趣味が仕事っていうのは、男にとって勲章みたいなものだと虎徹は思っている。
ヒーローという職業は必然的に趣味の時間は取りにくく、会社と自宅の往復な毎日。
10年以上ヒーローやってきた虎徹にとってそれは当たり前すぎて、何よりも優先する事項となっていた。
そうなると必然的に、コンビとして隣にいるバーナビーと共に過ごす時間が多かった。
恥ずかしい話ではあるが、なぜかこの年若い青年との恋愛が成就してしまい、肉体関係まで持ってしまった今では、仕事とプライベートの境界線まであやふやとなりつつあった。そんな日常―――
「今度、君たちにPET(ペット)受けて貰うから」
話は、もはや定番になりつつある上司であるロイズさんに呼び出されたところから始まる。
いつも通り虎徹とバーナビーは二人揃って並び、その言葉を受ける形となった。
「ペット?」
表面だけの言葉を受け取った虎徹は、ロイズさんの言葉をただ繰り返し、?マークをただ付け加える。
ロイズさんが非常に真面目な顔をしていたからやめておいたが、普段ならニャーニャーかワンワンぐらい言うくらい、それが何かわからなかったのだから。
「動物のペットじゃなくて、PET(ペット)。正式名称は、ポジトロン断層法。最近注目されている、がん検診の事だよ。聞いたことない?」
発音から感じる虎徹の残念な反応に、一応簡単に説明をしてくれる。
検診といえば、人間ドック…やっぱりワンワンなのかと、説明してもらっても虎徹の反応は薄いままだった。
「僕は会社に入る前に受けたことありますよ。虎徹さんは…初めてですか?」
早くから合致していたらしいバーナビーは、すんなりと自らを語ってから、虎徹に言葉を振った。
「いや、聞いたこともない。ポ…ポジ…何だって?」
何だか舌噛みそうな正式名称さえ覚えられる自信がない。基本的に必要はないと脳が判断すると覚える努力がなされないのだ。
「まあ、略称のPETとしか普段は言われてないから、馴染みないし、正式名称まで覚える必要ないから」
何だか最初から諦めモードに入ったらしく、ロイズさんはばっさりと切り捨てた。
「もしかして…俺、がんの可能性あるんですか?」
なんかいきなり、がんとか物騒な事言われて少し心が弱くなりそうだったが、虎徹は下手に伺うように尋ねた。
がんになったからといって、直ぐに生死に直結するというわけではないということは知っているが、それでも気持ちの良いものではないことは確かなのだから。
「虎徹くん、話聞いてた?検診だから。がん検診。可能性を調べるってだけで、別に君が今がんってわけじゃないから」
ロイズさんは、あきれ顔で両指を組んでわざとらしくこちらにため息を見せた。
「あ、そうですか。それなら良かったです」
とりあえず、最悪の事態だけは免れたようなので、ほっと一息だけつけたので、虎徹は安心することになる。
「ところでなぜ突然、PETを受けるのですか?月に一度メディカルチェックは受けている筈ですが、問題でも?」
次に飛び込んできたのは、横から放たれたバーナビーの声で、確かにそれは虎徹も同時に思った疑問だった。
虎徹からすると定期検査のメディカルチェックでさえ、前の会社とは比べ物にならないほど綿密に色々と検査している印象なのである。その上更に…というのは謎に思わない方が不思議であろう。
「今度、会社で君たち二人の新しい生命保険に入るから、それに必要なの。ヒーローは身体が資本でしょ?会社は、あらゆる可能性を考慮しなくちゃいけないから」
そう言うと、ロイズさんは引き出しからパンフレット形式になった資料綴りを二人の目の前に差し出した。
無駄に分厚い冊子の表紙には大手生命保険会社名とロゴがあり表題は生命保険設計書となっている。中を開けば長ったらしい規約から始まり、棒グラフなどで構成された保障内容が何ページにも亘って書かれている。
「もしかして、たかが検査なのに入院するんですか?なんか…めんどうくさそうですね」
内容がわかるというわけではなかったが、とりあえずイメージとしてだけでも虎徹はげんなりとした。
アポロンメディアが大企業だということはわかるが、わずらわしい書類仕事やら会議やらと色々と多すぎるとは思っていることに違いはない。
