ピッ
『………KOHのバーナビー・ブルックスJr.さんが新人アイドルとの熱愛報道に対してコメントを発表。マスコミ各社へFAXが送られて来ました。読み上げます……………』
「虎徹さん、そろそろ昼休みが終わりますよ。テレビ消しませんか?」
意図的かどうかはわからないが、女性アナウンサー声を遮るようにバーナビーは言葉を発した。
だが、自分の芸能ニュースが流れているというのに全く気にも留めていないようで、ただ時間だけを気にする様子を見せて、リモコン片手の虎徹に声を投げる。
「バニーちゃん。今度は、また随分と若い子相手だねぇ…」
当人が隣で居心地が悪いのはこちらの方だった。
ギリギリ未成年の女の子かと、軽く表示されたテロップに目を通して虎徹は忠告の言葉を口走る。
芸能人ってどうして名前と共に必ず年齢を表記するのかわからないが、この場合は珍しく顔がひきつった。
「いいでしょ。恋愛くらい、好きにさせて下さい。仕事はきちんとやっているんですから」
さすが、現KOH様だ。発言には根拠ある裏付けが存在している。
それに単純に恋愛…と言われると、虎徹も弱い。自分も既婚者なのだから。
ただバーナビーはスーパーヒーローの中で唯一顔出ししているからこそ、芸能ニュースにも扱われて若干可哀想だとは思うが。
今までも何度かバーナビーの女性問題が取り上げられて、最初こそはヒーローの鏡としてはふさわしくないという話も出たのだが、逆にヒーローも一個の人間であるからということで、色々と揉めたりもした。
とりあえずは低俗なゴシップ紙にホテル帰りなどをすっぱぬかれるような酷い女性関係ではないということで、ファンも見守る…という形で現在は落ち着いている。
「まあ、とりあえず………二股とかやめろよ」
それでも一応釘だけは指しておく言葉を表す。
虎徹がバーナビーの付き合っている?女性を知るのはいつもテレビやら雑誌の中だけなので、こういう時にでも言っておかないと機会がないのだ。
「僕は案外一途ですよ?」
心外だと肩をすくめる動作付でバーナビーは伝えてくる。
「一途ねぇ…それにしては今まで付き合ったタイプ色々だよな」
何だったけ…今まで誰がいったっけなと、虎徹は頭を巡らす。
芸能関係者はもちろんの事、アナウンサーにスポーツ選手、ファンだったという一般人もいたような気がする。そのどれもが長続きせずに、現在に至るわけだが。
「実際付き合ってみないと、僕の望んでいる人かわからないので仕方ないんですよ」
なぜかここでため息を漏らす。
「全く…大変な性格だな。
そーいえば、前…俺にも告白したことあったもんな。本当に恋愛熱心な事で」
若干呆れている流れだったからこそ、茶化すつもりで虎徹は笑いながら言った。
今だからこうやって言えるが、当時は驚いた。バーナビーは恋愛事にそこまで興味があるように思えなくて、しかも相手が男やもめの自分なのである。もちろん盛大に無理だという理由を並べて、お断りさせて頂いたのだが、まさか今こうなるとは。人間はやはり変わる生き物なんだなとよくわかる。
そういえば、報道されているバーナビーの相手は女性ばかりだと虎徹は気がつく。宗教的な問題もあって同姓で付き合うのに嫌悪を抱く人がいることがいるのかわかってはいるから、多分報道されないように気をつけているのか、会社の力を使ってもみ消しているのかは知らないが、誰でもいいんだろうな………と虎徹は勝手に思っている。
「そんなこともありましたね。逆に聞きますけど、虎徹さんは好きなタイプとかあるんですか。亡くなられた奥さん一筋っていうのは知ってますけど」
ふわりと笑ってバーナビーはこちらを見ながらも、尋ねてくる。参考意見を聞くという形だ。
「俺?そうだなあ〜」
珍しく女性の話なんか振られたので、虎徹は張り切って思いつこうとする。
持っているリモコンでいくつかピッピッといくつかチャンネルを切り替えると、ちょうど良いタイミングで見つかる。
「この女優さんとか、タイプかなあ。元気があって性格も美人で文句なし。あ、俺は浮気するつもりはないけどな」
都合良く料理番組で好きな女優さんが表示されたので、虎徹は一通り絶賛した。
「わかってますよ」
「まあ。バニーちゃんも、幸せな恋愛しろよ?結婚っていうのはいいもんだし、子供も可愛いっ」
