鏑木・T・虎徹は職業がヒーローであるという以外、至って平凡な男だと思う。つまり普通だ。多少、正義のためならどんな物もぶっ壊していい…という理念は持っているが、プライベートは極めて常識的だ。
そんな虎徹の仕事上のパートナーになった男がいた。それが文句なしな男、バーナビー・ブルックスJr.だった。
しかしそれは表面上だけの事。バーナビーには他言無用な、ある趣味を持っていた。そう…その筈だったのだが、、、
ある日、ある時、ある場所で。バーナビーから放たれた開口一番の言葉からガラガラと音を立てて崩れていったのだ。

「虎徹さんって…乙女ゲームの事どう思っていますか?」
「えっ?」
面と向かって真剣な表情をしているバーナビー相手にし、反射的に虎徹は意図しない声を出した。無理もなかった。だって不意打ち過ぎて、質問の意図が一ミリたりともわからなかったのだから。加えてこの場にいるのが二人きりだとはいえ、その内容が内容である。つまり…乙女ゲーム趣味なバーナビーにとってそんな今更当たり前な言葉が飛び出てくるとは思わなかったのだ。
「えーと、バニーちゃんはどんな返答を求めてるのかな?」
結局は、ざっくばらんすぎる言葉を前に虎徹は即答を避ける。普段ならばこういったところに気が回る方では全くないのだが、ことバーナビーのそれも乙女ゲームに関する事は自然と慎重になってしまうと言うのが過去の経験から学んでいるのだ。
「僕の事はいいですから…率直に虎徹さんが乙女ゲームに持っているイメージを教えて欲しいんですけど」
そんな虎徹の配慮も空しく、余計な情報を与えるつもりはないとバーナビーはばっさり切り捨てる。
「そんなこと言われても、な…」
少し複雑な気持ちを息に込めて吐き出しながらも、虎徹はかゆくなった顎先を少し掻いた。それでも曖昧では通らないらしいので、仕方なく言葉を続けることになる。
「乙女ゲームのイメージ…ね。そうだな………女の子や女性がする恋愛ゲーム…だよな」
もっともっと過激な物をバーナビーのせいで見て来たのだが、ここは奥歯に何か突っかかるのを我慢して、無難…超絶無難な一番の概要だけを口にした。
「そうです。それですよ!」
ここで待っていましたと言わんばかりにバーナビーが声を荒げたので、虎徹は一歩後ずさった。何度、このバーナビーの豹変を見ても慣れない。
「ど、どうしちゃったのかな?バニー」
それに至極当然なことだけをしゃべっただけの虎徹からすると、この反応は想定外だったからこその疑問符だ。
「僕の大好きな乙女ゲームのメインターゲットは女性なんですよ。だから男な僕は肩身の狭い思いをしている…まるで卑しい趣味みたいに。これからは、オープンになった方がいいと思うんですよね!乙女ゲーは素晴らしい!この良さをもっと多くの人に知って貰いたいんですよ!!」
ぐっと右の拳を握りしめながら、バーナビーは激しく主張をしたのだが、あまりに突飛過ぎて突っ込みどころ満載で、その勢いに虎徹は言い切られるまでとても言葉を挟める雰囲気ではなかった。
「まて、バニー!いいか?まず…百歩譲って乙女ゲーをプレイする男性が少なくて嘆いているのはわかるんだが………良さを広めるって…?布教か何かなのか?」
なんだかいかにも発想が濃いというか。そもそも多分乙女ゲームは男性がプレイすることを想定して作られているとは思わないので、それを覆す…いや、せめて対等近くにもっていくのは不可能に近いと思うのだが………いや、そこまでの非道はあえては言うまい。
「ええ。僕は乙女ゲーが趣味ですと主張したいのに、今のままの雰囲気ではそれも憚られて…残念で仕方ないんです。だから!せめて少しずつでも言ってもいいですよね?とりあえず、経理の女史あたりからでも………」
