我が娘ながら、嵐を膨大させたかような楓がようやく帰ることとなった。
迎えに来た安寿に少し待ってもらって、最後に楓とバーナビーはケーバン交換なんかを名残惜しくやりとりをしている。
目の前で愛娘が若い男とそんな事をしていたら通常ならば嫉妬しただろうが、今の虎徹にとっては両方複雑な相手で、何だかんだと燃え尽きたから言葉は出ずに見送るだけ。
人の気持ちっていうのは怖いものだと思った。自分の心なのに全然いう事を聞いてくれないのはなぜだろう。それは今までの虎徹の持っていた信念をも揺るがすほど、足元がふらつくようだった。
そうして二人は双方の合意の元で付き合う…という形になったが、バーナビーは特に変わらなかった。
一人であたふたしているのは虎徹の方だったのかもしれない。世間一般でいう恋人同士のような業躰を強要されたら、どうしようかと思ってはいたが、今のところ仕事はいつも通り。休日は互いの家を行き来してほんの少し一緒に出かけたり(プチデート程度)それでも良い年をした男同士だから、別に周囲が生温かい目を送って来るわけでもなく時にはアイパッチ仕様というコンビだからこそ出来る事で。
虎徹も仕事上色々と制約があり、あまり友人関係が充実しているというわけではなかったからこそ、こうやってバーナビーみたいに気軽に一緒にいれる間柄が居るというのは良かったのかもしれないと思った。実際虎徹の家族は遠く離れているし、バーナビーの方は家族と呼べるような存在はいないし、相変わらずマーベリックさんはラスボスだし。
別にバーナビーと一緒にいて気分が悪いわけではないし、都合良かったというか、なんというか。気軽に付き合っているから楽。それを押し通したかったのかもしれない。物足りないとも思わず、それ以上を望まないようにして。
変化を望まなかったのは虎徹の方で、それを後でどんなに後悔したことか………
今日のヒーローとして出勤は随分と早かった。
PDAがコールしたのは早朝4時ということで、虎徹もまだベッドで惰眠を貪っていた時だった。
アニエスはこんな早い時間に事件が起きるなんて視聴率が微妙だと愚痴を言っていたが、犯罪者は待ってはくれない。
シュテルンビルトのモノレールや地下鉄などの交通機関は一応24時間動いているが、なにぶんまだまだ通勤時間前ともなるとその本数が少ないので、虎徹はとりあえず自家用車で移動してバーナビーの家との中間地点でトランスポーターに拾って貰う事になった。
現場はそれなりの規模のデパートで、一階に入っている有名な女性向けブランド店が狙われたらしい。
売上金はその日のうちに回収されているので単純な金銭狙いの強盗ではなく、転売目的に店の商品であるバックや財布や時計などの持ち運びが出来て高価な物がターゲットにしたようだった。
普通それくらいならかけつけた警備員や警察でどうにかなるものだったが、人通りの少ない時間帯ということでどこかの工事現場から盗んできたと思われる大型重機で大胆にもデパート壁を破壊し始めたので、手には負えないと判断され、ヒーロー達に連絡が来たのだ。
結果。犯人を捕まえる自体はそれほど苦労をしなかったが、クラッシャーな虎徹としては今踏みつけた足の下にあった時計は自分の月収くらいだと後で値札を見たりと、色々と疲労がたまる原因だった。
纏めて犯人グループをふんじばって警察に突き出すと、結局時間的には出勤する時間となってしまっている。
学生であるブルーローズとドラゴンキッドはこれから学校という事で少しナイーブな表情をみせたのだが、虎徹とバーナビーもそのまま会社へ出勤となった。
ヒーロースーツを脱いでシャワーを浴びて身支度を整えると、いつもの事務仕事をするフロアに向かう形となる。
やはりまだ寝不足だ。それと、起きぬけに冷えたホットドックを一つ無理やり胃袋に突っ込んできただけだから、若干腹の機嫌も悪い。だるい。
「………おはようございまーす………あれ?バニーちゃんだけ。おばちゃんは?」
うだうだしながらもテンションを上げるために声を出しながら虎徹は入室すると、相棒のバーナビーは既に席に着いていた。そうして、いつもは奥に座る経理のおばちゃんの姿が見当たらないので尋ねてみる。
