今日も、同じ出来事の繰り返しの筈で…ピリッした頭痛から虎徹は始まるのだ。



「いやだなあ、忘れてしまったんですか」
 だから、いつものようにバーナビーがそう付け加えた上で、虎徹にわかりやすいように丁寧にかみ砕いて説明してくれる。
「あー、そういえばそうだったような…」
 促されて、虎徹も納得をして頷く仕草を入れる。でも、これで何度目だ。どうしてだろうか…この頃、頭が勝手にぼんやりとすることが多い。自分も、とうとう歳かと悲しさ含めて虎徹は一つ溜め息をついた。最近は順調だったのに、その日は珍しく仕事で失敗したから反省と同時に落ち込んだ。そう、それで終わりの筈で。相変わらずヒーローとしてはバーナビーとバディを組んでいるからこそうまく立ち回れている部分が多いのだなと、虎徹は改めて思った。
 以前よりは多少ゆるかやとなったものの日々は目まぐるしく進んで行き、NC1979年を迎えた。犯罪組織のウロボロスが関わっていたマーベリック一連の事件後、一度は引退を決意したが直ぐにWild Tiger 1minuteとして復帰した虎徹は、以前と同じく横にバーナビーを相棒として向かえ二部ヒーローとして邁進している。未だ遠く離れて暮らしている愛娘はいるが、ヒーローとして自らの正体を明かしたことにより前よりは打ち解けて、この状況も理解をしてもらっている。
 能力は相変わらず徐々に衰退したままだが、それを割り切ってしまった昨今では、虎徹にとって仕事をするということは元の形に戻ったと言っても過言ではない筈だった。

「つぁー、疲れた。間髪入れず次の事件って、犯罪者も空気読めってのっ」
 ようやく一息つけたところでの、ロッカールームでの着替えの最中、文句の一つでも言いたくなり壁相手にひとりでに愚痴る。
「むしろ今回は、犯人が犯行時間を見計らったのかもしれませんね。HERO TVの放映時間と犯罪が起きた場所を加味して、僕たちヒーローが直ぐには駆けつけにくいようにと」
 それをきちんと汲み取って、隣から先に着替えが終わっていたバーナビーが、冷静な判断で頭を巡らせ口にしてくれる。
「全く…悪いことを考える奴がいるもんだな。しかし、疲れた。眠い…わ」
 知恵を絞るならもっと別のことを考えればいいのに、どうしてわざわざ悪の道へと進むのか。虎徹にはさっぱりわからず、とりあえずは目下あくびを一つかみ殺す。
「最近は殆ど夜間の出勤ですからね。大丈夫ですか?」
 そうは言ってもバーナビー自身は眠さを微塵も感じさせないから凄い。若さ故か、本来の気質かはわからないが。
 確かに今も全ての後処理を終えると時計は軽く深夜を回っていた。昼間は会社員としての仕事、夜はヒーローとして出撃では、辛い感じは否めない。会社員としてはともかくだが、もちろんヒーローしての出勤には支障をきたさないように合間には仮眠などはとっているが、やはりまだ慣れない。
「ま、今んトコは。しっかし、俺十年以上ヒーローやってるけど、こんなに夜ばっか出勤ってことはなかったんだけどなぁ…」
 休日返上は元から仕方ないにしても、昼夜の出勤に関してはそれなりに労働基準法並みだった筈だと、虎徹は頭を巡らせる。それともやはり身体が衰えて睡眠時間を昔よりは欲しているのだろうか。それもそれで悲しいのだが。
「仕方ないですよ。今まで主立った犯罪組織を取り仕切ってきたウロボロスが表面上は壊滅したんですから…」
 その言葉を受けて、昼の犯罪が多かったのはHERO TVの視聴率の為と言っても過言ではなかったのだと改めてじんわりと思い知る。いくら特異なNEXT能力者とはいえ、ここまでヒーローによる逮捕劇が繰り返されていれば白昼堂々の犯罪には及びにくい。目立つ銀行強盗など以外は昼間という事件は確かに昔に比べると少なくなっていた。
 そうつぶやきながらもバーナビーは、わずかに暗い顔を見せた。表面上は、ウロボロスがいなくなったことで犯罪者は激減したかのように見えたが、所詮は幻。代わりの犯罪は数多に存在する。犯罪者が完全にいなくなることはきっとないのだろう。そして、ウロボロスは過去もこれからの未来に渡るバーナビーの最高のトラウマだった。
「大丈夫か? バニー」
 不安を察知し、虎徹は一つ声を落とす。
