「ということで、ラスボスの私が何回記憶操作しても治らないから、なんとかして欲しいんだよ」
「は?」
ここは、アポロンメディア本社屋の大層ご立派な社長室。
マーベリックに呼びつけられた虎徹が、挨拶もそこそこに開口一番に切り出された話がそれだった。
「…おっしゃる意味が全くわからないのですが」
何か…この世界の根底を覆すような恐ろしいネタバレを言われたような気がするが、この話はギャグだからと割り切って虎徹は珍しくスルースキルを発動させた。
とにかくわかったことは、何かマーベリックが切羽詰って自分に頼みごとをしたいらしいというニュアンスだ。それさえわかればいい。
「はい、これ。バーナビーの住まいのカードキーだから、後はヨロシク」
虎徹の疑問などあっさりと度外視し、有無を言わさずマーベリックはカードキーを手渡してきた。
嫌な予感は非常にしたが、一応自分の最上級の雇い主様からぽんっと渡された物を落とすわけにもいかず、受け取るという形になる。
「あの………「行けば直ぐわかるから。大丈夫だから。うん、君なら出来る!必ずなんとか出来る!!」
虎徹の言葉を強烈に遮り、マーベリックは勝手に頷いて声を張り上げる事で、自分自身を納得させているようだった。
それは…なんだか無駄に神々しくて近づけないオーラさえ見えるような気がする。
そんなマーベリック相手に、もはや虎徹に拒否というカードは手元に残されていなかった。
社長室を出るときには、もちろんこれからバーナビーのところに行くよね?と釘を刺されるくらいだった。

虎徹がバーナビーの住まうマンションに行くのは初めてではなかった。
市長の子供をベビーシッターするという奇妙な役割を担った時、ホワンと一緒に押し掛けたことがあるからだ。
住所も知っているし、わざわざ地図を貰うほど迷うわけではない。
だからといっても、あれ以来は別に中に入ったことなどないし、住まいに押し掛けるほど親しい関係というわけでもなかった。
そんなバーナビーの住まう部屋の目の前にやってきた虎徹だが、非常に悩んでいた。
チャイムを鳴らしてみる→出ない
携帯に電話してみる→出ない
大声で叫んでみる→出ない
という典型的なトリプルコンボを食らっていたからだ。
ここまでやって反応がなしのつぶてなら、いねんじゃね?っていうのが通常の考えだが、今回は非常に厄介な社長様からの命令&カードキーが手元に存在していた。
多分…というか絶対PDAで自分もバーナビーも位置確認されているような気がするし、ここで逃げ帰ったら余計に後が怖い。
仕方なく一度「鍵開けるからなー!」と一通り声を張り上げた後に、虎徹はカードキーを通した。
ピピッと認証音が鳴ると、残念なことにあっけなくカチャリとロックの外れた音がする。
「失礼しまーす」とまるで幽霊屋敷を探索するかのように半分ビビった様子で、虎徹は中に入っていく。
誰がいてもいなくてもほとんど知らない他人の家というものは、身が縮こまるものなのだ。
玄関に入って直ぐに、その賑やかそうな音が聞こえた。
それは電気越しの独特なスピーカー越しの雑音で、広いリビングではテレビが付けっ放しなのだと直ぐに悟った。
後は問題問題大問題の家主バーナビーがいるかどうかだが…そろりと虎徹はテレビのあるフロアを隔てる扉を開けた。
居た。紛うこと無きバーナビーである。
でっかいテレビの中心に置かれたリクライニングの気持ちよさそうな椅子に、なぜか身を乗り上げながらその画面を注視していた。
その手元には…ん?…ん?………んんん?
