「七夕って何ですか?」
ぽつりと呟かれたバーナビーの声は、その場にいる人間を振り向かせるにはなかなか十分な言葉であった。

バーナビーがそんな場違いな窮地に陥ったのは、ヒーローとして虎徹と一緒にプリスクールの子どもたちと親交を深める為に訪れた際に起きた。
スーパーヒーローといえば、テレビの向こうのいる各種ヒーロー達の中でも、子どもたちには一番の人気者である。
バーナビーのようなトップヒーローであるからこそ、よくこういった場所に足を運ぶ機会は多い。
ちゃっかりヒーローテレビも撮影にやって来て、その活動を中継するほどで余計に騒がしかった。
7月の上旬とはいえ既に迫っている夏は、段々と暑くなってくるものである。
若干蒸し風呂的なヒーロースーツに身を包みながらも、PR活動を兼ねて子どもたちと遊ぶのはなかなか疲れるものだった。
そんな中、おやつと昼寝の時間という子どもたちが落ち着く時間を見計らって、女性の先生が休憩を促す声をかけてくれた。正直ありがたい。
扉や廊下などが子どもサイズないし女性の先生方が問題なく通れる程度の大きさなので、元々長身な部類でしかもヒーロースーツ込みの二人はなかなか移動さえ大変だった。
そろり足にて寝ている子どもたちの横を過ぎ去り、自由に身を伸ばせる外へ出る。
子供相手なので校庭もざっくりと見渡せるくらいの広さで、あとは遊具がいくつか並んでいる。
奥にベンチがあったので、必然的に休む場所は決まった。
さすがに直射日光は暑いが、緑豊かな木々が立ち並ぶ木陰ならば問題ないくらいだ。
バーナビーはその近くで見慣れぬ丈と角度になっている木のような枝のようなものを見つけて、隣でペットボトルの水を飲む虎徹に尋ねた。
「あれは、何でしょうね」と。
こういう変わったものを発見した時、一番に虎徹が何か言うことが多いのだが、今回に限りきちんと視界に入れているのに特に反応を起こさなかったのが逆に気になったのだ。
「これは、七夕じゃないか?」
虎徹に普通にそう言われて…七夕って何ですか?という話に移り変わる。
七夕…バーナビーにとっては発音も馴染みがない単語だ。
「あ、そっか。ここはアジア系のインターナショナルスクールだから普通だけど、他はないんだっけ」
ふむふむと虎徹は一人納得したように顎に手を乗せて言う。
そしてだから今日はこの場所が、自分でも馴染み易かったことを感心し始めた。
流れ星がみたいなもんだと比喩しても恐らくわからないだろう。
えーと、確かドラゴンキッドの国から伝わって来た伝統行事なんだけどな…という話から皮きりに、虎徹はバーナビーに『七夕』の習慣を話し始めた。
と言っても、記憶しているのは子どもの頃に刷り込まれた必要最低限だけだから、非常に大雑把である。
きっと、寝ている子どもたちの方が詳しく織姫と彦星の伝説を知っているだろうとは思う。
とにかく軽く織姫と彦星の慣れ染め話をした後、短冊に願い事を書いて竹に飾るという目の前に起こっている状況を説明した。
「なるほど…なかなか興味深いですね」
すくりと立ち上がったバーナビーは初めて見る文化に関心を持ったらしく、竹に近寄った。
丸やら星やらと色々な形に切り取られられた折紙などの飾り付けの他に、子どもの愛らしくつたない文字で書かれた金やら銀やらカラフルな紙がいくつもぶら下がっている。
その文字ははみ出るほどに大きかったり曲がっていたりしたが、英語で書かれているものだけは何とか読めた。