「平気です。僕は必ず真実に辿り着きますから。虎徹さんが変わらず僕の隣にいてくれれば…それはきっと叶うって思うんです」
 虎徹に促されたかのように愁いを帯びた顔を上げながらも、バーナビーははっきりと断言した。
「そうだな。マーベリック社長の事は………」
 突然、虎徹の言葉がふと立ち止まる。
 マーベリック社長? あれ、どうなったんだっけ。たしか事件後は警察に引き渡して、刑務所に送られた筈で。あれ? その先は…そうだ。殺されたんだ。助けられたのに事件が終わったと安心してしまい、油断をしていたのだ。ルナティックがマーベリックを殺したから虎徹は引退をせずにすぐに復帰したと言っても過言ではなかった。たとえ犯罪者だろうが死ぬことが正義だとは思わない。助けられなかったことをいつまでも悔やむ。虎徹は、単純に人が死ぬのが嫌な筈だった。罪の償い方を死という方法で決め付けてはいけないという信念。
 それなのに、どうして忘れていた? 今のところヒーローは抑止力としても働いているし、ルナティックによる殺傷は食い止められているが。邂逅は幾多にもあり、その原因のはずのルナティックから自分へと向けられる軽蔑の視線。仮面越しだというのに、なぜかわかる。昔以上の冷たい言葉を浴びせられ。引退をしないことは確かに自分の意思だった。そう…だよな? と自分自身に問いかけるおかしさ。またバーナビーの隣に居続けることに何の疑問も持たなかったのは何故だ。
「虎徹さん?」
 名前を呼ばれて顔を上げる。いつものように隣にいるのはバーナビーで、少し困ったような顔をしている。もう信頼しきって安心できる場所の筈なのに、何度も見てきたその光景。そう…何度もだ。
 このままバーナビーを見続けるとまた何かがおかしいような気がして、視線を背けるように向けたのは、開いたままのロッカーの内側に備え付けられた小さな姿鏡。自分の冴えない顔が曇りなく移る。虎徹の首に何かうっすらと赤い手形が…首を絞めた跡が残り続けている。発作的に可哀想だからと殺されそうになった。誰に? 知っているはずなのに、どうしてか。
「虎徹さんは何も考えなくていいです。僕が貴方を守りますから…」
 そのバーナビーに導かれるように、虎徹は優しく瞳を閉じることが出来た。



「あれ…もしかして俺、寝てた?」
 瞳がパチリと瞬間的に開き、はっと気が付いた時はヒーロー事業部にいて、いつもの椅子に腰掛けている自分があった。
「きっと疲れていたんですよ」
 二人の間の机を挟んだ向こう側にはバーナビーが座っており、微笑みかけてくれる。これも、日常的な光景だ。
「バニーがここまで連れて来てくれたのか?」
 いくら午前様で眠かったとはいえ、ロッカールームからオフィスまでは決して近いとはいえない距離だったが、そのあたりの自分の行動が曖昧で、半分寝ていながらだらだらとしていたのか?と頭を巡らせる。
「いいえ、虎徹さんはきちんと自分の足でオフィスに戻ってきましたよ」
 また丁寧にバーナビーが教えてくれる。きっとそう言うのだから間違いないだろう。決まってそう思えば何の問題もないのだから。虎徹の悩み事は全部バーナビーが解消してくれる。これが二人の最近の最良の構図。
「ふーん。そうなんだ… そういえば、仕事中じゃないけどさ。前は飲んだ後、酔い潰れた俺をよく車で迎えに来てくれて、お前が引きずってくれたりしたよな。そんな感じじゃなくて良かったよ」
 夜中のテンションのせいか、けらけらと笑いながら懐かしむ。
 もちろん今は仕事中なので素面だが、酒の力は凄いという気持ちは年齢を重ねるごとによく思うようになった。若い頃はよく意識が勝手に飛んで、それでもいいと許されている感じだった。もう虎徹も中年に片足を突っ込みそうで、酒のことなんて大体わかってきたつもりではあったが、やはり誰かと一緒に飲む酒はまた別だ。それが心打ち解けたバーナビー相手となると格別で、ついまだ自分だって若いんだぞと主張したいかのように、飲みすぎてしまうのだ。酒の力に頼って記憶を飛ばして、随分とバーナビーに迷惑をかけたような気もするようなしないような。
「そうですね…そんなこともありましたね」
 上機嫌な虎徹に合わせてくれる様に、どこか懐かしむ表情をバーナビーも見せてくれた。
「そいや最近、お前の愛車見かけないな。事故ったのか?」
