※ このお話は、ザ★ヒーローショウにて無料配布した内容と同一となります。
最初バーナビーは、このバレンタインデーというイベントをよくは知らなかったのだ。
いや、確かに生来から存在していたイベントではあったのだが、いわゆるオリエンタルタウン式バレンタインデーに馴染みがなかったのだ。人種のサラダボウルとも呼ばれる巨大都市シュテルンビルトでは、様々な生活習慣や文化を持った多くの人が息づいている。その中でも、少し宗教的なイベントでもあるバレンタインデーは色々な形を見せていて、まだ完全には安定していないように見えた。
そんな中、バーナビーが仕事上のパートナーとして出会ったのが虎徹で、彼はオリエンタルタウンに根付くバレンタインデーの習慣を教えてくれたのだ。独自の発展が行きついたその先にあったものは、愛の告白として今日この日にチョコレートを贈る…というものだった。それはバーナビーが今まで聞いて来たバレンタインデーの習慣の中では、かなり限定的に決まっているものに感じた。どうやらチョコレート業界の策略が渦巻いているらしいが、こんな俗物的な騒ぎになるだなんてバレンタイン司教もいい迷惑だろう。だからこそ、印象深くどこまでも覚え続けていたのかもしれない。
そうして今年もさも当たり前のようにバレンタインデーはやってきた。やってきてしまったのだ。
街は、少し浮ついた雰囲気をどこかに漂わせ、甘い活気に包まれ、花屋と洋菓子店の横を通り過ぎれば一年の中でクリスマスに次ぐほどの盛況を見せている。バレンタインデーは祝日ではないし、そもそもバーナビーの職業柄から鑑みれば祝日=休日ではない。今日も、通常通りに会社へ出社する形になる。
一つ違う事があるとすれば、それはヒーロー事業部がいつもとは少しだけ風景を変えざるを得ないということだろうか。その一番の原因はバーナビーで、つまりファンから定期的に送られてくるプレゼントやファンレターがバレンタインデーという日になると倍増以上になるのだ。従来の場所へと収納しきれなくなったその物々は溢れ、ヒーロー事業部をも圧迫する形となった。
「おっ、バニーちゃん。今年も凄いな」
それは茶化しているのか素直な感想だったのかは知らないが、透明のプラスチックケースの中に入っているプレゼントの山々を目の当たりにした虎徹は、軽い様子でバーナビーに言葉を投げかけた。毎年の光景だが、慣れるというのもおかしいものだと感じているのかもしれない。
「そう…ですね」
言われたバーナビー自身は、そこまで興味高くはプレゼントの数々を一瞥するだけだった。そんなものより自分にはこれからとても大切なことがあるのだから。
そして
「虎徹さん―――」
意識して、強く呼びとめる声を出す。
さすがにその空気を感じとったらしく、若干びくりとしながらも虎徹はバーナビーの方を向いた。だが、二人の視線は絡み合うことはない。
「これ…チョコレートです。今日はバレンタインですから」
その意味を明白に示しながら、バーナビーはチョコレートの入った簡素なラッピング箱を虎徹の目の前に差し出したのだ。すっと伸ばされた手の先に、自分の気持ちを添えて、その言葉に乗せて。長ったらしい前書きなんて必要ないのは、その想いは唯一つだからこそ。
「………ありがとな」
少しだけ困った顔をしながらも、虎徹はその箱を受け取った。そう、受け取るだけ。
「でも、ごめんな」
そうして、バーナビーの告白に対してのはっきりとした拒絶を淀みなく示すのだ。その気持ちには一陣の隙間もないことを示唆しながらの即答だった。
「ええ…わかってます」
対するバーナビーは別段と動揺もせずに決まりきった声を出す。これは想定していた事なのだから。
バーナビーが虎徹に告白の形としてバレンタインチョコレートを渡すのは、これが初めてではなかった。今年で四回目…いや、五回目だっただろうか。だからこれは慣れたことなのだ。今年も多分虎徹からもたらされる返事は駄目だろうと、わかりきっていた。それほど二人の関係はどこまでも平行線をたどっていた。ずっと―――いつまで経っても、もはやバニーの自己満足みたいなものという扱いを受けてもそれだけが続く。虎徹の心は動かない、揺るがないのだ。だからこそ彼の心の一部を蝕むだけは、許して欲しかったのだ。
最初こそはそれなりに驚かれて、冗談だと思われて、ひと悶着あったような気もするが、それも一度きりの限定的なものだ。それから毎年、繰り返し繰り返しバーナビーはバレンタインにチョコレートを送り続けていた。そうした過去が、それを打破するかもしれないと思わせる具体的な妙策に走ったのかもしれない。
「今年は…手作りにしてみたんです。良かったら、ここで食べてみてくれませんか?」
虎徹は渡されるチョコレートを絶対に拒否しない。それはファン気質を知っているからこそ断る事が出来ない、嫌な職業病だった。だからこそ、確かめたかったのだ。そうしてマンネリから逸脱して、バーナビーの本気を感じ取って欲しかった。
「ああ」
それくらいならば…と、虎徹は日頃よりはトーンを落とした声を出して、ラッピングの濃緑色をしたリボンを箱から手早く解く。簡素な箱から覗くのは、大ぶりのトリュフチョコレートだ。
虎徹はその中の一つを摘まみあげると、口の中へぽんっと放り込んだ。
ついに、ようやくだ………バーナビーはその光景を見て思わずほくそ笑むことになる。虎徹は直ぐに気がついてくれるだろうか、それが楽しみで楽しみで仕方ない。嬉しい。
でも、もしかしたら今年一度では駄目なのかもしれないからと、バーナビーは既に空虚となった、己の右手小指があった場所をゆっくりと撫でた。
もし効果がないのなら、来年は右手薬指。それも駄目なら…どんどん左方向へとシフトして………ああ、もしかしたら案外、運命の左手薬指を虎徹さんに食べてもらえるなら本望かもれしないと、思い始めた。