ハンサムには非常に不釣り合いな物が固く握られていて、まさかと虎徹はテレビ画面を見て、もう叫ぶことしか出来なかった。
「バニーちゃん!!!何で………乙女ゲーやってんの!?」

ポク…ポク…ポク………チーン





「虎徹さん……?なんで…………」
不機嫌とも戸惑いとも違う奇妙な表情を見せながらも、バーナビーはこちらへ首を向けながら呟いた。
だがしかし、手元には未だにPS3のコントローラーが手に握られているし、真横の無駄にでかいテレビ画面にはキラッキラした好青年が輝かしく映っている。
正直、何がなんだかぶっちゃけ意味がわからないのはこっちである。
「悪いっ、バニー!俺は何も見なかった。そういうことで、いいな!うん、そうだ。そうしよう!!!」
今更ながらマーベリックの言った意味がすんなり全部わかって、同じように自分を勝手に頑張って納得させようとする言葉を口に出しているのが悲しい。
マーベリックには悪いが、こちらも巻き込まれても困る。
大体他人様に迷惑をかけなければ誰がどんな趣味を持っていようが、構わないじゃないか。それがたとえ乙女ゲーだろうが。
完璧すぎて怖いと思うくらいのバーナビーの特殊な趣味の一つや二つ…見なかったことにする度量は、虎徹は兼ね揃えているつもりだ。
この空間の居心地悪さに比べれば、マーベリックに後で怒られる方が数段マシなくらいだったから、くるりと踵を返して、虎徹はダッシュで玄関に戻ろうとした。
「ちょっと待って下さい!誰が帰っていいって言いました!?」
思いもかけず呼び止められてしまい、若干嫌ではあったが謎がりながらも虎徹はバーナビーの方へと向き直った。
「いや…だって、どう考えても俺帰った方がいいだろ。邪魔みたいだし………」
まるで男女の修羅場に飛び込んで来てしまったかのような居たたまれなさだが、正確に言うと乙女ゲープレイヤーのバーナビーと二次元の世界にいる相手の男という二人相手だ。十分痛いわ!
「普段の僕なら、そう言っていたでしょう。でも………貴方、この部屋に来た時…何て言いました?」
「えっ、えーと」
なぜか不合理にバーナビーに問い詰められる形となってしまって、でも言うのもはばかって虎徹は言葉を濁しまくる。
「誤魔化さなくて結構。わかってますから」
軽く右手を宙に当ててのリアクションは全てを示してはいたが要は、はっきり明確に言えとバーナビーはメガネの奥の瞳をギラリと光らせて主張された。
「…だから…………乙女ゲーやって…」
観念した虎徹は仕方なくアヒル口になりながらも、しもろどもろにそれを言うしかない。
なんでわざわざ言わせたいんだ。意味不明…と思いながらも。
………しかし、それは罠だった。
「それです。何で、僕がやっているゲームが乙女ゲーってわかったんです?一瞬しか見てないでしょ。そもそも『乙女ゲー』なんて言葉。普通の人知りませんよね。何で貴方は知ってるんですか?」
しっ…しまったーーーーー!!!!
先ほどの間違いを繰り返さないように、何とか声には出さなかったが虎徹は完全に自分の失態を悟った。
普段ならば絶対に口には出さない言葉を、あまりの衝撃のせいで外に出してしまったのだ。
ヤバい…ごまかしがきかない。
自分の中途半端なごまかしでは、バーナビーの曇るメガネを晴れさせることは不可能だと虎徹は過去の経験から知っていた。
「もしかして、貴方も………」
「わーわーわー!!!ちげーよ。俺はやってない!!!」
やっぱり思われてしまった疑惑を払拭するかのように虎徹は大否定をする。その方向が一番困るから最初の打消しが何よりも大切だった。
「じゃあ、なぜ?」
「………………娘がな…好きなんだよ。そーゆーの………」
じと目で疑いのまなざしを向けられて、がっくしと肩を項垂れながらも、虎徹は白状した。今、俺…泣いてもいいよな?
「娘さんがですか?………それは随分とおませさん…ですね」
さすがのバーナビーもそれで悟ったらしく、深くは突っ込んでは来なかった。
こういう同情も悲しくて仕方ないが、事実なのだから仕方ない。
「最初は三次元の男よりはマシかな…と思ってたんだが、電話をするたびにその話じゃあ………パパは悲しいよ」
くすんっと思い出して、虎徹は項垂れる。
昔はこうじゃなかったはずだった。ただ、離れて田舎に暮らす娘に大奮発して与えたパソコンとゲーム機が、確実にいけなかった。
やはり子供は子供らしく外で友達と遊ぶのが一番だと分かったときは、すでに手遅れだった。もう後には戻れない。
「そうですか。娘さんとは話が会うかもしれませんね」
納得した様子を見せたバーナビーは、ようやくいつもの顔に戻った。相変わらずコントローラーは放さないけど。