 そんなことあるわけないとわかっていたが、茶化すように尋ねる。以前は相棒だからと引き取りに他のヒーローから呼びつけられることも多かったが、最近だと一緒に飲む事が多いので、代行を好かないバーナビーと車で待ち合わせることもなくなったのだ。
「いいえ。あまり使わなくなったので、処分したんですよ」
 さすがにちょっと言いづらそうな音で、バーナビーは語った。
「えっ! そうなの。俺、一度運転してみたかったんだけどな」
 思い出すのは、いかにもバーナビーに相応しい真っ赤なスポーツカー。それが無くなるだなんて考えもしていなかったので、相当驚く声を出した。
 確かにバーナビーも虎徹と方向性は違えども仕事人間に近く、自宅のマンションと職場とトレーニングセンターが入っているジャスティスタワーだけがもしかしたら主な移動場所なのかもしれない。三点ともにゴールドステージの中心部にあると言っても過言ではなく、下手に駐車場に困る車よりはモノレールなどの交通機関の方が便利だろう。若者の車離れを心配しているなんてそれだけで自分はやはりおじさんなのかもしれないが、単純に残念だった。
「そういえば僕は本人限定保険に入っていましたから、虎徹さんが運転したことはなかったですね」
 言えば乗せてあげたのにという含みも込められるような口調で、失念していた言葉を出された。
「しかし、勿体無いな。いつもピカピカに光ってて新車同然だったじゃん。なんだ…もしかして金にでも困っているのか?って、ま。俺じゃあ相談に乗れないけど」
 それは車を手放す通常ならばありえそうな理由だが、バーナビーには不釣合いなそんな言葉が出た。
「大丈夫です。お金には困ってませんから」
 虎徹の冗談も優雅に流せるのが、さすがバーナビーといったところだろうか。少し苦笑しながらも真面目に答えてくれる。
「っあー、そのセリフ! 俺も、人生で一度くらいは言ってみたいわ。まっ、男って奴は車やらバイクやらに情熱をかけることが人生に何度かあるもんなんだ。バイクは仕事で乗ってるけどさ、また車乗りたくなったら、いつでも俺のでいいなら貸してやるぜっ」
 単純に羨ましくて、虎徹なりの人生論を語ってしまう。もしかしたら若いバーナビーにとっては車やバイクはもう憧れのモノという認識ではないのかもしれないが、きっといつかまたその良さがじわじわとわかってくるものだと、経験者として伝えたかったのだ。
「虎徹さんの車じゃ、年齢制限ついているんじゃないんですか?」
 逆に驚いた様子でバーナビーは質問してくる。同年代の友達ならば気軽に車の貸し借りをするが、二人は一回り近くも離れている為、簡単にはいかないと思ったのだろう。
「ヘーキヘーキ。バニーなら事故らないだろ?」
「相手からぶつかってくるというケースもありますが…そうですね。その気になったらお願いするかもしれません」
 ふっと、少し笑いつつもバーナビーは虎徹の好意に同調する声を出した。二人仲良くなってからは、本当に会話も息が合うのを心から感じていた。
 そんな中でビービービーと、バーナビーのPDAが室内に鳴り響く。ヒーローとしての通信ならば虎徹のPDAも同時に鳴るだろうから、これはバーナビー個人宛だとわかる。
「こんな時間に誰だ?」
 単純な好奇心からの質問を飛ばす。
「斎藤さんが呼んでいるようです」
 通信ではなく呼び出しのコールだったらしく、バーナビーが宙をタッチし相手を確認している。
「あの人、こんな時間まで仕事してのかよ。俺たちよりよっぽど仕事人間だな」
 開発部のシフトを詳しくは把握していないが、それでも斎藤さんは好きで仕事をやっている印象は持っていた。アポロンメディア社は大企業なので、無人になるということはないとはいえ、こんな時間まで残っているとは思わなかったのだ。
「僕がちょっと無理に頼んでいることがありまして、気を使って早く仕上げてくれたようです」
 申し訳ないという気持ちも含んだ様子でバーナビーは説明をする。
「そいや最近、バニーは斎藤さんトコにつめることも多いな。何してんの? もしかして新機能とか付いちゃう…とか?」
 虎徹よりは格段と忙しいバーナビーだったが、合間を見ては開発部に足を運んでいたことを思い出す。こちらも随分となにやら熱心なようだ。
「いえ…ちょっと細かいスーツの調整をお願いしてて」
