前回の話要約
『ゲームを開始する前に、貴女の情報を登録して下さい』
名前………バーナビー・ブルックスJr.
年齢………25歳
身長………185cm
職業………ヒーロー
趣味………乙女ゲーム
好きな人…虎徹さん
『登録が完了しました。それでは、コンプリート特典…待望のデートの日からスタートします』
本日は晴天なり。世間一般的には、デート日和の天気と言ったところだろうか。
ついでに六曜でいうところの大安。これはオマケ。まあ、バーナビーがそこまで日本文化に精通しているとは思えないから、日にちのチョイスは偶然といったところだろう。
というわけで、知らぬ間に勝手にロイズさんと交渉してバーナビーは二人分の有休をもぎ取ってきた。
労働基準法的に日数が貯まりまくっていたのだから、ロイズさんもNOとは言えない様子だったに違いない。もちろん、休暇中にヒーローとして呼び出されたら、その瞬間に現場直行となる規定なのだが。
そうして虎徹は、今自室で少し気重な様子で着替えをすませている。
大変悲しいことなのだが、今日のデートはバーナビーが運転すると言って聞かなかったのだ。あのバーナビーをアッシー替わりにするというわけではないのだが、目立つ…目立ちすぎる。どうせいつもの赤いスポーツカーだろうし。
つーか、周囲に隠す気ないのか?とりあえずエスコートするものだと思っていることは間違いないだろう。そう考えるとやはり頭が痛い。
そもそも虎徹とすると、バーナビーが自分のポディションをどうしたいのかよくわからないのだ。
乙女ゲー心情が正常に働くとしたら、攻略キャラ(この場合は自分)にぐいぐい引っ張って欲しいものではないのだろうかと。
しかし、よく考えると基本行きたい場所を選ぶのもヒロインの役目。選択肢と名のつくものはプレイヤー側に委任されていると言っても全く過言ではないのだ。こうなってしまうのも仕方がないということだろうか。
そんなこんなを考えてぐるぐるしていると、ピンポーンとおざなり程度にインターフォンが鳴った。
まさか…と、曲がったネクタイを直しながら虎徹は玄関へと急ぐ。
ガチャリ
「おはようございます!虎徹さん」
テンションのやや高い声だけは聞こえたが、扉を開けたその姿を簡単には確認する事は出来なかった。
虎徹の目の前に飛び込んできたのは、もわっとした甘すぎる香りと鮮やかな赤。
それが赤い薔薇の花束だと思考回路を伝って気が付くのには、しばしの時間を要した。
「お、おはよう…バニーちゃん」
あえてその薔薇の存在に虎徹は触れず、とりあえずの挨拶を。乙女ゲー内でのリアクションとしては駄目駄目なのだろうが、正直リアクションに困るのだからどうしようもない。
「これを、貴方に」
さらっと流れるように、やはりバーナビーはそれを渡してきた。スルーするのは当然の如く無理だったらしい。
まさか叩き落とすわけにもいかず、条件反射のように虎徹は花束を抱える形となる。油断すると、うぷっと声が出そうなくらいに芳醇な濃い薔薇の香りが虎徹の顔の前に来る。
「えーと、何でこれ俺にくれるわけ?」
いくら乙女とは違い花言葉なんてなよなよっとした物を虎徹が覚えているわけないが、それでも流石に赤い薔薇の意味くらい一般常識である。この場で深くは全く考えたくないが。
「プレゼントで好感度を上げるのは、常識だと思いますが。記念日ならば特に」
どうやらバーナビーは本気で、なぜ虎徹が戸惑っているのかわからないらしい。
確かにプレゼントということ自体は、乙女ゲーだけではなく世間一般のいわゆる付き合っているだとかそういう恋人同士からすれば有り得ることなのかもしれない。
ただし、記念日?クリスマス・誕生日・バレンタインなどの恋人たちの3大イベントならまだしも、多分初デート日ってだけでこの気合いの入れように虎徹が簡単についていけるわけはなかった。
それに何と言ってもこのプレゼントは薔薇様である。こういう場合って相手の好きな物を渡すものではないだろうか。虎徹相手ならば酒とか。いや、何かせがんで買って貰うなど現状では虎徹の矜持が固く拒否をしているのだが、それを踏まえても薔薇はないだろうという感じだった。
