『オジプラス』
それは一部のプレイヤーが熱烈に求めていた乙女ゲーム。
従来の乙女ゲーム攻略キャラクターと言えば、十代後半から二十代前半のイケメン男性たちで、まれにショタ属性の少年たちが加わることもあったが、俗に言うオジサンと呼ばれる人種が日の目を見ることはなかった。たとえ、オジサン属性があるキャラクターが居たとしても年齢設定だけが無駄に高いだけで見た目は普通に二十代としか思えない青年紛いばかり。あまつさえ念願の正真正銘のオジサンが登場したとしても殆どが端役に虐げられており、運良く攻略キャラだったとしてもメインキャラとはどこまでも一線をひいたただ居るだけのオマケ扱いをされ、一番重要な専用スチルも通常キャラに比べると十分の一以下という有り様だった。
そんな苦渋の日々を味わってきたオジサン好きクラスタたちが待ちに待っていたゲームが、ついに!とうとう!光臨することとなったのだ。
熱烈なファンの声があったのは違いはなかったが、それでもいざ商業ベースに乗せるにはあまりにもコアすぎてハードルの高いカテゴリーであったことは間違いないだろう。それを利益云々ではなく一切の妥協なしで取締役会をも通したのは、裏からの力があったからではないかとまことしやかにささやかれるほどだった。
そうして発案から苦心の上の発売は、当初はネット上から騒ぎたてられた代物だったので、宣伝には事欠くことはなかったが、それでもまさかの18禁仕様には驚きの賛否両論の声がいくつも寄せられた。その最大の理由としては…表面上の18禁という意味で取られるのとは違い、性的表現があるからではなく、18歳未満を相手にする想定をしていないから、少々若いお嬢さん方は御待ちなさいという理解をお願いしたからだった。
そうしてユーザーをも取捨選択をした結果、オジサン好きの乙女ゲーマーだけが待ち続けていた、ライトユーザーを微塵も考慮する気のない、まさに至福のゲームとなっていた。
このゲームは最初に男性向けで類似タイトルが発売されているのだが、それを女性向けに特化させた内容となっており、出会い・友達・告白止まりだった従来の乙女ゲームから逸脱し、素敵なオジサンと付き合ってからが本番となっており、素晴らしい恋人生活待ちうけているのだ。
既に洗練されたオジサンが自分の為に好みに努力してくれて変わって行くという嬉しさは、現実の時間や季節に合わせて本当に横にいるかのごとくリアルタイムで進行する。恋人としてのデートはもちろんの事、携帯機ならではのご当地旅行も一緒に楽しめることが出来る。かつては不倫の定番と呼ばれた熱海旅行も一気にめくるめく世界へ連れ立ってくれる空間となる。
まさに携帯するオジサン。既存の乙女ゲームを脱却し、オジサンの真摯な対応を永遠に楽しめるゲームなのだ。
・
・
・
という僕の素敵なオジサン自慢前知識を、虎徹はバーナビーからきっかりと聞かされました。長いな…
これはまさに…バーナビーによるバーナビーの為の乙女ゲー。
今もポケットにその携帯機が入っている事を虎徹はバッチリ確認している。そう…バーナビーの好きなオジサマ方は、この中に確かに生きているのだ。そうとなれば、バーナビーにとっては確かに現実と言う表現しか出来ない。
そうして………満を持してのファーストライブは大盛況の中で始まった。
多分さっきトイレに行った時に着替えたのだろうと思しき、ライブTシャツ姿にいつのまにかバーナビーはなっていた。普段使いは出来なそうなショッキングピンク色のマフラータオルももちろん首に巻いている。一瞬、少し驚いたが、横目を見るとより気合が入った女性観客が多分ゲームに関係しているのだろう揃いの変なハッピを着ていたから、あれよりはバーナビーは過度ではないのだと思う。それに確かにまだ開始して間もないのに既に会場の熱気は爆発寸前で暑かったが、ファンとしては自熱でもっと暑いのだろう。オペラグラスなんてもちろん必要がない、ほぼ最前席なおかげで虎徹としては眼前に焚かれるスモークが涼しく感じるのだが。
最初こそは厳かに、OPの司会を担当している壮年な声優さんが語り始めたのだが、キャスト声優さんが登場するやいなや、ファンから飛ぶ黄色い声はまるで競い合いをしているかのように鳴り響いた。
挨拶スペシャルスキットから始まり、豪華声優陣によるトークショーなど企画はもりだくさん。生アテレコでアドリブを効かせる流暢な声優さんが居ればその度に会場は沸き立つ。
中盤に差し掛かると、最大のイベントであるキャラソンライブが始まる。