 さすがバーナビー。元より改良に改良を重ねているスーツだが、少しも怠らず常に具合を見ているらしい。少しぐらい壊れてても大丈夫じゃね?と思っている虎徹とは大違いだ。いや、正直言ってあまりメカには強くないので専門家に一任しているという言い訳があるが。
「なーんだ、そっちか。ま、バニーちゃんはまだまだ若いから色々調整必要かもな。あれ? 身長が伸びるのは二十五歳の朝飯前までだっけ?」
 初めてバーナビーと出会った時は確かに二十四歳だった気がするが、まだまだ成長するのかと勝手に感心してしまう。
「さすがにこれ以上、背は伸びませんよ。
 では、ちょっと斎藤さんのところに行って来ますけど、虎徹さんは直ぐ帰宅するんですか?」
 一応席を外すということで、手早く広げていた書類を整頓しながら尋ねられる。
「いや…少し期限がヤバい始末書あるから、それを何とか書き上げるわ」
 本当は虎徹も疲れて眠いし早く帰りたかったが、かなり嫌々ながらもそう言った。バーナビーに言っても八つ当たりになってしまうのだが、今回は自業自得で仕方ない。切羽詰らないとやらない自分の性格もいつかどうにかしたいものだ。しかし期限は一向に待ってくれない。具体的に言うとロイズさんが待ってくれない。
「そうですか。この前みたいにここで眠らないように気をつけて下さいね。風邪をひきますよ」
 ここで付け加えられるのは丁寧な忠告だ。残念ながらの何度か前科持ちで、今回のようにバーナビーに起こされている。
「そうっ、なんだよなー 最近、眠いせいか?記憶が飛び飛びでさ。ま、バニーが全部覚えててくれるから助かっているんだけど」
 もしかしたらどこか気が抜けているのかもしれないと、ちょっと気合を入れなおす。それでもわからないことは大抵バーナビーが教えてくれるから、何の支障もきたしていないのだが。
「今日は何の問題もなく事件が終わりましたから、きっと大丈夫です。では、始末書頑張って下さいね」
「おうっ、そっちもな」
 よっと手を上げて、ぷらぷらと手を振りながら椅子に座ったままバーナビーを見送る。
 そうしてフロアには一人きりとなる。普段からヒーロー事業部の人数は少ないが、午前零時を回っていると元から高層ビルで静かな上、夜が深々としており余計に深沈だ。窓の外を見れば、連なるビルの合間には広告の飛行船もなく星ばかりが広がる。仕事をするより、寝ていたほうが余程有意義に思えるがこればかりは仕方ない。今までサボっていたのは自分なのだから。
 さて、仕方なく方達していた始末書と向き合う。しかし、そんな簡単に書けるなら初めから書いておくのが当たり前の昨今。というか正直、あまりにも前の事件だとそんな詳細に覚えていない。直ぐ書かないからの弊害を今更思い知る。明日には明日のやることがあるというのにその日中にやらないということは学習していない。いや、助けた人だとか感謝の言葉だとかは忘れないが、ちょっと移動する際に壊した物など虎徹は元から気に留めるような性格ではないからこそ、司法局からの報告書にある壊したものリストを見ると…こんな物あったか?と首を傾げるくらいなのだ。終いには、結局わかるものから先にやろうということにして、確認する為に引き出しをガコンッと開けて、ボールペンを出す。とりあえず後でやるものを弾く為に景気よくチェックマークを付けていていった。が、
「あれ?」
 出ない。インクがか。ボールペンの芯の色をよく見ると、かなり減っている。ご臨終様一歩手前だ。メモ用紙も引っ張り出して何度かグリグリとためし書きをしてみたが、出たり出なかったりとかなり微妙。これはさすがに新しいのにしないと駄目だろう。普段ならば経理のおばちゃんに頼めば、なんか文句言われながらも新しい事務用品が貰えるのだが、この場にいるわけもない。どこに補充棚があるのかも虎徹は知らない。
「困ったな…」
 あたりを見回しても、みんなの机の上は綺麗で何も乗っかってない。帰宅する時は、卓上の物は全て片付けるというのが他の人の前提となっているのだから仕方ないが。折角始末書をやる気が少しは出たというのに、また明日になったら萎えてしまう、きっと。今、やりたい。自分は今仕事やりたいんだと気合を入れないと無理なのだ。こういう苦手な書類仕事は。
「よしっ、…………バニーちゃん、ちょっとボールペン借りるよ」
