バーナビーはこちらの声を細やかに代弁してくれる。
「バニーは、俺が気持ち悪くないのか?」
 ようやく顔をあげてバーナビーの顔を見ながらも、虎徹は一番の不安をつぶやく。大切な人に、拒絶されることが何よりも恐怖だった。
「僕は貴方に読まれて困るような事は別にありません。だから、大丈夫です。虎徹さん。
(虎徹さんならきっと大丈夫だ。信じるんだ)」
「っ…ありがとう。バニー」
 感極まって、虎徹は詰まる言葉を出す。能力が発動してからここまで、たった一日だったが、それでも悩み続けていた。でも、バーナビーは虎徹が最低な人間になっても受け入れてくれた。いや、きっとバーナビーなら大丈夫だろうと信じていたから実現した。それがとても嬉しくて。
「一人で閉じこもってはダメです。もっと前向きに考えて行きましょう。
(何とか虎徹さんを元気づけないと…)」
 バーナビーが、普段より明るい声の調子を心がけてくれているのがわかった。こちらにも必死さがわかり、だからこそ虎徹もバーナビーの言うとおり考えようという気持ちになれる。昂ぶった感情を抑えて、何とかいつもの調子を取り戻すように努力する声を出す。
「前向き…か。そうだな。NEXT能力が悪いことだけって思いたくはないし」
 これは、かなり特殊な能力であったが、それも含めてNEXT能力なのである。通常ならば虎徹はヒーローなのだから活用すべきなのかもしれないが、それは破格難しく感じた。確かにこの能力を使えば犯罪者に対して効果的なのかもしれないが、犯罪者だからと言って勝手に人の心を読む…それでは無理矢理すぎるように思えて。人として、最低限のラインは超えてはいけないと思うのだ。なんとか受け止めて受け入れて…そこが限界だと感じる。便利だけど使いたくはない。こんな力持ちたくないのに…やはり制御が出来ないから、そこまで考えることは不可能だった。
「そうですね。僕もそう思いたいです。虎徹さんが今悩んでいるのは、能力が常時発動しているからですよね?
(常時発動していて、虎徹さんの身体に負担はかかっていないだろうか…)」
 そうしてまたバーナビーは、こちらを心配そうに見回す。
「そうなんだ。能力が芽生えた時って、なかなか制御出来ないだろ? バニーがハンドレッドパワーを初めて発動したとき、どうだったんだ?」
 これから先の心配を拭う為に、虎徹は質問の声を出す。
「僕は、赤ん坊でしたのでよく覚えていないんです。すみません。でも両親が言うには、小さかったからこそ人間の成長と同じようにいつの間にか制御出来るようになったようですが。
(当時の母さんの日記が残っていれば、詳しい日にちがわかるのに。あの火事がなければ…)」
 やや悔しそうに過去を振り返っている様子をこちらに見せる。
「いや、謝ることはない。そういう俺だってガキだったから、なんか周囲を破壊しまくってるうちに、だんだんとって感じだったし」
 思えば自分の方が多分バーナビーより、散々だった。それなりに悩みもしたが、今のような深刻にまでならなかったのは、単純に子供だった事と、能力が精神系ではなかったからだろうか。
「アカデミー時代にも、何人かから能力が芽生えた時の話を聞いたことがありますが…やはり総体すると、慣れではないかと。
(アカデミーだと能力者が入学してくるのが当たり前で、そんな話は滅多にしなかったな)」
「そう…だよな。同じ能力者ならアドバイスしてくれるかもしれないけど、あのジェイクは死んでしまったんだし」
 たとえジェイクが生きていたとしても、相当切羽詰らなければ聞かなかったかもしれない。精神系能力者は特異なので、NEXT能力者の中でも特に己の能力を隠したがる傾向にあるから、把握も難しいと言われている。だから余計に、具体的な解決策など思いつかない。
「虎徹さん。このことは、他の誰かに言いましたか?