なぜか乙女ゲー業界では攻略キャラクターが愛をささやく歌のCDを発売するのが定番となっているらしい。歌があまり得意でない声優さんは語りでも可という便利仕様まで定着している。
その生ライブ始まりの火蓋が切って落とされたのだった。
このテンションの数々に馴染みはさっぱりないとはいえ唯一の幸いが、虎徹が歌われるこれらのキャラソンの数々をどこか聞いたことがあったことだろう。それはもちろんバーナビーの自宅なり車なりのBGMがソレだったからこそだが、元々彼らは声のプロフェッショナブルということで、下手な歌手よりは断然と良い歌が多いなという印象だった。
前方から流れるのはもちろん音楽と渋い美声。それは純粋な物だったが、後方より聞こえるのは叫び声にも近いファンの絶叫。さすがに若い女性の声が多いので、自分などは叫ばないし野太い声よりはマシかなとは思う。でも隣のバーナビーの声は遠慮する気はゼロだ。
加えて両サイドの大型スピーカーは近く、虎徹の耳に均等に大音量の音響を運んでくれる。これは後ろの観客まで音がきちんと届くようにという配慮を成しての結果だろうが、慣れていないと耳がじんじんとするくらいだ。
ホップステップジャンプを繰り返すファン達と比べると虎徹の、この温度差はかなり違い、また、前を良くみようと背伸びをする女性たちを見ると、こちらは前方の席に陣取り身長的に後ろの方に申し訳ない気持ちとなる。うしろの黄色い声はもとより…やはり自分たちは浮いているような気持ちは否めない。
次第に照明を落としていた観客席へホタルの光のような明りが灯る。物販で取り扱っていたペンライトをファンが揃って振っているようだ。キャラによってモチーフの色が違うのだと、バーナビーが合間合間に解説してくれる。ペンライトを必死に振る女性たちを見て腕が腱鞘炎にならないことを虎徹は祈った。
目と耳と声と全身をフル稼働させていた生ライブもようやく一休憩となり、立ち上がっていた観客たちも座席に座り落ち着く形となる。舞台の上のライトも暗くなり、ゆったりとした間奏もやむと、舞台袖から厳かに司会をしている声優さんが再登場する。
「皆様、お楽しみ頂けているでしょうか。さて、皆様ご存じのようにこの『オジプラス』では先ほどステージに上がった面々の他に…攻略出来る隠しキャラクターがいます。そのキャラクターの声をあてている………」
そこまで司会者の話が進んだ時、虎徹の横に座っていたバーナビーががばりと立ち上がった。
「ちょっ、おい…バニー!」
驚いた虎徹だったが場の雰囲気を読み、小声で座ったままバーナビーの服の端をつんつんと引っ張りながら座ることを促した。何が起こったのかはわからないがそれでも観客全員が座っている最中でほぼ最前席のバーナビー(しかも高身長のイケメン)が立ち上がったら不可解すぎるだろう。
案の定、それは司会の男性も同様で突然立ち上がったバーナビーを視界に入れ、ビクッと一瞬驚いた様子を見せた。さすがにそれがスーパーヒーローのバーナビーだとわかったわけではないだろうが、それでも驚かない方がおかしいという状況だ。静か一辺倒だった会場内もわずかにざわめきがまじるが、そこはプロのお仕事。座って下さいと促すわけにもいかないので平常心を保って、未だ立ちっぱなしのバーナビーを視界に入れても言葉を続ける。
「………それでは…本日のスペシャルサプライズシークレットゲストに登場して貰いましょう!どうぞーーー」
同行人であるバーナビーに気を取られてしまったが、虎徹があわあわしている間に話は先に進んでいたらしい。司会者が打ち合わせ通り淀みなく舞台袖へと右手を深く示した。
途端にカラフルなスポットライトがリズミカルに動き、太鼓を叩くような効果音が徐々に大きくなる。淡いピンクのスモークが過去最大にステージに立ち込めたかと、一陣の風が場に舞い込んだかのように中央に立つ人物を強調させた。
「あれ?」
思わず虎徹が呟いたのはデジャブを感じたせいだ。といっても、表舞台に立つ人物と虎徹は対面したことがあるというわけではない。一番見たことがあると感じるのが何と言っても、乙女ゲー専用雑誌の中なのだから。
失礼ながら、虎徹より倍近い年齢とお見受け出来る初老感。だが、紳士のような佇まいが微塵の抜かりもない、同性の自分から見てもかなり好印象なご老年な男性だった。
もちろん虎徹とて好き好んで乙女ゲー専用雑誌(時偶BL込み)を見る筈がないのだが、心底の乙女ゲーマーであるバーナビーにとっては雑誌チェックなど基本中の基本で早売りに渾身砕くくらいなのだ。申し訳ないがあまりジロジロと雑誌を眺めた事はないが、新作乙女ゲー情報やら売れ筋乙女ゲーの攻略情報やら番外編小話やら時にはドラマCDまでくっついているようで、その一つに声優さんのインタビューが存在していた。バーナビーは、保存用雑誌の一つをスクラップしてお気に入りの攻略キャラ(もちろんオジサンばかり)に関する情報を集めているので、それをよくよく眺めているのが虎徹にも目に入って。