経験者は語るを深々と虎徹はバーナビーに伝えてやった。自分の家族の事を思うと、やはりほんわかという気持ちになる。
「そうですね………頑張ります」
バーナビーも、ただ虎徹の言葉に頷いて肯定の言葉を出したのだった。
そうして、年月は苛烈にも飛躍する。
シュテルンビルト一の格式を持った厳かな礼拝堂を持つ教会で、今一組の結婚式が行われようとしていた。
コンコンコン
「はい、誰ですか?」
「俺。入っていい?」
「どうぞ」
新郎の控え室へ飛び入ってきたのは虎徹で、これから最高の結婚式を迎えるバーナビーは、完璧な出で立ちでこちらを振り向いた。
「うわっ、バニーちゃん。いつも以上に男前だなぁ。それ以上カッコよくなってどうするの?」
なでつけた金髪と、銀地をベースにしたドレスコート姿を見て、虎徹は感嘆のため息を漏らす。
いくらハンサムが何を着ていても似合う部類の人間だとわかっているとはいえ、この晴れの舞台に衣装も最上級ともなれば、同姓の自分が見ても惚れ惚れするとしか言えない。
「虎徹さんもお似合いですよ?わざわざ礼服を新調して下さったんですね」
「これは、馬子にも衣装っていうんだよ。それに、友人代表の挨拶なんて任せられたら、張り切るしかないじゃんっ。ていうか、キンチョーしててさ。本当に俺なんかがスピーチしていいの?」
友人というより仕事での相棒だからこその挨拶だから、自分以外には頼むという選択肢はなかったのかもしれないが、ヘマしないか心配だ。
これが身内だけの内々な披露宴ならばそれでもいいのだが、バーナビーの結婚相手は年上の女優さんなので、芸能人同士。ヒーローで結婚するって大々的に言うのもバーナビーが初めてで、アポロンメディアのヒーローTVが主体としてカメラが入り生中継されるというのだ。失敗は許されない。
「ええ。貴方にスピーチしてもらうからこそ、この結婚式は意義があるんですよ」
軽く頷きながらも、スピーチの重要性を高めてくれて、逆効果だと虎徹は笑った。
「また、随分と壮大なことをいうね。
ところで、こんなところでゆっくりとしていていいのか。新婦んトコ行かなくていいの?」
ここは新郎用の控え室で、虎徹としてはもしかしたらいないかなーと思っていたくらいだったのだ。
新郎より新婦の方が時間かかるということは、経験者の虎徹も知ってはいるが、だからこそ愛する妻の純白のウェディングドレス姿を見たくてそわそわしていたような気もする。バーナビーには余裕しか見えない。
「朝、一応病院に寄ってから来たので、まだ準備に時間がかかるようです。僕は、ここで連絡来るまで待っているんですよ」
形式的に壁時計に目をやりながらも、バーナビーは言った。
「あ、そうだよ。おめでとう!ってまだ言ってなかったな。バニーちゃんにも、とうとう子供か」
うっかりいろいろと失念していたと、言葉を出す。
今回、バーナビーが結婚に至ったのは、いわゆる出来ちゃった婚であった。
結婚雑誌的に言うと授かり婚やおめでた婚なのだろうが、虎徹の年代だとそっちの言い方の方が馴染みある。
別に特に何か思うというわけではない。今時、出来婚じゃない方が珍しいというくらいなのであるから。
さすがに、子供が出来たわけでもないのに、どうして結婚するの?と言う若い子もいるらしく、虎徹からすると、最近の若い子は言うことが違うねぇという感じは若干否めないのだが。
だが、ようやくバーナビーが腰を据える気になったことは、良いことだとも思う。
とにかくめでたいことはすばらしいという気持ちあるから。
「ありがとうございます。
それで…あの、虎徹さんにお願いがあるんですけど」
「ん?」
疑問の声をあげると、突然立ち上がって虎徹の目の前にやってきたバーナビーと対面する形となる。
「実は………虎徹さんに、子供の名付け親になって貰いたいんです」
「ええっ!俺?俺でいいの??二人で考えないの?」
予想もしていなかった事を頼まれて、度肝を抜かれた。
バーナビーが結婚すると招待状を渡してきた時以上に、これは驚いたかもしれない。
「ずっと、そうして貰おうと思っていたんです。虎徹さんがいなければ、今の僕はいなかったと思いますから、子供にもその想いを引き継いで貰いたい。もちろんこの事は、妻も了承しています」