「おっ、ヒーローになりたい!っていうのもあるぞ。将来有望だな」
虎徹も懐かしがって一緒に短冊を見ていたのだが、素晴らしい一文を見つけて、その短冊をつまみあげて感動を示した。
それは今日自分たちヒーローが来るからというせいもあるかもれしないし、これくらいの年ならばヒーローに憧れるのは当然かもしれないが、それでも純粋に嬉しいものだった。
実は自分のような年齢になるとシュテルンビルトという場所柄もあり、それほど多くは短冊を目にする機会がなくなってしまったが、たまにショッピングセンターなどで見かけると、やれ玩具が欲しいやら、ぬいぐるみが欲しいや、お金がほしいやら、それが子供が本心で書いているのが、ちょっと残念なのだ。
あまりに具体的に露骨に書かれると、親御さんも大変であろうという気持ちを大人眼点で感じる。
「みんな、色々な願い事をしていますね」
幾重にも重なる短冊を見ているのは、なかなか微笑ましい光景だった。
「そうだなーっと、折角だからバニーも書いてみないか?」
書き足すために用意されたと思われる近くに余った短冊とフェルトペンをみつけて、虎徹はそう提案してみる。
こういった願い事を、バーナビーはきっとしたことがないだろう。
そちらの習慣からすればサンタクロースへの手紙と同じ感じなのだろうが、あまり純粋な印象のないバーナビーの幼少時のことを思うとこの機会にと思うのだ。
「…そうですね。それなら、虎徹さんも一緒に書きませんか?」
自分だけというのもなかなか難なので、バーナビーはそう奨めて来た。
きっと、一人でやるより二人の方がこういったことは楽しいだろう。
「俺もか。まいったな…子どもの時以来書いた記憶はないんだが」
思わぬ展開に少し苦笑しながらも、虎徹は早速ペンを持ってくるりと回しながら、頭をひねる。
そう言われてみれば、確かに短冊なんて子供の頃以外書いたことがないような気がする。
今となっては、あれは叶わない夢を書くものだと思ってしまうほどだから、まだ何も知らなかった子供ならともかく虎徹のような年齢になると、現実は大体わかってしまう。
本当に久しぶりだ。実際、自分は子どもの頃、一体何を願ったのか覚えていないほどに。
それにしても突然願い事と言っても、なかなか直ぐには思いつかないもので、腕を組み直して悩む。
僅かな風が周囲に迷い込み、さらりっと鮮やかな緑を示す笹の葉が鳴る音が響く。
木々の揺れる涼しさを示すとても心地よい音に流されながらも、虎徹はざっくりと短冊に願い事を書き始めた。
「―――お休みの所、大変申し訳ありません」
二人が短冊に向かっている最中、後ろから声がかかる。
そこには先ほど自分たちをここに案内してくれた女性が、遠慮しつつも控えめにいたのだ。
「どうやら予定が早まったらしく、もう移動のお時間みたいです」
その言葉には少し残念そうな音も交じっていた。
「あ、そうですか。参ったな…子どもたちに挨拶もしないで帰るなんて………」
やっと熟睡に入った子どもたちを起こすわけにもいかず、虎徹は困り顔を見せた。
そんなに長い時間ではなかったが一緒に色々と遊んで、やっと懐いてくれたと言うのに。
「いえ。大丈夫ですよ。今日はありがとうございました。子どもたちにはよく言って聞かせますから。ヒーローを夢の中だけの存在にしないように」
ぺこりとお辞儀をしながらもそう言って、女性は門まで虎徹とバーナビーを見送ってくれた。
そう…ヒーローは人々の期待に応えるための存在であることを、実感するように。