だって、虎徹はただの中年おじさんなのである。薔薇の花束を貰って喜ぶような人種ではない。
「あ、ありがとな」
それでも一応お礼だけは言っておく空気が流れたので、ぎこちなく笑みを浮かべながらも言葉を出した。
どうしよう…うちこんなでかい花束を収容する花瓶ないな。初っ端からドライフラワー行きだろうかと頭を巡らせながら。
「ところで、やたら来るの早くね?もう、行くの??」
そうなのだ。一応前日にざっくばらんに出発時間は伝えられていたが、デートだからと言ってそんなに早く来る必要はないだろうと思っている。
プラネタリウムの開演時間に合わせるので、それほど朝早い時間というわけではないから、虎徹もこうやってのんびりと準備をしていても大丈夫だったわけでが、それでも予想より1時間近く早いお出迎えだった。
まさか、この薔薇を枯らしたくないから早く来たとでも言うのだろうか。マジで良くてバケツ、悪くて浴槽行きなのに………
「少し気になることがあって、早く来ました。昨日は確認するのを忘れてしまったのですが、僕の貸したゲーム。クリアしましたか?」
あーそっちの事かと、虎徹は合点した。確かにそれなら納得だ。
「………悪い。してない………つーか、俺んちのパソコンは昔のだからスペックそんなに高くないくて、動作に時間がかかって…何かやる気が…」
言い訳がましいことはわかっていたが、だからと言ってとぼけても追求されれば終わりなので虎徹は素直に自分の非を認めた。
バーナビーの追求…と言ってもどのシチュエーションでどんなセリフを言ったのかとか、そこまで詳しく聞かれたらたとえプレイしても答えられる自信は皆無なのだが。
「そんなことだろうと思って…持って来ました」
がさりと何かが擦れる音が鳴って、ようやく虎徹はバーナビーが持っていたのはこの花束だけではないことに気がついた。
ひょいっと少し持ち上げられて存在を主張されたのは、花束で両手がふさがっていなかったら確実に指をさしていたというくらいのそこそこ大きい紙袋で。
「何これ?」
「PS3です」
バーナビーは何食わぬ顔で、あっさりとずっしりした紙袋の正体を明かした。
「えっ、何で?」
ついに我が家にハードごと持って来られて、虎徹はそう素直に反応するしかなかった。いくら本体にしかセーブ出来ないから、バーナビーがPS3を何台か持っているとは聞いていたが、その一台でも持ってくるような物という認識はない。
「やっぱり僕思ったのですが、初心者にあのゲームはハードだなと思って。もう少し初心者向けでプラネタリウムデートが出来るゲームを持って来ました!」
がそごそと紙袋から嬉しそうにソフトパッケージを取りだすと、ババンッ!と効果音が付きそうなくらい恰好よく見せつけた。
相変わらずイケメンと乙女ゲーのアンバランスに、虎徹の表情筋はひくつきそうである。
「えーと。ということは、今からやる?とか…?」
多分バーナビーの中ではそれは決まり切っているのであろうが、若干否定もして貰いたくて伺うように虎徹は尋ねる。
「ええ、もちろん。だから早く来たんです」
そう言うと、バーナビーはまるで勝手知ったる家のように、虎徹の横をすり抜けてリビングのテレビまですたすたと淀みなく歩く。そのままテーブルの上にゲーム本体を置き、電源を探してから何本かのケーブルを外部出力につなげると、さっさとその乙女ゲームを起動させてしまった。
「どうぞ、座って下さい」
一番センターのテレビ画面が見える位置のソファに腰掛けることを誘導されたが、そもそもここは虎徹の家なんだけど…乙女ゲープレイモードに入っているバーナビーを止める術などもはや存在してない。
がっくりと肩を落としながらも、虎徹はとりあえず花束を窓際の棚の上に横抱きに置いて、なぜか座り心地の悪くなっているソファに座った。
隣には嬉々とするバーナビー。つきっきりで指導する気満々と見える。本番前の予行練習ってこういうものではなかったような気がしてならないが、もはや突っ込む気力さえ出ない。