虎徹の知っている人且つ手短な人物をあっさりとバーナビーは示唆してきた。とんでもない爆弾の投下である。
「いやいやいや。駄目だよ!大体、どのタイミングで言うの?そんで言って何かメリットある???」
メリットデメリットで全ての物事を決めつけるつもりはないが、それでも言わなくてもいいことを必要以上に言う必要はないだろうと思う。バーナビーは言いたくてうずうずしているのだろうが、何だろう………虎徹相手にもそうなのだが、バーナビーが乙女ゲームLOVEモードに一度入るとご覧の通りの有様で凄いのだ。怒涛の連続に一般人が耐えられるわけがない。虎徹だって慣れるのに相当堪えたくらいなのだから。それともなにか…バーナビーだからこそ、それも許されるのか。それもちょっとな…
「えっ、既に斎藤さんには伝えましたけど、興味深い趣味だね…って言って貰えましたよ」
かなり好意的解釈を受けたらしく満足そうな顔をこちらに向けて来た。
「えーーー言っちゃったの?斎藤さんに言っちゃったの??」
「何か…問題でも?」
「いや………ないような…あるような」
今までひた隠しにしてきたからこその解放感に満ち溢れているバーナビーをこれ以上遮る事も出来なかった。しかし、これで経理のおばちゃんに言ってしまうと一体どこまで広がるのだろうか。それによくよく考えると、そう言っては失礼かもしれないが…斎藤さんは根っからのメカ好きである。つまり機械オタク。オタクはオタクに優しいだろうからと思っては偏見だろうか。
「正直、今まで隠そうというやましい気持ちを持っていたのが悪かったと思います。案外受け入れてくれるものだなと気が付きました」
清々しい胸の内をバーナビーは晒した。しかし虎徹はどうしても全面的に肯定しにくくて、だから。
「うん。そうかもしれないけどさ………でも…やっぱり乙女ゲーは女性の為の恋愛ゲームだろ?そりゃあ男性向けの恋愛ゲームも女性がやったりしてるけど、住み分けが必要だと思うんだ。いや、バニーが乙女ゲームやるのをいけないって言ってるわけじゃないんだ。ただ、節度を持って、な?」
女性の株を奪ってしまうくらいの勢いのもどうかと思って、綱を握るかのように言葉を選ぶ。ここで自分以外の誰がバーナビーをセーブすることが出来るだろうかと思うと、この言葉も仕方ない。
「………わかりました。あまり大々的に言うのはやめておきます。でも…せめて、一歩くらいは踏み出してもいいですよね?」
バーナビーも虎徹の言葉に全面同意したわけではなかったが、それでも何か伺うように尋ねてくる。
「いや、別に俺に許可取らなくても…過度にならなければいいとは思うけど。ま、俺も何か協力出来る事があったら手伝うよ」
自分の言葉をわかってくれたことにちょっぴり感動しながらも励ますために虎徹は前向きな言葉をバーナビーに向けた。そして、これがすべての間違いだった。
「ありがとうございます、虎徹さん!じゃあ、来月の最終日曜日の有給…二人分きちんと申請しておきますね」
「ん?」

以上、ここまでが長い長い始まりの回想でした。





人口密度、早朝ラッシュモノレール並み。それでもまだ若干控えめなのは、この場に勢ぞろいしているのが女性だからだ。南は海に面していて潮風とまではいかないが、風が強く吹き荒れる。だが、並ぶ列は一向に崩れる事はなく、皆が辛抱強く待つ。待ち続ける。そう…全ては一つの目的の為に。

「バニーちゃん。ここは、一体どこかな?」
自らもその列に並びながらも、ちょっと痛い頭を抑えて虎徹は尋ねる。
「どこって…決まってるじゃないですか。乙女ゲーの聖地であるコンベンションセンターですよ」
さも当たり前だと言わんばかりに平然とバーナビーは虎徹の疑問に答えてくれたのだが、あまり嬉しくない返答だった。