「ふー今日は疲れたな」
プリスクールを後にして、予定が少し増えたいくつかの福祉施設を回ったりと、今日は純粋にヒーローとしての出撃要請がなかったけれどもそれなりに働いた気がする。
ヒーローとしている時は極力イメージを壊さないようにと、相手が子どもだろうがお年寄りだろうが地は出せないし、これでも緊張したりもするものだ。
虎徹は、ようやく戻って来たアポロンメディア社の自分の席に深く腰掛ける形になる。
高層ビルでは窓を開けるのは無理なので、単純に冷房の有り難さを実感していた。
ヒーローなのだから要請があれば一瞬たりとも気を抜けないとはいえ、こうやって一息つけるのはありがたいものだった。
時刻は会社の定時を過ぎて、夕方からも遠のこうとしていた。
「お疲れさまでした」
続いてバーナビーも自分の席にやってきて、こちらへ言葉をかける。
「いや、そっちこそ」
労りの言葉を受けて、虎徹もバーナビーに言葉を返す。
「ところで、虎徹さん。何をしているんですか?」
疲れたと言いつつも、なぜか虎徹は机の上のティッシュペーパーの箱を引き寄せて、何枚か引き抜くとそれをぐるぐると丸めたりこねくり回したりバランスを取ったりと、バーナビーからするとまるで謎な行為をしていた。
それは手持ち無沙汰とは違う何か目的がある行動だった。
「なんかちょっと天気がどんよりしてきただろ?雨が降ったら不味いかなーと思って、てるてる坊主作ってんの。あ、これもアジアの風習だな。この人形を作ると、晴れるって言われてんの。気休めだけどさ」
そう言いながら手なれた様子で、丸まった人形の頭らしきものを虎徹は作って行く。
紐代わりの紙縒りも自前で作って形を整えた後は、引き出しから黒いペンを取り出して、不格好ながらも顔を描く。
にこにことした、とても良い表情だ。
「もしかして、織姫と彦星でしたっけ?が、無事に会えるようにってことですか。優しいですね」
確かに昼間は暑いくらいの空模様だったが、夕方になるにつれて若干雲が目立ってきた。
天気予報の降水確率は大したことはないようだが、絶対ということはないかもしれない。
ただ普通に考えたら、天気なんてシュテルンビルトの空だけで構築されているものではないから、その人形のおまじないも意味がないのかもしれないけど、わかっていてあえてやるというのが凄い人だなと思った。
バーナビーではそこまで純粋に物事を捉える事がなかなか出来ないから。
「一年に一度しか会えないのに、大雨で天の川が増水して橋が流れたら、可哀想だろう?」
単純な頭かもしれないが、出来るならば晴れた天の川を見たいと虎徹は思うのだ。
「そうですね。もし僕が彦星でしたら、泳いで渡ってでも必ず貴方の元に辿りつきますけど」
それならば一年に一度という逢瀬ではなく、いつでも二人は会えるだろうから。
「………バニーちゃんは恥ずかしいことを平然と言って、凄いね」
「本心ですから。天の川…見れるといいですね」
ふと窓の外を見ると夕日が落ち、月が闇の空へ浮かぼうとしている。
僅かな雲が星々を隠そうとしているから微妙だ。
「まあ、夜でも出撃要請が来て、見る余裕がなくなるかもしれないけどな。とりあえずヒーローが優先ってことで」
「そうですね。虎徹さんの願いは『世界平和』ですもんね」
そこまで真っ直に言われて虎徹はひがばりっと身を乗り上げる。
「おまっ…どうしてそれを………」
今、バーナビーは何を言った………?