「これも仕事なんだから我慢しなさい。二人揃って入院するとヒーローとしての業務に支障が出るから、一人ずつ受けて貰う手筈を整えたから。最初が虎徹君。入れ違いでバーナビー君。わかった?」
それは既に確定事項となっていたらしく、日程まで伝えられたので、仕方なく虎徹とバーナビーはわかりましたと了承した。
―――その結果。物凄く暇でした。
ということで今日。二泊三日という検査入院から、ようやく虎徹は解放された。
PETの検査自体は痛いとかそういう肉体的疲労は皆無だった。注射も常識の範囲内だし。ただ、物凄いでかくて高そうな医療器械が何台か登場し、その中にCTやMRIに似た壮大な検査を受けただけであった。ついでに付属して出来るエコーなどの検査もして貰ったのだが(勝手に予約されてた)入院した病院が大大大病院すぎて、どの検査もいちいち待ち時間ばかり長くて、それだけで疲労してしまった。そんなに長々と入院する必要なかったな…と最終的に虎徹は判断するほどだ。一応細胞とかの検査は一日後とかじゃないとわからないらしいが、それは後日改めて聞きに行けばいいって感じだったし。
一応VIP室を会社が用意してくれたのだが、虎徹としてはあまりありがたいなぁとは思わなかった。食事は勝手に出て来るし個室にはきちんと風呂もついているが、誰かと話したり出来ないし外出許可は出ないし、とにかく一人だとやることがない。
無駄な運動は禁止されており、名目的にベッドで静かにしていろというのが前提だ。
趣味=仕事が固定されている虎徹にとって、暇つぶしの方法も思いつかない。
全く準備をしてこなかったというわけではないが、予想以上の時間をただ持て余すという形になるだけだった。仕方なくぼんやりとTVや雑誌を見たりするという至極つまらない時間を過ごすことになって、うだった。
ようやく外に出られてパラダイスとさえ感じる。
こりゃ、今日これから入院するバーナビーにも時間つぶしのアドバイスをしっかりした方がいいな…と一番に思ったので、虎徹は自宅に帰宅する前に相棒の家に寄った。
「ようっ」
バーナビーの住まいの玄関先で、虎徹はひょいっと手を上げた。
「虎徹さん…退院したなら先に電話して下さいよ。何回も連絡したのに繋がらなくて心配したんですよ?」
そう言うバーナビーの手には自身の携帯電話が握られていた。
「あ、悪ぃ。病院だから、電源切ってたわ」
指摘されたので慌てて虎徹は携帯電話を取り出して、電源をONにする。なにやらセンター止まりのメールと留守電が凄いことになっている。これはマズった。
「全く…迎えに行こうと思っていたのに、もうこんな時間ですし」
病院内では携帯が使えなくなるということで珍しく時計をしているバーナビーが時間を確認して、少し唇を噛む。
もうそろそろバーナビーも病院へと向かわなくてはいけない時間になってしまっているのだ。
「あ、もう時間か」
「いえ、まだ少しは大丈夫ですが。それで結果はどうでしたか?」
「全然ヘーキ。一応まだ検査結果出てないやつもあるけど、年齢の割には正常だって。やっぱ、鍛えているからかな?」
検査入院自体は死ぬほど退屈ではあったが、とりあえず一番の心配事であった結果が健全だったから、まあいっかという感じにもなってきた言葉だった。
「鍛えていても、僕達は不規則な生活になりがちですから、何が原因で予期せぬ病気になるかわかりませんからね。とりあえず、何事もなくて良かったです」
少し心配そうな顔をしていたバーナビーの顔がようやくここで晴れた。
「あ、バニーちゃん。持ってく荷物の準備終わった?マジで一人だと暇だから、時間つぶし持って行った方がいいぞ」
ここでようやく一番の本題を虎徹は切り出した。経験者は語るのが素晴らしいのと示すように。
「そうですね…時間つぶしというわけではないのですが、これを機会に貯まっていたファンレターに返信しようかと。ネットは繋がっている筈なので。とりあえず、パソコンぐらいしか持って行く予定はないのですが」
「そっか!パソコン持っていきゃ、良かったのか。俺、VIP室なんて泊まったことないから、ネットの存在なんて忘れてたよ」