バーナビーの親類縁者と言える身内はもう誰もいなかった。だからこそ、虎徹という縁を深くバーナビーは重要視したようだった。断れる雰囲気ではない。
「そっか…わかった。引き受けるよ。しかし、大役だなあ」
今日の結婚式のスピーチも汗かくくらいなのに、より凄い事を依頼されて、まだ驚きが続いているみたいだ。
名前はその子に一生ついて回る。生まれて最初の贈り物みたいなものだ。相棒のバーナビーの子供だからこそ、虎徹は真剣に悩むのだ。
「そんなに難しく考えないで下さい。いくつか候補を出してもらってこちらが選ぶのでも構わないですし。時間も結構なるべく取れるように、こうやって早く言ったんですから」
「あ、そっか。まだ産まれてないもんな。予定日は?つーか今、何ヶ月だっけ?」
やたらスピード婚だったのに、よく会場抑えられたなと想っていたが、肝心要のそれをまだ聞いてなくて、ここでも芸能ニュースに流れた報道を虎徹は頭の中で巡らす。
「四ヶ月目ですよ」
「あれ、まだ安定期じゃないな。つか、男か女かわかんない感じ?」
自分の時はどうだったけなと思いだそうとする。
あまり初期だと、性別が判別しにくいと言われているのは知っているけど。
それに人によって、性別は産まれてから知る方が自然体だからと言って、わざと医師に聞かないパターンもある。だから、男と女どっちが産まれてもいいように、二パターン考えたりするらしい。
「女の子ですよ」
確実に嬉しそうにバーナビーはそれを教えてくれた。
「あ、もうわかってるのか。そっか、女の子か。気持ちわかるぞ。野郎は女の子が欲しいっていうもんだからな。だけど、嫁に出すとき辛いぞー。あと、男の子より女の子の方が病気にかかりにくいから育てやすいっつーのもあるし」
勢いに任せて虎徹は、ぺらぺらとしゃべりだす。単純に女の子で嬉しいという気持ちもあってのアドバイスだ。
「本当に…女の子で良かったです」
珍しく感情を込めてバーナビーは、また言葉を繰り返す。
「何だ?産み分けでもやったのか」
今のところ科学的根拠で確実な産み分けは出来ない筈だが、仕込む前からいろいろと準備をしている夫婦もいなくもない。
女の子と男の子両方欲しいけど、どちらか一方ばっかり続いてしまうという現実もあるからだ。
バーナビーは初めての子なのに性別にこだわるなんてなかなか珍しいなと、虎徹は思った。
「いえ、最初の子は男の子で…おろしたんですよ」
「え?」
この結婚式前という華々しい場所で酷く不釣り合いな会話がなされて、虎徹は言葉を留める。
「流産したんです」
「………悪い…俺、知らなくて」
そんな事情があったとは…何も知らなかった。聞かされていなかった。反応に困って口を濁すことしか出来ない。
「謝らないで下さい。別に初めてじゃないですし」
そんな中、当のバーナビーは、それが何でもないかのように慣れた口振りで、悩んでいるようにさえ見せて、なかなか上手くいかないものですねと、それを言った。
「バニー………どういう事なんだ?」
この時点で既に虎徹はバーナビーの意図が全くわからなかった。子供をおろしたのが初めてじゃない?というのは、何だ。バーナビーは女性ではないとはいえ、そんな重すぎる事―――
「僕、最初は種なしかと思って病院で調べたんですけど違いました。何回やっても男ばっかり産まれて…僕の遺伝子はそういうように出来ているみたいです。だから自然分娩は諦めました。今回は奇跡的に試験管でうまく行ったので良かったです」
そこまで並び立てて、尚バーナビーは安堵を示している。
その一連に虎徹が単純に頷くことが出来る筈もなくて、背徳行為に絶句した。
「…………じゃあ、何か………他…にも子供が………いるの…か?」
何を言っているのか自分でもわからないくらいぶつ切りに、何かを虎徹は尋ねている。
「いません。産ませていませんから。全部、おろした筈です」
そのバーナビーの返答もやはり、尋常ではなかった。だからこそ、ようやく虎徹の頭は動き出す。
「何で…どうして女の子じゃないとダメなんだ!そこまでこだわるんだよ!!」
生死の理をも何度も繰り返してきた発言を受けながらも、わからないことが多すぎて虎徹は叫ぶ。
試験管ベイビーがいけないというわけではない。事情があって、それにすがる夫婦がいることも虎徹は知っている。だが、バーナビーがどうしても子供に女の子をこだわる理由だけがわからなかった。