慌てて叫ぶと、深緑色の折紙の切れ端をバーナビーに提示された。
「飾る時間がなかったのが勿体なかったので、持ってきてしまいました」
それは紛れもないあの時に虎徹が書いていた短冊で、名前を書く途中だったらしく、願い事は書かれているが、少し中途半端に思えるぐらいだった。
もうすぐ7月7日は終わってしまうし、ここには飾るための竹も何もないけれども、バーナビーはなんだか嬉しいのだ。
「あーまあ。何と言うか、俺ヒーローだし願い事はこれかなぁと」
マジマジと言われると少し照れるので、目線を外しながらも虎徹は言う。
別に偽善ぶっているつもりはないけれど、本当にそう思うのだし単純にこれしか思いつかなかったのだから仕方ない。
自分たちがヒーローとして守っている範囲はシュテルンビルトという都市の中だけではあるが、それだけの平和を祈るよりは世界全体を祈った方が建設的だと思ったのだ。
「とても良い願い事だと思いますよ。織姫と彦星。彼らも一年に一度しか逢瀬出来ないのですから、なかなか他人の願い事を叶えている余裕はないでしょう。僕が貴方の願い事を叶えてあげますよ。出来たら、僕たちヒーローなんかいなくても良いような犯罪者のいない世界になるように」
子どもたちの些細な願いならば叶うと良いなと思ったが、あまり馴染みのない文化だからこそバーナビーは単純に願い事を叶えて貰うというより、そう解釈した。
「えーと、そうなると抑止力になったとしても俺達ほぼ無職だぞ。いいのか?」
そこまで言われるとは意外だったので、苦笑しながらも言う。
両親を犯罪者に殺されたバーナビーにとっては、本当に願うのはそういう世界なのだろうが。
「ヒーローでなくても人を助ける職業にはつけますよ。きっと」
「いや、お前はいいけどさ。俺は…」
若くて何にでも器用なバーナビーならどんな職業にもつけそうだが、自分は大丈夫だろうか?と虎徹はちょっぴり不安である。
まあ何とかなるかなと思いたいが、正直前の職場でリストラ宣言受けた時、若干自分に失望したことは忘れてない。
「なら…僕の扶養親族になればいいじゃないですか。少なくても、僕を救うことは出来ます」
いつの間にか近寄られたバーナビーに、机越しではあったが右手をぎゅっと握られる。
暑い…これはじんわりとして夏の暑さとは違う内側から火照る熱さだ。
「ばっか………つか、バニーだって願い事書いたんだろ?見せろよ」
見つめ合って、慌てて手を振り払って虎徹は話題を強引に動かした。
先の事なんてまるでわからないけど、即答できるほど自分はまだ心頭していないと思いたい。
そうして次に生れてくるのは単純な疑問で、目の前にはない短冊を思い描いて、尋ねる形となる。
それに大体、あの時は自分の短冊を書くことにやや夢中になっていて、バーナビーが何を書いていたかなんてまるで気にしなかったのだ。くやしいじゃないか。
願い事を教え合いっこして、初めて同等になれるだろうと思いたい。
「僕の願い事ですか?」
それは不意打ちの問いだったようで、バーナビーはその言葉を反復させる。
「俺の願い事は、お前が叶えるんだろ?だったら、お前の願い事も俺が叶えてやるさ」
あまり物欲とかもなさそうなバーナビーだったが、虎徹でも出来うる限り叶えてやりたいとは思う。
それがお互いを想いやる気持ちなのだから。
「ああ、すみません。実は、願い事何も思いつかなかったんです。今が幸せすぎて…どうしようもないので」
「なんじゃそりゃ…」
億面もなくあっさり言うバーナビーは凄い。
若者なのに欲がないとはなかなか感心な存在ではあるが、少し虎徹は寂しそうな顔をした。
それをバーナビーが見逃す筈もなかった。

「じゃあ………これからもずっと一緒に居て下さいね。虎徹さん。これが僕の願いです」
ほほ笑みながらも真摯にそう告げる。
バーナビーは、自分の赤い短冊をあの場に置いてきた。
それは今の自分には有り余る光栄すぎて、必要ないと感じたからこそ、出来ること。
誰かに叶えて貰いたい願い事なんて、なかった。
ただ一人自分が望むのは、この人の隣に居続けることだけだから。
「………わかったよ…」
ふいに目を丸くして照れながらも、小さな声で虎徹はそう返事することしか出来なかった。
だけど今度は、バーナビーの手を振り払おうとはせずに、逆に握り返してやった。



良い七夕を!











願 い 事 が な い こ と が 一 番 の 幸 せ