バーナビーはてっきり何か趣味でもやるのかなと思っていたけど、ファンレター返信とは仕事にも近い感じだ。
まあ、そうは言っても虎徹がパソコン一つで時間をつぶせるというわけでもないのだが、選択肢としては欲しかったなぁと思う。
「虎徹さんは、少しは身体を休められましたか?僕も、完全に仕事から離れるのは久しぶりなので、休息を取るって感じにもなると思いますよ」
「いやあ、それが休むっていうのが何か性に合わなくてな。やっぱり仕事している方が楽な気がする」
自分は根っからの仕事人間なんだなと言いながら虎徹は実感する。
「そうですね。虎徹さんは、そっちの方が似合っている気がします。
………すみません。そろそろ時間なので」
「ああ、悪かったな。引きとめて」
雑談は終わりだ。今度は改めて虎徹が自分の時計を確認する事になる。
「いえ、わざわざアドバイスありがとうございました。それと…少し待って貰います?」
「ん?」
それだけ言うとバーナビーは一端玄関を離れ、速足で奥の部屋に行ってしまったが、数分もしないうちにまた戻ってきた。
「これ、お貸ししますよ。大切に扱って下さいね?」
にっこりとそう言って、バーナビーが虎徹に手渡したのは、ショッキングピンク色をしたうさぎのぬいぐるみだった。エメラルドグリーン色の瞳が鮮やかに虎徹を見ているような気がする。
「このぬいぐるみ…アレだよな。いつもお前のベッドの脇に置いてある………」
「ええ。僕の誕生日に皆さんが下さった、うさぎのぬいぐるみです」
それは、虎徹がバニーちゃんだうさぎちゃんだと連呼するから、ヒーロー仲間の皆が見つけてプレゼントしたものだった。
肝心の誕生日には事件が起こってしまい、バーナビーの手元にぬいぐるみが届いたのは次の日、アントニオの手によってだったが。
そしてそのぬいぐるみは、今はバーナビーのベッドサイドが定位置となっている。シックでクールなバーナビーの寝室にそのぬいぐるみは圧倒的な印象を放つ存在となった。
「え?何で、コレ俺に貸してくれんの??」
手渡されたから反射で受け取ったが、どういった流れでこうなったのか虎徹にはわからなかった。一応今まで一度も、ぬいぐるみを貸して欲しいとか言った覚えはないのだが。
「お一人じゃ、寂しいんでしょ?これを僕替わりだと思って下さって結構ですから」
さらりと臆面もなくバーナビーはそう言って来た。
「っな…バカ!別に、寂しかったわけじゃねーよ!!」
何か、予想外な解釈をされて、慌てて虎徹は反論する。そんなつもりで暇だと言ったわけじゃなかった。いくら、普段はいわゆる情人同士で一人ではなくバーナビーと一緒にいることが多いとはいえ。
「僕は寂しかったですよ。たった二日ですけど、まるで世界に一人きりだったんだなと思い知りました」
慌てる虎徹とは裏腹に、バーナビーは若干愁いを帯びた声を悲観するように出した。
「お前、よくもそんな恥ずかしい事を………」
そこまで言われてバーナビーを直視出来なくて、虎徹はうさぎのぬいぐるみを握りしめたまま、視線をずらす。
「寂しくないなら、そのぬいぐるみ…必要ありませんか?」
いつの間にやら、少しへたれて飛び出たぬいぐるみの足をバーナビーは軽く掴んで弄んでいる。
「………べ、別に物に罪はないと思うし。借りてもいいけど……………
つーか、俺がお前に貸す物とか何にも持ってきてないんだけど…」
そうなのだ。今虎徹は完全に手ぶらで、ぬいぐるみの代わりになるような物なんて思いもつかないから、罰が悪かった。
「ああ、そんなこと気にしていたんですか?」
「俺だって一応、色々と考えてるんだよ」
ちょっとバーナビーの言い方が癪に障ったので、虎徹はアヒル口で文句を言いながらも言葉を返す。
「そうですね…とりあえずは、これで」
言葉を完全に言い切らないうちにバーナビーは、一瞬で虎徹の腰を右手で引き寄せる。
不意にバランスを崩した虎徹が後ろのめりになったので、前髪がわずかに乱れて開いた額に軽いキスを。そのままびっくりして少し閉じた右の瞼の上に触れるだけのキスを。両耳を覆うように包むと無防備な右頬についばむキスを。