 本人がいないとわかっていても、無断と言うのは少し良心が痛むので誰もいない空間に一声かける。立ち上がり、バーナビーの席へと移動して椅子をひいてその前に立つ。
 試しに引き出しに手をかけると鍵はかかってなかった。元から斎藤さんに少し呼ばれただけだから、そんな事もしないのだろう。いよいよ引き出しを開くと、本人のこだわりの配置がありありとわかる様で、整列されていた。シンプルな中にもこだわりのデザインは、おそらく支給品ではなく統一性が成されているどこかのブランドだ。クリップやらマウスやら本来ならばつまらない事務用品の一つ一つがオシャレだ。バーナビーが使うと全てオシャレになるってだけではないと思う。きちんとクリアファイルに収納された書類の横で、筆記用具一式が並んでいた。予備もあるようだ。これも普通か。その中の一本のボールペンを借りるだけのはずだったが…
「ん…? なんだ、これ」
 若干勢いよく机の引き出しを開けてしまったため、外れそうになったくらいだったが、箱だ。長細い小さな箱が、いくつも奥に敷き詰められていた。
 なにか…仕事で使うような物には見えなかった。モダンでシャープなデザインで、いかにもバーナビーが使ってそうなスマートな箱ではあったが。虎徹が知らないだけで、何か特別な物なのだろうか? 好奇心に駆られて、その一つを手に取る。思ったよりは軽いので、もしかして何も入っていないのか?と思いつつ、中を開く。
「…なんだ。バニーのメガネか。そういえば、アイツ…同じメガネを五つもっているとか言ってたな」
 中に入っていたいつもの六角形をしたメガネを発見し、勝手に虎徹はちょっと苦笑しながらも勝手に落胆をした。ただ虎徹が馴染みなかっただけで、これはただのメガネケースだったのだ。正直、何も面白いことではなかった。
「………いや、案外。何か隠しているのかもしれないな!」
 それだけではつまらないので、折角ならバーナビーの秘密を暴いてやろうくらいな勢いで、他のメガネケースのフタも開けた。でも、どれもこれもメガネ。変わらぬメガネ。あのバーナビーのようなハンサムにしか似合わなそうなデザインのメガネ。どこにも変わった様子はなかった。
 しかし…ここでふと、気が付く。
「いくらなんでも…メガネが多すぎないか?」
 真面目には数えていないが、引き出しの中にはゆうに二十近くはメガネケースが収納されていた。さすがに、ここまでたくさん必要だとはとても思えなかった。バーナビーが丁寧に手入れしているせいか、そのどれもが皆綺麗だ。壊れているわけでもない。何か嫌な悪寒が虎徹の背中をかけめぐった。恐る恐る、メガネケースに付属している保証書を見る。製造日をだ。
 一番奥にあった一つ目は、三ヶ月前の日付だった。いくつか同じ日付が続き、一ヶ月前…半月前…一週間前………三日前。どんどん日付が短くなっている。予備も含めて相当な数だが、違いは見受けられない。バーナビーは新しいメガネを作り続けている。どうして…自分は目がいい。正直、虎徹が人様に堂々と自慢できるのはこれくらいだ。だから、試しに三ヶ月前のメガネをしてみた。突然かなり世界が回り、気持ち悪い。メガネと言うものはこういうものだと認識しているが、やはり矯正された度を使い慣れていない人間がかけるとこうなる。それでも確認の為に、段々とメガネを架け替えてみる。どれも、度は入っている。でも、でも………最後に、三日前のメガネをかける。
 もはや何も見る事を許されていないほど、世界の回り方が異常だった。歪曲している世の中を一心に受け止めているかのように、ひしゃげていた。詳しい度数だなんて裸眼の虎徹にわかるはずもない。だが、これがメガネと認識したくはないほどの強烈な矯正がかかっているのは、素人目でもわかるほどだった。度がどんどんと上がっているのだ、しかも短期間に。これは…バーナビーの視力が下がっているのだとしか、思えなかった。
 そうして思い出すのは先ほどの会話。運転をしないバーナビーは、しないんじゃなくて…もう出来ないのではないか? と。そして、スーツの調整が頻繁なのはなぜだ? と思える筈もなかった………

「虎徹さん、僕の机で何をやっているんですか?」












だれも矛盾のないものはおりません サンプル