タイミングを見計らったかのように、PS3のカスタムテーマが表示される。出てきたキャラクターは見事におっさんスチル…しかもスクリーンセイバーの如く数秒ごとにころっころとキャラが変わっていく。それが全部おっさんであることには何も変わりないが。
コントローラーはまずはバーナビーが握っており、とりあえずソフトを起動させて選んでいるのがわかる。
CDを読み込む音が僅かに聞こえると、どこかCMで聞いたことがあるような製作ゲームメーカー名がいくつか表示されると、突然のオープニングである。
「が、学園モノか?」
オトメチックでポップでキュートな世界画面が広がった次の瞬間、有り得ない髪色をしたイケメンオールスターがわらわらと登場したところであまりの眩しすぎる光景に目をぱちくりしながらも、虎徹はそう尋ねた。
本当は別に聞きたいと言うわけではなかったが、何か会話でもしないとこの驚異のオープニングにばかり気が取られてしまうので苦肉の策だ。
イケメンたちは揃いも揃った服を着ていたから、多分学生だろうと言う程度だ。その制服でさえ黒とか濃紺とかいう地味色からはかけ離れており、光を反射しそうなパステルカラーである。
つーか、シュテルンビルトの学校で制服制度を採用しているトコなんて見たことがないだが。夢は夢の世界で実現させるということだろうか。
「そうです…このゲームは、乙女ゲーの金字塔!と語り継がれているシリーズの最新作で。この乙女ゲーシリーズが発売していなかったら、現在の乙女ゲー業界は存在していなかったとも言われているほどのソフトです!!」
「へえ、凄いね…」
相変わらず熱く語ってくれるのはいいのだが、虎徹にはなかなかバーナビーに比例するほどの熱い思いにはなれなかったので、無難に言葉を返しておく。放っておくと、バーナビーが乙女ゲーの歴史を語りだしそうなので予防線含む。
しかし、これがいまやバリエーションに富みまくる乙女ゲーの原点か。最初はマトモ?に学園モノだったんだなあ。どうして自分たちモデルのマニアックゲーまで作られるようになってしまったのだろうか。そこは少し恨む権利あるよな…と虎徹は思った。まあ、今からコレをやるんだが。
「コンプリートデータを読み込んでイージーモード設定をしました。これで虎徹さんでも進められるかと」
虎徹が呆然としている間にもさくさくとバーナビーは登録を進めてくれた。随分と念入りな準備だ。
選択アイコンが恐らくデフォルメされた攻略キャラになっている。
「そうか」
「名前どうします?一応デフォト名ついているんですけど、虎徹…こてつ…コテツ………もしかしたら、オリエンタルには対応していないかもしれません。すみません」
いくつか虎徹の名前を呼んで連想して噛み締めている。
「いや、いいよ。何でも」
そんな申し訳なさそうに謝罪されても困った。むしろ自分の名前でプレイする方がよっぼど心打たれる。オリエントに対応してなくてマジ良かった。というより、多分男名が駄目なのかもしれないが。
「では、今の設定は僕の名前になっていますので、それで進めますね」
「え?」
あっさりとOKボタンを押して、バーナビーはゲームを本格的に初めてしまう。
えーとバーナビーの名前でやるの?せめてバニーちゃんとか………そう思いたいところだったが、あっさりとスピーカーから『バーナビー………』と全力で愛をささやくようなダンディなおじさまボイスが聞こえてきた。
さすが設定してあるから、発音も音程も完璧だ。常に甘くしゃべるのがデフォルトなのだろうか。声優さん大変だな。しかし、これを自分にやれと……ハードルが高すぎて、ばっくれたい。
どうやらデートの約束を取る為にメールで、プラネタリウムに誘っているらしい。なぜ、メールなのにボイスが再生させるのかというのはご愛敬というところだろうか。脳内再生恐ろしい。さっさと何回かスキップボタンを押して…
「はい、デート当日の朝となりました。まずは出掛ける前に化粧と髪型と服とバックと靴と小物を選んで下さい」
そして簡単に投下されるのは爆弾発言である。
舐めてた!完全に舐めてた!!学園モノだから自分も学生時代あったし、適当にこなせばいいだろうと思っていたのに、イキナリ恐ろしい選択肢がずらりーと用意された。本当に初心者向けのモデルモードなのか?