最後に残った、虎徹の唇にバーナビーは自身の人差し指を少し押し当てると、その感触が終わらないうちに、自分の唇へ持っていって、確かめた。
一連の動作を虎徹に見せつけるように………
「キスすると…したくなっちゃいますからね。続きは帰ってきてから、楽しみにしていますよ」
餞別代わりを貰って嬉しそうにバーナビーはにっこりと笑うが、反対に虎徹に余裕はない。
「早く、行けーーー!」
まるで追い出すように顔を真っ赤にして叫ぶが、うさぎのぬいぐるみだけは握ったままだった。
今までこんなにカレンダーを気にしたことがあっただろうか。時計の針が進むのが遅く感じたことがあっただろうか。
昔、ホテルに時計がないのは、時間を気にせずにゆっくり過ごしてもらう為と知った時感じた若干の不便さ。
時間を気にする必要がないほど進むからこそ、改めて意識しなかったことだった。
「明日…か」
自室のロフトでごろごろしながら虎徹は、月初めにはまずめくられない何の書き込みもされていない無骨なカレンダーに目をやった。気が付くとバーナビーがめくってくれたりもするので、益々普段は視線をやらない代物でもある。
バーナビーが検査入院に入ってから、もちろん仕事は一人。ヒーロー要請としての出勤ももちろん一人。大した事件が起こったというわけではなかったが、やっぱりいつも隣にいる存在がいないのに当たり前のように日常を繰り広げられると、心に止まる。自分が検査入院している時は非日常な環境に置かれたことで、払拭されていた気持ちが逆の立場になって初めて溢れて来たのだ。
予定では、明日の昼ごろ…にはバーナビーもPETの検査結果が出るはずだ。自分がそうだったから余計に時間がわかるのが辛い。
何度かした指折りも子供じみて空しくて、虎徹は既にいくどか撫でた、うさぎのぬいぐるみを引き寄せた。
実際ピンクのうさぎなんて存在していないことはわかっている。白い肌に血管が際だって淡いピンクというのなら何となくわかるが、このぬいぐるみはかなりどぎついショッキングピンク色だ。
圧倒的存在感からも、やはり持ち主であるバーナビーを余計に想像してしまうのも仕方ないかもしれない。
虎徹はぬいぐるみの腹部に手を回してぎゅっと抱きしめたまま、枕よろしくベッドに寝っころがった。
おそらく抱きぐるみとして活用する前提で作られたのだろうさわり心地ではあるのだから、本来の使い方なのだろう。
「………バニーちゃん…」
すべてが脳内で収まりきることは不可能で、意識していないまま虎徹の口からはその名前が出てくる。
ぐるぐるとぬいぐるみを抱きしめたまま何回かベッドの上を回ると、いつの間にか体重をかけて押しつぶしてしまっていたことに気がついた。
中の綿はそんなに柔ではないらしく、程良い弾力は未だに十分ではあったが、変な気持ちになる。
「やばっ…そっか………病院でも余裕なかったし」
ここにきていわゆる男の生理現象が表に出てきたことをじんわりと虎徹は悟った。
普段はバーナビー相手で十分すぎるほど発散していたのだが、ここ最近は検査入院の関係で食事制限など各々でやっていたからあまり泊まり合いもしていなかったので、ご無沙汰すぎて忘れていたのだ。
当然いくら個室とはいえ病院内でというのも、なかなか無理な環境だったと思う。
暇を持て余すかのように自宅でごろごろしていて溜まっていれば必然的すぎるくらい、身体が訴えを起こしてくる。
一度自覚すると動くのも鬱陶しくなるくらいで、虎徹はぬいぐるみに乗りかかったまま、少し腰を浮かせてベルトを外す。
そのままいつものようにズボンの前を開こうとしたが、はたりと気がつく。
体制的に、既に心には借り物のぬいぐるみを避けているゆとりがない。外に露出させた場合、汚してしまうかもしれないのだ。
「…くっ……」
あまり物事を考えている余裕さえなかった。虎徹はなんとかベルトだけは引き抜いたが後はそのまま。自らの下着やズボン越しではあったが、下半身をぬいぐるみに押し当てる格好となる。
「…はっ……ん……ぅ」