「まあ…俺の話はいいんだけどさ。で、バニーちゃんはマジなの?」
娘のことをあれこれ思い出したのだが、今目の前の問題はこれだったので何とか虎徹は頭を切り替えて質問を投げる。
なんだか昔、娘にも同じことを聞いたような気もして、それでいて結局どうなってもいないのだから問題が二倍手元にあるような気がしてならないのが悲しい。
「マジ…って………乙女ゲー大好きですけど…何か?」
それがどうしたというすました顔でバーナビーはあっさりと言ってきた。
これをインタビューの時にカメラに向かって言ったら、ファンクラブの乙女たちが憤死するだろうなとしか思えない。
「はあ…で、それいつからやってんの?」
頭を抱え込みながらも、とりあえずどれくらい手遅れかどうか判断するために虎徹は期間を聞いた。
重度ならば無理ですって、マーベリックさんに打診することしか今は頭にないのだ。
「最近ですけど…」
そう言うわりに、バーナビーの机に積まれた乙女ゲームのパッケージはコンシューマー機だけではなくパソコンソフトも含めて軽く三十はあるだろう。
これ多分全部やってるんだろうな…あーあ、ネタバレだから言わないけど、何度もマーベリックさんに記憶改ざんされて止めさせようとされたんだろうな。でも無理だったんだろうな…と全て悟った。
同時にバーナビーの精神に、根強く乙女ゲー根性があることを知ったのだった。それは絶望………
「それで…何でよりにもよって乙女ゲームなわけ?同じゲームでもさ。もっといろいろあるでしょう」
もう治せるとは思っていなかったが、それでも何もしないで帰るのもどうかと思って仕方なく虎徹は腰を据えて本題に入る。
もしバーナビーが男性向け恋愛シュミレーションゲームをしていたら、たとえそれがエロだろうが、それなりに驚きはするだろうが、ここまでの衝撃を虎徹は受けてはいなかっただろう。
だって一応健全な男だし、そういう趣味があっても想定の範囲内だった。
しかし何故乙女ゲー?そっち系統が好きな男子がいることを、楓情報で悲しくも虎徹は知っていたが、それでも何故バーナビーが???としか思うことが出来なかった。
「まあ、いろいろと理由はありますが…まず僕はギャルゲーには興味ないんです。実際付き合ってきた女性で満足しましたから。となると残りは男性ですが………非常に残念ですが、僕って…恰好いいでしょう?」
「自分で言うか?普通………」
確かにその通りなのだが、本物のハンサムに言われると色々と感慨深いものである。
「比較対象が最初から自分になっているんです。だから、容姿も性格も声優も完璧な恋愛相手は、乙女ゲーしかないんです!」
ぐっと握りこぶしに力を入れてバーナビーは強く主張した。普段とは違った輝きを放っているかのようにさえ見える。
「おじさんは…そんなバニーちゃんの姿は見たくなかったかな。うん………」
確かに乙女ゲーの攻略キャラたちは、バーナビーに負けず劣らずのイケメンで個性派揃いだった。それはわかるけど。
今までのバーナビー像がガラガラと音を立てて崩れていく音が、虎徹にははっきりと聞こえた。なにをどこで間違ってしまったのだろうわからない…
「あのさ…バニーちゃん。さっきからね…ムービーでずっと告白されているのわかるよね?せめてセーブしてから、話して欲しかったな」
あまり直視したい光景ではなかったが、横目でチラチラと見えてしまうし何よりボイスはデカいし、無視しろという方が滑稽である。
綺麗な大画面で二次元のイケメンがドアップで愛の言葉を囁いているというのに、真顔のバーナビーはさすが慣れているとしかいいようがないのかもしれないが、こっちの心臓にはとことん悪い。
でっかいテレビの有効活用法がこれかよ。泣いてるぞ家電メーカーは。
「ああ…すみません。つい、スキップボタン押すの忘れていました」
何事もなかったかのように瞬く間にバーナビーはキャラクターが放つ甘い声をかき消すようにワンボタンで自動スキップを選択し、ついでにその後のテキストも高速で流していく。
「えっ、いいの?そいつ、攻略キャラでしょ。つか、二週目か何かなの?」
あっさりと飛ばしていく様子を見て、驚いたように尋ねる。
虎徹は今バーナビーがやっている乙女ゲーを知りはしなかったが、それでも基本の仕組みぐらいは頭に入っているので、スチル持ちどころか専用告白ムービーもちがどれほど重要な人物かどうかくらいわかっている。
絵的にも気合が入りまくっているし、一番の攻略対象なんじゃね?と思う。
「いいんですよ。このキャラクリアしないと、目的のキャラが出ないからやってるだけですので」
きちんと連鎖と手順を頭の中に叩き込んであるらしく、攻略本も見ずにあっさりと言った。
「ああ、好きキャラじゃなかったのね。一応、誰でもいいってわけじゃないんだ」