「清掃用の備品が切れたそうなので、購買部に行ったみたいですよ」
「ふーん」
生返事をしながらも、しめしめと鬼の居ぬ間にだらけようかと虎徹は深く椅子に腰かける。
一応主電源を入れてパソコンを立ち上げる仕草だけはするが、後はディスプレイをぼんやりと見いやるだけ。会社から支給されているパソコンは最新式で、本当に立ち上がっているのかわからないくらい静かな存在感なのである。
虎徹は真正面向いたまま少し目を伏せる。なんてことはない。居眠りをする為である。
今時の女子ではないが、頑張った自分へのご褒美…と言い訳をするように、早朝からヒーローとしての役目を果たしたのだと言い聞かせて、瞳を閉じようとした。
―――無理だった。それが直接妨害されたのだったらイラッとしたのだろうが、そうではないからこそ厄介で、ぐぎぎっと変な音がするくらいにゆっくりと虎徹は問題の方向へと首を向けた。
「………バニーちゃん。随分と熱心みたいだけど…仕事そんなに忙しかったっけ?」
虎徹の居眠りを阻止してきたのは、バーナビーのタイピング音だった。元々それほどうるさい仕様ではないはずなのだが、あまりにもバーナビーが真剣にタッチしているので、カタカタカタカタとにかく猛烈な音が聞こえて来るのだ。正直言うと耳障りである。
「いえ、まだ出勤時間前なので仕事はしていませんよ」
そうは言いつつも、バーナビーのタイピングは止まらないし視線もディスプレイに向いたままだ。
言われて確かに壁時計を見ると一応既定の出勤時間前だったのかと今更虎徹は気が付く。トランスポーターはそのまま会社に着いてしまったからこうやって出勤してしまったわけだが、おおっ…これで堂々とサボるというか寝られると少し勢い込むが、やはりバーナビーのタイピング音のおかげでそれは無理である。
「プライベートでも熱心だねぇ。で、何やってんの?」
「小説を書いています」
平然とした顔で虎徹の受け答えを返している。言葉の乱れなどない。
「へ?あ、そうなんだ。バニーちゃん、今度は作家デビューでもすんの?マルチだなあ」
いやはやこの青年は何でもそつなく出来るタイプだと思ってはいたが、そっちの方向性は考えていなかった。ついにはマルチタレントを目指すか?俳優・映画監督と余念はたくさんある。
元々そういったことはアポロンメディア社の十八番だろうしコネもあるだろうし、ヒーロー業に支障が出ない程度で世界が違って見えるバーナビー君が、好きならば自由にやればいいと虎徹は思ったが。
「…デビューですか?その方向は考えていませんでした。趣味で書いているだけで十分楽しかったので」
その虎徹の切り替えしは想定外だったようで、バーナビーは盲点をつかれたかのような顔を見せる。
「デビュー出来るならしちゃいなよ。KOHバーナビーの小説ってだけでも話題性抜群だぜ。それにバニーちゃんって報告書とかの文章書くのもうまいじゃん。んで…一応聞くけど、どんな内容書いてるわけ?」
会話を増長させるかのように、ほんの冗談半分で虎徹は話を深めていく。
「恋愛小説ですけど」
「あー案外いいんじゃね?意外性あるし」
うーん。ちょっとバーナビーのスマートなイメージと合わないかもしないが、ここまではセーフかなと虎徹は思った。逆にギャップがあるからこそ内容が気になるという人もいるかもしれないし、バーナビーの恋愛感性はいかにも良さそうな印象だ。だが、恋愛というフレーズを聞いて少し覚えが脳内を走ったことも間違いではなかった。
「そうですか。でも難しいですね。製作者さんに許可とれるでしょうか?」
ここで真面目な顔をしてバーナビーは少し悩み始めた様子をした。
「は?普通の恋愛小説じゃないのか??」
なんか今バーナビーは猛烈におかしいことを言った。なぜ許可をとる必要がある。まさか…
嫌な汗が勝手に噴き出す。これより先を全く聞きたくなかったが、そのままにしておくともっと不味いような気がしたのだ。
「僕が虎徹さんを好きになったキッカケの乙女ゲーを舞台にした、恋愛小説ですけど」
ありがたいことにバーナビーは、わざわざ詳しく語ってくれた。こんなに全く嬉しくない説明がかつてあっただろうか…いやないっ