直接的な刺激が望めないままだったが、虎徹の腰の動きは加速して、きつくぬいぐるみを抱きしめる。程良い弾力からの反発はじんわりとではあったが、気持ちよさを浸透させる。シャツ越しの心臓動きさえ伝わっているかのような高鳴る感覚。動く度にぬいぐるみの二つの耳が反動で虎徹の目の前で揺れているのがわかる。ダメだとわかっているのに、気持ちいい―――
「………あ、…バ…バニ……ィ………」
もどかしいほどの熱が身体を巡り巡って、切なくいつもの名前を呼んでしまい、全身が震える。駄目だ。どうしてもイきたいという望みが駆け抜ける。
「………はい。呼びました?」
突然飛び込んできた声の正体はすぐにはわからなかったが。
「ぎゃああああ!!!!!」
反射的にあまりに驚きすぎて、虎徹は盛大に叫んだ。
「…なんですか。色気ない声ですね」
恐る恐る虎徹はロフトの階段部分へと目を向けると、そこにいたのはやはりバーナビーであった。いつも通りの様子を示しながらも、あっさりベッドの上へと上ってくる。
「なっなっなっ………」
ただでさえいっぱいいっぱいなところに赤面と混乱で追い打ちをかけられて、虎徹はマトモに言葉を紡げない。
「何で………って言いたいんですか?」
バーナビーの的確翻訳に首を縦に振ることも出来ず、虎徹は視線だけで肯定を示す。
「前に言ったと思いますが、僕はPET受診初めてではないので、要領よく進めて貰えるように病院にお願いしたんですよ。殆ど待ち時間もなく終わったので、一番にここ来たということです」
「そ、そう…」
おそらく顔出しヒーローであるバーナビーだからこそ優先的にされるのが通ったのだろう。そういう世の中なのである。
「それで…貴方は何をしていたんですか?」
確信犯的な笑みを浮かべながらも、バーナビーは笑ってこちらに訪ねる。たまに本当にバーナビーは嫌な性格をこちらに見せるのだが、バッチリと見ていてもこうやって突っ込まれているのだ。わかっていて言っているからこその最悪だ。
「べっ、別に………俺はただぬいぐるみと遊んでいただけだし」
観念するのも恥ずかしすぎて、ぷいっと視線をずらして口笛を吹くかのように虎徹はとぼける。
三十代のおじさんがぬいぐるみ抱えていただけでも笑われそうだが、普段からバーナビーは虎徹のことを可愛いとか目が腐ったようなことを言っているので、初めて便乗利用する程度だ。
「そうですか…なかなかイケないように見えたので手伝って差しあげようと思ったのですが、勘違いでしたか」
「わーわーわー!!!」
今度はこれ以上バーナビーがしゃべらないように、口を塞ごうと攻める番だった。しかしその右手はあっさりとバーナビーに捕まれるだけに終わる。やっぱり全部見ていたんじゃないかと奥歯を噛み睨む。
「僕の名前を呼ばれたような気がしたのですが、これも勘違いですか?」
ロフトに上がってくるとき、確かにバーナビーは「はい」と返事をした。それはさすがに否定出来なくて。
「別に名前くらい呼んでもいいだろ。独り言だよ…」
「逆にそう言って貰えると嬉しいんですけど。一人の時も僕の事を考えてくれているってわかって………そろそろ観念して下さい」
そこまでさらりと言うと、とうとうバーナビーが迫ってきたので逃げられないとわかっていても、虎徹はせめて背中を向けて四つん這いになりながら本能的に逃げる。
「往生際が悪いですね」
「あっ!」
自分の後ろで何が起こったのか最初はわからなかったが、ズボンの裾を捕まれてバランスを崩して前にうっつぶした。恨みがましく後ろを少し向くと、腰だけを上げている最低最悪な虎徹の格好の態勢になっている。腰を掴んでキープしているバーナビーだけは嬉しそうだ。
「放せよ」
めくれたシャツとズボンの隙間から露出した自身の肌をゆったりとなぞっているバーナビーを野次る。
「放したら、一人でしているのを見せてくれるんですか?」
「だ、誰が!そんなこと…」
こてりとわざとらしく首をかしげる仕草をしたが、やっぱりろくなことを言わないバーナビーに対して大否定しておく。
「まだ一度もイッてないのに、案外余裕ですね」
「………お前、いつから見てたんだよ」
ここで少し眉間にしわを寄せて虎徹は声のトーンを落とした。
確かに余裕がなくてぬいぐるみに顔をうずめていたのは事実だが、そこまでバーナビーに気がつかなかったのかと後悔の嵐だ。