(さっきは昨日って言っていたけど、斎藤さんあたりも知っているのだろうか)」
 やや難しい顔をしながらもバーナビーは慎重に言葉を出す。
「いや、斎藤さんも多分気がついてないし、誰にも言ってない。まずはバニーに相談してと思って」
 本当はバーナビーが今朝やってこなかったら隠してしまったかもしれなかったが、今はとても自然にそう言えた。言って良かったと心から思うのだ。
「ありがとうございます。とても嬉しいです。
(虎徹さんが僕を頼ってくれた… 虎徹さんが僕のことをわかってくれて素晴らしい)」
 テーブル越しだった二人だったが、バーナビーは近寄って置いていたこちらの両手をぎゅっと握られる。伝わってくる僅かな熱…素直な好意に照れる。いや…虎徹が心の声をわかるのはバーナビーだけではないけど、ちょっと屈折しようとも、そういって貰えるだけでも重すぎる気持ちが楽になったくらいだった。
「ともかくこれからどうするか、だよな」
 バーナビーの言うとおりネガティブだけではいけないと、虎徹はこれからに向けての意気込みを口にする。
「そうですね。
(虎徹さん…虎徹さん…虎徹さん………)」
 先ほどに引き続き、バーナビーからの心の声は、何度も名前を呼ばれているようで少しこそばゆい。
「そんなに心配すんな。俺もバニーに話して、少しはすっきりしたし」
 自らの当惑する気持ちをも取り除くかのように虎徹は、ぽんっとバーナビーに手を置く。未だに何も不安が解消されたわけではないが、これからの自分は一人ではない。それだけでも救われたような気がしていることに間違いはなかった。バーナビーも協力してくれるのだから、きっとどうにかなると信じて―――
「(虎徹さん…虎徹さん…虎徹さん………)」
 直接しゃべっていなくても心の声は留まっている訳ではない。バーナビーから、感情があふれ出るかのように連呼される。
「…バニー?」
 情念を留めるように、こちらからも名前を呼ぶ。
「ああ、すみません。僕の心の声も聞こえているんでしたね。
(虎徹さん…虎徹さん…虎徹さん………)」
 思わず失念していたかのように声が出される。何か…でも、先ほどまでのバーナビーとは言い表せない様子の違いに首をかしげるけど。
「いや、そんなに名前を呼んでもらって………ちょっと慣れないだけだ。ほらっ、ちょっと前まで『おじさん』って呼ばれてたわけだし」
 少し懐かしむように昔を語る。始めて会った時の印象は最悪で、ずっとおじさんと呼ばれ続けていたからこその今のギャップだ。実際虎徹は子持ち寡夫だから、おじさんと呼ばれるのが間違っているわけではないが、バーナビーが他人行儀なのが嫌だったのだ。それが、ようやく認めてくれた。お互いに認め合った証拠なのかもしれないが。こちらもジェイク戦で一度限りだが口にした、バーナビーときちんと呼んでやろうかと、頭をかしげる。なんかまだこっちは慣れない感じだ。やはりバニーがしっくりくる。
「そうでしたね。なるべく、そう呼ぶように僕は努めて来ましたから。
(虎徹さん…虎徹さん…虎徹さん………)」
 胸に手をやり、心を落ち着かせるように、バーナビーはゆっくりと語る。
「ん? じゃ、実は結構前から俺の事認めてくれてたってことか?」
 本当にそうだとしたら少し嬉しい事態だから、つい問いかけてしまう。別におじさんと呼ばれる事をそこまで嫌っていたわけではないが、三人称のような扱いだったのがちょっと心細かっただけだったから。
「ええ…殆ど最初から好きだったようなものです。だから『虎徹さん』は魔法の言葉なんです。
(虎徹さん…は、精神安定剤ですから。虎徹さん…虎徹さん…虎徹さん………)」
 まるで少しほうけているかのように、吐息交じりにしみじみとした表情で告げる。
「…バニー。今日のお前…何か…いつもとは……違くないか?」
 まるで『虎徹さん』としか、しゃべれなくなってしまったかのように、未だにずっと呼ぶ名前は続く。バーナビーの気持ちが、ただ漏れなのはわかっていても、その様子に、得体の知れない異常性を感じ取るのだ。自分がこうなってしまったからこそ、気遣って…名前を呼んでくれている。そんな単純に好意と思うことは不適切で、あまりにも何か…底の知れないものがあるようで。認めているとかそういう段階ではないように思えて、震える声で尋ねる。
「いえ、僕はいつもどおりですよ。
(虎徹さんが好き過ぎて好き過ぎて…ああ、だからこそ殺したい)」
 そうして上辺では通常を装いながらも、脳内には直接的な決定打が降って来た。虎徹がバーナビーの心の声を聞いていることを知りながらも、隠そうとは微塵も見せない様子で、虎徹を奈落へと突き落とすのだ。聞き間違いだと思いたかった。そして冗談とも。それなのに脳内に響き残り続けるのだ。
「なっ!………」
 絶え間なく聞こえるバーナビーの心の声―――それが純粋な好意ではないことを虎徹は知ってしまった。
「すみません。驚かせてしまいましたか?
(虎徹さんは死体にしておかないと勝手にどこかへ行ってしまうタイプだから、殺すのは仕方ないですよね)」
 口当たりは軽くとも、平然と心の病みは晒してくる。一つ一つのバーナビーの心の声が重く意味を持ってのしかかってきた。












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