「ふーん。へえー。それ、初めて聞いたな。ていうか、何で聖地?」
もはや投げやり気味に聞くしかないというか。何か聞きたくもないような気さえ虎徹はしてきた。しかし予備知識のないまま突っ込むと余計に危険だとわかっているからこそ、しぶしぶ突っ込むのだ。
「乙女ゲーのライブと言ったら、ココと決まっているんです。何度かライヴDVD見せたことありませんでしたっけ?」
「いや、あるけどさ…そんなトコまで見ていないと言うか」
まるでクラシックの定期演奏会みたいに決まっているとは感服した。乙女ゲームの人気っぷりはよくわからないが、それでも大量にバーナビーがプレイしているのでそこそこの層には受けている趣味だとは思っていたが、ライブを定期的にやっているだなんて想定外だった。
「僕も他のイベントでは足を踏み入れたことありますが、乙女ゲーのライブでは初めてですから…一緒ですね」
わくわくと言った様子をバーナビーは見せているのだが、全く虎徹と心は同じではないだろう。
「いや…全然違うだろ!つか、今の時間おかしくない?まだ朝の8時よ。そんなにライブって普通、夜とかじゃないの?」
思わず盛大に突っ込む声が飛び出す。お天道様もまだまだ昇って行く角度を示している。そもそも朝起きて手ぶらとはいえど出掛ける準備をしてここまで移動して来たため、相当早起きを強いられている事を未だに根に持っている。チケットは当然持っているようなのだから立見席というわけではないだろうし、ここまで早く来る必要性を虎徹は感じなかった。
「いえ、ライブは昼公演と夜公演があるので、僕達は昼公演です。入場は14:00からですけど」
「14:00?まだまだ先じゃん」
思わず腕時計を眺めるが、やはり相当時間が有り余っている気しかしない。
「ですから、この列は中へ入る為ではなくて…グッツの物販待機列ですよ」
ここにきてようやくバーナビーは虎徹が一番求めていた答えをくれた。
「物販!?物販の為に…こんなに並んでんの?」
見渡す限りの人、人、人…に呑まれそうだ。あまりの人の多さで海からやってくる容赦ない風の冷たさをあまり感じなくて良いのが唯一のメリットといったところだろうか。しかし、並んでいるのは女性ばかりである。男性の姿は微塵もない空間で、バーナビーと虎徹の二人きりだ。ついでに視線も痛い。「なにあれ、もしかして転売目的とか?」といった痛い疑惑の視線とひそひそ声さえ聞こえて来る。うきうきしているバーナビーの耳には届いていないようだったが。
今日のバーナビーは、いつもはぴょんぴょん跳ねている金髪を纏め、似合わない地味目な帽子を深く被り、大きめなサングラスで印象を変えている。それでも見れば…「あ、スーパーヒーローのバーナビーじゃない?」とわかると思うんだが、何と言っても乙女ゲーライブ物販待機列という場所では常識は通用しないらしい。さすが二次元好きな女性たちのおかげで三次元のバーナビーが霞んでいる。この場で騒ぎにならない方が当然良いわけで、そこだけは助かったとは思うが。
「物販開始は10:00からですから、頑張りましょうね!」
やっぱりかなりこの場で待ち続けなくてはいけないことを悟って、虎徹はがっくりとうなだれた。

イベント公式パンフレット、ライブTシャツ、トートバック、ストラップ&チャームセット、ケミカルライトセット、リストバンド、マフラータオル、ミニクッション、タンブラー、カラフル6色ペン、クリアファイル、マウスパット、卓上カレンダー、ポスターセット、etc
大人買い?とこれは言うのか…テンプレのように「全部下さい!」と言い放ったバーナビーは、現生と引き換えにほくほくとした顔で商品を受け取っていた。余計に転売ヤーに見えるような…しかしその鬼気迫るバーナビーを止める者は誰もいなかった。あれ、俺ってまさか荷物持ちか?と虎徹は一瞬疑ったが、直ぐに近くのコンビニに寄り宅配便で自宅へ送っていたから、セーフなのだろうか。わからない。