つまり、そこでよくお見かけする声優さんが今舞台の上にあがっているのだと、ここでようやく虎徹自身も頭の中で整理がついた。しかしたしか…バーナビーが大好きなこの声優さんはオジプラスに隠しキャラクターの一人として登場しているのだが、他の仕事と重なってしまい今回のライブには参加できないはずではなかったのか?耳にタコが出来るほどそのことを嘆くバーナビーに自棄酒まで付き合わされたおかげさまで余計に印象に残る結果となったのだが、そうか…都合がついて途中参加出来たのかと納得。
さぞバーナビーも喜んでいるだろうなと、虎徹は立ち上がったままのバーナビーにそろりと視線を向けて。
「良かったな、バニー」
と軽く声をかけたのだが………それは虚しい結果に終わる。
虎徹の声がキッカケだったのかたまたまだったのか、それは今となっては本人しかわからない。
ただ…次の瞬間には
感激のあまりに興奮したバーナビーは、音響スピーカーに深々と残るほど大きな音を立てて、その場に倒れ込んだのだった。
白く整えられているだけの簡易な空間で飾り気のないパイプベッドの上で目覚めたバーナビーは、照明の明るさにわずかに目を凝らす。現状維持は出来なくとも、それでも無意識に右手を空中へと伸ばした。
「はい」
横に座っていた虎徹は条件反射のように、持っていたバーナビーのメガネをバケツリレーのように手渡す。
そうしてメガネをかけ、身を起こしたバーナビーと対面することとなったのだ。
「ここは………?」
あまりキョロキョロするような挙動不審な性格をしているわけではないので、軽く視線だけで無機質な部屋を見渡すと、直ぐにバーナビーは虎徹に質問を投げかけてくる。
「救護室だよ。覚えているか?ライブ中に倒れたことを…ま、それも3時間前の話なんだが」
まだ頭の整理がついていないようなバーナビーに示唆する言葉を含めてやる。
「そうですか。僕としたことが…油断しました。勝手に、頭に血が上って……………一生の不覚です」
盛大なため息を深々と吐きだしたバーナビーはベッドに前倒しになりながらも、ぼそりっとしゃべった。只今、大後悔中のご様子だ。
「まあ、気持ちはわかるよ」
突然登場した声優さんが敬愛する相手だったのだから、あの惨劇は仕方ないといえば仕方ないのかもしれないと憐れむ気持ちを込めて虎徹は言った。
「後で…ライブBlu-rayを絶対買います」
ぐっと拳を握って確固たる信念を貫くかのように宣言する。また、バーナビーの部屋の乙女ゲー専用コーナーコレクションの収納が大変になりそうだ。前に、整理する時に同フロアに専用部屋を借りようかと打診していたことが、そのうち現実となるかもしれない。
「ああ、そうだな。それと…………はい、コレ」
ようやくバーナビーが落ち着いたところでそろそろ大丈夫だろうと判断した虎徹は、ゆっくりとソレを差し出した。
「なんですか…………」
「おっと、また気絶しないでくれよ?」
バーナビーがソレを目視する前に心の準備としての言葉を一つ虎徹は投げかけた。
問題のブツであるソレは、色紙だった。もちろんそれは…バーナビーが敬愛する声優さんが書いたもので。
案の定、忠告したのにも関わらず、色紙を認識したバーナビーは持った手をぷるぷると震えさせていたが、ジャブパンチがそれなりに効いていたおかげか、またも意識を失うという失態は起こさなかったので一安心した。
「見ての通り、お前は救護室に運ばれたわけだが、俺達最前列に居たから目立ってただろ?昼公演が終わった後、わざわざ様子を見に来てくれたんだよ。でもバニーは目を覚まさないしさ。とりあえずファンだと伝えたら、サイン色紙を書いてくれたってわけ」
本人を面としては言わないが、バーナビーが寝ていてくれて良かったと虎徹は思う。この近距離、しかもいくら虎徹が同席しているとはいえほぼ二人きりの空間で個人的会話なんぞさせたら、今度こそは本当に病院送りになっていたかもしれないのだから。もう少し免疫をつけてからバーナビーには頑張って欲しいと思う。ともかくとりあえずそのまま帰したら余計に落ち込んでしまっただろうし、せめてサイン色紙だけでもGET出来た事で収穫があったのだと思わせたかったのだ。
「ありがとうございます!家宝にします」