「駄目!絶対!!今すぐやめなさい!」
あまりの出来事に虎徹は二人を隔てる机から身を乗り出して、バーナビーの制止を目指した。
いくら自分たちがモデルとは言え、創作に勝手に創作を加えるとは恐るべし。妄想の世界の範疇を軽く飛び越えている。
前々から変に夢見がちだと思っていたが、まさかそんな方向へ歪曲するとは…おそろしいドリームだ。
付き合っている割に嫌に虎徹に対しては大人しいなと思っていたら、そんなところで発散していたのかよ。だったら直接何か言ってくれた方がまだマシだ。物体として残りすぎている方が怖いという事を初めて知った。
虎徹はぐいっと爪先立ちをすると、手を伸ばしてDelボタンへと指をかける。
「デビューだとか話を飛躍させたのは虎徹さんの方じゃないですか。僕達は仕事柄、外で自由に付き合うことも出来ませんし、いいでしょう。小説の中でなら好きなことしたって」
めくるめく世界を勝手に想像しての主張。バーナビーは、虎徹から避けるようにキーボードを移動させ、ついでにCtrl+Sをちゃっかり押してからCtrl+Wで画面を閉じてしまう。
「よくない!せめて、そういうことは本人の了承を得てからじゃなきゃ駄目でしょ。この場合は、俺ね。駄目だから」
本当は版権元なのかもしれないが、その元ネタは自分たちなのだろうから、虎徹は勝手に躍り出た。そうでもなければ収拾が付かないだろうからだ。
「ちょっと待って下さい。せっかく…ボイス収録もしようと思って、レコーディンクスタジオの予約しちゃったんですけど、それも駄目なんですか!?そうしないと完璧な乙女ゲーになりませんよ?」
カッと目を見開いて非常に驚いているバーナビーを相手にして、もっと驚いているのはこっちだと叫びたい。相変わらず乙女ゲーにかける情熱だけは半端ないが、方向性が迷走しすぎている。
「小説だけじゃないのかよ!何勝手に大げさにしちゃってんの。俺、嫌だからね。そんなトコいかないから!!」
最初にきちんと拒否しとかないと押し切られるというのがいつものパターンである。虎徹は、発覚段階からの断固拒否を示した。
大体なんだ…ボイス収録って?そりゃあ虎徹だってヒーローとしてインタビューを受ける機会はそれなりにあるし、なぜかアニメの声優をやらされたことだってある。が、そんなものと乙女ゲーのボイス収録は全く別物だろう。つか、今まで散々バーナビーやら楓やらが乙女ゲーをやっているのを見てきたが、歯が浮くような軽かったり甘ったるかったりするセリフがずらずらっと並んでいた。
何でまだバーナビー本人にも言ってないつーのに、好きだやら愛しているやらを機械相手に先に言わないといけないんだ!有り得ない。
「では、虎徹さんに納得して貰えるようにアドバイスを貰って改良を加えますから」
仕方なくという様子の妥協点をバーナビーは見せたが、そういう問題ではなかった。
「だ・か・ら。根本から駄目だって言ってんの。わかる?」
たとえバーナビーの要求をのむとしても、こんな状態でどんなアドバイスすればいいんだ。つか、アドバイスするってことはその時点で既にバーナビーが書いた小説なり台本なりを読まないといけないとか、羞恥プレイすぎるだろ。
人間って恥ずかしすぎて死ぬことが出来るのだと初めて知った。このラインを越えたら人間として不味いのだと本能が叫んでいる。それだけでも逃げたい。
「僕個人が楽しむだけですよ。別に金銭目的とかじゃないんです。趣味なんです!」
とうとうバーナビーはプライドを投げうるように、必死に頼み込み始めた。総合プロデュースを示唆に、説得にかかるつもりだ。
「明らかに趣味の範囲越えてるわ!」
駄目だこりゃ。相手がバーナビーじゃなかったら…スパーンと頭を叩いてやりたいくらいだった。
ぱんぱんっ
白熱する二人の後ろから割り入る音が響く。
そろりと背後を向くと、二回ほど手を叩いたのだとありありとわかるロイズさんが立っていた。
「君たち、いつまで無駄話しているの?もうとっくに始業してるよ」
白い目で見られながらも、的確にロイズさんは言葉をついてきた。
「「………すみません」」