「虎徹さんが、ぬいぐるみとぐるぐる回っているところから…ですかね」
はたりと思い出すリアクションをしながらも、バーナビーは的確に答えた。
「ほぼ最初からじゃねーか!声かけろよ」
なんということだと余計に頭に血が上るくらいだったからこそ、声を張る。
「僕は、可愛いな…と思って温かい気持ちで観察していただけです。勝手に一人でやり始めたのは虎徹さんでしょ?ほらっ…」
かけ声と共に、バーナビーは後ろから虎徹のズボンを半分だけ、ずり落としてきた。油断していたので呆気ない。
「おいっ!」
「あ、駄目ですね。もう完全に立ち上がってるから、うまく脱がせられないじゃないですか」
少ししかくつろげられていない虎徹の前は、その性器が引っかかって隠されたまま。尻肉と割れ目を指でなぞりながら、バーナビーは平然と言ってきた。
「誰が脱がせって言った!」
不格好な態勢のまま腰と尻の半分だけ露出させていることを自覚して、虎徹は赤面しながらも軽く叫ぶ。圧迫感から非常に動きにくい。
「わかりました。着衣のままがいいんですね」
勝手な解釈でうなずいたバーナビーは、左手だけは膝立ちさせた足と腰の体制を崩さないようにがっちりと掴み、右手を虎徹の股間へと寄せてきた。
「んなこと、言ってねぇ……やめっ!………触んなっ…」
軽く開いた両の足はバーナビーの身体に割り込まれて、その間からすり抜けるように右手が容赦なくズボン越しに立ち上がっている虎徹の性器を揉む。
決して直接的とはいえないその刺激も、いつも情事の相手となっているバーナビーが対象となると、まったく心にゆとりなどない。
「相変わらず…口と行動が伴っていないですね」
ただでさえズボンの中で苦しく膨張しているというのに、それでも丹念に形をなぞられて指を動かされると、より強い刺激を求めて腰が勝手にバーナビーの指へと押しつけてしまっていた。その事を小言で示されたのだ。
「…お…前が…、!…こういう身体に…したんだ…ろ?」
ベッドに汗が滲む額を当てながらも何度か荒い息を吐きながら虎徹は反論する。
「違いますよ。虎徹さんが元々淫乱だったんです―――」
そこまで言い切ると、バーナビーは虎徹の性器の先端をつぶすぐらいの力で強く親指と人差し指で、つねった。
「ひっ……っ……!…んんん…ぅ…!!!」
痛みにも近い刺激に、びくりっと腰が上下へと何度か震えて、そのまま虎徹は射精した。
バーナビーの拘束をも越えて、虎徹はベッドにがくりっと完全に倒れ込んだ。心臓はうるさいほどに動き、連携して胸が幾度も鼓動と共に酸素を求めている。
そんな疲れた状況に置かれているというのに、バーナビーはうつぶせになっていた虎徹の身体をくるりと反転させて、こちらに向けさせた。二人がマトモに目を合わせる。
「気持ちよさそうでしたけど」
「…最悪だよ。洗濯物が増えた」
思春期のガキじゃあるまいし…ズボンの中の状況を考えるだけでも頭が痛く、虎徹はそう嫌味ったらしく言ってやる。
だがそれはまるで効果がなかったらしく、バーナビーは次に手慣れた様子で本格的に虎徹のズボンの前をくつろげ始めた。
「バカ!…やめろっ!!」
このぐちゃぐちゃの中の状況を見られるだなんて想定していない。射精後の鬱陶しい中でも何とか両手でガードしようとしたが、所詮は無駄な抵抗となる。
「早く脱がないと余計に洗濯が大変になると思いますよ?」
てきぱきと手を進めてあっさりとズボンを脱がせると、その下着に手をかけてゆっくりと下ろした。
寒いというわけではなかったが、外へ露出させられる外気の独特な感触へと包まれる。そしてそれ以上に、下着に張り付いた粘り気が離れていく冷たい感触が糸を引いているのを見せつけられる。
ズボンと下着を完全に脱がされ放り投げられたのを確認すると、次にバーナビーは虎徹の震える性器の精液を舐めとろうと口を馳せようとしたが。しかし。
ぼふんっと、予想外の衝撃がバーナビーの顔に走る。
「………なんですか?」