入場時間まで若干時間が空いた為、近くのショッピングタワーまで戻り軽くカフェテラスで優雅に腹ごしらえ…という名の体力使うライブの為に英気を養った。
そしてまた列に並ぶ…会場一時間前から………なんでそんな早く並ぶ必要があるんだ?とバーナビーに尋ねると会場前アナウンスを出演声優さんがしてくれるので、入場に手間取ると聞けなくなるから、らしい。みんなご苦労なこった。
会場開始と共に乙女たちと一緒に中へと雪崩れ込む。チケットと交換に様々なチラシセット(新作乙女ゲー情報盛りだくさん)を貰う。
入口直ぐの場所に並ぶのは、祝花やスタンド花で色々な関係者から送られているようだが、そのメッセージボードが凄かった。「ファン一同」はともかくとしても、何やら声優さんを讃え奉るような虎徹からすると奇妙な名前となっている。それを嬉しそうに写真に収める乙女な面々を理解出来る日は来るのだろうか。もちろんバーナビーもデジカメで激写しているので、こういう時の気持ちは皆一緒らしいが。
少し進めば、今度はキャラクターの等身大パネルがお出迎えである。ここがロビーで一番混み合っていて大変なことになっている。虎徹やバーナビーは背が高い方だからまだマシなのだが、背の低い乙女達は厚底ヒールを更に頑張ってジャンプしている。もちろんこちらもフラッシュが眩しい。あと展示されているのはフィギュアとか、ぬいぐるみとか、やたらと高額なシルバーアクセサリーとか、本当に凄かった。
「虎徹さん、こっちですよ」
ようやく混み合うロビーを抜けてチケット片手にバーナビーが席へと道を示す。虎徹たちは一回席前の方へ進んでいるのだが、少し顔を見上げれば…二階席、いや三階席もあるようだ。そちらにも少しずつ人が集まり始めているのが見える。バーナビーはどんどんと前へと進む。そして。
「あ、ここですよ。虎徹さんは、こっちに座って下さい」
右手で促された先に、その席はあったのだが。
「えっ、マジでこの席なわけ………?」
思わず戸惑いながらも確認したのが、そこがあまりにも良い席だったからだ。前から二番目のド真ん中、センター席である。一番目はカメラが動く機材席なようなので、実質ここが一番前ということになる。
「ええ。ほらっ」
ここでバーナビーがチケットの座席番号を見せてくれる。確かに間違っていないようだが。
「ていうか、ここ関係者席じゃね?ここだけ年齢層が全然違うんだけど」
あまり大きな声では言っていないが、少し後ろの席を見渡せば乙女な女子が連なるというのに、自分の席周辺は年配の方の姿がちらほら見えるのだ。おそらく出演者やスタッフの身内な方々だろう場所的に。
「ええ、そうだと思いますよ。僕もチケットは抽選ではなく、株主優待券の一部として手に入れましたし」
「えっ!バニー、株やってんの?」
なんだかいきなり商業的な話になって驚く。
「そんな大げさにはやっていませんけど、好きな乙女ゲーメーカーの株をいくつか。やっぱり投資するなら自分の好きな会社がいいじゃないですか」
あっさりといわゆる萌え株と言われる部類の事を口に出した。いくら配当などがあるとはいえ、こういう貢ぎ方もあったのかと虎徹は妙に感心することになる。
「さあ、もうすぐ始まりますよ!念願のオジプラス、ファーストライブです!!」
感極まるほど興奮して、バーナビーはそう叫んだのだった。










二 次 元 嫁 に し か 興 味 な い バ ニ ー ち ゃ ん を 三 次 元 に 振 り 向 か せ る 方 法 1 2
next