「バニーちゃん。俺、無理……無理だわ」
渡されたコントローラーぷるぷると振りながらも、情けながら頭を向けた。
服?はまだしも、他のは何だ…一言伝えたい!女の子って大変だな!!と。
「デートは準備をする時が一番楽しい場合もあるくらいなんですよ!頑張って下さい」
「いや、頑張れって言われても………」
祭りは準備が一番楽しい理論はわかるが…わかるが………それとこれとは話が別である。わからないのだ。マジで。今の若い子…それも女の子とかわかるはずもない。
「…仕方ないですね。一応好感度にも左右されますから、最高のデートをするために攻略相手が好んでいる格好にしますよ。口で説明しますから、虎徹さんは選んで下さい」
しぶしぶと言った様子だったが、それで何とかバーナビーは妥協したらしい。確かに変な髪型やら化粧やら服装で、第一印象が悪いデートっつーのも、あんまり見たくない。だからと言って決まり切ったパーフェクトなデートを虎徹が望んだわけではないのだが。
そうこう思いながらもバーナビーは、ゲーム内での今日の天気を確認し(ちなみに晴れ)その日に相応しい恰好となるべくカーソル指示を次々と虎徹に出して言った。ずらりと立ち並ぶメイク道具やら衣装の数々に、ただ虎徹は言われた通りにするしかなかった。
「これで完璧だと思います。相手キャラクターは清楚系が好きなので」
満足そうにバーナビーが声を出すのを頷くかのように、ゲーム画面でもexcellentの文字が煌びやかな効果音と共に表示された。ただし、そのヒロインがピンク髪であることに変わりはまるでないのだが。
「ようやく出掛けるのか…」
この時点でもう既に疲れ気味な様子を見せながら虎徹は呟く。
ヒロインが自宅の外に出ると、黒塗りの車で相手キャラクターが待っていた。
やはり…というかわかっていたが、渋いチョイスという事でオールバックのおじ様ご登場だ。アニメ絵ではあるが、まばたきをしたり呼吸の為に微かに胸が揺らいでいる。これがリアル路線なのだろうが、慣れていないので揺らめかれると微妙に酔いそうだ。
それに基本的にいくら自分がおじさんとはいえ、プレイヤー前提は乙女だろうし感情移入できない。したくない。大体年齢的に犯罪だろ!と脳内で何度叫んだことやら。エンコーという言葉はこのゲーム内で存在していないらしい。
まず当たり前のように服装を褒められる。耳レイプされそうなくらいの美声で、既にデレ100%状態だと、それだけはよくよくわかった。いくら初心者向けデートコースとはいえ、糖度は高いらしい。
ピンポーン
その場の空気を溶かすように、まるで先ほどバーナビーが来た時と同じようにインターフォンが鳴った。誰だろう?宅配便だろうか。
「ちょっと見て来るから進めておいてくれ」
半分好都合という気持ちも含めて、少し逃げるかのように虎徹は、バーナビーにコントローラーを投げ渡した。これから1時間とはいえ、ぶっ通しで乙女ゲープレイとか絶対に肩こるだろうから、一瞬でも休憩をとりたいという気持ち込みだ。
家主の特権を生かし、有無を言わさずに虎徹はソファから立ち上がって玄関へと駆ける。
「はいはーい」
いつもの軽い口調とノリで特に外の人を確認もせずに、ガチャリと鍵と扉を開いた。そこに待っていたのは。
「………か、楓?!」
「お父さん。久しぶり」
可愛い可愛い愛娘である楓が、ちょこんと玄関先に立っていたのだ。これは予想外すぎた。
「な、何で…突然」
娘に会えることは心底嬉しいが、今虎徹の精神状態はそれをマトモに受け入れられる状態ではなく、しもろどもろに声が出る。
「おばあちゃんのお友達がシュテルンビルトの病院に入院したからお見舞いに。命に別条はないけど、子どもは入室禁止だから…私はお父さんのところで待ってなさいって言われた」
「そ、そうか。来る前に連絡が欲しかったな」
事情はわかったが、だからといってそれで事態が好転すると言うわけでもない。
「だってお父さん。連絡しても仕事が忙しいとかいつも言ってるじゃない」
ぶーぶーと少したまりにたまった不満の様子を楓は見せた。もう連絡しても無駄だという前提で決めつけているようだ
「パパだって、きちんと休日はあるんだよ?」
「ふーん。珍しい?で、お客さん来てるんだー」
見慣れない高級な靴が備えてあるのをめざとく見つけて言葉を投げかけた。これが女性物だったら完全にアウト!だが、今はそれ以上の人間がリビングにいることを虎徹はわかっているので、どうしようかと手をあぐねる。
(今更の注意書きだが、まだ楓ちゃんにワイルドタイガーの正体はバレていない前提話である)
「うん。会社の同僚がね」
「じゃあ、挨拶してくる!いつも父がお世話になっていますって」
虎徹は嘘は全く言っていなかったが、信用されているのかいないのか…普段の行動がやはり悪かった。
スケートで培ったスキルを発動させるかのように、小柄な身体でするりと虎徹の横をすり抜けると振り向く暇さえ与えさせずに、リビングへ駆けった。
「待て!楓!!」
伸ばした虎徹の手は届かないが、声だけはリビングにまで響きわたった。慌てて追いかけると、見事にその場面に遭遇した。
乙女ゲーコントローラー片手に振り向いたバーナビーと、楓が見事に顔を鉢合わせている瞬間に―――――
さ、最悪だ!これ以上の悪夢が、あり得るだろうか?