ゆっくりと虎徹がバーナビーへと押し当てた、あのうさぎのぬいぐるみをどけながら、若干不機嫌そうに声を出してきた。どうやらムードが削がれたのがお気に召さなかったらしい。しかし、虎徹としてもバーナビーに流されっぱなしというのも癪だったからこその抵抗なのだ。
「僕は…ぬいぐるみとキスするなら、虎徹さんとしたいんですけど」
そう言って今度は、こちらの顔へとキスを迫ってきたので、虎徹はぬいぐるみの腰を握って間を阻む。
「そのぬいぐるみ…邪魔です。退けて下さい」
「ヤだよ」
もはや自分の身を守るものは世界にこれだけとなってしまったかのように、虎徹はぬいぐるみにすがるように、より深く抱きしめると、バーナビーがイラッとするのが見えた。
「それ、元々僕のぬいぐるみですよ。返して下さい」
右手をこちらに差し出して渡すようにバーナビーは、し向けてくる。
「本当はバニー、明日戻ってくる予定だっただろ。だから明日までは俺が借りてる権利ある筈だけど?」
苦しい言い訳ではあったが、それでも虎徹は拒否を示す。
「大体、お前。何で同意なしでいろいろと進めようとするわけ?俺、セックスしたいって言った???」
下半身丸だし状況で言うのも間抜けだとわかっていたが、それでも虎徹は主張する。どうしてこう…人の意見をバーナビーは聞こうとするつもりがないのか理解できない。いつも年下のハンサムに流され気味だからこそ、こういう時ぐらいきっちり言っておこうと思ったのだ。
「………わかりました。じゃあ、セックスはしません」
不機嫌そうな顔は残したままではあったが、ふっと少しだけ身を放して、バーナビーは言う。
「んじゃ、その太もも掴んでる手も放せ」
ほっと胸をなで下ろすと、ついでに右指でちょいちょいとバーナビーの左手を示して虎徹は言った。これのおかげで逃げられないから、ぬいぐるみを防御に使うという暴挙に出たのだから。
「セックスはしませんが…僕も貴方の痴態を見て興奮したので、したくなりました。手伝ってくれますよね?もちろん」
「はあ?なんだよ、それ…」
何かが矛盾しているような言葉を投げつけられて、虎徹はいぶかしむ。
「だって僕、虎徹さんがイくの手伝ってあげたじゃないですか。これでおあいこになりますよね?」
そう言いながらも、やはり了承を得る前にバーナビーは両手を虎徹の太ももの裏側へと持っていった。
ぐいっと足を開かれるのを危惧して、虎徹は反動的にうさぎのぬいぐるみを握りしめたまま足を閉じた。だが、そんなにうまくいく筈もなく、何とか内股状態だけは確保できたが、ぬいぐるみの片方の足だけ間に挟んでしまった。
「これはこれで…なかなか良いかもしれないですね」
「何言って………うぁっ!」
ふむっと手をやって少し納得の言葉を出していたバーナビーに油断していると、あっさりと足は開かれないままではあったが、太ももの裏側を押されて腹につけられて、虎徹は再びベッドに撃沈する。今度は仰向けという凄惨な状況だが。
同時に虎徹の性器は腹の方へと隠される形とはなったが、ズボンを脱がされている尻はバーナビーに丸見えな状況になった。
かぁっと朱が走り、抵抗のため足をじたばたさせようとしたが、逆に片手で足をとりまとめられてしまう。
相変わらず準備がいいというか、どこから取り出したのかしらないが、いつのまにかバーナビーはローションを取り出していてフタを簡単に片手で外すと虎徹の股間に容赦なくこぼす。
「冷たっ………何だよ…セックスしないんじゃなかったのかよ!?」
別に人肌に暖めてから使えと言っているわけではないが、人を安心させておいて酷い仕打ちだと虎徹は若干怒りつつも言った。どう見てもバーナビーはやる気満々に思えたのだ。
「虎徹さんが嫌がるなら、入れませんよ。ただ…」
一端バーナビーが声を区切ったので、虎徹は握りしめたぬいぐるみの横からこっそりと様子を伺ったのだが、やはり酷い光景が見えた。
ズボンのフロント部分だけを広げたバーナビーは、自身の性器を軽く手で何度かしごいていた。狙い定めると、虎徹がぬいぐるみの足を挟んでしまったことで出来てしまった太ももの隙間に、容赦なく突っ込んだ。
「ちょっ、、…やめっ………ぬいぐるみが汚れるっ…!」