そうして二人揃って謝るという形になる。ロイズさんはさっきの話…聞いていたのだろうか。少なくとも興味がないんだか何だか知らないが、スルーされている。
「新しい企画書持ってきたから、良く見ておいて。そこのスポンサーは、我が社の大切なクライアントだから、くれぐれも機嫌損ねないようにね。特に虎徹くん」
最後にはお決まりの名指しの名詞がくっついてくる。
「また俺ですか?まだ何もやってないでしょう」
常習犯のレッテルを張られているのはわかっているが、こうも毎回だとげっそりとする。
「念押しとかないと、何するかわからないから、君。じゃあ、後はよろしく」
ばさりっと書類を机の上に置いたロイズは、後の用件は済んだとなると、さっさと退室してしまった。相変わらずフロアに残ったのは二人きりで。
「とりあえず仕事しようぜ。さっきの件はナシでな」
自ら進んで虎徹が仕事を率先するなど普段ならば有り得ないのだが、奇天烈な話が平行線となってしまっていたからこそ、軽く先手を打っておく。ばっさりと切り捨てる気満々だ。
「わかりました。とりあえずは」
心なしか、バーナビーの『とりあえず』という言葉が張っていたような気がするが、気にしない事にした。突っ込んだら負けであるし、会話もループするに決まっている。無視無視。鋼の心を持て、虎徹と念じる。
しかし、こう…じっと負けずと視線をそらさずにしていると何か嫌な作戦を考えているような気さえしてしまう。
どうもこの乙女ゲー関連に関して自分はバーナビーに対して甘い気がする。確かにマーベリックさんに記憶改竄されまくって可哀想だな…という同情が最初はあったが、こちらにまで目に見える被害がやってくるのならば防がなくてはいけない。
それを最初にしなかったから、今のように乙女ゲー話を聞いたり、互いの家に行けば隣でバーナビーがしていたりするのだ。それは正直、もう慣れてしまったからいいけど………乙女ゲーキャラを演じるとか恥ずかしすぎる事は、無理のラインを越えている。だから、駄目だ。
ぶんぶんっと頭を二、三度振ってから切り替えるように、虎徹はロイズさんが持ってきた企画書に手をやった。
黒いクリップボードに挟まれたその書類は優に30枚近くはありそうだ。企画名は(仮)らしく表題も決まっていないらしい。
虎徹は、とりあえず1枚目をめくり2枚目へと目をやる。
「ん?これバニーにだけの企画みたいよ」
きっぱりと最初に、バーナビー・ブルックスJr.とだけ書いてあって、コンビ揃っての出演願いではないとわかった虎徹は一番にそう言う。
別に悲しいとかそういうことは全くない。メンズ雑誌とか客層が合わない時は、バーナビーだけの仕事っていうのが散々あるからだ。逆にサボれて楽だからそっちの方がいいくらいだ。
でも興味本位でそのまま企画を読んで見ることにした。バーナビーも仕事なのでようやくこちらに来て、虎徹の隣で一緒に見るという形になる。
「出演予定の他のメンツ、凄くね?」
その名前を指でなぞるように虎徹は示した。ハリウッドスターにフットボールスターにシンガーソングライターに若手モデルにイケメンIT企業家やら、そうそうたるメンバーの中にバーナビーの名前が並んでいる。
しかしなんというか統一性がないというか。いいとこどりというか。今をときめく話題性は確かに持っているが、全員顔が良いという共通点以外あまりないような。
「たしかに凄いですね。ロイズさんがわざわざ持ってきただけあるという感じですか。でも肝心の内容が、よくわかりませんね………」
バーナビーが手を伸ばして、企画書をめくる。どうやらキャストの豪華さが売りのようだが、本当に実現なのかどうかも不明だ。
ようやく並ぶ他のスポンサーやら製作者やらの名前が書き終わり、本題の説明ページへと移った。
『本企画は、実在の男性を相手にする恋愛ゲームのプロジェクトである』
二人の目が見事に点になった。少し固まった後に互いの顔を合わせる。
常人ならば、その一行だけ読んだとしても?マークを浮かべるだろうが、大変残念ながらバーナビーと虎徹にはわかりすぎるというか、たった今それで揉めていて。
「まさか、リアル乙女ゲー?」
ぼそりとつぶやいた虎徹の声は、嫌にフロア内に響き渡ったのだった。