「僕には一人娘が出来て、妻は五年後に病死しなくてはいけないんですよ。決まっているんです」
どこかで聞いたかのような声が部屋に静かに響く………まさか、それは。
「……………何で…俺の真似なんか…」
自信半分な所もあったが、それしか思いつかなくて…虎徹は口を開けて聞く。喉がからからで仕方ない。
「だって、昔…僕が貴方に告白したとき、奥さんやら子供やらを理由にして断ったでしょ。いつまでたっても子供扱いで。虎徹さんと同じ立場にならないと、そもそも僕のことなんて見てくれないじゃないですか」
そうしてバーナビーは決定的な乖離的言葉を落とした。
極端すぎる手段だ。虎徹はそんな事を望んでいたわけではなかった。それなのに… もはやどうしようもなかった。
ずれた歯車が全て噛み合ったが、それは全く知り得たくない話。
コンコンコン
「そろそろ時間となります」
扉の向こうから、式の係から声が飛んでくる。
「さあ、行きましょう。虎徹さん」
まるで自らの結婚式場にエスコートするかのように、バーナビーは右手を虎徹に差し出した。
震える手で、虎徹はその手を振り払うのがやっとだった。
五年後。
あの時の言葉通りに、バーナビーの妻は病死した。その因果関係を虎徹は追求し得る事は出来なかった。
ただ同じ立場になったからこそ、相変わらずバーナビーの虎徹への告白は続いているが、とてもではないが受け入れられるものではなかった。
離れたかった―――
それを虎徹がしなかったのは、残されたバーナビーの娘を不憫に思ったからだ。
元々家族愛の薄かったバーナビーは、娘の事も体の良い手段の一つとしか考えてなかった。金銭的な不自由はさせていないが、愛を注ぐ事は一切しなかった。やり方がわからなかったのだろう。
だからこそ、せめて………代わりのように虎徹がバーナビーの娘を出来うる限り、ずっと気にかけてやっていた。
母親が亡くなってから、それは特に顕著に現れて。自身の娘である楓に十分な父愛を注げなかったリバウンドのように可愛がってやっていた。
そうして時計は回り続け、数十年の月日が流れた―――
「これから出かけるって、どういうこと?」
実の娘を目の前に、バーナビーは自宅の椅子に座ったままパソコンから目を離さないし、キータッチも遅くはならない。
「会社の急な会議が入ったんだ。仕方ないだろ?」
一応上辺だけでも口を動かしながらも、やはり変わることはない。
「だって、今日は大切な話があるから、時間を作ってって言ったじゃない!」
約束は確かにしていたのだ。主張するようにバーナビーの机に身を乗り出して、娘は声をあげる。普段は別々に暮らしているのを押し掛けて来てもこの程度だ。
「話があるなら、マネージャーの方に伝えておいてくれないか。いつもそうしているだろ?」
バーナビーは、立ち上がってかけて置いていたジャケットを羽織る。その間、一度も娘の方には視線を送らない。
「待って!私、婚約したの!!彼を紹介したいから、待って貰っているのよ?それでも行くの?」
背の高い父親相手に背伸びして、娘は左手の薬指を見せつけながら、バーナビーの行き先と目の前を塞ぐ。これなら自分に目を向けてくれると思ったのだ。
「そうか、おめでとう。わざわざ紹介しなくていいよ。相手が誰でも歓迎するから。式は、仕事の都合があえば行く」
離婚などしなかっただけで、手元で育てていないのでは、産まれる前から親子関係は破談しているのだ。
それだけ言うと、バーナビーは娘の横をするりと通り過ぎてロビーラウンジへと早足で進める。何の感情も沸き立っていないことを示すかのように。
ガチャリと急いで玄関先の扉を開けると、意外な人物と鉢合わせる。
「………虎徹さん?」
「ようっ」
そこにはいつもの様子を見せた虎徹がいて、突然の訪問にバーナビーは非常に驚いている。
「どうしたんですか?そんな格好して………」
その虎徹が身にまとう礼服には覚えがあった。数十年ぶりに見たのを忘れるはずがない。
確かバーナビーの結婚式で着ていた―――
「ごめんな。バニーちゃん」
そう言って軽くバーナビーの目の前に持ち上げた、虎徹の左手の薬指に輝く指輪。
それは、亡くなった奥さんに義理立ててしていたものではなく………
先ほどバーナビーの娘がしていた指輪と全く同じ物だった。