かなりマジな声を出してバーナビーはサイン色紙をがしっとにぎりしめた。おいおい、ブルックス家の家宝がコレクションする前に変形するぞと突っ込みたい。
「しっかし、よく見ただけで誰のサインだかわかるな。俺にはさっぱりだったわ」
もちろん虎徹自身も仕事上で仕方なくサインを書かなくてはいけない場合があるので書くのだが、アレンジなど効かせずダイレクトに『Wild Tiger』と豪快に書くのみだ。それこそ戦隊物のヒーローと同じと言っても過言ではなく、文字のうまい下手で考えればそれ以下だ。
バーナビーは仕事柄、虎徹より断然テレビや取材に係る機会が多いので、書く機会も多いだろうしなんだかんだと人様のサインを見る機会もあるのだろう。しかし、なんだ………この声優さんのサインというのは芸能界とはまた違う独特の文字の書き方というか崩し方というか、キャラクターを入れてくれたりして、うん…慣れてないから虎徹にはどれが文字だかよくわからんという状況になっていた。
「元々頻繁にサインを下さる方ではないのですが…以前アニメ雑誌で読者プレゼントとして提供したことがあるんですよ。何十冊か雑誌を購入してハガキを送りましたけど当たらなくて…だから悔しくてよく覚えていたんです」
その事を思い出してか、多少歯をギリギリさせながら教えてくれた。
「そっか。じゃあ、余計に良かったな」
そういう事情があるのならば念願叶って手に入れたサイン色紙なのだろう。それが若干無様な様子を晒してという過程ではあるが、これが結果オーライというやつだろう。
「あの…虎徹さんはお会いになられたんですよね?どういう印象でしたか?」
ようやくバーナビー自身も落ち着いたようで、控えめながらもバーナビーは伺うように声優さんの印象を聞いて来た。
「どう?って言われてもな。いや、普通に良い人だとは思うけど………」
そんな突っ込まれるほど個人的会話など一切していないから相手の本心までわかるものでもなかった。それに確かにバーナビーが倒れた原因は声優さんのサプライズによるものであったが、だからと言って声優さんに非があったとは虎徹はまるで思っていない。強いて言えば、バーナビー本人の問題である。それでもわざわざ昼公演と夜公園の忙しい合間を縫ってやってきてくれたということは、単純に優しい人なんだなと思ったくらいだったので、改めて感想というのも難しい。
「もしかして、好きになったりしましたか?」
「は?」
ここでバーナビーが爆弾発言を飛ばす。
何をどう考えたらその発想になるのか分からない。そりゃあバーナビーにとっては敬愛する声優さんだろうが、だからといって虎徹も同じような感情を抱くとか、なぜ考えが斜め右へとズレるのか理解出来ない。勘違いも甚だしい。
「元々、僕が今日のライブへ貴方を連れてきたのも、虎徹さんにも乙女ゲーと声優さんの魅力をわかってもらおうと思って…でしたので」
何となくは予想していたが、ここにきてバーナビーは明確に魂胆を白状してくる。
「いや、確かにライブはなかなかおもしろかったし、声のオーラ?とかは凄かったよ。だからって、それで突然声優さんを好きになったとか……それはない」
確かにああいう世界も悪くはないんじゃないかなとは思ったし声優さんも素晴らしい職業だとは感心はした。そして先ほどお会いした声優さんも素晴らしい声の持ち主だとは思うが、虎徹にとってはそれ以上でもそれ以下でもないのだ。
「でも、僕今日は…色々と失態を犯して虎徹さんに迷惑もかけましたし…きっと幻滅しましたよね」
やはり倒れたことを根に持ち引きずっているのか、独り言をネガティブにバーナビーは呟き始める。確かに世間一般的に見てもあれはカッコ悪いと表現しても過言ではないだろう。それがいつもスマートで通しているバーナビーがした行動なのだから、余計にギャップは凄かった。
「あのな、バニー」
仕方なくバーナビーの沈んでいた顔をこちらに向けさせる。
「まあ…なんだ。今日は素晴らしい声優さんの数々のライブを見て楽しかった。だからこそ、つくづくわかったのは、情けなくともやっぱり俺はバニーの方がいいなって思ったんだよ」
さすがに正面切っては言えないので少しだけ視線をずらして、それでも確かに虎徹はその言葉を伝えた。
「虎徹さん!」
「うわっ」
胸をいっぱいにしつつも、バーナビーは派手にこちらへと抱きついてくる。
「また一緒に乙女ゲーイベントに行きましょうね!」
こいつ、こりてねぇ。まあ…付き合うくらいはいいけどさ。と思い、虎徹はバーナビーの背中をぽんぽんっと撫でて了承の意を示したのだった。
こんな情けない姿を見せるのは多分虎徹の前だけなことに少しだけ優越を感じて―――