奇妙な新境地とはいえ、さすがにこだわりがあるらしい。見境ない方が手に負えないだろうから困るだろし、少しだけ虎徹は安堵する。
まあ、ただ…今バーナビーがプレイしているのはファンタジージャンルの乙女ゲーだから、どんなキャラが出てきても世界が違いすぎるのだが。
「もちろんです。今、お気に入りのキャラがいるんですけど、見ますか?」
そう言ってバーナビーは虎徹の返事を待たずに、クイックセーブをした。
どうやら見せたいらしく少しウキウキしているのがわかる。その様子も娘と一緒で、虎徹は無言になった。
一応きちんとセーブをすると、ゲーム画面はトップへと戻る。
イケメンホイホイな美麗オープニングムービーもスキップして、ギャラリーへと移る。
メインキャラは専用のカテゴリとなっており、また名前からして長ったらしくゴージャスで素晴らしそうな男性名が8人ほど並んでいる。
バーナビーは手慣れた様子でカーソルを一番下へと持っていき、「その他」をクリックした。
「彼が、今二番目に気に入っているキャラです」
その人物が瞬時に表示されて、虎徹はあんぐりと口を開けた。
「…………何、何?ただの…おっさんじゃね?」
そう…それは………美少年とも美青年とも年齢のかけ離れた、いわゆるオジサマという年代の渋い男性スチルだった(一応スチルなのでローアングル)
「おっさんじゃありません!まだ43歳ですよ!!」
勝手に自分へ対する虚像を押しつけるなと、バーナビーの主張はより激しくなる。
年齢だけではなく、身長体重趣味から逐一教えてくれそうな勢いだ。怖い。
「いやいやいや…大切なの年齢じゃねーから。つか、メインキャラじゃなくてもさ。さっき、ショタっぽい美少年とかいただろ?何で、よりにもよってソイツなんだよ!」
他人を指でさしてはいけないと言われていても、相手は二次元なんだからいいだろって勢いで、短パンで膝が眩しい少年キャラを指示す。
「ああ…さっきの少年は、僕の本命キャラの孫ですよ。確かに遺伝的に見目はいいですが、まだまだですね」
冷静に自分の価値観を表して説明してくれるが、あまり虎徹には嬉しくなかった。
ていうーか、じじいか!未知だ…未知の世界だ。
確かに主張はわかった。今のバーナビーにはないものを兼ね備えている。でも数十年くらい経てば、努力を怠らなければ、バーナビーもなれると思うけど。そこまで魅力的か?
俳優とかわかるけど、けど…乙女ゲーだから少しばかり何か違う気がしてならない。
しかしそこに言葉を突っ込んだら、また何か言われるに決まっているから、虎徹は言葉を選ぶ。
「つまり…年下には興味がない…と。
だったら、そーゆーおっさんメインの乙女ゲーとかあったはずだから、そっちやれば?」
確か普通の乙女ゲー攻略対象って、大体…10代……20代ばかりだったはずだが、どうしてそのチョイスになったんだろう。
駄目だ…わからなすぎる。っていうか、選ばれなかったイケメンたちに初めて同情した。踏み台相手おかしすぎる。
娘とは明らかに好きな系統が違うということだけはわかったが、同時に限りなく無理を悟る。
デブ専とか渋専とか、ややマニアックな乙女ゲーも存在していた筈だ。ギャグだけど。とりあえずそっちを進めてみる。
「そんなわざわざ狙っているゲームなんてやりませんよ。脇役として地味にひっそりと支えてくれる方がいいに決まっているじゃないですか。それに、メインキャラを好きになると……アニメ化やら漫画化やらしたら、ビッチなヒロインに寝取られるかもしれないんですよ!?僕だけを見て欲しいのに…そんなのおかしいじゃないですか!!!」
変な方向へと捻くれたとは思ったが、予想の斜め方向へぶっ飛びすぎた発言をあっさり言われた。
その熱意はこちらに十分に伝わったが。
恋が…あまりにも盲目すぎだ。これは病気だ…そうとしか虎徹には思うことは出来なかった。
これは……本気で恋をしている目だった。取り戻せない残念なイケメンが叫んでいる。





衝動でふいにバーナビーはコントローラー操作を誤った。
それは、スチルシーンを再生するボタンだったらしく、また大画面に男が登場する。
バーナビーいわく孫持ちの初老の男性が、魅惑のボイスでこちらにささやいている。条件反射でそれをうっとり見ているのは、もう仕方ないのだろうか。

そこで………あ、バーナビーって本名プレイ派なんだな………と。
よく女だけじゃなくて男の名前もすんなり呼ぶシステム設計になっているなと、無駄な知識を虎徹に植え付けることになったのだった。











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