ただでさえローションが染み込むかもしれないと思っているのに、こうがっちり足を閉じさせられては今や虎徹がぬいぐるみを放る事も出来ず、ただしがみつくだけの状況だ。
そうしていると、虎徹の太ももの間を何度も行き来するバーナビーの性器の太さも形も感触も何もかもがリアルに伝わってくる。
そんな中、バーナビーの性器が虎徹の性器の上を何度もずるずると痛いくらいにすり抜けて接触しているのだから、状況は芳しくない。
元々最初の射精でどろどろになった虎徹の性器にローションが加わり先走りされている中で、バーナビーの性器は泡立つほどに動きが滑らかすぎて、いつものセックスより簡単に抜き差しが可能だからこそ、容赦なく激しく水音も増していく。
腹の上とくぼんだへそにたまったぬるぬるとした精液が零れて、横っ腹を伝っていくのがわかるが、それさえもぞくぞくして震える。
「そんなにぬいぐるみに爪立てると、穴が空いちゃいますよ」
いつの間にか、ピンクの毛並みを逆立てるほど強く握りしめていたことを指し示された。
「だっ…て、……なん…か…これが…………バ、…バニー………」
「ほらっ、僕の手を掴んで?」
ようやくぬいぐるみから手を放した虎徹の手を掴み、その隙で肝心のぬいぐるみは隣へと少し投げ放った。
これで二人を遮る物はようやく無くなった。
ぬいぐるみという障害がなくなったことで、狭くなった虎徹の太ももに手を這わせながらも、バーナビーは自身の腰の動きにより一層力を入れる。
「あ……ん、……も…うっ………」
虎徹の性器は、疑似挿入のような自分の太ももとバーナビーの性器に押しつぶされ激しく擦られて、反り返って限界だ。
ぎゅっとバーナビーの指を握って、はしたなくも強請るサインを送る。
「………僕もっ、………くっ!」
無意識に虎徹の太ももが、クロスするほど深くバーナビーの太いくびれを押しつけた瞬間、二人は同時に射精した。
上方へと飛び散った精液は、虎徹のシャツもベストもネクタイも全てを汚すように白濁を巻き散らした。
「で………結局、服全部洗濯大変になったじゃねーか!」
軽く意識が飛んでいたが、ようやく落ち着いて目の前の惨劇を把握した瞬間、虎徹は怒りを見せる。
ベッドはもちろんのことだが、二人分の精液やらローションに塗れた虎徹の服で無事なのは靴下くらいだ。
ちらりとぬいぐるみに目をやると、どうやら汚れてはいないようで、それだけが不幸中の幸いと言ったところか。
反面、バーナビーは局部だけの露出なので、着衣の乱れさえないのが恨めしい。
「確かに僕も悪かったですけど、虎徹さんもいけないんですよ。予想外の事をしてくるから、セーブができなくなりました」
二枚重ねにしたウェットティッシュ片手に手についた精液を拭き取りながらも、なぜかバーナビーはそう言ってくる。
「はあ?俺、何もしてねーし」
なぜ罪がこちらにまでくるのか、理解しようがなくて文句をぶーぶー言う。
「しましたよ。ほらっ、僕にぬいぐるみをぶつけたでしょ?」
バーナビーは、うさぎのぬいぐるみを軽く引き寄せて示しながら言った。
「それくらいで…」
「それくらいじゃあ、ありません。この前、虎徹さんに渡す前に、ぬいぐるみに軽い興奮剤を仕込んだんですよ。貴方にだけ効果を見込んだのに、僕にまであんな顔面に押しつけられたから、困りました」
「だ、だから!変な気持ちになったのか!!ていうか、どう考えてもお前のせいじゃないか!」
まさかそんな仕込みをされているとは思わず、触りまくってしまった。驚いた。知ったとたんに、ぬいぐるみが超危険な代物に見えてくる。もう、こちらに近づけるなと思う。お引き取り願いたい。
「虎徹さんは二回イきましたけど、僕は一回で足りないんですけど。これからセックスしません?貴方、ずっとぬいぐるみを触っていたから、僕よりも物足りないと思うんですけど…」
いけしゃあしゃあとそんな事をいいながらも、いつの間にか虎徹は右足を掴まれていて、土踏まずの中ほどにあるホクロを丹念に舌でねたぶられた。
「ふざけるな!今度こそ、勝手に一人でやってろ!!!」
そのままその足でバーナビーを蹴りあげて、ノックアウト。
虎徹はロフトから降りると、とりあえずトイレへと逃げ込んだのだった。
めいぐるみは大切に。